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第十九章 手折られた彼岸花
19-40 譲れないもの
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よほど重い一撃だったのか、一真の腕がぷるぷると震えている。
白鬼はというと、負ったはずの傷が跡形もなく消えていた。
「辛そうだな。そんな細腕で耐えられるか?」
「やかましい……!」
一真は歯をくいしばるが、じわりじわりと押されていた。白鬼も片手で刀を握っているのに、涼しい顔でグイグイと攻めている。
——今の一真は、病弱だった頃の彼がそのまま成長したような姿に見える。
これが、人間としての本当の姿なのだろう。今の彼はお世辞にも逞しいとは言い難い。
しかし、懸命に戦う一真の目は、あの弱々しい少年とは思えないほど力強い。彼は何も諦めてはいないのだ。
「力で俺に勝てると思ってんのか?」
白鬼はせせら嗤い、更に刀を押した。もう少しで刃が一真の顔に届いてしまう。
「思ってねぇよ。だから——」
一真は対抗するように、ニヤリと笑う。
「こうする」
手首を傾け、白鬼にそれと同時に流れるような一太刀を浴びせた。
一瞬のことで、詳細までは目で追えなかった。
鍔迫り合いの状態だったところを、手首を傾けて刀の軌道を逸らした。
そこで出来た隙を狙い、白鬼を斬りつけた……という感じだろうか。
「驚いた。お前にもこんなことが出来るんだな」
白鬼は愉しげにニヤリと笑う。一真の一撃を躱したのか、傷など何処にもない。
「今はあのクソ野郎に感謝しねぇとな」
一真は立ち上がり、私を背に隠して数歩下がる。私たちが体勢を整える時間を与える辺り、白鬼はまだ遊んでいるのだろう。
「さて、奇襲は失敗。次はどうする?」
「それはお前もだろ」
彼は漆黒の刃を私たちに向け、挑発的な視線を送ってきた。
一真もそれに呼応するように、純白の刃を白鬼に向ける。
「とりあえず、真正面からぶった斬る」
その一言が合図だった。
次の瞬間には、私から離れたところで白と黒の刃が交差していた。
私の目では捉えられない程、速い。
刀を振り下ろした瞬間も、ぶつかった瞬間も、何も見えなかった。
一合一合の音が重い。それだけ、激しい打ち合いをしているのだろう。
しかし、一真は剣を受け止めているわけではなく、上手く受け流しながら戦っているようだ。
身体能力では劣る一真は、技だけで食らいついている。
一方白鬼は、繊細さに欠けた無骨な剣を振るう。
圧倒的な身体能力の高さにモノを言わせた戦い方だ。その乱暴さは恐ろしいパワーとスピードを生み出していた。
白鬼の刃を一撃でも食らえば、即死は必至。一真は慎重な足捌きで、反撃の機会を探っているように見えた。
でも、それも長くは続かない。
「息が上がってるぞ?」
「うるせえ……!」
最初は拮抗していたものの、一真が劣勢に追い込まれてきている。白鬼は息も乱れておらず、容赦無い連撃を打ち込んだ。
このままでは一真が殺されてしまう。
防御壁? カウンター? 何でもいい、早く援護しなければ。
「千真!」
援護しようと口を開きかけたとき、一真がそれを阻止するように私の名を叫んだ。
「か、一真」
「手を出すな……くっ」
息は荒いが、冷静な一真の声。
彼は白鬼の重い一撃を、辛くも受け流した。足元がふらついており、立つのも精一杯に見える。
「だけど!」
現在進行形で一真は押されている。何もしないなんて、彼を見殺しにするのと同じだ。
こんなピンチの時なのに、彼は頑なに首を振る。
「これは……俺自身の戦いだ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
一真にとって重要な戦いで、水を差してはいけないことは理解している。
それでも、もう二度と彼を失いたくないという気持ちが上回った。
私は一真を助けるために此処に来たのだから。
「余所見なんざ、随分と余裕そうだなァ!」
白鬼の軽い蹴りは一真の腹部を捉え、私がいる方向に跳ね飛ばす。
彼は宙を舞い、何本もの彼岸花を巻き込んで私の目の前に倒れ伏した。
「一真!」
抱き起こそうと手を伸ばしたが、彼はその前によろよろと立ち上がった。
眼前には既に白鬼が迫っており、すぐに刀と刀がぶつかる。
「っ、確かに……このままじゃ、負けそうだな」
一真の背中からは、彼らしくない弱音が零れた。それでも、白鬼の一撃を辛うじて受け流す。
彼から流れ出た血が地面を濡らした。
「それなら……」
「だから、俺を、信じて、くれ」
彼から飛び出たのは、予想外の言葉。
普段は全てを一人で抱え込む一真が、珍しく私に頼ろうとしているのだ。
「信じる?」
「一言、で、良い……『頑張れ』って、背中を、押して」
一真は息も絶え絶えだ。剣技にもキレが無くなってきている。
応援してどうなるのか、何か変わるのか? 他にもっとやることがあるのでは?
……でも、あんな状態になっても望む願いなのだ。私はそれに応えよう。
「頑張って! 一真なら出来るよ! 出来る一真はカッコいいよ! 一真のちょっといいとこ見てみたい!」
はっ、しまった。口が滑って飲み会の煽りみたいなこと言ってしまった。
こんな私のボケに一真は軽く笑い、高らかにこう宣言した。
「……任せろ!」
キィンと甲高い金属音。
それは、一真が振り上げた刀が白鬼の刀を弾いた音だった。
白鬼はというと、負ったはずの傷が跡形もなく消えていた。
「辛そうだな。そんな細腕で耐えられるか?」
「やかましい……!」
一真は歯をくいしばるが、じわりじわりと押されていた。白鬼も片手で刀を握っているのに、涼しい顔でグイグイと攻めている。
——今の一真は、病弱だった頃の彼がそのまま成長したような姿に見える。
これが、人間としての本当の姿なのだろう。今の彼はお世辞にも逞しいとは言い難い。
しかし、懸命に戦う一真の目は、あの弱々しい少年とは思えないほど力強い。彼は何も諦めてはいないのだ。
「力で俺に勝てると思ってんのか?」
白鬼はせせら嗤い、更に刀を押した。もう少しで刃が一真の顔に届いてしまう。
「思ってねぇよ。だから——」
一真は対抗するように、ニヤリと笑う。
「こうする」
手首を傾け、白鬼にそれと同時に流れるような一太刀を浴びせた。
一瞬のことで、詳細までは目で追えなかった。
鍔迫り合いの状態だったところを、手首を傾けて刀の軌道を逸らした。
そこで出来た隙を狙い、白鬼を斬りつけた……という感じだろうか。
「驚いた。お前にもこんなことが出来るんだな」
白鬼は愉しげにニヤリと笑う。一真の一撃を躱したのか、傷など何処にもない。
「今はあのクソ野郎に感謝しねぇとな」
一真は立ち上がり、私を背に隠して数歩下がる。私たちが体勢を整える時間を与える辺り、白鬼はまだ遊んでいるのだろう。
「さて、奇襲は失敗。次はどうする?」
「それはお前もだろ」
彼は漆黒の刃を私たちに向け、挑発的な視線を送ってきた。
一真もそれに呼応するように、純白の刃を白鬼に向ける。
「とりあえず、真正面からぶった斬る」
その一言が合図だった。
次の瞬間には、私から離れたところで白と黒の刃が交差していた。
私の目では捉えられない程、速い。
刀を振り下ろした瞬間も、ぶつかった瞬間も、何も見えなかった。
一合一合の音が重い。それだけ、激しい打ち合いをしているのだろう。
しかし、一真は剣を受け止めているわけではなく、上手く受け流しながら戦っているようだ。
身体能力では劣る一真は、技だけで食らいついている。
一方白鬼は、繊細さに欠けた無骨な剣を振るう。
圧倒的な身体能力の高さにモノを言わせた戦い方だ。その乱暴さは恐ろしいパワーとスピードを生み出していた。
白鬼の刃を一撃でも食らえば、即死は必至。一真は慎重な足捌きで、反撃の機会を探っているように見えた。
でも、それも長くは続かない。
「息が上がってるぞ?」
「うるせえ……!」
最初は拮抗していたものの、一真が劣勢に追い込まれてきている。白鬼は息も乱れておらず、容赦無い連撃を打ち込んだ。
このままでは一真が殺されてしまう。
防御壁? カウンター? 何でもいい、早く援護しなければ。
「千真!」
援護しようと口を開きかけたとき、一真がそれを阻止するように私の名を叫んだ。
「か、一真」
「手を出すな……くっ」
息は荒いが、冷静な一真の声。
彼は白鬼の重い一撃を、辛くも受け流した。足元がふらついており、立つのも精一杯に見える。
「だけど!」
現在進行形で一真は押されている。何もしないなんて、彼を見殺しにするのと同じだ。
こんなピンチの時なのに、彼は頑なに首を振る。
「これは……俺自身の戦いだ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
一真にとって重要な戦いで、水を差してはいけないことは理解している。
それでも、もう二度と彼を失いたくないという気持ちが上回った。
私は一真を助けるために此処に来たのだから。
「余所見なんざ、随分と余裕そうだなァ!」
白鬼の軽い蹴りは一真の腹部を捉え、私がいる方向に跳ね飛ばす。
彼は宙を舞い、何本もの彼岸花を巻き込んで私の目の前に倒れ伏した。
「一真!」
抱き起こそうと手を伸ばしたが、彼はその前によろよろと立ち上がった。
眼前には既に白鬼が迫っており、すぐに刀と刀がぶつかる。
「っ、確かに……このままじゃ、負けそうだな」
一真の背中からは、彼らしくない弱音が零れた。それでも、白鬼の一撃を辛うじて受け流す。
彼から流れ出た血が地面を濡らした。
「それなら……」
「だから、俺を、信じて、くれ」
彼から飛び出たのは、予想外の言葉。
普段は全てを一人で抱え込む一真が、珍しく私に頼ろうとしているのだ。
「信じる?」
「一言、で、良い……『頑張れ』って、背中を、押して」
一真は息も絶え絶えだ。剣技にもキレが無くなってきている。
応援してどうなるのか、何か変わるのか? 他にもっとやることがあるのでは?
……でも、あんな状態になっても望む願いなのだ。私はそれに応えよう。
「頑張って! 一真なら出来るよ! 出来る一真はカッコいいよ! 一真のちょっといいとこ見てみたい!」
はっ、しまった。口が滑って飲み会の煽りみたいなこと言ってしまった。
こんな私のボケに一真は軽く笑い、高らかにこう宣言した。
「……任せろ!」
キィンと甲高い金属音。
それは、一真が振り上げた刀が白鬼の刀を弾いた音だった。
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