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第三章 第一節 キトリは興味津々(2)
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キトリはマイトの忠告を無視して、話題になっている店へ向かう。道中、みょうに人間が少なく、道が正しいか、それともすでに店じまいをしているか、キトリはつい、心配になってしまう。ふだんなら、必ず何人かいる子どもの面倒のために、母親およびそれに近しい女性が、共に過ごしているはずだが。それとなく気になって、あまり足を進ませない場所へ……キトリの生家、ミファースの屋敷前に向かう。
(もし、店に通っていると聞かれて、うわさされると嫌だし……)
誰もいない。
違う。出払っているわけではない。確か、きょうは家のお手伝いの日だったから、子どもは外を出歩かないし、ならば母親だって家の中にいるだろう。父は山菜を採りに行っているだろうし、嫁いだり死んだりで家を離れた家族は、まあもちろん家の中にはいない。しかし、自分が家を離れてから、どれだけ子どもが増えただろうか。少し気になりもしたが、どうせ何の功績も残していないキトリだから、彼らには何も伝えられていないだろう。それはそうとして、四番目の娘……男を渡り綱にして歩くようなキトリの妹が、珍しくも家でお手伝いをしている。キトリは少し安心すると共に、なんとなく自分より早く結婚して、家を出てそうな彼女に対して、『まだ結婚してねえのかよ』という、ちょっとした軽蔑を向けた。
少し道草を食べ過ぎた。ここからキトリの家までは長いが、意識を飛ばしながら歩けばいい。意識を飛ばせば、大した距離ではなくなるから。
ここ……キトリの家前に来て、マイトの話に嘘はない、と理解できた。本当に、キトリの家の真横に店を構えていたのだ! 足音を聴いても、マイトはいない。代わりに、たくさんの女性と、若干の男性と……村長!? が、店の前で礼儀正しく行列を作り、まるで儀式でも行うように、自分を忘れたみたいになって、待っていた。キトリはあぜんとして、耳の前の音楽を聴いていた。
(まさか、私の家の前にこんなに、人間が来るだなんて)
並んでいる女性たちは、口々にこう言っていた。全てを書き起こすと史料と紙が足りなくなるため、一部を抜粋して掲載する。そのどれもが、かの呪術師……ナヤリフス=トテフに対する、崇拝にも似た感情を抱いていた。
「ナヤリフス様素敵! 抱いて!」
「あぁ……私も薬の材料にされたい……」
「結婚しよ? それとも私を血痕にする?」
繰り返すが、この村の人々は、器官としてどこも病んでいない。どの内臓も、手足も、頭も、規則正しく働いて、全体に貢献している。
キトリは知っている。この村以外では、ひどい疫病が流行ったり、飢餓を起こしているのに、この村では一切起きていない。代わりに、定期的に噴火で全てがなくなるだけだと。
キトリは知っている。この村では、あまり危険がないから、代わりに村の人々の好奇心が強くなって、時折このような事態が起こってしまう、と。
そして、村長ですらその気質だ。もはや薬物中毒と言っても良いぐらいに。
キトリもそうだ。ただの、ちょっとした好奇心が、行列にキトリを並ばせる。雑踏の中で、女性たちがつやめいていて、匂っている。まるで花のように、彼女らは咲いている。キトリは耳の前のその音に、何か違和感を持つが、好奇心から違和感を抹消してしまった。こうして、餌食は生成されるのである。それが愚かしくも、あの呪術師に餌を与え、増長させる結果に繋がるのだ。
少しずつ、行列の根元までたどり着いている。というのは実感で、本当はそこまで歩を進めていないかもしれない。キトリはそっと、観察している。━━貰いたてであろう薬を、店を出て数歩、狙えば割り込んでまた入れるような位置で、飲み干す女性を。空になった入れ物を、抱きしめて我が子のように扱う女性を。話題作りのためか、店を出てすぐにある椅子に薬をのせて、持って来た木の板に彫刻をして、薬を置いていく女性を。おそらく個人向けに作られた、その薬を勝手に飲み干し去っていく女性を。数は少ないが、男性もいる。貰った薬……飲むための薬を、足や腕に擦り付ける男性。わざと傷を作って、そこに薬を染み込ませている男性もいる。
さすがに、キトリも「これはおかしい」と思い始めるも、なかなか良いところまで進んできたからか、帰ったりなどはしなかった。帰るとはいっても、こんなに人間が多く集まっているところにはいたくないので、また別の郊外に家を作ろうと、キトリは思っている。もっとも、火山の噴火を止めた後、どうなるかは知らないが。
村長が、店に入っていった。どういったやりとりがあったか知らないが、村長が店から出てきた。手にきのこを持って。おそらく、かの呪術師は個人の悩みに合わせて、もっとも適した形の薬を渡すのだろう。先ほどの例にも、丸薬や錠剤といった、水と合わせて飲む薬のほか、塗り薬や水薬だってある。もっとも、なぜか水薬を身体中に擦り付けている男性もいたあたり、「バカにはつける薬も飲む薬も通用しない」のかもしれない。不治の病は、意外とどこにでもある。
ところで、キトリは交易材料が何か、忘れていた。ここまで来て、誰も代償の話をしていない。無償でもらっていいのだろうか、それとも別の何かを要求されているのか、キトリは震え上がるが、意を決して、店に入る。
(もし、店に通っていると聞かれて、うわさされると嫌だし……)
誰もいない。
違う。出払っているわけではない。確か、きょうは家のお手伝いの日だったから、子どもは外を出歩かないし、ならば母親だって家の中にいるだろう。父は山菜を採りに行っているだろうし、嫁いだり死んだりで家を離れた家族は、まあもちろん家の中にはいない。しかし、自分が家を離れてから、どれだけ子どもが増えただろうか。少し気になりもしたが、どうせ何の功績も残していないキトリだから、彼らには何も伝えられていないだろう。それはそうとして、四番目の娘……男を渡り綱にして歩くようなキトリの妹が、珍しくも家でお手伝いをしている。キトリは少し安心すると共に、なんとなく自分より早く結婚して、家を出てそうな彼女に対して、『まだ結婚してねえのかよ』という、ちょっとした軽蔑を向けた。
少し道草を食べ過ぎた。ここからキトリの家までは長いが、意識を飛ばしながら歩けばいい。意識を飛ばせば、大した距離ではなくなるから。
ここ……キトリの家前に来て、マイトの話に嘘はない、と理解できた。本当に、キトリの家の真横に店を構えていたのだ! 足音を聴いても、マイトはいない。代わりに、たくさんの女性と、若干の男性と……村長!? が、店の前で礼儀正しく行列を作り、まるで儀式でも行うように、自分を忘れたみたいになって、待っていた。キトリはあぜんとして、耳の前の音楽を聴いていた。
(まさか、私の家の前にこんなに、人間が来るだなんて)
並んでいる女性たちは、口々にこう言っていた。全てを書き起こすと史料と紙が足りなくなるため、一部を抜粋して掲載する。そのどれもが、かの呪術師……ナヤリフス=トテフに対する、崇拝にも似た感情を抱いていた。
「ナヤリフス様素敵! 抱いて!」
「あぁ……私も薬の材料にされたい……」
「結婚しよ? それとも私を血痕にする?」
繰り返すが、この村の人々は、器官としてどこも病んでいない。どの内臓も、手足も、頭も、規則正しく働いて、全体に貢献している。
キトリは知っている。この村以外では、ひどい疫病が流行ったり、飢餓を起こしているのに、この村では一切起きていない。代わりに、定期的に噴火で全てがなくなるだけだと。
キトリは知っている。この村では、あまり危険がないから、代わりに村の人々の好奇心が強くなって、時折このような事態が起こってしまう、と。
そして、村長ですらその気質だ。もはや薬物中毒と言っても良いぐらいに。
キトリもそうだ。ただの、ちょっとした好奇心が、行列にキトリを並ばせる。雑踏の中で、女性たちがつやめいていて、匂っている。まるで花のように、彼女らは咲いている。キトリは耳の前のその音に、何か違和感を持つが、好奇心から違和感を抹消してしまった。こうして、餌食は生成されるのである。それが愚かしくも、あの呪術師に餌を与え、増長させる結果に繋がるのだ。
少しずつ、行列の根元までたどり着いている。というのは実感で、本当はそこまで歩を進めていないかもしれない。キトリはそっと、観察している。━━貰いたてであろう薬を、店を出て数歩、狙えば割り込んでまた入れるような位置で、飲み干す女性を。空になった入れ物を、抱きしめて我が子のように扱う女性を。話題作りのためか、店を出てすぐにある椅子に薬をのせて、持って来た木の板に彫刻をして、薬を置いていく女性を。おそらく個人向けに作られた、その薬を勝手に飲み干し去っていく女性を。数は少ないが、男性もいる。貰った薬……飲むための薬を、足や腕に擦り付ける男性。わざと傷を作って、そこに薬を染み込ませている男性もいる。
さすがに、キトリも「これはおかしい」と思い始めるも、なかなか良いところまで進んできたからか、帰ったりなどはしなかった。帰るとはいっても、こんなに人間が多く集まっているところにはいたくないので、また別の郊外に家を作ろうと、キトリは思っている。もっとも、火山の噴火を止めた後、どうなるかは知らないが。
村長が、店に入っていった。どういったやりとりがあったか知らないが、村長が店から出てきた。手にきのこを持って。おそらく、かの呪術師は個人の悩みに合わせて、もっとも適した形の薬を渡すのだろう。先ほどの例にも、丸薬や錠剤といった、水と合わせて飲む薬のほか、塗り薬や水薬だってある。もっとも、なぜか水薬を身体中に擦り付けている男性もいたあたり、「バカにはつける薬も飲む薬も通用しない」のかもしれない。不治の病は、意外とどこにでもある。
ところで、キトリは交易材料が何か、忘れていた。ここまで来て、誰も代償の話をしていない。無償でもらっていいのだろうか、それとも別の何かを要求されているのか、キトリは震え上がるが、意を決して、店に入る。
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