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涙の女の子【アルフレッド】
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馬車に乗り込み、正面に座ったアース殿下は深いため息をついた。
会話が漏れないように魔法が張られる。馬車は出発した。
「望み通り、グレンジャー嬢の婚約は破棄してきた」
「本当にありがとう」
「珍しいな。君が他人の人生に関わろうとするなんて」
「だって、尊厳は守られるべきだろう?」
レクリエーションの日。ヘリオン・ケールレルが会長の元に訪れた。
婚約者の兄だし、会うのはさほど珍しいことではない。
何の話をするのかと思えば、周りに人が大勢いるにも関わらず、シオン・グレンジャーがユファン嬢を裏山の崖から突き落とそうとしたと言った。
悪名しかない彼女の噂は瞬く間に広がっていく。
会長は真偽を確かめることなく鵜呑みにし、光魔法への嫉妬だと決め付けた。
誰も彼も、彼女ならどんな言葉を投げかけてもいいと思っている。
理由は簡単。彼女が悪女だから。
悪人には心がないのだから何を言ってもいい。本気でそう思っているからこそタチが悪いのだ。
言葉はナイフだ。簡単に人を殺せる。
この世界に住むどれだけの人間が、彼女に心があり、涙を流すのだと知っているのだろうか。
被害者と噂されるユファン嬢。彼女は学園内で一度として噂を否定したことがない。
見るからに策略を練れるタイプではなさそうだが、まるで彼女が悪女となることを望むかのように、本当に動かない。
誰に真偽を問われても笑って誤魔化すだけ。その態度が噂に真実味を与えている。
「アルフレッド。もしかして君、好きなのかい。グレンジャー嬢のことが」
初めて彼女を見たのは馬車の中から。移動の最中、たまたま外に目を向けると女の子が黒い猫を抱き抱え泣いている姿。
胸がチクリとした。
比較的平和なこの国で、どう見ても貴族令嬢が道の端で泣いていたのだ。誰も気に留める様子はない。
まるで見えていないかのような、そんな感じだった。
あの日から僕はずっと彼女を、シオン・グレンジャーのことばかり考える。
今日も泣いているのか。明日は笑っているだろうか。
叶うなら……僕が傍にいてずっと守っていきたいなんて、そんな……。
「うん。好きだよ」
彼女が婚約破棄を望んでいると知ったのは偶然。レクリエーションの翌朝。
彼女のほうから婚約者に婚約破棄を申し出た。
答えはダメだったが、あれは紛れもなく彼女の本心。その心を見抜いていながらも、大公家の力で彼女を縛る。
だからこそ、彼自身に婚約破棄するように勧めた。
彼女の無実を信じることなく、思い込みだけで悪人に仕立てようとするほど、彼女のことが嫌いなんだと思ったから。
大人しく婚約破棄をしてくれれば、アース殿下の力を借りずに済んだのに。
「じゃあ、グレンジャー嬢に婚約を申し込むのか?」
「いや。それはまだ」
「まだ?」
「卒業してからだって、父上と約束してて。ようやくあと一年を切った。待てるよ、僕は」
「その間に新しい婚約者が出来たら、どうするつもりだ?」
「その辺は心配してない。だって、彼女と魔力が釣り合う男なんて、早々いないだろ?」
ケールレルを除けば、アース殿下や実兄達しか残っていない。その辺はちゃんと調べてある。
「そんな恋に浮かれた君に面白いことを一つ、教えてあげよう。グレンジャー嬢、虐待を受けている可能性がある」
「…………は?」
アース殿下はこの手の嘘はつかない。
「頬に殴られた跡があった。私とグレンジャー嬢が二人で話をしているとき、護衛に使用人を観察させていたがとても公爵家に仕える人間の態度ではなかったと」
「使用人もグルだとでも?」
「あぁ。そうだろうね」
「彼女は闇魔法の使い手だぞ!!?」
「公爵に王宮からの手紙は読んでいるかと確認したところ、読んでいると答えた」
ありえない。バカなんじゃないか、グレンジャー家。
屋敷の中で虐待やいじめが行われていたとしたら、それはいつから?
猫を拾ったときにはもう……?
彼女は独りだったんだ。ずっと、何十年も。
胸が痛い。彼女が受けてきた痛みはこんなものではないはず。
誰にも助けを求めることなんて出来ずに、人知れず涙を流していた小さな女の子。
闇魔法への妬みだったとしてもやり過ぎだ。
わかっていないのか。会長も弟も、魔力が桁外れに増えたのは闇魔法の恩恵であると。
もし、わかっていながら虐待をしているのであれば、心の底から軽蔑する。
「卒業まで待たずに、攫ってしまえばいいのに」
「そうだね。それが許されるなら、僕もそうするさ」
卒業式に彼女に好きだと伝えよう。
君を幸せにするチャンスを与えて欲しいとお願いする。
嫌だと断られたら……何度でもアタックすればいい。
一度や二度、フラれたからと諦めるほど僕の想いは安っぽくはない。鬱陶しがられても、僕は本気で彼女が好きだ。
僕の隣で笑顔で幸せでいる。そんな当たり前の日常となる未来は捨てられない。
彼女は……シオンは僕の初恋で、この想いを超える恋なんて一生出来ないのだから。
アース殿下の言う通り、すぐにでも攫ってしまえば良かったと後悔したのは、僅か三日後のことだった。
会話が漏れないように魔法が張られる。馬車は出発した。
「望み通り、グレンジャー嬢の婚約は破棄してきた」
「本当にありがとう」
「珍しいな。君が他人の人生に関わろうとするなんて」
「だって、尊厳は守られるべきだろう?」
レクリエーションの日。ヘリオン・ケールレルが会長の元に訪れた。
婚約者の兄だし、会うのはさほど珍しいことではない。
何の話をするのかと思えば、周りに人が大勢いるにも関わらず、シオン・グレンジャーがユファン嬢を裏山の崖から突き落とそうとしたと言った。
悪名しかない彼女の噂は瞬く間に広がっていく。
会長は真偽を確かめることなく鵜呑みにし、光魔法への嫉妬だと決め付けた。
誰も彼も、彼女ならどんな言葉を投げかけてもいいと思っている。
理由は簡単。彼女が悪女だから。
悪人には心がないのだから何を言ってもいい。本気でそう思っているからこそタチが悪いのだ。
言葉はナイフだ。簡単に人を殺せる。
この世界に住むどれだけの人間が、彼女に心があり、涙を流すのだと知っているのだろうか。
被害者と噂されるユファン嬢。彼女は学園内で一度として噂を否定したことがない。
見るからに策略を練れるタイプではなさそうだが、まるで彼女が悪女となることを望むかのように、本当に動かない。
誰に真偽を問われても笑って誤魔化すだけ。その態度が噂に真実味を与えている。
「アルフレッド。もしかして君、好きなのかい。グレンジャー嬢のことが」
初めて彼女を見たのは馬車の中から。移動の最中、たまたま外に目を向けると女の子が黒い猫を抱き抱え泣いている姿。
胸がチクリとした。
比較的平和なこの国で、どう見ても貴族令嬢が道の端で泣いていたのだ。誰も気に留める様子はない。
まるで見えていないかのような、そんな感じだった。
あの日から僕はずっと彼女を、シオン・グレンジャーのことばかり考える。
今日も泣いているのか。明日は笑っているだろうか。
叶うなら……僕が傍にいてずっと守っていきたいなんて、そんな……。
「うん。好きだよ」
彼女が婚約破棄を望んでいると知ったのは偶然。レクリエーションの翌朝。
彼女のほうから婚約者に婚約破棄を申し出た。
答えはダメだったが、あれは紛れもなく彼女の本心。その心を見抜いていながらも、大公家の力で彼女を縛る。
だからこそ、彼自身に婚約破棄するように勧めた。
彼女の無実を信じることなく、思い込みだけで悪人に仕立てようとするほど、彼女のことが嫌いなんだと思ったから。
大人しく婚約破棄をしてくれれば、アース殿下の力を借りずに済んだのに。
「じゃあ、グレンジャー嬢に婚約を申し込むのか?」
「いや。それはまだ」
「まだ?」
「卒業してからだって、父上と約束してて。ようやくあと一年を切った。待てるよ、僕は」
「その間に新しい婚約者が出来たら、どうするつもりだ?」
「その辺は心配してない。だって、彼女と魔力が釣り合う男なんて、早々いないだろ?」
ケールレルを除けば、アース殿下や実兄達しか残っていない。その辺はちゃんと調べてある。
「そんな恋に浮かれた君に面白いことを一つ、教えてあげよう。グレンジャー嬢、虐待を受けている可能性がある」
「…………は?」
アース殿下はこの手の嘘はつかない。
「頬に殴られた跡があった。私とグレンジャー嬢が二人で話をしているとき、護衛に使用人を観察させていたがとても公爵家に仕える人間の態度ではなかったと」
「使用人もグルだとでも?」
「あぁ。そうだろうね」
「彼女は闇魔法の使い手だぞ!!?」
「公爵に王宮からの手紙は読んでいるかと確認したところ、読んでいると答えた」
ありえない。バカなんじゃないか、グレンジャー家。
屋敷の中で虐待やいじめが行われていたとしたら、それはいつから?
猫を拾ったときにはもう……?
彼女は独りだったんだ。ずっと、何十年も。
胸が痛い。彼女が受けてきた痛みはこんなものではないはず。
誰にも助けを求めることなんて出来ずに、人知れず涙を流していた小さな女の子。
闇魔法への妬みだったとしてもやり過ぎだ。
わかっていないのか。会長も弟も、魔力が桁外れに増えたのは闇魔法の恩恵であると。
もし、わかっていながら虐待をしているのであれば、心の底から軽蔑する。
「卒業まで待たずに、攫ってしまえばいいのに」
「そうだね。それが許されるなら、僕もそうするさ」
卒業式に彼女に好きだと伝えよう。
君を幸せにするチャンスを与えて欲しいとお願いする。
嫌だと断られたら……何度でもアタックすればいい。
一度や二度、フラれたからと諦めるほど僕の想いは安っぽくはない。鬱陶しがられても、僕は本気で彼女が好きだ。
僕の隣で笑顔で幸せでいる。そんな当たり前の日常となる未来は捨てられない。
彼女は……シオンは僕の初恋で、この想いを超える恋なんて一生出来ないのだから。
アース殿下の言う通り、すぐにでも攫ってしまえば良かったと後悔したのは、僅か三日後のことだった。
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