36 / 56
第二章
ほんの少し、見る目が変わった世界
しおりを挟む
本当に招待状が届いた。しかもドレス付きで。
凝った作りではなく一般の令嬢が着るようなドレスではあるけど。
黒とは大胆な。
パーティー開始の鐘がなる前にレイの側近が迎えに来てくれる。
侍女も一緒にとのことだったから遠慮なく来てもらった。
ただ、メイは侍女ではなくメイド。
メイを平民と言うには所作は美しく、貴族と勘違いされていてもおかしくはない。
私としては侍女でもメイドでも、どちらでもいいのだ。だから、訂正するつもりもない。
会場は広くて多くの貴族が集まっている。
煌びやかで、まるで物語の世界。
独身(と思われる)女性はレイが参加していることに驚きながらも、そのカッコ良さに頬を赤らめていた。
王弟ともなれば玉の輿だもんね。狙いたくなるわ。
王様の挨拶。騎士団への労いの言葉。
全てが終わるとダンスの時間。
もしも気のせいでないのなら、周りの視線が痛い。
黒髪、しかもショート。黒色ドレスは派手で目立つ。
令嬢や夫人達はみんな、サラサラ艶々の長い髪。
どんな手入れをしたらあんな風になるのか。
昔は羨ましかった。普通でいられることに。
誰かに羨ましがれなくても、否定的な目を向けられないだけで良かった。あんな色じゃなくて、赤とか青とかさ。
パーティーには興味ないと参加を断れば良かったな。
「あんな美しいご令嬢、見たことないな」
「どこの家門だ?」
「ファーストダンスを申し込んでもいいのか」
「なっ、俺だって彼女を誘いたい!」
私を見ながらコソコソ言われている。
目は良いけど耳は普通だからな。何を言われているのか聞こえない。
こんなめでたい日にわざわざ陰口を叩く陰険な人がいるわけないのに。
私は場違いで、来ないほうがみんなの為だったのかも。
ドレスまで貰って、パーティーが始まってすぐに帰るのは失礼すぎる。
メイは四十代とはいっても、気品に溢れていて同年代の男性に囲まれている。
ダンスを申し込まれているのかな?
既にペアになっているのは婚約者や恋人。
必ずしも踊らなければならないわけでもなく、食事を楽しむ人、見るに徹する人も少なくはない。
私は壁の花にでもなっていよう。
大人しく隅っこで。存在感を消すことを徹底すると決めた。
「レディー。私と踊ってはくれないか」
移動しようとすると多くの視線を集めながらレイが私にダンスを申し込んできた。
会場にいる全女性が驚いている。私とメイを除いた、だけど。
「というか、踊って欲しい」
レイの声は疲れている。王様を気にしているらしく、命令なんだと納得した。
この手を掴まなければレイに恥をかかせてしまう。
引かれない程度の笑みを浮かべて、手を重ねた。
「ちなみに私、踊れませんよ」
貴族の作法を教えてくれる家庭教師はおらず、身近にいたメイの行動を見て覚えるしかなかった。それでも、淑女とは程遠い悪役令嬢になってしまったけどね。
学園に通っていればダンスも習えたかもしれない。
習ったところで踊る相手はいないんだけど。婚約者のギリで踊ってくれる人はいたとしても、すぐに愛する女性の元に行ってしまう。
同じ相手と二度は踊れないと、貴族のマナーを理由に。
「気にしなくていい。私も最後に踊ったのは四十年以上も昔だ」
腰に手を回され密着度が増す。
音楽はゆっくりで、ペースも速くない。私をリードしてくれるレイはブランクなんて感じさせない。
私はただ力を抜いて完全にレイに身を任せているだけ。
踊っていないと言ったのは嘘ではない。そんな嘘をつく必要はないし。
私の緊張を解かせ肩の力を抜かせるためだろう。
「私と踊ってくれるのは王様の命令ですか」
「本当は自分が踊りたいと言っていたが、陛下のファーストダンスの相手は王妃だと代々決まっているのだ」
「あら。私ってば王様に気に入られていたのですね」
わざとらしい物言いにレイはポカンとした後、小さく笑う。私の発言に乗るように「そのようだな」と返してくれた。
私が腫れ物扱いされないように、王様がかなり気を利かせてくれていることがわかる。
招待した側としては私が壁の花になるのは避けたかったのかも。
黒髪に偏見がないとはいえ、見ない顔は遠巻きにされてもおかしくはない。陰口はないにしても、私が嫌な思いをしないための配慮。
巻き込まれたレイは可哀想だけどね。
「レイアークス様はいいのですか。婚約者を放っておいて」
「私の心配をしてくれるのか」
「自分の心配です。恨まれて刺されるのが嫌ですから」
こんなに魅力しかない人と付き合っていたら、彼女も不安の種が尽きないだろう。
結婚してもモテることは絶対だし。
嫉妬と不安で彼女の心が壊れてしまないかが心配。
でも、レイって一途そうだし余計なお世話かも。
「私には婚約者も恋人もいないから安心するといい」
「意外ですね」
「女性とは一度も付き合ったことはない」
「そうなんで……え?」
今、とんでもなく恐ろしいことを聞いたような。
レイは至って普通。
うん。聞き間違いだ。絶対そう!
この歳まで付き合ったことないって、それって……そういうことになるよね。
だって、そんなことあるわけ……。
「王族なら政略結婚とかあるんじゃないですか」
関係を結べば両国に利益がもたらされる。それを蹴ってまで独身を貫く理由。
かつては婚約していた令嬢がいたけど、病か事故で若くして命を落とした。それからずっと、彼女のことを想っている。
切ない片想いのようなロマンチックな展開に胸が高鳴る。物語で読むよりリアルに目の前にあるワクワクが止まらない。
「最初は国の利益のために、そうするつもりだった」
私の予想という名の妄想は大ハズレ。
結婚願望がないわけでも、女性に興味がないわけではないのか。
王族として国のことを考えていたわけだし。
それがなぜ、誰とも付き合ったことがないのか。
一番の謎を聞こうと思っていたらダンスは終わった。
「それではレディー。パーティーを楽しんでくれ」
私に背を向けたレイは一歩もそこから動かず、王様を見ては項垂れていた。
「あ、あの!ご令嬢。次は私と踊って頂けませんか」
「先に私と!」
さっき向こうでヒソヒソ話していた男性陣が勢いよく走ってきた。勢いがありすぎて思わず後ずさってしまう。
ポカンとする私をよそに彼らの熱はすごい。
誘いを受けることは別にいいんだけど、レイのように完璧にリードしてくれないと足を踏む。最悪、転倒もありえるだろう。
恥をかくとわかっているのに申し出は受けられない。
いや!別に!彼らのダンスが下手と決まったわけではなくて!!
私の中でレイが最高で完璧になってしまっているから、恐らくもう更新はされない。
「すまないがレディーの両手は先約済みだ」
そう言いながら私の手にはノアールが乗せられた。
か……可愛い!!
首には赤い蝶ネクタイ。お洒落のつもりなのかな。可愛すぎるんだけど!
毛並みもいつもよりサラッとして、念入りにブラッシングされたことがわかる。
何がなんだかわかっていないノアールはキョトンとしたまま。
無性に撫で回したいけど、そんなことをしたら折角の毛並みが。
【シオン~。これとって】
前足でどうにか解こうとするノアールは蝶ネクタイがお気に召していない。
首が締まる感覚が苦しいのかも。首輪は嫌がる素振りなかったのに。ゆったりじゃなくて、キュッと締まってるのが苦しいのかな。
嫌がるノアールでさえ可愛すぎる。
「ふふ。ノアール。可愛いよ。似合ってる」
【ほんと!?じゃあ、とらなくていいよ】
ドヤ顔で蝶ネクタイを見せてくるノアールがほんともう可愛い。
「それとレディー。良ければ少し話さないか」
レイの表情は断らないでくれと言っていて、王様から念を送られているのが原因。
めちゃくちゃ気を遣ってくれている。私が困らないように。
そしてやっぱり、巻き込まれたレイが可哀想。
優しさを無下には出来ずに小さく頷く。さっきまで囲まれていたのに自然と道が作られる。
男性陣には断りを入れると、激しく首を振りながら身を引いた。
王弟殿下で宰相。身内でもない限り割って入ってくるのは難しい。
よっぽど鈍感か無神経か、自信があって勇敢を無謀と履き違えている人でないと。
これ以上ないガード。
会場内は騒がしいからと、テラスに移動した。
レイはアルコールを、私はカクテルを持って。
カクテルといってもお酒ではない。
成人がアルコールに対して未成年がジュースというのは響き的に……という制作側の意見から炭酸ジュースをカクテルと呼ぶようにしたとネットで読んだことがある。
二種類しかないけど。青と緑。両方ともサイダー。
わかりやすく言うとクリームソーダのアイスが乗っていないバージョン。
確かにジュースよりもカクテルのほうがお洒落ではあるけども。
ただのジュースもこんな綺麗なグラスに入ってるだけで高級な飲み物にしか見えない。
「ノアール。飲んだらダメよ」
匂いを嗅いで舐めようとするノアールをグラスから離す。
じっと私を見つめたあと、ぴょんとレイの肩に飛び乗った。
珍しい。私以外の人に乗るなんて。
体が小さく体幹がしっかりしているノアールはトテトテと腕を歩く。
今度はレイの飲み物をロックオン。アルコールはもっとダメなのに。
匂いを嗅いだノアールは顔を赤くしながらバタンと倒れた。
落ちる前に受け止めたおかげでノアールに怪我はない。
すっかりダウンしたノアールを抱いたまま、レイと肩を並べて街の明かりを眺める。
ここからの景色も綺麗だな。
「レイアークス様が未だに独身なのはなぜですか?」
今なら時間はあるし、聞いてもいいかなと思った。
レイは視線だけ動かして私を一瞥して、夜景を見ながらお酒を一口飲む。
無視された……よね。今。
もしかして地雷だった?
プライベートすぎることに赤の他人が踏み込みすぎるのは良くないか。
話題を変えよう。
「王族主催のパーティーって豪華ですね」
また一口飲んだ。それだけ。
そっか。身分があまり好きではないレイからしたら、この話題もNG。
となると、王子のことも触れないほうがいいか。
遠目からだったけど功績を称えられた王子は元気そうだったし。
丈夫というのはあながち嘘ではない。
「いや、てか!おかしいですよね!?急に無視される意味がわからないんですけど」
踊ってるときは普通に会話してくれていたのに、二人になった瞬間に口を閉ざす理由って何?
私の発言が気に入らなかったとかなら、言ってくれないとわからない。
してはいけないこと、既にやってしまったことなら教えて……くれないと。
間違ってることを教えてもらえないのは辛い。見放されて切り捨てられる感じがする。
心が……痛い。
「公の場ではあるが、今は二人きりだ。呼び方も話し方も、かしこまる理由はあるのか」
「……え?まさか、そんなことで無視したんですか?」
「私にとっては重要だ。王弟でも宰相でもない。一個人として接して欲しい」
「わかりま……わかった」
子供っぽい一面がおかしくてつい笑みが零れる。
人の上に立つ身分で生まれた人は、早々その身分を手放せないし、奪われることもない。
私達が知らないだけで苦労していたんだな。
「レイはどうして独身のままなの?女性恐怖症とか?それとも初恋の人が忘れられないとか?」
「期待に応えられなくて悪いが、誰かを好きになったこともない」
「それは……ごめん」
「なぜ謝られたのかは敢えて聞かないが。そんなにおかしいか。恋愛経験がないのは」
「おかしいというか。理由は気になる」
レイは会場内にいる王様を見ながら、半分残ったお酒を飲み干した。
「私は器用な人間ではない。それだけだ」
そして、語ってくれた。
独身を貫くと決めた理由を。
凝った作りではなく一般の令嬢が着るようなドレスではあるけど。
黒とは大胆な。
パーティー開始の鐘がなる前にレイの側近が迎えに来てくれる。
侍女も一緒にとのことだったから遠慮なく来てもらった。
ただ、メイは侍女ではなくメイド。
メイを平民と言うには所作は美しく、貴族と勘違いされていてもおかしくはない。
私としては侍女でもメイドでも、どちらでもいいのだ。だから、訂正するつもりもない。
会場は広くて多くの貴族が集まっている。
煌びやかで、まるで物語の世界。
独身(と思われる)女性はレイが参加していることに驚きながらも、そのカッコ良さに頬を赤らめていた。
王弟ともなれば玉の輿だもんね。狙いたくなるわ。
王様の挨拶。騎士団への労いの言葉。
全てが終わるとダンスの時間。
もしも気のせいでないのなら、周りの視線が痛い。
黒髪、しかもショート。黒色ドレスは派手で目立つ。
令嬢や夫人達はみんな、サラサラ艶々の長い髪。
どんな手入れをしたらあんな風になるのか。
昔は羨ましかった。普通でいられることに。
誰かに羨ましがれなくても、否定的な目を向けられないだけで良かった。あんな色じゃなくて、赤とか青とかさ。
パーティーには興味ないと参加を断れば良かったな。
「あんな美しいご令嬢、見たことないな」
「どこの家門だ?」
「ファーストダンスを申し込んでもいいのか」
「なっ、俺だって彼女を誘いたい!」
私を見ながらコソコソ言われている。
目は良いけど耳は普通だからな。何を言われているのか聞こえない。
こんなめでたい日にわざわざ陰口を叩く陰険な人がいるわけないのに。
私は場違いで、来ないほうがみんなの為だったのかも。
ドレスまで貰って、パーティーが始まってすぐに帰るのは失礼すぎる。
メイは四十代とはいっても、気品に溢れていて同年代の男性に囲まれている。
ダンスを申し込まれているのかな?
既にペアになっているのは婚約者や恋人。
必ずしも踊らなければならないわけでもなく、食事を楽しむ人、見るに徹する人も少なくはない。
私は壁の花にでもなっていよう。
大人しく隅っこで。存在感を消すことを徹底すると決めた。
「レディー。私と踊ってはくれないか」
移動しようとすると多くの視線を集めながらレイが私にダンスを申し込んできた。
会場にいる全女性が驚いている。私とメイを除いた、だけど。
「というか、踊って欲しい」
レイの声は疲れている。王様を気にしているらしく、命令なんだと納得した。
この手を掴まなければレイに恥をかかせてしまう。
引かれない程度の笑みを浮かべて、手を重ねた。
「ちなみに私、踊れませんよ」
貴族の作法を教えてくれる家庭教師はおらず、身近にいたメイの行動を見て覚えるしかなかった。それでも、淑女とは程遠い悪役令嬢になってしまったけどね。
学園に通っていればダンスも習えたかもしれない。
習ったところで踊る相手はいないんだけど。婚約者のギリで踊ってくれる人はいたとしても、すぐに愛する女性の元に行ってしまう。
同じ相手と二度は踊れないと、貴族のマナーを理由に。
「気にしなくていい。私も最後に踊ったのは四十年以上も昔だ」
腰に手を回され密着度が増す。
音楽はゆっくりで、ペースも速くない。私をリードしてくれるレイはブランクなんて感じさせない。
私はただ力を抜いて完全にレイに身を任せているだけ。
踊っていないと言ったのは嘘ではない。そんな嘘をつく必要はないし。
私の緊張を解かせ肩の力を抜かせるためだろう。
「私と踊ってくれるのは王様の命令ですか」
「本当は自分が踊りたいと言っていたが、陛下のファーストダンスの相手は王妃だと代々決まっているのだ」
「あら。私ってば王様に気に入られていたのですね」
わざとらしい物言いにレイはポカンとした後、小さく笑う。私の発言に乗るように「そのようだな」と返してくれた。
私が腫れ物扱いされないように、王様がかなり気を利かせてくれていることがわかる。
招待した側としては私が壁の花になるのは避けたかったのかも。
黒髪に偏見がないとはいえ、見ない顔は遠巻きにされてもおかしくはない。陰口はないにしても、私が嫌な思いをしないための配慮。
巻き込まれたレイは可哀想だけどね。
「レイアークス様はいいのですか。婚約者を放っておいて」
「私の心配をしてくれるのか」
「自分の心配です。恨まれて刺されるのが嫌ですから」
こんなに魅力しかない人と付き合っていたら、彼女も不安の種が尽きないだろう。
結婚してもモテることは絶対だし。
嫉妬と不安で彼女の心が壊れてしまないかが心配。
でも、レイって一途そうだし余計なお世話かも。
「私には婚約者も恋人もいないから安心するといい」
「意外ですね」
「女性とは一度も付き合ったことはない」
「そうなんで……え?」
今、とんでもなく恐ろしいことを聞いたような。
レイは至って普通。
うん。聞き間違いだ。絶対そう!
この歳まで付き合ったことないって、それって……そういうことになるよね。
だって、そんなことあるわけ……。
「王族なら政略結婚とかあるんじゃないですか」
関係を結べば両国に利益がもたらされる。それを蹴ってまで独身を貫く理由。
かつては婚約していた令嬢がいたけど、病か事故で若くして命を落とした。それからずっと、彼女のことを想っている。
切ない片想いのようなロマンチックな展開に胸が高鳴る。物語で読むよりリアルに目の前にあるワクワクが止まらない。
「最初は国の利益のために、そうするつもりだった」
私の予想という名の妄想は大ハズレ。
結婚願望がないわけでも、女性に興味がないわけではないのか。
王族として国のことを考えていたわけだし。
それがなぜ、誰とも付き合ったことがないのか。
一番の謎を聞こうと思っていたらダンスは終わった。
「それではレディー。パーティーを楽しんでくれ」
私に背を向けたレイは一歩もそこから動かず、王様を見ては項垂れていた。
「あ、あの!ご令嬢。次は私と踊って頂けませんか」
「先に私と!」
さっき向こうでヒソヒソ話していた男性陣が勢いよく走ってきた。勢いがありすぎて思わず後ずさってしまう。
ポカンとする私をよそに彼らの熱はすごい。
誘いを受けることは別にいいんだけど、レイのように完璧にリードしてくれないと足を踏む。最悪、転倒もありえるだろう。
恥をかくとわかっているのに申し出は受けられない。
いや!別に!彼らのダンスが下手と決まったわけではなくて!!
私の中でレイが最高で完璧になってしまっているから、恐らくもう更新はされない。
「すまないがレディーの両手は先約済みだ」
そう言いながら私の手にはノアールが乗せられた。
か……可愛い!!
首には赤い蝶ネクタイ。お洒落のつもりなのかな。可愛すぎるんだけど!
毛並みもいつもよりサラッとして、念入りにブラッシングされたことがわかる。
何がなんだかわかっていないノアールはキョトンとしたまま。
無性に撫で回したいけど、そんなことをしたら折角の毛並みが。
【シオン~。これとって】
前足でどうにか解こうとするノアールは蝶ネクタイがお気に召していない。
首が締まる感覚が苦しいのかも。首輪は嫌がる素振りなかったのに。ゆったりじゃなくて、キュッと締まってるのが苦しいのかな。
嫌がるノアールでさえ可愛すぎる。
「ふふ。ノアール。可愛いよ。似合ってる」
【ほんと!?じゃあ、とらなくていいよ】
ドヤ顔で蝶ネクタイを見せてくるノアールがほんともう可愛い。
「それとレディー。良ければ少し話さないか」
レイの表情は断らないでくれと言っていて、王様から念を送られているのが原因。
めちゃくちゃ気を遣ってくれている。私が困らないように。
そしてやっぱり、巻き込まれたレイが可哀想。
優しさを無下には出来ずに小さく頷く。さっきまで囲まれていたのに自然と道が作られる。
男性陣には断りを入れると、激しく首を振りながら身を引いた。
王弟殿下で宰相。身内でもない限り割って入ってくるのは難しい。
よっぽど鈍感か無神経か、自信があって勇敢を無謀と履き違えている人でないと。
これ以上ないガード。
会場内は騒がしいからと、テラスに移動した。
レイはアルコールを、私はカクテルを持って。
カクテルといってもお酒ではない。
成人がアルコールに対して未成年がジュースというのは響き的に……という制作側の意見から炭酸ジュースをカクテルと呼ぶようにしたとネットで読んだことがある。
二種類しかないけど。青と緑。両方ともサイダー。
わかりやすく言うとクリームソーダのアイスが乗っていないバージョン。
確かにジュースよりもカクテルのほうがお洒落ではあるけども。
ただのジュースもこんな綺麗なグラスに入ってるだけで高級な飲み物にしか見えない。
「ノアール。飲んだらダメよ」
匂いを嗅いで舐めようとするノアールをグラスから離す。
じっと私を見つめたあと、ぴょんとレイの肩に飛び乗った。
珍しい。私以外の人に乗るなんて。
体が小さく体幹がしっかりしているノアールはトテトテと腕を歩く。
今度はレイの飲み物をロックオン。アルコールはもっとダメなのに。
匂いを嗅いだノアールは顔を赤くしながらバタンと倒れた。
落ちる前に受け止めたおかげでノアールに怪我はない。
すっかりダウンしたノアールを抱いたまま、レイと肩を並べて街の明かりを眺める。
ここからの景色も綺麗だな。
「レイアークス様が未だに独身なのはなぜですか?」
今なら時間はあるし、聞いてもいいかなと思った。
レイは視線だけ動かして私を一瞥して、夜景を見ながらお酒を一口飲む。
無視された……よね。今。
もしかして地雷だった?
プライベートすぎることに赤の他人が踏み込みすぎるのは良くないか。
話題を変えよう。
「王族主催のパーティーって豪華ですね」
また一口飲んだ。それだけ。
そっか。身分があまり好きではないレイからしたら、この話題もNG。
となると、王子のことも触れないほうがいいか。
遠目からだったけど功績を称えられた王子は元気そうだったし。
丈夫というのはあながち嘘ではない。
「いや、てか!おかしいですよね!?急に無視される意味がわからないんですけど」
踊ってるときは普通に会話してくれていたのに、二人になった瞬間に口を閉ざす理由って何?
私の発言が気に入らなかったとかなら、言ってくれないとわからない。
してはいけないこと、既にやってしまったことなら教えて……くれないと。
間違ってることを教えてもらえないのは辛い。見放されて切り捨てられる感じがする。
心が……痛い。
「公の場ではあるが、今は二人きりだ。呼び方も話し方も、かしこまる理由はあるのか」
「……え?まさか、そんなことで無視したんですか?」
「私にとっては重要だ。王弟でも宰相でもない。一個人として接して欲しい」
「わかりま……わかった」
子供っぽい一面がおかしくてつい笑みが零れる。
人の上に立つ身分で生まれた人は、早々その身分を手放せないし、奪われることもない。
私達が知らないだけで苦労していたんだな。
「レイはどうして独身のままなの?女性恐怖症とか?それとも初恋の人が忘れられないとか?」
「期待に応えられなくて悪いが、誰かを好きになったこともない」
「それは……ごめん」
「なぜ謝られたのかは敢えて聞かないが。そんなにおかしいか。恋愛経験がないのは」
「おかしいというか。理由は気になる」
レイは会場内にいる王様を見ながら、半分残ったお酒を飲み干した。
「私は器用な人間ではない。それだけだ」
そして、語ってくれた。
独身を貫くと決めた理由を。
280
お気に入りに追加
1,086
あなたにおすすめの小説
【完結】高嶺の花がいなくなった日。
紺
恋愛
侯爵令嬢ルノア=ダリッジは誰もが認める高嶺の花。
清く、正しく、美しくーーそんな彼女がある日忽然と姿を消した。
婚約者である王太子、友人の子爵令嬢、教師や使用人たちは彼女の失踪を機に大きく人生が変わることとなった。
※ざまぁ展開多め、後半に恋愛要素あり。
[完結]愛していたのは過去の事
シマ
恋愛
「婚約破棄ですか?もう、一年前に済んでおります」
私には婚約者がいました。政略的な親が決めた婚約でしたが、彼の事を愛していました。
そう、あの時までは
腐った心根の女の話は聞かないと言われて人を突き飛ばしておいて今更、結婚式の話とは
貴方、馬鹿ですか?
流行りの婚約破棄に乗ってみた。
短いです。
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
もふきゅな
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
【完結】死がふたりを分かつとも
杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」
私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。
ああ、やった。
とうとうやり遂げた。
これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。
私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。
自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。
彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。
それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。
やれるかどうか何とも言えない。
だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。
だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。
詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます!
◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。
【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。
大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」
「サム、もちろん私も愛しているわ」
伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。
告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。
泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。
リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。
どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。
悪役令息(冤罪)が婿に来た
花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー
結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!?
王女が婚約破棄した相手は公爵令息?
王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした?
あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…
その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た
彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す
そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を
彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を
その数日後王家から正式な手紙がくる
ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと
「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」
イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する
「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」
心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ
※ざまぁ要素はあると思います
※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる