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その日の夢

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今日一日で半年ほどの疲れが溜まった。何もする気にはなれずに、帰ってすぐに横になった。
部屋には鍵をかけた。
うるさい外の声が聞こえないように薄い膜も張った。
魔法っていうのは実に便利だ。
やりたいことを具体的にイメージするだけで再現出来てしまう。闇魔法だからというのも理由の一つなんだろう。
他の魔法では完全に音を遮断するのは不可能。全てを飲み込む闇にしか成しえない。
しまった。ノアールの遊び道具を買ってない。
明日また行けばいいや。とにかく私はこの家にいる時間を一秒でも短くしたい。

【シオン。扉の向こうで誰かが呼んでる】
「あら~。ノアールは本当に耳がいいのね」

扉を破壊しないとこから使用人ね。
何にせよ開けるつもりはない。私は眠い。
ノアールを抱きしめていると誰からも与えられない温もりに心が安らぐ。
重たい瞼は閉じて私はすぐに落ちた。




ん……?ここは……。グレンジャー家じゃない。
小さくて庶民的で、懐かしさを思わせる。
花村桜わたしが暮らしていた家だ。
空でも飛んでいるのだろうか。上から見てる感じ。

「これって……」

私の目の前には、お母さんと私の死体に抱きついている藤兄。その後ろには哀れな目を向ける警察官。
私が殺された日の続き?

「ごめ…ごめんな桜。ダメな兄でごめんな……!!」

子供のように泣きじゃくる藤兄にはカッコ良さなんてなかった。
藤兄の涙の訳はすぐに明かされた。
天才だと言われ続けた藤兄はいつしか周りの期待がプレッシャーとなり、次第に心が潰れていった。
その結果が殺人あれだ。
今となっては後悔しているらしいけど、だから何?って感じ。
それなら殺す前に相談してくれればよかった。家族なんだからいくらでも一緒に悩んだのに。
何も言わずに殺される恐怖。
死んだら終わりなのよ。全て。
私は一生藤兄を許さない。


「ラエル様!!お待ち下さい!!」

ん……?騒がしいわね。
目をこすりながら体を起こすと、土を槍の形に変えた魔法が私に向けられていた。
どういう状況かはすぐに理解した。
次男に殺されかけてるのね。はいはい。
あれでしょ?この男はユファンに一目惚れした。そのユファンを崖から落とそうとした私を許すわけがない。
このシーンはゲームにもあった。大丈夫。私はここでは死なない。
長男が次男を呼びに来て、盛大な舌打ちをしながら窓に魔法を放った。
実際その通りになった。
何してくれてんのあのバカは。寒いでしょうが。

「最悪」

夢のせいもあってか気分は沈む。
寝落ちから一時間も経っていない。ノアールはまだ夢の中。
たまたま通りがかったメイド達はクスクスと笑う。
キッと睨みつけるとそそくさといなくなった。

「失礼しますお嬢様。公爵様より新しいメイドが決まるまで世話係を仰せつかりました」
「…………だから?」
「はい?」
「公爵様の命令だから何?婚約者のいる貴族令嬢の部屋に勝手に入っていい理由になるの?もし公女が若い執事を夜な夜な部屋に招いてると噂になったらどう責任を取るつもり」
「そんな……。私は公爵様の命令で」
「だーかーらー!!その公爵様が言ったの?私の部屋に勝手に入っていいと」
「い、いえ。それは……」
「立場を弁えなさい!!」

顔を引っぱたいて部屋を追い出した。
予想以上に腐ってるわ。グレンジャー家。
その血を引く三人も仕える使用人達も。
そんなに私のことが嫌いならさっさと殺してしまえばよかったのに。屋敷にいる人間全員が口裏を合わせれば完全犯罪が成立する。
公爵家を疑う者はいない。いたとしても口にはしない。巨大な権力を敵に回すバカはいないということ。
ショールをかけてノアールを抱き上げた。
壊された窓から下に降りる。
夜風に吹かれながら庭の花を眺める。ここにあるのは全部、公爵夫人が手塩に育てたもの。だから使用人もその思いを引き継いで大切に手入れをする。
子供の頃はここに来るのを禁止されていた。闇魔法が花を枯らせると思われていたからだ。
ここにはバカな大人しかいない。子供には何を言っても言葉の意味がわからないと思い、幼い頃シオンを貶めることを言ってはさっきみたいに笑っていた。

「普通ね」

大切に育てているからどれほどのものか期待していたのに、これなら道に咲いてる花のほうが綺麗。
こんな花のために名誉もプライドも傷つけられていた。
悔しいのは今はまだそんな家に縋るしかない自分の弱さ。悪役令嬢わたしだけでは生きていけない。

「お願いよノアール。貴方だけはどこにも行かないで」

星に願った。
何を奪われてもいい。でもノアールだけは、私のたった一人の家族だけは奪わないでと。
私を転生させた神様でもいいから。どうか……。
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