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第二章
似た者同士
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「可愛い!!美人!!黒髪も素敵!!」
私は今、心を無にしている。
明るい緑色の長い髪を風になびかせながら近付いてきた女性。祭りには不向きなお洒落な赤いドレス。溢れ出る気品のオーラ。
目を奪われていると、白く細い指が頬に触れた。
何をされるのか聞こうとした瞬間、その人は私を抱き締めた。益々、訳がわからない。
隣のスウェロは微笑ましく見ているだけ。助けてくれないんだろうなと直感した。
「会いたかったわ。ずっと」
その言葉を皮切りに女性は、テンションMAXの早口で私を褒め続ける。
バッと体を引き離して上から下までじっくり観察したかと思えば語彙力が失われたように、可愛いと美人を連呼。
私だけが状況を掴めていない。
彼女に圧倒されてノアールも威嚇どころではないようだ。
いつの間にか私達は水の箱の中にいた。これはアース殿下の魔法?こんな上級魔法をサラッと使えるなんて。
この人はレイに教わることが本当にあるのだろうか?
「リズ。シオンが困っているよ」
見かねたスウェロがようやく助け舟を出してくれた。
「もしかして、リズシャルネ・シルコット?」
スウェロの婚約者。会ってみたいと思っていたけど、こんなすぐ会えるとは。
リズシャルネは涙を流した。
え、なんで!!?
私に背を向けてしゃがみ込む。ハンカチを差し出しながら、スウェロがその背中をさする。
私?私だよね。私が泣かせたんだよね!?
呼び捨てにしたのが気に食わなかったのかな。スウェロの婚約者に選ばれるなら当然、身分は高い。怒りのゲージを突き抜けてタメ口だったことに泣き出してしまったのかも。
「もう、ほらリズ。早く泣き止んで。シオンが困ってるから」
「だ、だって。だってぇ……私の名前を知ってくれてるんだよ!?これが泣かずにいられると思う!?」
はい?
怒りを通り越して泣いてるんじゃないの?
リズシャルネが落ち着くまで子供をあやすように背中をさすったり、時には頭を撫でたりする。
私は話しかけないほうがいいのだと察し、黙って見守ることにした。
五分は経っただろうか。まだ目に涙は浮かんでいるけど多少は落ち着きを取り戻した。
泣きすぎて目が腫れている。
スウェロが手の平に少量の水を作り出し、リズシャルネの目に当てた。水の中には白い粒子が浮いている。
数秒、当てただけで腫れは綺麗に引いた。
今のは光魔法ではない。水魔法だったはず。腫れは冷やせばいいと聞くけど、水魔法は常温より少し冷たいぐらいの温度。そんなすぐ治るものではない。
水と何かを合わせた複合魔法だとしてもだよ。治せるものなのだろうか。
リーネットには私の知らない魔法の常識があるのかも。
未知の領域にワクワクする反面、あまり足を突っ込まないほうがいいのではと臆病にもなる。
「先程はお見苦しい所をお見せして申し訳ございませんでした」
「見苦しいだなんて、そんな。ちょっと驚いただけですから。私のほうこそ呼び捨てにして申し訳ありません」
謝ったらもっと泣かれた。今度は滝のように流れる。
「リーズー」
「だって……」
「ごめんねシオン。リズは君の、というか。闇魔法を使う人が好き……感謝してるんだ」
「感謝?」
「シルコット家は雷魔法を扱う家系でね。雷魔法は昔から攻撃に特化した魔法なんだ。シルコット家は特に強くて目を付けられていた」
スウェロはリズシャルネの手をギュッと握った。安心を与えているように見える。
「初代ハースト王はシルコット当主を使って罪なき人々を殺させたんだ」
「っ!!」
聞かなければ良かったと後悔した。
気分が悪い。
当時の彼らの気持ちなんて私にはわかるわけもないのに、苦しみと絶望が流れ込んでくるみたいだ。
初代にしてみれば殺させる行為に意味はなく。遊びだったのだろう。もしくは暇潰し。
余興として楽しんでいたのかも。
何にせよ胸くそ悪い。命を命とも思わずに、まるで神にでもなったかのように弄ぶ。
魅了にかかっているせいで逆らうことも出来ずに、雷魔法を持って生まれた自分自身を呪った。
殺した分だけ罪悪感が重くのしかかる。
罪の意識に耐えられず死にたくても、死ねない苦しみ。
心の中で懺悔を繰り返す。
許さないで。死んでも恨んで欲しい。
口にすることすら許されないから、強く願うばかり。
誰かに殺して欲しくてたまらない。
苦しみと悲しみの連鎖に終止符を打ったのが英雄。この祭りの主役。
千年前。世界を救ってくれたから。最初は感謝の気持ちを伝える行事だったのかもしれない。
いつしか感謝は願いに変わる。救って欲しいではなく、見守っていて欲しいと。
リズシャルネが私に……闇魔法の使い手に会いたかった理由が痛いほどよくわかる。
涙を拭いたリズシャルネは私の前に跪く。
「英雄ヘルトは世界を救ってすぐに、その命を天に還しました」
私の手を両手で包み込むリズシャルネは騎士のようなカッコ良さがある。
「感謝しています。助けて頂いたこと」
「私は彼の生まれ変わりではないわ」
「存じております」
千年もの長い間、ずっと感謝を伝えることだけを夢見ていた一族。
私ではなく本人に直接伝えたかっただろうに。純粋な思いを私が受け取ってもいいのだろうか。
せめて私が彼の血筋だったら良かったんだけど。ヘルト早くに親を亡くし天涯孤独。友達はいたけど恋人はいなかった。
当然のことながら子供も。
「シオン。真剣に考えてくれてるとこ悪いけど。リズは闇魔法を使う人はみんな
好きだよ」
「ちょっと!その言い方はやめてよ」
「事実でしょ」
つまり。リズシャルネの感謝の意は私だけではなく、これまでに、これから生まれてくる闇魔法の使い手全員に向けられたもの。
肩の荷が降りたようにホッとした。
リズシャルネの思いを私が受け取ってもいいんだ。受け取るという表現は変か。
その後、当主がどうなったのか聞くのはやめておく。
罪の意識で自ら命を絶ったかもしれない。やり場のない悲しみを向けられ殺さかもしれない。
一族中が非難され、生きていることを否定されたかもしれない。私のように。
あくまでも、“かもしれない”だけであり、真実は違っていることを願う。
苦しいことをわざわざ思い出す必要なんてなく、この話はここで終わらせた。
リズシャルネの態度は暗い過去なんて欠片もなかったように思わせる。スウェロもどう対処していいかわからず放置気味。
「私のことはリズとお呼び下さい。女神様」
「わかりました。では、私のことはシオンでお願いします」
「そんな……。女神様のお名前を私如きが口にするなど」
おっと。リズシャルネはオルゼと同じタイプだったのか。
感動の涙を流すことなく、その瞳は輝きに満ちている。
面白いと言っていた理由がよくわかった。私を前にして情緒不安定になるものの、感情の奥底にありリズシャルネの原動力となっているのは私への崇拝心。
ここで引けばこの先一生、私は神として崇められることとなる。それだけは嫌だ。
強気でただ笑顔でいると、段々とリズシャルネは私から目を逸らしていき、加勢してもらおうとスウェロの袖を掴む。
最早、愛にも似た私への崇拝に嫉妬することはないものの協力はしないようだ。
頑張ってと応援だけはしてくれた。
「シ、シオン様」
胸を抑えながら覚悟を決めたように絞り出された声。私の名前を呼ぶのはそんなにハードルが高いのだろうか。
婚約者の助けを無視し、あまつさえ、この状況を楽しんで見物しているスウェロはドS。
「敬称も外して下さいね。あと敬語も」
「し、しかし……」
「私はね。友達に上下関係はないと思ってるの」
「友達?」
「ええ。私はリズと友達になりたいわ。嫌かしら」
「私もシオンと友達だよ。レックもね」
同性の友達は欲しい。それは私の欲。
リズシャルネには断る権利もある。
停止したであろう思考は徐々に動き出し、頬が赤らんでいく。泣くのを懸命に我慢している。
「リズが嫌なら無理にとは言わないけど」
「ほんとに!!……私、シオン……と、友達になっていいの?」
か、可愛い。
ユファンのように最初から可愛いわけではないけど、とにかく可愛いのだ。ずっと見ていられる。
こちらもまた、子供のようにはにかむ。
純粋無垢という言葉はリーネットのためにあるみたい。
そういえば。ユファンはどうしているんだろう。
不意に存在を思い出した。
親いわけでも、いじめていたわけでもない。
十年も経てば忘れてしまうような時間しか共に過ごしていない赤の他人。
関わりはないに等しかったけど、ユファンは優しかった。
巷で有名な悪役令嬢を庇ったりして。私は突き落としてないからあんな噂が流れたこと自体、不本意だけどね。
長兄を治したことによりユファン株は爆上がり。周りの見る目は変わったのだろうか。
ヒロインだし、最悪の状況が訪れても対象者達がどうにかする。
悪役令嬢である私が早々に退場したため、物語展開は消えた。
単純に平民が気にくわない貴族からはいじめられても、私と婚約破棄をしたことにより大手を振ってユファンを守れる男がいるのも事実。
やっぱりユファンは、三人の誰かと恋に落ちるのかな。恋愛は自由。誰を好きになろうと私が関与するべきではない。そんなものは百も承知。
でもなぁ。人によって態度変えるなんてロクな男じゃない。
「あ!叔父上!!お体はもう大丈夫ですか」
遅れてやって来たレイはスウェロを見るなり嫌そうな顔。あんなにすぐ感情を出すのはスウェロに対してのみ。
それが特別かどうかはさておき。構ってもらえることが嬉しいのか、スウェロは満面の笑みを崩さない。
主人大好き大型犬だ。
さっきまでのリズとそっくり。崇拝する相手を崇める。私はレイのようにあからさまな表情は出さない。あれは信頼関係を築いていなければ失礼に当たるだけ。
薔薇を染めるために連日無理をしたレイは毎年、昼前に祈りを捧げに来る。それまでは仮眠を取って体を休める。帰ったら溜まった仕事の片付け。
レイの辞書に休むの文字はないな。
「祈りは捧げたのか」
「これからです」
「お久しぶりです。レイアークス様」
流れるような美しい所作。指の先まで洗礼された動きは美しい。
意識をしているのではなく、体に染み付いているんだ。
スウェロの婚約者に選ばれるため、もしかしたら王太子妃として厳しく育てられていたのかも。結果としてスウェロは王太子にはならなかったけど。
一日のどれくらいの時間を勉強に費やしてきたのか。
リーネットには学校がない。
座学、作法。その他諸々。デビュタントまでに完璧に身に付ける必要がある。
努力は人を裏切らない。それを体現したかのよう。
昔から付き合いがあるようで仲の良さが伺える。
リズのことも「レディー」と呼んでいることから、女性はみんな「レディー」なのかも。
「少し待っていろ」
レイの登場は人々をざわりとさせた。自然と道が出来る。
薔薇を二本取り出し、金色へと色を変化させた。
スウェロの髪色であり、リズの瞳の色。同じ金色でも多少の違いがある。
手渡された薔薇に二人の頬は綻ぶ。政略結婚なんかではない。
スウェロとリズの間には愛が存在していた。歪みも僅かな曇りもない一途さ。
好きな人が自分を好きになる。私は奇跡の目撃者。
一度でいいから誰かを好きになってみたかった。ヘリオンとの婚約がなくなれば、新たな恋の予感とかも期待していたけど、他人にの中に深く踏み込むつもりはない。
きっと私は、死ぬまで人を好きになることはないだろう。
メイのことも完全には信用していない。悪いのはグレンジャー家で、人知れず私のことを気にかけてくれていたのは素直に嬉しい。でも、見て見ぬふりをされていことも事実。
敵と認識した人を懐に入れるなんてバカな真似はしない。
ブレットは信用、しているのかな。元平民の下級貴族ではグレンジャー家に太刀打ち出来るはずもない。他人のために自分を危険に晒す必要はないんだけどさ。
私は……信用したいのか。私を助けようとしてくれていた二人を。
ただ、信じるにはあまりにも、二人の思いを知るのが遅すぎた。
「レディーはもう祈ったのか」
「はい。国王陛下夫妻の後に」
敬語が気に食わないのかムッとした。
いやいや。公の場ですけど。めちゃくちゃ注目されてますけど。
「何を祈ったんだ?」
不貞腐れた態度はない。大人の対応をしてくれている。子供としてここは素直に甘えておく。
「リーネットのみんなが、ずっと笑顔で幸せでいられるようにって」
「……そうか。ありがとう」
「どういたしまして?」
感謝の意味がわからずお礼が疑問系になってしまう。
「聖女の祈りは特別だ。レディーが国民の幸せを願ってくれるのであれば、彼らや彼女達は必ず幸せになれる」
「それは……逆もですか。私が誰かの不幸を願えばその人達は不幸になる」
「あぁ。ただし、君が暮らす国に与えられるのは幸せのみ。不幸をもたらしたいなら国を出る必要がある」
「つまり、今の私ならハーストを不幸のどん底に落とせると。なるほど、なるほど」
「レディーがそうしたいなら私は止めないが。いいのか?全員が不幸になるんだぞ」
「それは困りますね」
ブレットやアース殿下、そしてユファン。本当に優しい人達だから。
巻き込んでしまうのは忍びない。
その他の人がどうなろうと興味はないけど。
そもそも、こうして関わりを持たなくなっただけで私は満足。
囚われることもなく穏やかな気持ちでいられる。
話し込んでいる内にスウェロとリズは祈りを終えて戻ってきた。
「あれ?」
次はレイの番で一人で中に行ったんだけど、薔薇を手にしていない。手の中に何かを握り締めていた。
窓から差し込む陽の光に照らされる姿は絵になる。
明るい髪色は光が反射して当然のことながら綺麗。レイの暗めの色も陽の下だとまた違って見える。
側近の二人は赤と茶の薔薇を持つ。
みんな、何を祈るんだろう。
また今度聞いてみるか。
仕事に追われ忙しいレイはすぐに帰ってしまうし、スウェロとリズは久しぶりのデートだからと申し訳なさそうに祭りを楽しみに行く。
リズには三人で回ろうなんて提案されたけど、私が一緒だとお邪魔虫になってしまうから気にしないで楽しんで欲しい。
姿が見えなくなるまで何度も振り返っては私に手を振るリズには苦笑いしか出来なかった。
【シオン。楽しい?】
「ええ。すごく」
頬が緩んでいることは気付いている。自然に笑みが零れるぐらいに私の日常は充実している。
嫌な人達と顔を会わせることがないからストレスも溜まらない。
自由の素晴らしさを満喫しているところだ。
「ノアールは何を祈ったの」
【あのね!シオンが泣かないようにって】
「ありがとう、ノアール。大好きよ」
沢山泣いた。心が傷ついた。
助けて欲しくて、声を荒らげ手を伸ばしたいときもあった。助けてもらえないとわかっていても「誰か…」と呟いた日もある。
みっともなく足掻いたところで、彼らからしてみれば地べたを這いずり回る虫けらにしか見えなかったのだろう。
世界は一つではない。小さな世界を飛び出したからこそ気付けたこと。
私は今、心を無にしている。
明るい緑色の長い髪を風になびかせながら近付いてきた女性。祭りには不向きなお洒落な赤いドレス。溢れ出る気品のオーラ。
目を奪われていると、白く細い指が頬に触れた。
何をされるのか聞こうとした瞬間、その人は私を抱き締めた。益々、訳がわからない。
隣のスウェロは微笑ましく見ているだけ。助けてくれないんだろうなと直感した。
「会いたかったわ。ずっと」
その言葉を皮切りに女性は、テンションMAXの早口で私を褒め続ける。
バッと体を引き離して上から下までじっくり観察したかと思えば語彙力が失われたように、可愛いと美人を連呼。
私だけが状況を掴めていない。
彼女に圧倒されてノアールも威嚇どころではないようだ。
いつの間にか私達は水の箱の中にいた。これはアース殿下の魔法?こんな上級魔法をサラッと使えるなんて。
この人はレイに教わることが本当にあるのだろうか?
「リズ。シオンが困っているよ」
見かねたスウェロがようやく助け舟を出してくれた。
「もしかして、リズシャルネ・シルコット?」
スウェロの婚約者。会ってみたいと思っていたけど、こんなすぐ会えるとは。
リズシャルネは涙を流した。
え、なんで!!?
私に背を向けてしゃがみ込む。ハンカチを差し出しながら、スウェロがその背中をさする。
私?私だよね。私が泣かせたんだよね!?
呼び捨てにしたのが気に食わなかったのかな。スウェロの婚約者に選ばれるなら当然、身分は高い。怒りのゲージを突き抜けてタメ口だったことに泣き出してしまったのかも。
「もう、ほらリズ。早く泣き止んで。シオンが困ってるから」
「だ、だって。だってぇ……私の名前を知ってくれてるんだよ!?これが泣かずにいられると思う!?」
はい?
怒りを通り越して泣いてるんじゃないの?
リズシャルネが落ち着くまで子供をあやすように背中をさすったり、時には頭を撫でたりする。
私は話しかけないほうがいいのだと察し、黙って見守ることにした。
五分は経っただろうか。まだ目に涙は浮かんでいるけど多少は落ち着きを取り戻した。
泣きすぎて目が腫れている。
スウェロが手の平に少量の水を作り出し、リズシャルネの目に当てた。水の中には白い粒子が浮いている。
数秒、当てただけで腫れは綺麗に引いた。
今のは光魔法ではない。水魔法だったはず。腫れは冷やせばいいと聞くけど、水魔法は常温より少し冷たいぐらいの温度。そんなすぐ治るものではない。
水と何かを合わせた複合魔法だとしてもだよ。治せるものなのだろうか。
リーネットには私の知らない魔法の常識があるのかも。
未知の領域にワクワクする反面、あまり足を突っ込まないほうがいいのではと臆病にもなる。
「先程はお見苦しい所をお見せして申し訳ございませんでした」
「見苦しいだなんて、そんな。ちょっと驚いただけですから。私のほうこそ呼び捨てにして申し訳ありません」
謝ったらもっと泣かれた。今度は滝のように流れる。
「リーズー」
「だって……」
「ごめんねシオン。リズは君の、というか。闇魔法を使う人が好き……感謝してるんだ」
「感謝?」
「シルコット家は雷魔法を扱う家系でね。雷魔法は昔から攻撃に特化した魔法なんだ。シルコット家は特に強くて目を付けられていた」
スウェロはリズシャルネの手をギュッと握った。安心を与えているように見える。
「初代ハースト王はシルコット当主を使って罪なき人々を殺させたんだ」
「っ!!」
聞かなければ良かったと後悔した。
気分が悪い。
当時の彼らの気持ちなんて私にはわかるわけもないのに、苦しみと絶望が流れ込んでくるみたいだ。
初代にしてみれば殺させる行為に意味はなく。遊びだったのだろう。もしくは暇潰し。
余興として楽しんでいたのかも。
何にせよ胸くそ悪い。命を命とも思わずに、まるで神にでもなったかのように弄ぶ。
魅了にかかっているせいで逆らうことも出来ずに、雷魔法を持って生まれた自分自身を呪った。
殺した分だけ罪悪感が重くのしかかる。
罪の意識に耐えられず死にたくても、死ねない苦しみ。
心の中で懺悔を繰り返す。
許さないで。死んでも恨んで欲しい。
口にすることすら許されないから、強く願うばかり。
誰かに殺して欲しくてたまらない。
苦しみと悲しみの連鎖に終止符を打ったのが英雄。この祭りの主役。
千年前。世界を救ってくれたから。最初は感謝の気持ちを伝える行事だったのかもしれない。
いつしか感謝は願いに変わる。救って欲しいではなく、見守っていて欲しいと。
リズシャルネが私に……闇魔法の使い手に会いたかった理由が痛いほどよくわかる。
涙を拭いたリズシャルネは私の前に跪く。
「英雄ヘルトは世界を救ってすぐに、その命を天に還しました」
私の手を両手で包み込むリズシャルネは騎士のようなカッコ良さがある。
「感謝しています。助けて頂いたこと」
「私は彼の生まれ変わりではないわ」
「存じております」
千年もの長い間、ずっと感謝を伝えることだけを夢見ていた一族。
私ではなく本人に直接伝えたかっただろうに。純粋な思いを私が受け取ってもいいのだろうか。
せめて私が彼の血筋だったら良かったんだけど。ヘルト早くに親を亡くし天涯孤独。友達はいたけど恋人はいなかった。
当然のことながら子供も。
「シオン。真剣に考えてくれてるとこ悪いけど。リズは闇魔法を使う人はみんな
好きだよ」
「ちょっと!その言い方はやめてよ」
「事実でしょ」
つまり。リズシャルネの感謝の意は私だけではなく、これまでに、これから生まれてくる闇魔法の使い手全員に向けられたもの。
肩の荷が降りたようにホッとした。
リズシャルネの思いを私が受け取ってもいいんだ。受け取るという表現は変か。
その後、当主がどうなったのか聞くのはやめておく。
罪の意識で自ら命を絶ったかもしれない。やり場のない悲しみを向けられ殺さかもしれない。
一族中が非難され、生きていることを否定されたかもしれない。私のように。
あくまでも、“かもしれない”だけであり、真実は違っていることを願う。
苦しいことをわざわざ思い出す必要なんてなく、この話はここで終わらせた。
リズシャルネの態度は暗い過去なんて欠片もなかったように思わせる。スウェロもどう対処していいかわからず放置気味。
「私のことはリズとお呼び下さい。女神様」
「わかりました。では、私のことはシオンでお願いします」
「そんな……。女神様のお名前を私如きが口にするなど」
おっと。リズシャルネはオルゼと同じタイプだったのか。
感動の涙を流すことなく、その瞳は輝きに満ちている。
面白いと言っていた理由がよくわかった。私を前にして情緒不安定になるものの、感情の奥底にありリズシャルネの原動力となっているのは私への崇拝心。
ここで引けばこの先一生、私は神として崇められることとなる。それだけは嫌だ。
強気でただ笑顔でいると、段々とリズシャルネは私から目を逸らしていき、加勢してもらおうとスウェロの袖を掴む。
最早、愛にも似た私への崇拝に嫉妬することはないものの協力はしないようだ。
頑張ってと応援だけはしてくれた。
「シ、シオン様」
胸を抑えながら覚悟を決めたように絞り出された声。私の名前を呼ぶのはそんなにハードルが高いのだろうか。
婚約者の助けを無視し、あまつさえ、この状況を楽しんで見物しているスウェロはドS。
「敬称も外して下さいね。あと敬語も」
「し、しかし……」
「私はね。友達に上下関係はないと思ってるの」
「友達?」
「ええ。私はリズと友達になりたいわ。嫌かしら」
「私もシオンと友達だよ。レックもね」
同性の友達は欲しい。それは私の欲。
リズシャルネには断る権利もある。
停止したであろう思考は徐々に動き出し、頬が赤らんでいく。泣くのを懸命に我慢している。
「リズが嫌なら無理にとは言わないけど」
「ほんとに!!……私、シオン……と、友達になっていいの?」
か、可愛い。
ユファンのように最初から可愛いわけではないけど、とにかく可愛いのだ。ずっと見ていられる。
こちらもまた、子供のようにはにかむ。
純粋無垢という言葉はリーネットのためにあるみたい。
そういえば。ユファンはどうしているんだろう。
不意に存在を思い出した。
親いわけでも、いじめていたわけでもない。
十年も経てば忘れてしまうような時間しか共に過ごしていない赤の他人。
関わりはないに等しかったけど、ユファンは優しかった。
巷で有名な悪役令嬢を庇ったりして。私は突き落としてないからあんな噂が流れたこと自体、不本意だけどね。
長兄を治したことによりユファン株は爆上がり。周りの見る目は変わったのだろうか。
ヒロインだし、最悪の状況が訪れても対象者達がどうにかする。
悪役令嬢である私が早々に退場したため、物語展開は消えた。
単純に平民が気にくわない貴族からはいじめられても、私と婚約破棄をしたことにより大手を振ってユファンを守れる男がいるのも事実。
やっぱりユファンは、三人の誰かと恋に落ちるのかな。恋愛は自由。誰を好きになろうと私が関与するべきではない。そんなものは百も承知。
でもなぁ。人によって態度変えるなんてロクな男じゃない。
「あ!叔父上!!お体はもう大丈夫ですか」
遅れてやって来たレイはスウェロを見るなり嫌そうな顔。あんなにすぐ感情を出すのはスウェロに対してのみ。
それが特別かどうかはさておき。構ってもらえることが嬉しいのか、スウェロは満面の笑みを崩さない。
主人大好き大型犬だ。
さっきまでのリズとそっくり。崇拝する相手を崇める。私はレイのようにあからさまな表情は出さない。あれは信頼関係を築いていなければ失礼に当たるだけ。
薔薇を染めるために連日無理をしたレイは毎年、昼前に祈りを捧げに来る。それまでは仮眠を取って体を休める。帰ったら溜まった仕事の片付け。
レイの辞書に休むの文字はないな。
「祈りは捧げたのか」
「これからです」
「お久しぶりです。レイアークス様」
流れるような美しい所作。指の先まで洗礼された動きは美しい。
意識をしているのではなく、体に染み付いているんだ。
スウェロの婚約者に選ばれるため、もしかしたら王太子妃として厳しく育てられていたのかも。結果としてスウェロは王太子にはならなかったけど。
一日のどれくらいの時間を勉強に費やしてきたのか。
リーネットには学校がない。
座学、作法。その他諸々。デビュタントまでに完璧に身に付ける必要がある。
努力は人を裏切らない。それを体現したかのよう。
昔から付き合いがあるようで仲の良さが伺える。
リズのことも「レディー」と呼んでいることから、女性はみんな「レディー」なのかも。
「少し待っていろ」
レイの登場は人々をざわりとさせた。自然と道が出来る。
薔薇を二本取り出し、金色へと色を変化させた。
スウェロの髪色であり、リズの瞳の色。同じ金色でも多少の違いがある。
手渡された薔薇に二人の頬は綻ぶ。政略結婚なんかではない。
スウェロとリズの間には愛が存在していた。歪みも僅かな曇りもない一途さ。
好きな人が自分を好きになる。私は奇跡の目撃者。
一度でいいから誰かを好きになってみたかった。ヘリオンとの婚約がなくなれば、新たな恋の予感とかも期待していたけど、他人にの中に深く踏み込むつもりはない。
きっと私は、死ぬまで人を好きになることはないだろう。
メイのことも完全には信用していない。悪いのはグレンジャー家で、人知れず私のことを気にかけてくれていたのは素直に嬉しい。でも、見て見ぬふりをされていことも事実。
敵と認識した人を懐に入れるなんてバカな真似はしない。
ブレットは信用、しているのかな。元平民の下級貴族ではグレンジャー家に太刀打ち出来るはずもない。他人のために自分を危険に晒す必要はないんだけどさ。
私は……信用したいのか。私を助けようとしてくれていた二人を。
ただ、信じるにはあまりにも、二人の思いを知るのが遅すぎた。
「レディーはもう祈ったのか」
「はい。国王陛下夫妻の後に」
敬語が気に食わないのかムッとした。
いやいや。公の場ですけど。めちゃくちゃ注目されてますけど。
「何を祈ったんだ?」
不貞腐れた態度はない。大人の対応をしてくれている。子供としてここは素直に甘えておく。
「リーネットのみんなが、ずっと笑顔で幸せでいられるようにって」
「……そうか。ありがとう」
「どういたしまして?」
感謝の意味がわからずお礼が疑問系になってしまう。
「聖女の祈りは特別だ。レディーが国民の幸せを願ってくれるのであれば、彼らや彼女達は必ず幸せになれる」
「それは……逆もですか。私が誰かの不幸を願えばその人達は不幸になる」
「あぁ。ただし、君が暮らす国に与えられるのは幸せのみ。不幸をもたらしたいなら国を出る必要がある」
「つまり、今の私ならハーストを不幸のどん底に落とせると。なるほど、なるほど」
「レディーがそうしたいなら私は止めないが。いいのか?全員が不幸になるんだぞ」
「それは困りますね」
ブレットやアース殿下、そしてユファン。本当に優しい人達だから。
巻き込んでしまうのは忍びない。
その他の人がどうなろうと興味はないけど。
そもそも、こうして関わりを持たなくなっただけで私は満足。
囚われることもなく穏やかな気持ちでいられる。
話し込んでいる内にスウェロとリズは祈りを終えて戻ってきた。
「あれ?」
次はレイの番で一人で中に行ったんだけど、薔薇を手にしていない。手の中に何かを握り締めていた。
窓から差し込む陽の光に照らされる姿は絵になる。
明るい髪色は光が反射して当然のことながら綺麗。レイの暗めの色も陽の下だとまた違って見える。
側近の二人は赤と茶の薔薇を持つ。
みんな、何を祈るんだろう。
また今度聞いてみるか。
仕事に追われ忙しいレイはすぐに帰ってしまうし、スウェロとリズは久しぶりのデートだからと申し訳なさそうに祭りを楽しみに行く。
リズには三人で回ろうなんて提案されたけど、私が一緒だとお邪魔虫になってしまうから気にしないで楽しんで欲しい。
姿が見えなくなるまで何度も振り返っては私に手を振るリズには苦笑いしか出来なかった。
【シオン。楽しい?】
「ええ。すごく」
頬が緩んでいることは気付いている。自然に笑みが零れるぐらいに私の日常は充実している。
嫌な人達と顔を会わせることがないからストレスも溜まらない。
自由の素晴らしさを満喫しているところだ。
「ノアールは何を祈ったの」
【あのね!シオンが泣かないようにって】
「ありがとう、ノアール。大好きよ」
沢山泣いた。心が傷ついた。
助けて欲しくて、声を荒らげ手を伸ばしたいときもあった。助けてもらえないとわかっていても「誰か…」と呟いた日もある。
みっともなく足掻いたところで、彼らからしてみれば地べたを這いずり回る虫けらにしか見えなかったのだろう。
世界は一つではない。小さな世界を飛び出したからこそ気付けたこと。
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