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第二章 第三節
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かつて繋いだ体が、子を生み出すならば
心からは、血が失われていくだろう
罪から離れることはできない
奪った者は奪われるのが道理
さあ淫王の子らよ、目覚めの時だ
この節には、人によっては不快な表現が含まれています。妊娠中・妊娠をお考えの方はお控え下さい。
────
なんという祝福が訪れたか。ようやく子供が私の体に宿る日が来た。これで私は救われる。確実でない夜に、身を委ねる淫乱な日もこれで無くなる。これでこそ自由だ。
ダウの地には落ち着きが満ちていた。柔らかな風であった。人民誰もが口を揃えて、過ごしやすい季節だと言う。いつまで続くかは未知であった。だが、今だけはその安寧に屈したいと思った。風に撫でられてぺぺリーが囁くその声にも、どことなく喜びの音が湧き上がって聞こえた。私は祝福されているようだ。あの実らない時たちは、私にとっては試練だったのだ───
隣にいる彼の存在も、ようやく見つけた私の宝物。彼こそが私を幸せにした。私は彼を新しく伴侶として選んだ。微睡みの中に、彼の肩を抱いて、少しずつ堕ちていくように眠るのが私の日課で、幸せであった。幸せを蓄積していくかのように、私の胎もまた、大きく膨らんでいった。
いつ、その声を聴かせてくれるだろうか。
いつ、その体に触れさせてくれるだろうか。
いつ、その匂いを嗅げるだろうか。
いつ、その熱を感じられるだろうか。
胎の中から伝わる鼓動が、私と彼を綻ばせ、そして口角を上げさせた。跡継ぎになる胎の彼は、どのような政を行うであろうか。教育係は誰にしようか。最早今から学ばせてしまおうか、ならば何を優先して教えようか、何を聴かせようか、何を塞ごうか、何を、何を、何を。
いずれ出でるその星に、私たちは心を委ねていた。私たちは、幸せをその星に課していた。
もうすぐだ。これで私の穢した体は報われる。光が生まれてくる。這いずって、さあおいで、私があなたの母親だよ、さあ、さあ、さあ、さあ、さあ! 来たまえ未来への架け橋。私が望んで臨み、望みを成してここに抱いた命よ。元気にその姿を見せて、そして私に抱かれておくれ。それはそれらであった。複数の命が宿っていたらしい。私はその前までたった一つ宿すだけであったと思っていた。私は獣のようになって、髪を乱して頭を振って、鉄の匂いを耐えていた。夫にどうにか押さえてもらえていたから、私の体は空へ浮くことはなかった。
元気にその姿を聞かせて、そして私に抱かせておくれ。未来のための双方向たる架け橋よ。周りの、出産に会した婦人たちが震えあがっている。なぜ王の子が生まれたというのに、そんなに怯えているのか? 問うに答えは一つだけ。双子が災いと言ったとしても、その災いがカイケの地に向かうか、あってはならないが──ダウの地に降り注ぐかだけなのに。私の身に降るとしても、それだけで済むのならそれでいいと思っていた。
産んだ命たちが、最初の糧をねだりに来る。私は未熟なりに成熟した胸を以って、彼らに提供する。二つあるものが、丁度二つに収まるので、気持ちが良かった。そして、一気に二人は無理だろうが、片腕で一人は抱けるから、ここぞとばかりに私は彼らを抱きしめた。この突起は何であろうか? 彼ら二人の頭に、何か生えているように思った。
彼ら双子も食事を終えてまどろみの時間に入っていく。彼らの間に何も違うところはなかった。私は夫と、どちらに王権を継がせるべきか話していた。一対であるならば、王と女王として君臨してもらってもよかったぐらいだ。二人なのだ、男が。尽きぬ未来のことに、会話は弾んだ。彼らに自由はおそらくない。死ぬまでこの城の中で過ごす。それは平和の証拠である。
ふと私は、膨らんだままの胎に違和感を覚える。何かが出てくる気配がある。私は、私の肉体を押さえていてほしかった。夫は眠たそうにしながら、そっと私を押し倒してくれた。もしこの調子で元気に生まれてくれたなら、このダウの地を牛耳ることができる。野望が私の体に、血として流れていた。彼は生まれ出でる。この強大な王の城の、王の子として!すべてダウの地が、私の子であったなら、母に歯向かう子はいない、そして、反乱も起きることはない。永劫に続く王政を築き上げて、いずれこのすべての土地を支配するのだと。元気にその姿を嗅がせて、そして私に抱かせておくれ。私の中に備わった異性が呼ぶのだから。
無と静寂だけが周りにあった。彼は腹の中にはもういない。産まれた声すら備わらないまま、冷たい体のみがそこに転がっていた。私はただ涙を流した。生き返ってほしいと願い続けた。夫は泣き崩れる私の体を抱いてくれた。生殖の為としてだけあれば良かったのに、だけれども、夫はそっと、私に寄り添ってくれた。それがただ、今は嬉しかった。
また孕んだのだろうか、それとも孕んでいたのだろうか、未だに私の中で動いているらしい。また押し倒して私を固めてくれと、この時間に置かせてくれと夫に頼み込む。しかし、夫は動かない子供をどこかへ隠そうとしていた。
いやだ、どこにもいかないでよ、いまの、わたしには、あなたが、いちばん、ひつようで───
元気にその姿を感じさせて、どうか私に生きているうちに抱かれておくれ。生まれながらにして死ぬ前に。母胎の水だけしか味わえないのはただ悲しいことだから。外の、川に浸かって、一緒に水を浴びましょう、笑みを浮かべて遊びましょう、お母さんと遊びましょう、だからどうか、元気にその姿を聞かせて、そして私に抱かれておくれ。一人きりであった。苦しみというのはあまり感じなかった。あったのは、寂しさと、静寂、そして泣き声。勿論、次に生まれてきた子の。
今度はちゃんと生まれてきてくれた。ただそれだけで良かった。私はその子を抱きしめられた。それだけでも良かった。私は母になれた。王家を継がせられる。今はただ、その喜びに震えていたかった。屹立の高い塔の中で、天にも昇るような至福の時を、永遠だと思っていた。
初めての食事を与えたとき、何か違和を感じていた。硬い物質が生えている。どうして? 痛みにも耐えて私は食事させていたのだが、離れたときに一緒に何か落ちる音がした。拾い上げて、そして自分の物質と比べてみる。
歯だった。この一本だけが生えているようだった。私は安心して、また子を抱いて寝かせている。
夫が戻ってくる。私は先ほど産んだ子供の話をした。夫は怪訝そうに喉を鳴らす。これでようやく眠れるだろうと思った。また、だ。一気に三人を育てるとなるとかなりの労力がかかるから、苦労させてほしくない、と少し邪な考えがよぎったが、ここは世間体を維持するために、元気に生まれてきてほしい、と夫に話した。それに対して夫からは、
「キェーンみたいに沢山産むなよ」
と、軽蔑された。私は母親だ。だから今は産むときなのだと。
生まれた子は、まるでただの置物だった。私は少し安心しきっていた。
そしてまた産まれるというのだ!
ここまでで5人。しっかりと生きてくれているのは、ただ3人。
私が抱きたいのはおまえであって、悲しみなど抱きたくないのだから。元気に産まれてきておいで。心の中でそう唱えていると、次の子が頭を現してくる。もはや一人でも出産が叶うようだ。また双子だとしても、死なれるよりは、生きていて欲しかった。欲を言えば、これ以上産まれなくてもいいと思っていた。願望は成就したのだ。これ以上産まれて来ると言うのならば、カイケの地にも重税を施そう、そうでもしなければ養えない。
出てきた子は、泣き声もなく死んでいった。3人目の子のようであった。そして、これは一人であった。
夫が私に対して、何か不純な関わりを疑われた。そんなことはないよ、全てあなたとの子供だよ、と言うのだが、ここまでの状況を聞くだけでも、異常な出産であるのは理解できるだろう、と。
愛しているのなら、信じようとするのが道理ではないのか? 愛していないというのなら、どうして夫は私のそばにいるのだろうか? 私は夫が少しずつ信じられなくなっていく。僅かな愛を残して、残った希望を確かめるように私はまた出産するのだろう。
何かがおかしい。
私は王だ。これまで積み重ねて来た養分でさえ、自身の維持に使って来た。それが、二人、三人、が一緒になって出て来る分にはまだ普通だ。それか、一緒になって死ぬのも普通だ。私の幼少からの従者が、経験したのだから。
だがこれはおかしい。
何がおかしい? これまで産気も無かったというのに、やっと実ったと思ったら、実を割ったなら、その中に異形の者が詰まっているのだ。きっとこれは何かの呪いだ。誰に呪われるだろうか? 覚えもないのに呪われることなどありはしない。
明らかにおかしい。
どうして三人目は死んだのか? 生まれ出でずに、どうして死んでしまったのか?
どうして五人目は置物のように死んでいたのか? 人間としての機能も持たなかったのか?
どうして六人目はああなった? 私の子は、全て化け物になるのだろうか?
何かがおかしい。明らかにおかしい。しかしその正体は依然として聞こえても来ない。
また産まれることになる。私は少々の恐れを通している。夫は私を聞かずに、どこかへ行ってしまった。いつものように、煙草を吸いに行くのだろうとこの時は思った。
何が産まれてもおかしくないと思った。その先には球があった。触れてみるとほんのりと暖かいのに、それ自体は熱すら発しておらず、生命の鼓動でさえ宿していなかったのだ。人の形すらせずに死んでいた。
産まれる。私は何か罪の匂いを感じて鼻か口を塞ぎたくなった。夫はまだ戻ってこない。そりゃあそうだ、ルイナモも全く動いていないから。あまりにも時間はゆっくり過ぎていた。穴の空いた球。熱も持たねば鼓動すらない。声もない。
産む。私は吐きたくなって仕方がない、目を開けて涙を流し、口からは生涎を流している。夫は、まだ戻ってこない。確かに何かは出ていった、しかし何もなかった。触ることもできない、聴くこともできない、嗅ぐこともできない、感じることもできない。形も持っていなかった。生まれもせず生まれなかった。死なないために死んでいった。
これ以上産みたくなかった。恐ろしい何か現実に向かされているような気がした。それはまさに現実であった。何をすれば正解だったのか、最早混乱の中に立ち止まるほか、なかった。
腹の膨らむのも収まって、恐る恐る私は「それ」を触る。
人間の肌ではない。これは─
人形だ、植物の茎で作られた人形。
私は怖い。私は恐ろしい。自分の産み出した子供でさえ、自分の思い通りにならない事。姿もそう、思い通りにならない事。
すべて健康に産まれる定めであったなら、誰もが妊娠を恐れないだろう、その恐れが欠如していたのが、今、身を以て知ってしまった。
これ以上、産みたくない。産むのが怖い。
夫は、遠くに行ってしまった。もう帰ってこない。
私は、何のためにここまで生きたのか。王家の存続は、成されるのか。
私は、母になれたか。
私は、女になれたか。
私は、心臓を動かせたか。
11。あれほどまでに嬉しくて、まるで無音の中に響いた一つの音のようだったそれを忌まわしく思った。
12。未来をも約束されるのが、今や現在でさえ約束されなくなる。もしかすると過去でさえも確約できなくなるのだと。
これ以上産んだら、私は壊れてしまうかもしれない、いいや、もう壊れているのかもしれない。
次を産むまでに、誰か私を殺してほしい。私がこれ以上に壊れるその前に。王家の血統に涙を塗るくらいなら、いっそ断絶した方が余程良い。
誰か、誰でもいい、刃物を以て、私を殺しておくれ―
私は壊れていた。とっくの昔に。これは誰がもたらした厄であろうか。
私はあの時、夜を共にした、カイケの地の民を思い出した。
彼は呪術師であった。彼は私の命を狙っていた。私の油断した一瞬を刺しに、彼は山をも越えてやって来た。
幸運な事実に、私は生き延びて、不運な妄想に、最も受けたくない呪いを受けてしまった。
そんな恨みを買った現実なんて知らない。すべて神が勝手にやった幻日だ。
私はただ埋めるという契約に了承しただけだ。
この仕組みに不備などない。あるとすれば、懐妊届の受領忘れか、書記の怠慢か……
艶やかなそれで、私の出産は終わった。もう、子供の命も、自分の命も、どうでもよかった。
最初の子供達が起きて、私の血をねだりにやってくる。もうどうなってもいい。彼らは私の血を残さず吸い尽くす。彼らは私を殺している。なんて滑稽だろうか、自分の子供、それも乳飲み子に殺される母親なんて、今まで聞いた経験もないよ! 王家の最後を飾るには全くもってふさわしくなかったのに、逆に相応しいとさえ思ってしまった。
もう、胎の中にも、腹の中にも、臓の中にも、なにもない。
私には、なにもない。
虚空の中に消えていった。
かつて繋いだ心が、子を生み出すならば
体からは、富が失われていくだろう
罪から離れることはできない
蓄積した栄養で咲き誇る罪状
さあ淫王の子らよ、眠りを迎えよ
心からは、血が失われていくだろう
罪から離れることはできない
奪った者は奪われるのが道理
さあ淫王の子らよ、目覚めの時だ
この節には、人によっては不快な表現が含まれています。妊娠中・妊娠をお考えの方はお控え下さい。
────
なんという祝福が訪れたか。ようやく子供が私の体に宿る日が来た。これで私は救われる。確実でない夜に、身を委ねる淫乱な日もこれで無くなる。これでこそ自由だ。
ダウの地には落ち着きが満ちていた。柔らかな風であった。人民誰もが口を揃えて、過ごしやすい季節だと言う。いつまで続くかは未知であった。だが、今だけはその安寧に屈したいと思った。風に撫でられてぺぺリーが囁くその声にも、どことなく喜びの音が湧き上がって聞こえた。私は祝福されているようだ。あの実らない時たちは、私にとっては試練だったのだ───
隣にいる彼の存在も、ようやく見つけた私の宝物。彼こそが私を幸せにした。私は彼を新しく伴侶として選んだ。微睡みの中に、彼の肩を抱いて、少しずつ堕ちていくように眠るのが私の日課で、幸せであった。幸せを蓄積していくかのように、私の胎もまた、大きく膨らんでいった。
いつ、その声を聴かせてくれるだろうか。
いつ、その体に触れさせてくれるだろうか。
いつ、その匂いを嗅げるだろうか。
いつ、その熱を感じられるだろうか。
胎の中から伝わる鼓動が、私と彼を綻ばせ、そして口角を上げさせた。跡継ぎになる胎の彼は、どのような政を行うであろうか。教育係は誰にしようか。最早今から学ばせてしまおうか、ならば何を優先して教えようか、何を聴かせようか、何を塞ごうか、何を、何を、何を。
いずれ出でるその星に、私たちは心を委ねていた。私たちは、幸せをその星に課していた。
もうすぐだ。これで私の穢した体は報われる。光が生まれてくる。這いずって、さあおいで、私があなたの母親だよ、さあ、さあ、さあ、さあ、さあ! 来たまえ未来への架け橋。私が望んで臨み、望みを成してここに抱いた命よ。元気にその姿を見せて、そして私に抱かれておくれ。それはそれらであった。複数の命が宿っていたらしい。私はその前までたった一つ宿すだけであったと思っていた。私は獣のようになって、髪を乱して頭を振って、鉄の匂いを耐えていた。夫にどうにか押さえてもらえていたから、私の体は空へ浮くことはなかった。
元気にその姿を聞かせて、そして私に抱かせておくれ。未来のための双方向たる架け橋よ。周りの、出産に会した婦人たちが震えあがっている。なぜ王の子が生まれたというのに、そんなに怯えているのか? 問うに答えは一つだけ。双子が災いと言ったとしても、その災いがカイケの地に向かうか、あってはならないが──ダウの地に降り注ぐかだけなのに。私の身に降るとしても、それだけで済むのならそれでいいと思っていた。
産んだ命たちが、最初の糧をねだりに来る。私は未熟なりに成熟した胸を以って、彼らに提供する。二つあるものが、丁度二つに収まるので、気持ちが良かった。そして、一気に二人は無理だろうが、片腕で一人は抱けるから、ここぞとばかりに私は彼らを抱きしめた。この突起は何であろうか? 彼ら二人の頭に、何か生えているように思った。
彼ら双子も食事を終えてまどろみの時間に入っていく。彼らの間に何も違うところはなかった。私は夫と、どちらに王権を継がせるべきか話していた。一対であるならば、王と女王として君臨してもらってもよかったぐらいだ。二人なのだ、男が。尽きぬ未来のことに、会話は弾んだ。彼らに自由はおそらくない。死ぬまでこの城の中で過ごす。それは平和の証拠である。
ふと私は、膨らんだままの胎に違和感を覚える。何かが出てくる気配がある。私は、私の肉体を押さえていてほしかった。夫は眠たそうにしながら、そっと私を押し倒してくれた。もしこの調子で元気に生まれてくれたなら、このダウの地を牛耳ることができる。野望が私の体に、血として流れていた。彼は生まれ出でる。この強大な王の城の、王の子として!すべてダウの地が、私の子であったなら、母に歯向かう子はいない、そして、反乱も起きることはない。永劫に続く王政を築き上げて、いずれこのすべての土地を支配するのだと。元気にその姿を嗅がせて、そして私に抱かせておくれ。私の中に備わった異性が呼ぶのだから。
無と静寂だけが周りにあった。彼は腹の中にはもういない。産まれた声すら備わらないまま、冷たい体のみがそこに転がっていた。私はただ涙を流した。生き返ってほしいと願い続けた。夫は泣き崩れる私の体を抱いてくれた。生殖の為としてだけあれば良かったのに、だけれども、夫はそっと、私に寄り添ってくれた。それがただ、今は嬉しかった。
また孕んだのだろうか、それとも孕んでいたのだろうか、未だに私の中で動いているらしい。また押し倒して私を固めてくれと、この時間に置かせてくれと夫に頼み込む。しかし、夫は動かない子供をどこかへ隠そうとしていた。
いやだ、どこにもいかないでよ、いまの、わたしには、あなたが、いちばん、ひつようで───
元気にその姿を感じさせて、どうか私に生きているうちに抱かれておくれ。生まれながらにして死ぬ前に。母胎の水だけしか味わえないのはただ悲しいことだから。外の、川に浸かって、一緒に水を浴びましょう、笑みを浮かべて遊びましょう、お母さんと遊びましょう、だからどうか、元気にその姿を聞かせて、そして私に抱かれておくれ。一人きりであった。苦しみというのはあまり感じなかった。あったのは、寂しさと、静寂、そして泣き声。勿論、次に生まれてきた子の。
今度はちゃんと生まれてきてくれた。ただそれだけで良かった。私はその子を抱きしめられた。それだけでも良かった。私は母になれた。王家を継がせられる。今はただ、その喜びに震えていたかった。屹立の高い塔の中で、天にも昇るような至福の時を、永遠だと思っていた。
初めての食事を与えたとき、何か違和を感じていた。硬い物質が生えている。どうして? 痛みにも耐えて私は食事させていたのだが、離れたときに一緒に何か落ちる音がした。拾い上げて、そして自分の物質と比べてみる。
歯だった。この一本だけが生えているようだった。私は安心して、また子を抱いて寝かせている。
夫が戻ってくる。私は先ほど産んだ子供の話をした。夫は怪訝そうに喉を鳴らす。これでようやく眠れるだろうと思った。また、だ。一気に三人を育てるとなるとかなりの労力がかかるから、苦労させてほしくない、と少し邪な考えがよぎったが、ここは世間体を維持するために、元気に生まれてきてほしい、と夫に話した。それに対して夫からは、
「キェーンみたいに沢山産むなよ」
と、軽蔑された。私は母親だ。だから今は産むときなのだと。
生まれた子は、まるでただの置物だった。私は少し安心しきっていた。
そしてまた産まれるというのだ!
ここまでで5人。しっかりと生きてくれているのは、ただ3人。
私が抱きたいのはおまえであって、悲しみなど抱きたくないのだから。元気に産まれてきておいで。心の中でそう唱えていると、次の子が頭を現してくる。もはや一人でも出産が叶うようだ。また双子だとしても、死なれるよりは、生きていて欲しかった。欲を言えば、これ以上産まれなくてもいいと思っていた。願望は成就したのだ。これ以上産まれて来ると言うのならば、カイケの地にも重税を施そう、そうでもしなければ養えない。
出てきた子は、泣き声もなく死んでいった。3人目の子のようであった。そして、これは一人であった。
夫が私に対して、何か不純な関わりを疑われた。そんなことはないよ、全てあなたとの子供だよ、と言うのだが、ここまでの状況を聞くだけでも、異常な出産であるのは理解できるだろう、と。
愛しているのなら、信じようとするのが道理ではないのか? 愛していないというのなら、どうして夫は私のそばにいるのだろうか? 私は夫が少しずつ信じられなくなっていく。僅かな愛を残して、残った希望を確かめるように私はまた出産するのだろう。
何かがおかしい。
私は王だ。これまで積み重ねて来た養分でさえ、自身の維持に使って来た。それが、二人、三人、が一緒になって出て来る分にはまだ普通だ。それか、一緒になって死ぬのも普通だ。私の幼少からの従者が、経験したのだから。
だがこれはおかしい。
何がおかしい? これまで産気も無かったというのに、やっと実ったと思ったら、実を割ったなら、その中に異形の者が詰まっているのだ。きっとこれは何かの呪いだ。誰に呪われるだろうか? 覚えもないのに呪われることなどありはしない。
明らかにおかしい。
どうして三人目は死んだのか? 生まれ出でずに、どうして死んでしまったのか?
どうして五人目は置物のように死んでいたのか? 人間としての機能も持たなかったのか?
どうして六人目はああなった? 私の子は、全て化け物になるのだろうか?
何かがおかしい。明らかにおかしい。しかしその正体は依然として聞こえても来ない。
また産まれることになる。私は少々の恐れを通している。夫は私を聞かずに、どこかへ行ってしまった。いつものように、煙草を吸いに行くのだろうとこの時は思った。
何が産まれてもおかしくないと思った。その先には球があった。触れてみるとほんのりと暖かいのに、それ自体は熱すら発しておらず、生命の鼓動でさえ宿していなかったのだ。人の形すらせずに死んでいた。
産まれる。私は何か罪の匂いを感じて鼻か口を塞ぎたくなった。夫はまだ戻ってこない。そりゃあそうだ、ルイナモも全く動いていないから。あまりにも時間はゆっくり過ぎていた。穴の空いた球。熱も持たねば鼓動すらない。声もない。
産む。私は吐きたくなって仕方がない、目を開けて涙を流し、口からは生涎を流している。夫は、まだ戻ってこない。確かに何かは出ていった、しかし何もなかった。触ることもできない、聴くこともできない、嗅ぐこともできない、感じることもできない。形も持っていなかった。生まれもせず生まれなかった。死なないために死んでいった。
これ以上産みたくなかった。恐ろしい何か現実に向かされているような気がした。それはまさに現実であった。何をすれば正解だったのか、最早混乱の中に立ち止まるほか、なかった。
腹の膨らむのも収まって、恐る恐る私は「それ」を触る。
人間の肌ではない。これは─
人形だ、植物の茎で作られた人形。
私は怖い。私は恐ろしい。自分の産み出した子供でさえ、自分の思い通りにならない事。姿もそう、思い通りにならない事。
すべて健康に産まれる定めであったなら、誰もが妊娠を恐れないだろう、その恐れが欠如していたのが、今、身を以て知ってしまった。
これ以上、産みたくない。産むのが怖い。
夫は、遠くに行ってしまった。もう帰ってこない。
私は、何のためにここまで生きたのか。王家の存続は、成されるのか。
私は、母になれたか。
私は、女になれたか。
私は、心臓を動かせたか。
11。あれほどまでに嬉しくて、まるで無音の中に響いた一つの音のようだったそれを忌まわしく思った。
12。未来をも約束されるのが、今や現在でさえ約束されなくなる。もしかすると過去でさえも確約できなくなるのだと。
これ以上産んだら、私は壊れてしまうかもしれない、いいや、もう壊れているのかもしれない。
次を産むまでに、誰か私を殺してほしい。私がこれ以上に壊れるその前に。王家の血統に涙を塗るくらいなら、いっそ断絶した方が余程良い。
誰か、誰でもいい、刃物を以て、私を殺しておくれ―
私は壊れていた。とっくの昔に。これは誰がもたらした厄であろうか。
私はあの時、夜を共にした、カイケの地の民を思い出した。
彼は呪術師であった。彼は私の命を狙っていた。私の油断した一瞬を刺しに、彼は山をも越えてやって来た。
幸運な事実に、私は生き延びて、不運な妄想に、最も受けたくない呪いを受けてしまった。
そんな恨みを買った現実なんて知らない。すべて神が勝手にやった幻日だ。
私はただ埋めるという契約に了承しただけだ。
この仕組みに不備などない。あるとすれば、懐妊届の受領忘れか、書記の怠慢か……
艶やかなそれで、私の出産は終わった。もう、子供の命も、自分の命も、どうでもよかった。
最初の子供達が起きて、私の血をねだりにやってくる。もうどうなってもいい。彼らは私の血を残さず吸い尽くす。彼らは私を殺している。なんて滑稽だろうか、自分の子供、それも乳飲み子に殺される母親なんて、今まで聞いた経験もないよ! 王家の最後を飾るには全くもってふさわしくなかったのに、逆に相応しいとさえ思ってしまった。
もう、胎の中にも、腹の中にも、臓の中にも、なにもない。
私には、なにもない。
虚空の中に消えていった。
かつて繋いだ心が、子を生み出すならば
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