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入学式の朝

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きてしまった。面倒な朝が。
昨日のうちから用意していた制服に着替えると自然とため息をついた。
今日から三年間。興味のない魔法や歴史を学ぶ。
魔力を持つ人間は問答無用で入学が決まる。
とは言っても、貴族しか通わない別名金持ち学校。
この国で貴族以外が魔力を持つことはほとんどない。
下の者は媚びへつらい、上の者は見下す。
それがあの学園の正体。

何が楽しいのかしら。そんな無意味なこと。

鏡でチェックした。
ふむ。まぁまぁね。
桜咲くこの季節をずっと待っていた。
楽しみにしていた。

「私は何を……?」

こんな面倒なことを楽しみにしていた?
ふざけないで。
三年間も不自由を強いられるのよ。
赤の他人と半日も過ごさなきゃいけないなんて地獄。それなら自分の部屋に引きこもるほうがマシ。
ノアールと過ごす時間のほうが有意義。
頭の中に記憶と感情。私のものでない二つが駆け巡る。
痛みから足に力が入らなくなり、倒れはしなかったものの鏡を倒してしまった。
割れた鏡の破片にはが映った。

「お前は……。私は……」

遠くで誰かが呼んでいる。
それは私ではなく『私』にだ。
花村桜。十六歳。
高校入学を楽しみにしていた前世の私。

「はは……。夢……じゃないよね」

思い出すと自然と涙が零れた。
生前の私の家はお金持ちではないけど貧乏でもなかった。早くに父を亡くし女手一つで私と兄を育ててくれた母と三人暮らし。
私は全てにおいて普通……もしくはちょい下ぐらい。兄である藤兄は天才だった。勉強もスポーツも他者を寄せ付けない圧倒的才能の持ち主。
それなのに誇示したりしない優しい性格。そんな藤兄が私は大好きだった。
本当に大好きだったんだ。
あの日までは……。
殺されたのだ。私は。高校入学式の日に。
他の人より何倍も努力して友達と同じ高校に受かって、浮かれ気分だった私は訳もわからないまま母の血がついた包丁で心臓をひと突き。
痛みや恐怖よりも、藤兄に裏切られたことのショックのほうが大きくて、悲しみのなか生涯を終えた。

そしてーーーー。

乙女ゲーム『公女は諦めない』の悪役令嬢に転生したわけね。
状況は理解した。
で?
よりによってシオン?
ひじょーーーにマズい。
悪役令嬢ってこともそうだけど、まずシオンは公女ではない。ただの平民。
よくある話で本物の公女はヒロインであるユファン。
公爵夫人が赤子を取り替えさせたのだ。公爵の愛を試すように。
まぁ結果は最悪。十六年もの間、何も気付かなかった。
そりゃそうよね。家族として向き合ったことなんてないんだから。
問題は他にもある。
兄二人だ。
長男のクローラーと次男のラエル。
シオンのことをめちゃくちゃ嫌ってる。
公爵夫人は三人目を産んで亡くなった。二人にとって妹は母親を殺したも同然の存在。
お兄様と呼ぼうものなら顔を引っぱたかれた。それ以来、小公爵様と他人行儀になった。
マザコン気質なんだろうね。でなきゃあの仕打ちはおかしい。
この屋敷のメイドは小公爵様に惚れている。
顔も地位も良く、まさに優良物件。
そんな二人のためならばとこぞってシオンに嫌がらせをする。
やり返すのは必ず公爵様がいるときだけと知っているからこその暴挙。
詳しい説明は書かれてなかったけど、そもそも知ってるんだけどね。小公爵様は。
シオンが何をされているか。知った上で責任を擦り付けてる。
最低な兄だ。
プレイしてるときは兄との禁断の恋で萌えてたけど、実際に性格を知ってしまうと恋するどころか嫌いにしかならない。
今だってあんな大きな音がしたのに誰も様子を見に来ない。
とんだ嫌われ公女。
仮に何かされても小公爵様に言いつければ抑えつけられる。
シオンもバカではない。敵わない相手に立ち向かいはしない。
一応は形だけの謝罪をしておけば攻撃はされない。
頭は下げないけど「申し訳ありません」と言うだけ。
この国では魔法が使える。主に日常生活で使用。
魔力を持っているのは貴族だけ。故に魔法は貴族の専売特許。
戦争の道具として魔法を使っている国もある。今のままでも充分豊かで住みやすいのに人を傷つけて領土を増やそうなんて考えは理解できないし賛同も無理。
争いは悲劇しか生まない。どうして誰も、そのことに気付こうとしないのか。

「お嬢様。支度にいつまで時間をかけているんですか。さっさとしてくれませんかね」

色々と気分が悪くなってきたなか頭痛をひどくさせるメイドが入ってきた。
彼女はここを自分の部屋と勘違いしてるの?

「すぐに行くわ。でも待って。これを公爵様に渡してきて」
「手紙?」

そんな大層なものじゃない。嫌味を言われるのが嫌で簡潔に書いただけ。
とてもメイドとは思えない傲慢な態度は目に余る。

「見たければ見ていいわよ。それ、貴女をクビにしてくれって内容だから」

メイドの顔が強ばった。
これまでなら物を投げつけるだけだったのに、いきなりクビだなんて困惑してる。

「早く行って。私の声が聞こえないの?」
「こ、公爵様はお忙しく読む暇はないかと」
「そう。じゃあ執事長を呼んで。彼の言葉なら公爵様のお耳に入るでしょう?」

メイドがこんなにも焦るのには理由がある。
公爵様は人として最低だけど仕事人間と呼ばれることあって、仕事をロクにしない人間を特に嫌う。
公爵家に配属されるぐらいだ。このメイドはきっと優秀だった。
ここを追い出され無能のレッテルを貼られたら一生、働き口は見つからない。実家に戻ったところで厄介者扱いされて追い出されるだけ。
女性には結婚という道が残されているけど、果たして無能な人間と、結婚してくれる物好きは現れてくれるかしら。

「も……申し訳ございませんお嬢様!!」 
「あら?私に謝ることをしたのかしら?」
「それは……」

言葉に詰まりながらも土下座のまま。
メイドが行かないなら面倒だけど自分で行ったほうが早い。
顔を合わせずにドアの隙間に挟んでおけば見てくれるでしょ。
転生してしまったからには仕方ない。諦めてシオンとして生きるしか道は残されていない。
その場合、このメイドのような目に見える敵は排除しておかないと。
シナリオ通りにヒロインをいじめるつもりはないけど、シオンの印象を悪くする人間は近くにいても困る。
だって死にたくないもん。
ただシナリオ回避するだけじゃダメ。
どっちにしても一年後、ユファンが本物の公女であるとバレてしまう。
その日に備えて準備しておかないと。
この国を出るにしてもこの身一つではやっていけない。
金銭面はどうにかなるにしろ、行き先ぐらいは決めておこう。
目指すはバットでもハッピーでもない。
静かに暮らせる生活。
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