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第十九章 手折られた彼岸花
19-51 正直者と魔女
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* * * * * * * *
「可愛いお嬢さんじゃなくて、こんなおばさんでごめんなさいね」
千真の母、神凪真織は申し訳なさそうに肩を竦める。
自分を『おばさん』と呼称しているが、そう表現するにはあまりにも若々しい。娘と並べば姉妹のように見えるだろう。
……千真が童顔なのは遺伝か?
「ご冗談を。鏡をご覧になられては?」
「スマートな返答ね。嫌いじゃないわ」
奥様は小さく笑う。笑顔も千真にそっくりだ。しかし、娘と違ってこの人の心の内が読めない。
「どうして彼女たちを二人きりにしたんですか? 俺と話したいだなんて、ただの方便でしょう」
千真とあの女の関係が悪いことなど、奥様は承知のはず。この家の中で千真に害が及ぶことは無いだろうが、二人きりにするのは得策ではない。
「女の子同士で話すこともあるでしょ? そうするには、私もあなたもお邪魔虫なの」
「は、はぁ」
「それに、あなたと話したいのは本当よ」
奥様は目を細め、テーブルに肘をついた。手に顔を乗せ、俺をジッと見つめてくる。
この目には見覚えがあった。真を見抜く、恐ろしい目だ。
「話によると、女の子二人であなたの取り合いをしたらしいじゃない? 罪な男の子ねぇ」
「そ、そうなんですか……」
操られていた時の記憶は朧げで、無意識に翼に恨みをぶつけたり、千真に暴言を吐いたことくらいしか覚えていない。
他の人間がどんな会話をしていただとか、何をしていたのかさえ、いまいち思い出せないのだ。
その後の記憶も途切れたり、精神世界に千真が介入してきたりして、自分が取り合いになってる自覚が無かった。
まぁ、そうだよな。千真たちは俺を連れ戻しに来たんだもんな。
「でもどうしてかしら。王子様というより、お姫様みたいに見えるわ」
「奥様までそんなことを言わないでください」
そう返すと、奥様は楽しげにクスクスと笑った。こちとら笑い事じゃねえぞ。
「あら~。ムクれちゃって可愛い」
「むっ、う……」
言われ慣れない単語を耳にして、言葉が詰まる。彼女の纏う魔力には逆らえないのだ。
何だこの人は。魔女か? その娘は小悪魔か?
「からかいすぎちゃった? ごめんなさい」
「お手柔らかに……」
こんなに『素敵な』笑顔で謝られては、怒りも沸かない。奥様は俺の顔をじっと見つめて、またクスクス笑う。
「何がおかしいんですか?」
「ううん。能面のような顔だったのに、随分と表情が豊かになったなぁと思って」
「そんなに?」
「そんなに」
鏡を見なければならないのは、俺の方かもしれない。
それにしても、他人のことなのにどうしてこんなに嬉しそうなのか。
「あの子が……千真が、誰かの心に光を灯せたのね。嬉しいわ」
奥様は遠くを見つめ、切なげに微笑んだ。
俺の心に光を灯したのは、本物の神凪千真だ。彼女が認識しているはずの『千真』とは異なるはずだが……。
「……その『千真』とは誰を指すのですか」
「意地悪な質問ね。わかっているくせに」
今度はあちらがムクれるポーズを取った。
子供っぽい表情をすると、千真と瓜二つだ。ある意味恐ろしい若々しさである。
「あの子、私には名乗ってくれなかったけれど、あなたはずっと『千真』って呼んでいたもの」
「そうでしたね」
俺は特に隠すことなく、千真のことをそのまま呼んでいた。偽装する必要など無いと考えていたからだ。千真はそうでもなかったようだが。
先程聞いた『神代さん』とは千真が使った偽名なのだろう。俺の母さんの旧姓を用いたのは予想外だった。
奥様はとっくに千真の正体に気付いていたようだ。
「千真をどうする気ですか?」
「どうして欲しい?」
質問をしたつもりが、逆に問われてしまった。
答えは……決まっている。
彼女をあるべき場所に戻して欲しい。千真が憧れた家族を。本当の家族の許に戻してやりたい。彼女が本来持っていたはずのものを、全て元通りに——。
しかし、強欲な鬼は思考とは別の言葉を口走っていた。
「千真と一緒に帰ることを許して欲しい、です」
嫌だ。離れたくない。離れたくなんかない。俺の世界からあいつが消えるのは耐えられない。
手の届く場所に居て欲しい。傍に居て欲しい。傍に居たい。
ずっと傍に居ると約束したんだ。二度と手離さないと決めたんだ。
自分の中の願いが、欲望が、とめどなく溢れてくる。
それでも、あいつの幸せを考えるならば、俺がいない方が良いだろう。不安定な化け物は、手に余る存在だ。
なにより、俺は親の代わりにはなれない。
家族がまだ生きているなら、大切にして欲しい。俺には二度と出来ないことだから。
訂正しようとしたところで、奥様はプッと吹き出した。
「正直者なのね、とても良いわ」
「へっ?」
間抜けな声を出してしまった。愚かだと罵られると思っていたからだ。
「千真はあなたと離れたくなくて嘘をつき、あなたは千真と離れたくなくて正直に告白する。足並みの揃ったカップルじゃない?」
「カ……!? いや、そんなんじゃ」
いつの間に千真と恋仲になっていたんだ俺は。
お付き合いもしてないのに色々とやらかしてしまったが、まだ心の準備が……。
「良いのよ? 私は応援するわ」
奥様は妙にグイグイと来る。肌がツヤツヤになるほど楽しんでおられる様子。この人おっかねえわ。
「え、いや、その……奥様……」
「お母様とお呼び!」
「お、お母様!」
「よろしい」
俺は何をやってるのだろう。
終始、この人のペースに巻き込まれている。娘も娘なら、親も親か……。
「さて、緊張もほぐれたところで本題に入りましょうか」
お母様は姿勢を正し、真っ直ぐな視線を俺に向けた。
「可愛いお嬢さんじゃなくて、こんなおばさんでごめんなさいね」
千真の母、神凪真織は申し訳なさそうに肩を竦める。
自分を『おばさん』と呼称しているが、そう表現するにはあまりにも若々しい。娘と並べば姉妹のように見えるだろう。
……千真が童顔なのは遺伝か?
「ご冗談を。鏡をご覧になられては?」
「スマートな返答ね。嫌いじゃないわ」
奥様は小さく笑う。笑顔も千真にそっくりだ。しかし、娘と違ってこの人の心の内が読めない。
「どうして彼女たちを二人きりにしたんですか? 俺と話したいだなんて、ただの方便でしょう」
千真とあの女の関係が悪いことなど、奥様は承知のはず。この家の中で千真に害が及ぶことは無いだろうが、二人きりにするのは得策ではない。
「女の子同士で話すこともあるでしょ? そうするには、私もあなたもお邪魔虫なの」
「は、はぁ」
「それに、あなたと話したいのは本当よ」
奥様は目を細め、テーブルに肘をついた。手に顔を乗せ、俺をジッと見つめてくる。
この目には見覚えがあった。真を見抜く、恐ろしい目だ。
「話によると、女の子二人であなたの取り合いをしたらしいじゃない? 罪な男の子ねぇ」
「そ、そうなんですか……」
操られていた時の記憶は朧げで、無意識に翼に恨みをぶつけたり、千真に暴言を吐いたことくらいしか覚えていない。
他の人間がどんな会話をしていただとか、何をしていたのかさえ、いまいち思い出せないのだ。
その後の記憶も途切れたり、精神世界に千真が介入してきたりして、自分が取り合いになってる自覚が無かった。
まぁ、そうだよな。千真たちは俺を連れ戻しに来たんだもんな。
「でもどうしてかしら。王子様というより、お姫様みたいに見えるわ」
「奥様までそんなことを言わないでください」
そう返すと、奥様は楽しげにクスクスと笑った。こちとら笑い事じゃねえぞ。
「あら~。ムクれちゃって可愛い」
「むっ、う……」
言われ慣れない単語を耳にして、言葉が詰まる。彼女の纏う魔力には逆らえないのだ。
何だこの人は。魔女か? その娘は小悪魔か?
「からかいすぎちゃった? ごめんなさい」
「お手柔らかに……」
こんなに『素敵な』笑顔で謝られては、怒りも沸かない。奥様は俺の顔をじっと見つめて、またクスクス笑う。
「何がおかしいんですか?」
「ううん。能面のような顔だったのに、随分と表情が豊かになったなぁと思って」
「そんなに?」
「そんなに」
鏡を見なければならないのは、俺の方かもしれない。
それにしても、他人のことなのにどうしてこんなに嬉しそうなのか。
「あの子が……千真が、誰かの心に光を灯せたのね。嬉しいわ」
奥様は遠くを見つめ、切なげに微笑んだ。
俺の心に光を灯したのは、本物の神凪千真だ。彼女が認識しているはずの『千真』とは異なるはずだが……。
「……その『千真』とは誰を指すのですか」
「意地悪な質問ね。わかっているくせに」
今度はあちらがムクれるポーズを取った。
子供っぽい表情をすると、千真と瓜二つだ。ある意味恐ろしい若々しさである。
「あの子、私には名乗ってくれなかったけれど、あなたはずっと『千真』って呼んでいたもの」
「そうでしたね」
俺は特に隠すことなく、千真のことをそのまま呼んでいた。偽装する必要など無いと考えていたからだ。千真はそうでもなかったようだが。
先程聞いた『神代さん』とは千真が使った偽名なのだろう。俺の母さんの旧姓を用いたのは予想外だった。
奥様はとっくに千真の正体に気付いていたようだ。
「千真をどうする気ですか?」
「どうして欲しい?」
質問をしたつもりが、逆に問われてしまった。
答えは……決まっている。
彼女をあるべき場所に戻して欲しい。千真が憧れた家族を。本当の家族の許に戻してやりたい。彼女が本来持っていたはずのものを、全て元通りに——。
しかし、強欲な鬼は思考とは別の言葉を口走っていた。
「千真と一緒に帰ることを許して欲しい、です」
嫌だ。離れたくない。離れたくなんかない。俺の世界からあいつが消えるのは耐えられない。
手の届く場所に居て欲しい。傍に居て欲しい。傍に居たい。
ずっと傍に居ると約束したんだ。二度と手離さないと決めたんだ。
自分の中の願いが、欲望が、とめどなく溢れてくる。
それでも、あいつの幸せを考えるならば、俺がいない方が良いだろう。不安定な化け物は、手に余る存在だ。
なにより、俺は親の代わりにはなれない。
家族がまだ生きているなら、大切にして欲しい。俺には二度と出来ないことだから。
訂正しようとしたところで、奥様はプッと吹き出した。
「正直者なのね、とても良いわ」
「へっ?」
間抜けな声を出してしまった。愚かだと罵られると思っていたからだ。
「千真はあなたと離れたくなくて嘘をつき、あなたは千真と離れたくなくて正直に告白する。足並みの揃ったカップルじゃない?」
「カ……!? いや、そんなんじゃ」
いつの間に千真と恋仲になっていたんだ俺は。
お付き合いもしてないのに色々とやらかしてしまったが、まだ心の準備が……。
「良いのよ? 私は応援するわ」
奥様は妙にグイグイと来る。肌がツヤツヤになるほど楽しんでおられる様子。この人おっかねえわ。
「え、いや、その……奥様……」
「お母様とお呼び!」
「お、お母様!」
「よろしい」
俺は何をやってるのだろう。
終始、この人のペースに巻き込まれている。娘も娘なら、親も親か……。
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