偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜

浅大藍未

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第三章

番外編 誰にも助けてもらえない【ユファン】

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自覚はあった。
自分がおかしいことに。
初めて魔法を使った日。驚きや喜びよりも、恐怖しかなかった。
お母さんと二人暮らしの私は、至って平凡な平民。
特別とは程遠い。
私が五歳のとき、買い物中にお母さんが積荷の下敷きになり大怪我をしたことがあった。
私はひどく心配していて、大人達が積荷を退けて助けてくれるのをただ待つばかり。助け出されたお母さんは意識はあるものの危ない状況で、このまま死んでしまうのではないかと悲しみと恐怖に襲われた。
その次の瞬間。色付いていた景色はモノクロへと変わり、意識はハッキリしているのに体の自由が一切効かない。
足は勝手に歩き出し、横たわったお母さんに両手をかざすと金色の光に包まれる。昼間なのに目を奪われる輝き。
その場にいる全員が釘付け。
外傷はみるみる治っていく。傷跡が完全に消えると周りからは大歓声。
私が使った力は魔法で、しかも。世界を救った光魔法。
誰かが言った。王族との結婚も夢ではない。まるで物語のヒロインだと。

「皆さんにお願いがあるんです。どうか私が魔法を使えることを、秘密にしてくれませんか」

口が勝手に動く。
怖い。どうして?
意識があるのに、見えない何かに乗っ取られているような。
魔法は貴族のもの。この国ではそういう認識が固定されているため、貴族、特に闇魔法を生んでしまった公女様にバレたら私の命が危ないと。
今日のことはみんなの胸にしまっておいてくれることになった。
ただ。魔法が使える者は王立学園に通う義務がある。それは、魔法を制御し正しく使うため。
貴族の通う学校は学費が高く、お母さんは毎日のように働いてお金を貯めた。

ねぇお母さん。働かなくてもお金はあるんじゃないの?

聞けなかった。
頑張って働いて、私の面倒も見てくれて。溢れんばかりの愛をくれた。
いつも一生懸命なお母さんを私も愛していた。だからきっと、何も聞けないのだお、そう思いたかったのに。
平民が一生かかっても買えないような宝石を持っている理由。家の裏手に作られた花壇の中に大金が隠されている理由。
それらを聞こうとすると視界の色は消え、私じゃない私が現れる。
無理やり意識を奪い、何らかの真実を隠そうとしているのかも。
まさか、お母さんは元貴族でお母さんに魔法をかけられているのではと不安になった時期もあった。
それが違うとわかったのはすぐ。
図書館に行けば魔法のことは調べられる。覚醒したその日に、私は図書館で魔法に関する本を読んだ。基礎知識もない子供だったため、理解出来ないことのほうが多かったけど、魔力を持つ人間に魔力を放出しても何も起きない。逆に、魔力のない人間に流し込むと体に電気が流れたような痛みが走る。
疑問を解消すべくお母さんの腕に触れた。小さな悲鳴を上げて痛がったお母さんは魔力を持たない人間だった。

なら、私は?

お父さんは私が生まれてすぐ不慮の事故で亡くなった。
私が生まれた喜びにお酒をいっぱい飲んだ。酒場の飲み友達にも、立派なパパになると涙ながらに語っていたその夜。おぼつかない足取りで家に帰る途中、貴族の乗った馬車に轢かれて、そのまま……。
お父さんが自分から馬車に当たりに行ったという目撃情報もあり、全ての過失はお父さんが背負うことに。幸いだったのが、馬車に乗っていた男爵様が優しかったこと。
こちらに非があるにも関わらず、誠実な対応だった。お父さんを殺してしまったことを謝罪してくれただけでなく、生活費の足しにと少しのお金を渡してくれた。
男爵様もあまり裕福な貴族ではないため、多くの額を包めなかったと。
貴族が平民のためにここまでしてくれるのは珍しいことで、理不尽に責め立てられ命を奪われなかったことに近所の人達も安堵していた。
自分が何者か分からないまま月日だけが過ぎた。
王立学園入学日。生徒会長のクローラー・グレンジャー様が私の胸に花を付けてくれた。
美しい顔立ち。一見、怖そうに見えるけど「入学おめでとう」と微笑む顔はとても柔らかい。
入学に当たって貴族の作法は勉強したけど、所詮は素人レベル。石のように硬い動きでお辞儀をして、御伽噺のような学園せかいに足を踏み入れた。
後ろ髪を引かれるように、何気なく振り返ると白銀の髪を太陽で輝かせる漆黒の瞳を持った一人の生徒がポツンと門の前で佇んでいた。
お母さんも周りの人も、私の金色は美しいと褒めてくれた。子供ながらに私もその言葉を受け止めて、自信を持っていた。

私の金色よりも、あの方の白銀のほうがずっと美しい。

教養のない私には美しい以外の表現方法はなかった。

控えめに言っても女神様。目を奪われる神々しさ。
あの方が闇魔法を持ったこの国唯一の公女様であると知ったのは、すぐのこと。


今にして思えば、入学してからだ。もっとおかしくなったのは。
親睦を深めるためのレクリエーション。私はそこで危うく命を落としかけた。
そのとき。悪名高い公女様が私を助けてくれた。
平民で光魔法を持つ私を嫌っているはずなのに。この状況なら事故として処理されてもおかしくはない。
私が勝手に落ちたと言えば、その通りになる。平民と公女様なら、どちらの言い分が信ぴょう性が高いか。考えるまでもない。私の意見などもみ消される。
何もしなかったとしても、誰からも非難されない。
それなのになぜ、私が助かったことに安心しているのか。聞いたら教えてくれるかな?
同じ班のヘリオン・ケールレル様が追いついたときには、信じられない言葉を口にした。

「ユファンを落とそうとしたのか?」

た、確かに。状況だけ見ればそう思うかもしらない。
でも!!違う。公女様は、シオン様は私を助けてくれた。

「勝手な憶測はやめて下さい。私は彼女を助けたまでです」
「信じられんな」

政略結婚とはいえ二人は婚約者。お互いの言葉に棘を感じる。歩み寄ることはなく、決められた線の外側でしか言葉を交わそうとしない。
ヘリオン様はシオン様を最初から信じることなく、突き落とそうとしたのだと決めつけた。
シオン様はヘリオン様に信じてもらえないと最初からわかっているような……。
胸が締め付けられるような痛みが走る。

「お、おまち、くださ…。私はシオン様に助けてもら……」

ヘリオン様は私の言葉さえ信じるつもりはない。シオン様を睨みつけた後、私の手を引いて歩き出す。
慌てて振り返ると、シオン様の瞳に光はなく。
悲しそうな顔をするわけでもない。全てを諦めているような“苦しみ”が表れていた。

そんな顔をさせてしまったのは……私?


レクリエーションが終わると、生徒会のアルフレッド・グラン様にこっそりと呼び出された。
何のことでか察しはつく。朝のことだ。
生徒会長でもあるクローラー様が公に私を呼び出すと不必要な憶測が飛ぶため、アルフレッド様が出向いてくれた。

「噂は本当なのかい」

前を歩くアルフレッド様は振り向くことなく声だけで聞いた。

「はい。ですがきっと、私に至らぬ点があってそれで……。どうかシオン様を責めないで下さい」
「……着いたよ」

生徒会室では目立つため、屋上にクローラー様はいた。
扉を開けてくれたアルフレッド様は、通り過ぎる私を冷ややかな目で見下ろしていた。
階段を降りて行くその背中は、何だか他の人とは違っていて。無性に追いかけたくなったのに、私の意志に反して屋上へと足を踏み入れた。

「こんな所に呼び出してすまない」

風になびく赤い髪が素敵だなと思っていると、鮮やかな瞳が私を見据える。

「今朝のことで聞きたいがある。君はシオン・グレンジャーに突き落とされそうになったのというのは誠か?」

違います!

「はい。後ろから襲われました」

私は……何を言っているの?
やめて。違う!!シオン様は私を助けてくれたの!!
どんなに否定しても、口から出るのは噂の肯定ばかり。
クローラー様は勇気を持って告発してくれたのだと、私を称えてくれた。
真実が言えないことに泣くしかなかった。
弟であるラエル・グレンジャー様も屋上に呼び出されていて。
兄弟というだけあって、ラエル様とクローラー様はよくにている。違うところがあるとすれば、性格。言葉遣いも。感情が表に出やすいところも違うかな。
先程の話を聞いていなかったラエル様に、もう一度同じ説明をすると、目をカッと見開き怒りに飲み込まれていた。

「あの野郎!ふざけやがって!何の罪もないユファンを殺そうとしたってのか!!」

ラエル様が私のために怒ってくれているのは良いこと、なんだろうか?
だってラエル様は「見た目だけでなく中身も醜い」なんてシオン様に暴言を吐く。
シオン様のどこが醜いのか、私にはわからない。陽の下でキラキラ輝く白銀の髪も、どの宝石よりも美しい漆黒の瞳も。私は憧れる。
クローラー様もラエル様も妹であるシオン様より赤の他人である私を信じる。
ヘリオン様も婚約者でありながら会ったばかりの私しか信じようとしない。
御三方は特に女性人気が高いと聞いていたけど、一体どこに惹かれる要素があるのだろう?

こんなにも人として最低な人間、平民にもまずいない。

家族を平気な顔して悪く言う人達と同じ空気なんて吸いたくもない。
早く立ち去りたいのに体は思い通りに動かないし、口から出る言葉は二人への感謝ばかり。
華やかな貴族社会が綺麗な関係性で成り立つものでないことは、私だって理解していた。
入学すると決まったあの日から、覚悟もしてきた。
平民の私が穏やかな学園生活を送れるなんて思ってもいない。
入学式は体育館で行われた。クラスごとにまとまって座る。席は決まっていないため自由。
平民の私が空いている席に座るしかない。最後尾の端っこではなく、真ん中列のド真ん中。完全に貴族に囲まれてしまっている。
全員が私を場違いだと嘲笑っていた。そんな中でシオン様だけが笑うことなく、ただ静かに「黙りなさい」と周りを止めてくれた。
もちろん。私を助けたつもりなんて、ないのかもしれない。本当にうるさかったから静かにさせたかっただけかも。
それでも!!あの瞬間から勝手にシオン様に恩を感じ、いつか返したいと願っていた。
叶うなら私は、シオンと仲良くなりたかった。

なのに……。

これでは恩を仇で返すようなもの。
もしもシオン様が罰せられることになったら、それは私のせい。
誰に縋っていいかもわからず、それでも誰か助けてと、誰にも届かない声で叫んだ。
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