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第二章

祈花祭

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祭り当日は天気に恵まれていた。
雲一つない晴れやかな青空。国中どこもかしこも熱気に包まれる。
メイは店の仲間から手伝いを頼まれていて、オルゼは祭りの警備。
浮かれた気分と、朝からアルコールを摂取した大人は毎年、問題を起こすため騎士団がパトロールをするようになった。
通りには屋台がズラリと並ぶ。
神社とかで行われる祭りと違って大規模なもので、それぞれの店が自慢の一品を売り出す。
普通の祭りと同じような屋台もある。
小さな村、要は田舎から出稼ぎに来ている人も多い。
何から食べようか目移りしてると、やはりここにもリンゴはない。
祭りの定番(私にとって)であるリンゴ飴がないなんて。

【シオン。あれ食べたい】

輝かせる視線の先には焼き鳥に似た、串に刺さったお肉。
屋台に並んでいるのは魔物の肉である。
人に害をもたらすだけではなく食用の魔物も生息している。
マジかよ。
聞いたとき、素でそう驚いた。
私も前世では鴨肉とか好きだったし、ジビエ料理だって存在していた。
それらと同じだと思えばいい。
売られているのだから、食べられると証明されているのだ。魔物だからと邪険にする理由はない。
値段が高くなるにつれて魔物の階級が高い。上級はかなり美味しいけど、下級が不味いというわけでもない。

【シオンシオン。食べたい!!】

猫はお肉食べていいんだっけ?

しっかり火は通っていて生ではないから危険はない。でもなぁ。タレがたっぷりと塗られてるし。
うーん、悩む。

【シオン~~!!】

興奮状態で頬をバシバシされるけど痛くはない。

「私と半分こね」

手間をかけて悪いと思いつつ、新しいのを焼いてもらう。タレをつけずに。
味付けされていない柔らかいものを注文。

「お待ちどう、聖女様」
「ありがとう」

ここで食べるのは商売の邪魔になるため、設けられた飲食スペースまで移動。
ベンチに座ると待ちわびたようにノアールのキラキラ光線が発射される。

「熱いから気を付けてね」

食べやすいように串から外すと、勢いよくお肉にかぶりつく。尻尾は高速で動き秒で完食。すぐさまおかわりを求めて私を見る。
これは……半分こは無理そうね。
一本の串にお肉は四個。美味しそうに頬張る姿を見ると、ついついあげたくなる。
満足したノアールは一人で食べ切ったことに気付き、恐る恐るといった感じで私を見上げた。

【み、みゃー……】

力ない鳴き声。お詫びか謝罪か。肩に飛び乗っては遠慮がちに体を擦り寄せてくる。

「怒ってないよ」

顎を撫でればパァっと笑顔になった。
癒される。普段と違う景色が楽しい。
ここでノアールと祭りの雰囲気と音を楽しむのもアリかも。
膝に乗せて小さな体を撫でる。日差しが気持ち良い。
心が軽い。
平穏は……幸せだ。
私はずっとこれを求めていた。

「あー!聖女様!」
「エルメ。そんなに急いでどこに行くの」
「聖女様も早く早く!」

質問には答えてくれることなく、ただただ私の手を引いて走っていく。
その表情はどこか嬉しそう。
王都中央部に建てられた真っ白な建物。黒く塗られた扉には月と星の絵。まるで夜空をイメージさせる。
高い位置に小さな窓があり、そこから陽射しが差し込む。夜になればあそこから月明かりに照らされる。
入り口に置かれた木箱には薔薇の花が詰められていた。

何が始まるのだろう?

わからず見ていると、王様と王妃様が現れた。
二人の手には七色の薔薇が。繊細で美しい色合い。

「今年も祈りを捧げよう」

隣にいたエルメが説明をしてくれた。
この祭りは祈花祭きかさいと言い、祈りを捧げる祭りである。やり方は簡単で、前の二人を見たらすぐに出来るらしい。
扉は開けっ放しで中の様子は見える。
奥に作られた祭壇に薔薇を置き、左胸に手を当てながら片膝を付く。
神社の参拝みたい。
二人は同じタイミングで立ち上がり建物を出た。

「シオン嬢も来てくれていたのか」

私に気付いて声をかけてくれた王様に挨拶をしようと慌てて頭を下げると、温かい手が肩に触れた。

「私はただの王にすぎない。国を作り、国を支えてくれているのは民だ。私達は対等なのだから、かしこまらないでくれ」

温かいのは手だけではない。
その眼差しもだ。王としてではなく、まるで父親が子供を見るような、そんな目。
紛れもなく欲しかった家族からの愛。
我が子のように頭を撫でてくれる手に、瞳が潤む。
こんな人が親で在って欲しかった。

「私も……祈っていいですか」
「もちろんだ」

薔薇は好きな色を選べる。
赤、青、黄、緑、茶、黒。
この世界の薔薇は白一色。染めるためには専門の技術がいる。めんどくさいので誰もやらない。
色を付けるだけなら絵の具で塗ればいいだけ。ちゃんとした方法でなければ薔薇は枯れてしまう。
色彩魔法を持つレイなら一瞬。祭りの準備というのは薔薇を染めること。一色ならともかく、虹色に染めるのは難しいなんてものではない。
繊細で均等。且つ美しい光を放つ。
魔力コントロールが一番だと言っていた言葉の意味を深く理解した。
別の誰かが色彩魔法を持っていたとして、同じように染められるかと聞かれたら、恐らく無理だ。元々の才能に合わせて寝ずの努力。
何百何千回、失敗しても諦めることも、腐ることもなく。なぜダメだったのか原因を追求し、改善する。
前例のない魔法だとしても、自身の魔法と向き合うことをやめない。

そりゃチートにもなるわけだ。

身分に胡座をかくだけでなく才能と、努力を怠らない。
レイが慕われ好かれる理由がよくわかった。
見た目だけではない。
人は頑張る人が好きだから。
黒い薔薇を手にした。ノアールも同じく黒を選択。
中央を歩いて奥に辿り着き、端に薔薇を置いた。
先程見たように、左胸に手を当てながら片膝をつく。このときに祈るのだろう。
祈るって何を祈るんだろうか。叶えたい願い?
それだと祈りではない気がする。
事前にこういう祭りだと知っていれば考えてきたのに。

「祈り……」

世界平和とか、そんな大層なことでなくていい。
優しくて温かい、リーネットの人々がいつまでも笑顔で、幸せであるように。
ただ、それだけを祈り、願う。
建物を出るとさっきよりも人が集まっていた。貴族も平民も入り交じっているのに、差別的雰囲気はない。

「シオン嬢」
「スウェロ殿下」
「この後、予定は?」
「特には」
「じゃあ話し相手になってくれないかな?」

断る理由はない。
人気と注目が集まる王様と王妃様は戻り、順番にみんな、薔薇を持ち祈る。
私達は建物の近くに座っている。スウェロ殿下が作った水の椅子に。
ウォーターベッドみたいな心地良さ。人をダメにするソファーだな、これは。
スウェロ殿下には婚約者がいて、彼女が来るまで一人で待っているのは寂しいからと私に声をかけた。
私の知識が正しければ普通、婚約者というのは男性が女性を家まで迎えに行く。
お人好しオーラ全開のスウェロ殿下が婚約者を蔑ろにするなんてありえない。きっと、事情があるのだろう。
人様のプライベートに首を突っ込むつもりはない。双方が納得している関係なら、それでいいじゃないか。
スウェロ曰く、リズシャルネ・シルコットはとても面白いかわいい人。

当て字が酷いな!

会えばわかると言うのに、会わないほうがいいと言われる。
気になる。どんな人なんだろう。リズシャルネ嬢。
人が代わる代わる集まってくる。屋台を出している人は順番に。
一度に密集するのは避けているらしく、毎年の行事だからこそみんな時間を決めている。
その甲斐あって混雑することもない。一人一分もかからないためスムーズだ。
通りで元気良くはしゃいでいた子供達もここでは行儀が良い。大人にそうしろと言われたからではなく、この場所が神聖であると大人達の態度を見て学んでいる。
時に教育とは、言葉や教材だけでは不十分。子供は親や周りにいる大人を見て育つ。良いことも悪いことも含めて。

「ごめんね。そろそろリズも来るはずだから」

私の時間を奪っている罪悪感に駆られたスウェロ殿下は申し訳なさそう。
ブラブラするか、どこかに座って過ごすだけのつもりだったから気にしなくていいんだけどな。
今なら周りに人はいない。レイに頼まれたことを話し合うチャンス。

「スウェロ殿下は」
「スウェロでいいよ。叔父上やレックとは対等なのに、私だけ距離があるなんて寂しいじゃないか」

いじけた様子はない。無論、拗ねているわけでも。寂しいというのは本当みたい。

「じゃあ……スウェロ」
「うん」

オルゼに似た子供っぽい笑顔。
三人兄弟の長男。今年で二十歳。まだあどけなさは残り、童顔で幼さが感じられるため十代でも痛痒する。
こんなにも威厳のない王族も珍しい。
争いごとが苦手で、どんな罪も最終的には許してしまいそう。

「スウェロはレイに憧れてるんだよね?レイの仕事を全部、引き継ぎたいぐらい」
「そうだよ。あの人は私の目標なんだ。あんな大人になりたいと今でも思ってる」
「騎士団の試験は宰相の仕事じゃないよね」
「…………うん。あれは叔父上だけの特別な仕事」

ああ、スウェロ。貴方。とっくの昔から気付いていたのね。自分には剣術の才能はない。努力しても平均値にすら届かないことを。
毎日、剣を振っても変わるわけでもない。頭で理解し、とうに現実も見ている。
それなのになぜ、努力をやめないのか。「無駄」の一言で終わってしまうようなことを続ける意味とは。
理由いみがあるからやっているのではない。
憧れ尊敬し、ひたすら追いかけてきたその背中は一度として諦め挫折することはなかった。
目標に一歩でも近付くために歩みは止めない。例え、無駄な行動だったとしても。
スウェロの周りは優しい人しかいないから嫌な役目は私が引き受ける。

「スウェロに剣術は向かないよ」

何も言わない。手を組んで目を伏せたまま。
私は構わず続ける。

「努力を続けるのはいいけど、レイと同じように試験をするのは無理。だってそうでしょう?オルゼの団は魔物討伐を専門とした文字通り、命を懸ける団なのよ。スウェロに勝ったら入団なんて試験としては生ぬるいわ」
「わかってる。そんなこと」
「いいえ。何もわかってない。スウェロ。貴方は自分のことを何も」
「才能がないことは誰よりも自覚している」
「ほら!何もわかってない!」
「え?」
「貴方に才能がないのは剣術だけ。魔法の才能はあるのよ!!貴方が憧れるレイだって、そのことを認めているんだから!!」

ポカンと口を開けたままのスウェロは言葉の意味を理解しようと必死。
誰かに言われたことを思い出して、辿り着いた答え。
空にめいっぱい手を伸ばす。握り締められた手の中に何が入っているのか。

「魔法を教えたらいいと思う。剣術は無理でも、その人に合った魔法の使い方とかさ」
「出来るかな。私に」

オルゼがあんなにも絶賛していた。兄という色眼鏡はなく、一人の人間として評価しているに過ぎない。
憧れの人と全く同じ道は歩めなくても、新しい道を自分を作り歩んで行く。用意されたレールの上を歩くだけでは成長は望めない。

「魔法が怖いんだ。昔、弟を怪我させてしまってから」

幼少期のトラウマは簡単には拭えない。
スウェロがこんなにも人当たりの良い好青年なのは、争わないため。
他国では喧嘩のときに魔法が使用されることも多い。些細な言い争いから次第に感情が爆発。誰かが仲裁に入る頃には魔法のぶつかり合い。
家の中ならいくらでも喧嘩して構わない。被害はそこだけに留まるのだから。
治安の悪い国ほど、そういうことが起こりやすい。
リーネットには根が優しい人達ばかりだから安心かと思いきや、外からやってきた商人やリーネットを格下に見ている他国の貴族は気性が荒かったりする。
相手が無闇に攻撃してきたら魔法を使って防御したり拘束するしかないけど、スウェロはそれさえ怖くてたまらない。
万が一にも魔力が暴走して魔法が抑えられなくなったら。
今度は怪我だけでは済まない。

「私も怖いよ。魔法を使うこと」

役に立ちたくて、恩を返したくて魔力コントロールを教わっている。
魔道具でも治せない致命傷を治せれば多くの命が救われる。頭ではわかっていても、闇は全てを飲み込む魔法。
たった一度の失敗が取り返しのつかないことにだってなる。
未来を想像することが怖い。
私ではない誰かに任せればいい。そう思うこともある。責任を他人に押し付けて。私には無理だからと後ろに下がる。
自分がやると決めたのなら、やり遂げなければならないのに。

「でもね。私に出来ることがあるなら、逃げたくないって思ってる」
「シオンは強いね」
「強くないよ。だって、私一人では絶対に前に進めなかったから」

失敗を許してくれる人。私を諦めないでくれる人。
生死を強要しない人達。
彼らや彼女達の存在が立ち止まった私の背中を支えてくれる。

「怖いことがあるなら私が隣にいる。だから、一緒に頑張ろう」

私なんかでは説得力に欠けるだろうけど、未熟者同士、頑張っていけたらなと思う。
才能の塊でもあるスウェロを未熟者扱いするのは失礼極まりないけど。
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