偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜

浅大藍未

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第三章

小さな変化に気付くとき 【クローラー】

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今日のところは屋敷に帰ることにした。一日でも早く出発するため、各々準備があるからだ。
魔物討伐に出掛けることは父上に手紙で知らせた。黙っていなくなるなんて、非常識なことをするのは教養のないバカがすること。

「兄貴」
「どうした。準備は終わったのか」
「それはまだ。あのさ。魔法の特訓。俺にも付けてくれないか」
「どうしたんだ急に。お前は上級魔法を完璧に使えるじゃないか」

ラエルは両の手を開いた。目を閉じて首をゆっくり横に振る。

「最近。魔法を使える回数が減った気がするんだ。大きな魔法を使うのにイメージは完璧なのに、形にならないときも増えた」

ラエルの言い分にドキリとした。
私にも似たようなことが多々ある。初級や中級なら今まで通り扱えるが、上級となると発動しない。
特別編成が組まれた以前の魔物討伐。あの日も使えない魔法が幾つもあった。魔力の減りも異常に早い。
前までなら上級魔法を連続で発動しても魔力が底を尽きることはなかった。
ここ最近はどうだ。思うように満足のいく魔法が使えない。家庭教師だったメイも退職したため、その原因は不明のまま。新たに家庭教師を雇う手もあるが、わざわざ弱味を見せてやる必要はない。

「ラエル。そう深刻になるな。お前は疲れているだけだ」

どんなに優れた魔法使いでも疲労に勝てる者などいない。
無意識に疲れが溜まっていればそれだけで、魔法の制度は落ちる。ストレスなんて以ての外。
私もラエルもシオンに振り回され、ユファンの一件で強いストレスを感じている。
全てにおいてシオンが原因。

「魔法を使うときは肩の力を抜いてリラックスするといい。とはいっても、お前の性格上。難しいかもな」
「うっ……俺だって、そんくらい……出来る」

段々と小声になっていく。口を尖らせたまま目が合わなくなった。
自覚はしているし、直したい気持ちもある。ただ、考えるよりも先に体が動いてしまうだけ。

根は素直で良い奴なんだが。

在学中にもう少し貴族らしくなってくれると助かる。
将来的には私の補佐に回ってもらうつもりだ。本人がその気であれば。
そのときに感情だけで動いてしまうと、他の貴族に舐められる。

「お話中失礼致します、小公爵様。領地にはいつ頃、出発されるのでしょうか」
「なるべく早めを予定している」

執事長は領地からの手紙を手渡した。
干ばつが長引いているせいで川の水は引き上がり、井戸の中には暑さにやられた虫が大量に浮かびとても飲める状態ではない。
近くの街でも同じ現象が起こり、魔道具や魔石の販売がなくなった。
このままでは領民の命が危ぶまれる。

ここまで水不足が深刻になっていたとは。

領地の屋敷は元伯爵夫妻が管理をしてくれている。
魔力はそこそこ高いが、二人は水魔法ではないため状況を打開出来ない。
補償された領地も、また同じことが起きることを懸念して、魔道具の貸出も、魔石を売ることさえしなくなった。
受けた恩を返すことよりも自領を守ることを優先させた結果。
屋敷中の水魔石を集めさせた。
ヘリオンとユファンには、急ではあるが明日の朝、出発したい胸を書いた手紙を出す。返事も貰ってくるよう指示を出し、私達はすぐ準備に取り掛かる。
体を清める魔道具があるから着替えはいらないな。
どうしてものときは道中で買えばいい。
回復魔道具もあったほうがユファンも安心するだろう。魔法を使いこなせていないのに、負担だけをかけさせたくはない。
どの魔道具もさほど大きくはないためかさ張ることもない。
二人からの返事はすぐに届き、出発は朝で構わないと。
ケールレルの領地には水魔法を使う管理人がいるため、そこまで焦ってはいない。

討伐と捜索以外にも、領地の問題まで背負うことになるとは。

解決策には至らなくとも、その場凌ぎでもいいから一時的に水不足を解消しておく。
討伐にそこまで力を入れるつもりはない。目的はあくまでもシオン。
領地を荒らす魔物を倒し、残りは騎士団にでも任せておけばいい。
荷馬車の最終チェックは私とラエルで行う。
積み忘れはない。二重三重と一つ一つを確認した。
領地に配る食料はなるべく日持ちする物を選んだ。
広大で豊かな土地を誇る公爵領の領民が飢えたなどと噂が流れでもしたら、グレンジャーの名は地に落ち、良い笑い者。恥晒しもいいとこだ。

「ユファンの魔法ってさ。汚れた土地を浄化出来たりすんのかな」
「光魔法にそんな効力があるなんて聞いたことはない」

光魔法と闇魔法は古い文献にも詳しくは載っていない。文章が異なるだけで内容自体は同じ。
焼き焦げた森が元に戻るのなら期待してしまうのもよくわかる。
私達の手に負えない以上、誰かに縋るしかない。そして、その誰かはユファン。
入学式で初めて会ったあの日から、ユファンのことを思い出す度に胸が焦がれ体は熱に侵される。
身分を理由に誤魔化し続けてきたが、それも限界。
近くにいればいるほどユファンへの想いが溢れ出す。
私も父上と同じように政略結婚をして、家門の力を強めるつもりだった。
恋だの愛だのくだらないと見下していた感情を私が持つことになるとは思いもしなかった。
好きだと想いを伝えたらユファンを困らせるだけ。それは私の望むところではないため、結局は蓋をしてしまう。
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