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秘密の恋人

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公爵様はとても優しいお方。
昨日は嫁いで来て初日で使用人の目もあったから私と食事を摂ってくれただけ。
それなのに、周りに誰もいないのに席についていいと言ってくれた。それだけではない。一緒に食事を摂ろうと誘ってくれた。
向かい合うだけでも不快のはずなのに、公爵様は態度に出すことをしない。
家族なら食器が飛んでくる。

「あ、あの。公爵様。お聞きしたいことがあるのですが」
「なんだ!?なんでも聞いてくれ!」

公爵様の目がキラキラしている。
人と話すのが好きなのだろうか?

「噂のことなのですが。出処は調べないのですか?その……とても不名誉な内容なので」
「いや?特には。流したのは俺だからな」
「え……?」

食べ終えた公爵様は食後の紅茶を持ってくるように指示を出す。
私も早く食べなきゃ!

「急がなくていい。君のペースで食べればいいんだ」
「しかし」
「俺は食べるのが速い。意識はしているんだが、気付いたら料理がなくなっているんだ」

食べるのが遅い私に気を遣ってくれている。人の目があるわけではないのに。
怒りは溜め込むと体に悪い。罵倒も暴力も慣れているから、表に出してくれて私は構わない。
私の存在理由なんて、それだけなんだから。
大人しく、されるがままの人形。

「そうだ。噂のことだったな。俺の見た目は良すぎるらしい。加えて公爵位。外見と身分で寄ってくる女が煩わしくてな。相手をするのが面倒になり、噂を流すことにしたんだ」

た、確かに。公爵様の顔はとても綺麗。美しいという言葉がこんなにも似合う人は早々いない。
窓辺に佇む姿はきっと絵になる。
位が高く、容姿もここまで整っていると多くの女性が公爵に興味を持つ。
あれ?それならどうして、わざわざうちのような貧乏子爵家に結婚の申し出を?
公爵様の美貌なら誰だろうと惚れてしまうのは当然。しかもお金持ち。
わざわざうちを指名する理由がない。
他の家門ではない、我が家でなければならない理由があったとか?

「それと。今日から二日ほど、仕事で出掛けることになった」

公爵様は忙しいお方だから仕事で家を空けることは理解している。
むしろ、公爵様の留守中に屋敷で過ごさせてもらうのだから感謝しなければ。

「そ、それでだな。その……行ってらっしゃいとおかえりを、言ってくれると……すごく嬉しいんだが」

顔を赤くする公爵様はなんだか可愛い。
朝食を食べ終わると私にも食後の紅茶を飲むか聞いてくれた。
こんなにしっかりとした朝食は初めてで、もうお腹はいっぱい。
断るなんて非常識なことを私に出来るわけはなく、一杯だけ欲しいと言った。
公爵様はじっと私を見つめては、一言だけ

「無理はしなくていい」

優しく微笑んでくれた。
あまりにも綺麗すぎるため目が逸らせない。
朝食が終わったということは、ここは片付けられる。不自然にじっと見つめていたことがバレる前に慌てて立ち上がると、仕事の準備があるからと公爵様は一度部屋に戻った。
そういえば公爵は、どんな仕事をしているのだろう。
噂では容姿のことばかりで、公爵様本人に触れた内容は全くない。
流しているのが公爵様自身だからなのかも。
一応は妻なのだからある程度は把握しておいたほうがいいよね。
公爵様の後を追いかけると、部屋の前で薄い緑色の髪をしたと抱き合っていた。というより、一方的に抱きつかれている?
なるほど。そういうことだったのか。
公爵様には好きな人がいる。ただ、訳あってその女性とは付き合えない。
身分差から認められていないのだとしたら、あの女性は平民。
つまり!私は隠れ蓑にされているのか。
上級貴族や他の令嬢なら妻である自分が、実は愛人で他の女性と愛し合うためのカモフラージュに使われているのだと知れば、全てを世間に暴露する可能性がある。
その点、下級の、しかも貧乏ともなればお金で充分に口止めは出来る。
公爵様はどちらでも良かったんだ。私でもリリー姉様でも。お飾りの妻なんて。
真実の愛を誓った相手がいるのに、私の機嫌を損ねないために「愛してる」と言ってくれた公爵様に感動した。
使用人の目を気にしていたと思っていたことが、本当は愛する人のためにだったなんて。
私みたいな地味でみすぼらしい女を妻として迎えなければならない公爵様の気持ちは複雑だろう。
今回の仕事も本当は女性とのデート。
急いで私を連れて来てしまったため、説明する時間がなかったんだ。
また後日、結婚に関する契約が交わされるはず。
公爵様のような素晴らしい方に結婚を申し込まれた謎が解けてスッキリした。
私には私の与えられた役目だけをこなして、公爵様の邪魔をしないようにしなければ。
まずは行ってらっしゃいの挨拶から。
公爵様の準備が整い、出発するとレシィー様が声をかけてくれた。
使用人の前で夫婦を演じるということは、秘密の恋人の可能性が高い。
公爵様の求める良き妻は、世界でいう完璧ではなく、何も求めることなくそこにいるだけの置き物。
それなら私なんかでもやり遂げられる。

「公爵様。行ってらっしゃい」
「行ってくる」

抱きしめられている意味がわからず、思考が止まってしまう。

夫婦の演技にしてはやりすぎでは?

私達はまだ出会って二日目。この距離は近すぎる。

「二日後の昼には戻る。必ず」
「は、はい。お気を付けて」

執事のネヴィル様も行くんだ。
ということはネヴィル様は公爵様の恋人の存在を知っている。
そうよね。公爵家の屋敷に忍び込めるわけもない。
二人は特に仲が良いみたいだし、協力者であっても不思議はない。
公爵様が乗り込んだあの馬車に恋人が乗っているのだろうか。
いけない。余計なことは考えずに役目だけは果たさなければ。
こんなに広いと二日で終わるかも怪しい。
要領は悪いけど寝ずに頑張ればきっと終わるはず。
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