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第二章

…でなければ意味がない【ヘリオン】

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それは突然だった。
俺の新しい婚約者が決まった。
南の国の公女。日差しが強い国で育った公女の肌は焼けてはいるものの、鮮やかな青い髪と秋の爽やかを連想させるオレンジの瞳。皆が口を揃えて言う。
「シオンとは大違い」だと。笑いながら、本心で。「あれと結婚しなくて良かった」と。
やめろ。シオンを悪く言うな。
俺にとって美しいも愛おしいも全て、シオンだけ。
王命はあくまでも婚約破棄のみ。新たにシオンと婚約するなと命があったわけでもない。俺の結婚相手はシオンだと、初めて出会ったあの日から決めていた。
婚約破棄を命じられて、一年も経てばシオンはまた俺の元に戻ってくる。そう……信じていたのに。
姿を消した。行方がわからない。小公爵が捜しているのに情報の一つも手に入らないなんて。



『婚約者の名誉を失墜させる』



そんなつもりはなかった。
噂なんて時間が経てば誰もが忘れる。俺だけがシオンの無実を知っていればいいと思っていた。
人や世界がどれだけシオンを否定しようとも、俺は味方であると、そう伝えたかっただけ。
グレンジャー家で酷い扱いを受けているのは知っていた。助けたいと思っていた。いや、助ける以外の選択肢など俺には存在しない。 
毎日、何気ないことで笑って、愛しい人と過ごす時間。
訪れる幸せな未来にいつだって胸を膨らませていた。

「次の休み。エイダ嬢がわざわざ会いに来てくれるのよ。粗相のないようにね」
「母親。俺は婚約なんてしません」
「何を言っているの!!そんなワガママ許しません!!」
「俺の結婚相手はユファンだけだ!!」

……は?俺は何を言っているのだ?
なぜ、無関係のユファンの名が出てくる。
俺はシオンを愛しているはずなのに、頭の中には笑ったユファンの顔ばかり浮かぶ。ユファンに名前を呼ばれるのが嬉しい。シオンとの関係を嫉妬されることが喜ばしい。

「あの平民のことね。確かに光魔法は珍しいけど、魔力が貴方と釣り合っていないわ」
「今はまだ、です。卒業までには魔力は増えて、必ず俺と釣り合うようになります」

釣り合うからなんだと言うのだ!俺はユファンと結婚するつもりはない!!
自分の意志に反して思ってもいないことが次から次へと。

「それに!シオンのような、おぞましい姿と違ってユファンは愛らしく、彼女との子供なら醜い容姿にはなりません」

違う。俺はシオンを醜いと思ったことも一度もない。
「おぞましい」と口にしたのは、俺がそう言うと期待していた従者の手前仕方なく。
決して本心ではない!!

「そうね。それでは期限を設けましょう。卒業までにユファン嬢の魔力が貴方と釣り合ったら、婚約を認めます」

母上は厳格な人だ。身分が平民ならば絶対に認めるはずがないのに。
生気のない瞳は俺を映すことなく、部屋を出た。
ひとまず時間は稼げた。卒業までエイダ嬢との婚約は保留。ユファンの頑張りによって、俺達の将来が決まる。
ユファン?違う!!
俺の未来はシオンと共にしかない。
母上は遠路はるばる出向いてくれる公女に婚約を保留にして欲しいなどとお願いするつもりなのか。
南のほうは温厚な人が多いらしいが、こちらから婚約を申し込んでおきながら、こちらの都合でなかったことにするなんて許されるはずとない。
バカ正直にユファンの魔力が上がるのを待つと言うわけもないし。
あろうことか平民と一緒になりたいがために他国の公女を蔑ろにするなど。
大公家当主として、その夫人として。良心はケールレルの名を守ってきた。俺とユファンのために納得させてくれればそれでいい。
あの小さな体で。健気で強いユファンを俺が支えてあげたい。

「違う!!!!」

シオンはいじめてなんかいない。
学園にいるときはいつも友人といた。ユファンだってずっと俺の傍に……。
思い返してみれば俺の行動はおかしい。
婚約者であるシオンよりもユファンを選び、授業も移動でさえ隣にいたのはユファン。
あのときは、それがおかしなことだとは思わず、当たり前の気がしていた。
平民であるユファンはいきなり貴族の世界に放り込まれ、光魔法を持っただけで闇魔法のシオンに目の敵にされる。
俺が傍にいて守る以外の方法はなかった。
考えれば考えるほど思考が正常に働かない。

おかしかったのは学園内だけか?

引き出しの中にはシオンから貰った手紙の山。
笑ってしまうことに俺は、これらに返事を書いたことが一度もない。それどころか上に積まれた手紙は封すら開いていなかった。

いつから手紙は届かなくなったのだろうか。

会えない時間を埋めるようにとシオンから提案されて、返事は気が向いたときでいいと。
週に一度。シオンからの手紙は嬉しくあり、煩わしかった。
どの手紙も握り潰した跡がある。破り捨てはしなかったが、しわくちゃだな。
手紙を取り出して読んでいく。
なんてことはない。他愛もない文章。
その日の天気。夫人の庭で花が咲いた。
俺と会えないのが寂しい。
どんな本を読んだのか。誰とお茶会をして、どんな話で盛り上がったのかまで。
本当に他愛もなく、くだらない内容。
どんな仕打ちを受けているのかも、助けて欲しいとも綴られていない。
定型文のように手紙の最後には「貴方を愛せることを幸せに思う」と。

「これなら。この手紙さえあれば……!!」

アース殿下の誤解も解ける。
最初こそ政略結婚だったかもしれないが、俺とシオンは互いを必要として、愛し合っているのだと。
手紙を全て開封すると、そこにあるのは“現実”のみ。
途中から手紙は真っ白。文字を書こうとした形跡すらない。白紙の便箋を折って封に入れただけ。
これも……これもこれも全部!!
手紙には日付けも記されていて、週に一度だったのが二週間に一度、半月、最終的に月に一度になっていた。
出会って十年後には手紙が届くことすらなくなった。
二人で出掛ける回数が増えたからではない。俺に期待することをやめたのだ。
ただ、それだけ。
愛が消えても付き合っていたのは、俺達は所詮、政略結婚だったから。
互いの利益を尊重するだけの間柄。
俺が感じていたシオンの愛は偽物だったのか……?
そんなはずはない。俺達の過ごした時間は本物だった!

「シオン!俺は君を愛してる!!」

やり直そう。ゼロから。
俺達の未来はこんなことで終わっていいものではない。
シオンを強く想えば思うほど、二人の思い出が消えていく。
闇に侵食されていくかのように、黒く塗り潰される。
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