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第二章

今になって会いに来た人物は……

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あれから一週間が過ぎようとしていた。
毎日のようにレーツェルの森に足を運びリンゴを採る。
噴水からでは悪目立ちするので、王宮から行くように念を押された。
私とノアールが特殊なだけで、他の人が同じようにレーツェルの森に着くかわからない。水で溺れるかも、全く別のどこかに落ちる可能性もある。
新たに噴水を鑑定しても、レーツェルの森に続く入り口と表示されるようになっただけで、行ける人行けない人が記されていない。
わからないことに手を出し、危険な目に遭わせるのは不本意。
来る時間さえ事前に教えてくれればナンシーを迎えに行かせると言ってくれたけど、色んな人と一言だけでも言葉を交わしたいからと断った。
さて。私の目がおかしくなったわけではなければ奇跡の樹が二本になっている。触れるということは幻覚ではない。ノアールも登ってるし。
リンゴもちゃんと実っている。赤じゃなくて緑。これって王林ってやつだよね。
鑑定してもらうまで口に入れるのはやめておく。万が一があるから。
ずっと使っていた魔法だからだろう。初級魔法はイメージしやすくて使いやすい。
薪を入れるような深い籠に零れない程度にリンゴを入れる。
どんなに高い位置から落とそうとも、傷がついたり傷むこともない。
私が落としてノアールが転がして横にした籠に入れてくれる。二人の連携プレー。
籠はあるだけ貸してもらい、後でナンシーの魔法で取りに来るからそのまま置いておいていいとのこと。

「ね。ノアールはどっちが美味しいと思う?」

両方の匂いを嗅いだノアールは、どっちも食べたいとおねだりをしてくる。
スウェロがいないため水で洗うことは出来ずにお預け状態。
赤いリンゴは皮を剥けばすぐに飛びつく。ノアールの好物はリンゴだね、絶対。

「こっちはレイに鑑定してもらったらね」

こっそりと食べようとするから取り上げた。
何も言わず首を傾げ上目遣いで見てくるなんてあざとい。
可愛さに負けるなんて言語道断。心を鬼にするしかない。

「ダメよ。何かあったら大変でしょ」
【じゃあじゃあ。早く行こ!】

前回のように一瞬で目的地に着く荒業はなく、景色を楽しみながら歩いて行く。
腕の中で体と尻尾をリズム良く揺らすノアールはご機嫌。お預けされても、後に嬉しいことが待っていると気分は上がる。

「ほんと綺麗ね」

ここで暮らしてみたい気持ちが溢れ出てくるけど、私の家はあの丘の上にある。
私が王宮内を出歩くことが当たり前となり、すれ違う人は皆、親しげに声をかけてくれるようになった。

「シオン!ここにいたんだ」

向こうから走ってきたオルゼは息を切らせることなく爽やかな笑顔を作った。
厳しい訓練をこなしているおかげで、ちょっとやそっとじゃ体力は削られない。
私もほぼ毎日、散歩という名の運動をしているのに。あまり体力がついたと実感はない。
走るわけではないから、息を切らすこともないし。

「シオンにお客さん来てるよ」

私に?誰だろう。
リーネットの人なら私の家を知っているから、そっちを訪ねるはず。わざわざ王宮に来る人物。

まさか……。

頭の中に長兄達の顔が浮かぶ。
私のことなんて興味もないくせに。どこで何をしていようが捜すつもりもない。
厄介払いが出来て喜んでいたんじゃないの。

嫌いな人間を無視することがそんなに難しいのだろうか?

だから、屋敷内でもやたらのちょっかいを出してきたのかも。
プライドだけは高いから今更、魔力が下がることが許せないのか。
近くにいるだけで恩恵が受けられるなら顔を合わせないように、どこかに閉じこめておけばいい。

あの地下に死ぬまで幽閉されるの?

どうして!!?私は平穏に暮らしたいだけなのに。
私を傷つけない優しい人がいる国で。それを邪魔する権利なんてあんな奴らにはないでしょ。
そんなに私が幸せになることが許せないの。地べたを這いつくばっているのがお似合いだと嘲笑いたいだけなら、その姿を私の前に現さないで。
望み通り、視界から消えてあげたんだから放っておいてよ。
まだリーネットから貰った恩を返せていない。
抵抗して争うことになったら周りの人を巻き込んでしまう。
傷を負う痛みは誰よりも知っている。故意でなくとも、血が流れたら痛いのだ。
私は他人の痛みがわからない鈍感で愚か者にはなりたくない。
リーネットを出るしかないのだろうか。
近場ではダメだ。もっと遠く。
詳しい外のことなんて何も知らない。とにかく。ハーストとは逆の方向に行けば、いつかはどこかの国に辿り着く。
ノアールがいてくれるなら辛いことはない。

「落ち着いて、シオン。グレンジャーもケールレルも来ていない。アイツらがリーネットに足を踏み入れることは、絶対にないんだから」

そうだ。両家は問答無用で門前払いすると約束してくれていた。
オルゼは冗談のように、でも、本気っぽく。彼らが現れたら首を斬ってやるなんて物騒なことを言い出す。
心強い物言いに緊張の糸が切れ、落ち着きを取り戻す。
でも、それじゃあ誰なんだろ。他に私に会いに来る人なんていたかな。
特に約束をした覚えもないし。

「約束しているわけではないから、シオンが嫌なら無理にとは言わないって言ってた」

応接室で待っていてくれてる、その人の名前を聞くと自然と足は走り出していた。
いつぶりだろう。こんなに全力疾走をしたのは。
応接室に入る前に息を整え乱れた髪を直す。急いで会いに来たと思われるのが恥ずかしい。
ノックをして中に入ると一瞬、固まってしまった。てっきり一人でいるのだと……。
一年以上も会っていないような感覚。実際はそんなに経っていないのに。
何を言えばいいのだろうか。感動の再会なんて経験がない。
もう二度と会うことはないと思っていたから尚更、言葉に詰まる。
私の髪色は黒く変わっているのに、私と認識して穏やかな笑みを浮かべていた。
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