白鬼

藤田 秋

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第十九章 手折られた彼岸花

19-47 久しぶりの平穏

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 暫く食事を楽しんでいたら、唐突に障子が開け放たれた。

「せっかくイイカンジのムードをブチ壊してやろ~って意気込んで来たのに、親鳥が雛に給餌してた件について~!」
 そう喚くのは、翼君だ。思ったより元気いっぱいで良かった。

 今の状況から察するに、親鳥は一真で雛は私のことだろう。

「うるせぇほっとけ」
「むもむも」
 一真は構わず私の口に料理を突っ込み、私は舌鼓を打つ。ウメェ。
 言われてみれば、確かに鳥の給餌っぽいし、色気も何もない。私たちにフワフワした雰囲気はまだ早かったのだ。

「ちょっと! あたしだってチマにあ~んしたい!」
「コマちゃんも!」
 翼君の後ろからは、なっちゃんとコマちゃんがひょっこりと顔を出す。二人とも元気そうで何よりだ。

「ヤダ」
 一真はプイッと横を向いて一言。す、すっげー大人げねえ!

「はぁ!? 黎藤のくせに生意気なのよ! ジャンケンしなさいよジャンケン」
「じゃんけーん!」
「ああもう、うるせぇな!」

 なっちゃんは一真を巻き込み、強制的にジャンケンを開始した。口は悪いけど、結局付き合ってしまう彼は心根の優しい人です。

 最初はグー、次に出されたのはチョキチョキグー。勝利したのは、なっちゃんだった。

「……」
「おまっ、ジャンケン弱ェな!」
 無言でチョキの形の手を見つめる一真と、大笑いしながら彼の背中をバシバシ叩く翼君。なんか、うん、ドンマイ。

「むうう!」
「よしよし」
 負けてしまったコマちゃんは、拗ねて私の膝に顔を埋めた。宥めるようにサラリとした白髪を撫でると、尻尾がブンブンと揺れる。

「はぁい! チマ~! あ~んして?」
「あ~ん」
 一真から箸を強奪したなっちゃんは、彼に代わって私の口に料理を運び始めたのだった。ウメェ。

 ああ、日常が戻ってくる音がする。

「しっかしまぁ、お前この期に及んでとんでもねえ大嘘ついてたなァ! カズマカズマ!」
「ゴリラの学名みたいな呼び方はやめろ」
 翼君がわざと煽ると、一真は額に青筋を浮かせた。

 精神世界の一真とは打って変わって、現実の彼はかなり体格が良くなっている。鬼化の影響なのだろうけど、ゴリラ呼ばわりされるのは……うん、そうね……。

 衿元からチラ見えする隠せないおっぱいがでけぇ。くそっ、私よりあるぞ……!

「もぉ~酷いよカズマカズマカズマ~!」
「ニシローランドゴリラの学名みたいな呼び方はやめろ」
 何でそんなゴリラの学名について詳しいんだろう。

「あ、そうだ。一発殴らせなさいよゴリラ」
「もう何の捻りもなくゴリラじゃねーか」

 なっちゃんが拳を振りかぶるポーズを取ったが、一真は手を出して待ったをかけた。ビンタでもかなり痛そうだったのに、グーはマズイですよグーは!

 彼は口の端を引きつらせながら、コホンと咳払いする。

「……名前を騙ってたのも、お前らに剣を向けたのも、悪かった」
 ボソボソとした喋り方ではなく、しっかり聞き取れるような、はっきりとした声だった。

「えっ、やだ素直君キメェ」
 真っ先に反応したのは翼君。半笑いで身を仰け反らせた。いけません、フリだとしてもそんなリアクションしたら……。

「俺さ、鬼になったから怒りん坊なんだよね」
「元からだろォギャー!」
 一真は流れるような動作で翼君を蹴飛ばしてうつ伏せにする。その後、間髪入れずに背中に馬乗りになって顎を思いっきり後ろに引いた。キャメルクラッチである。

 平和的なプロレスを見るのも久しぶりな気がして、何だかほっこりした。

「オレはほっこりしねェアー!」
 人体から出てはいけない音がした。

***

 私たちが和気藹々とした食事を済ませた後、再び母様が現れた。相変わらず穏やかな笑顔を浮かべているが、纏う雰囲気はどこか剣呑としている。

「お楽しみのところ申し訳ないけれど、そこのお嬢さんをお借りして良いかしら?」
 母様が指差したのは、私。

 他の皆は険しい表情になったが、私を含めて誰も拒否することは出来なかった。母様はそんな絶対的な空気を纏っていた。

「わかりました」
 私も断る理由はない。痺れる身体を起き上がらせようと力を入れると、一真が心配そうに支えてくれた。母様はその様子に目を細め、くすりと笑う。

「……そうね、あなたも来てちょうだい」
「承知致しました」
 ふわりと身体が浮く感覚。私は一真にヒョイと抱き上げられたのだ。思わず、短い悲鳴を上げてしまう。

「あらあら、あらあら~」
「このっ!」
「どうどう、抑えなさい」
 母様は何故か嬉しそうに目を輝かせているし、なっちゃんは般若のような顔をしているし、翼君はそんななっちゃんを必死で抑えていた。

 一真は何故か満面の笑みを見せ、部屋を後にした。

「彼氏ヅラしてんじゃないわよ! キィー!」
「こらっ、抑えなさいってば!」
 部屋からはなっちゃんの喚き声が聞こえてしまい、ちょっと顔が熱くなってしまった。一真の顔をチラリと見てみると、仏頂面に戻っていた。あれぇ。

「白鬼君、随分とあなたにご執心のようね?」
「ひぇっ!」
 前を歩く母様は振り返りこそしなかったが、楽しげに肩を揺らした。

「そ、そんなこと……あります?」
「俺に振るな」
 一真は顔色一つ変えず、そっぽを向く。こ、この男、急に素っ気なくなりやがった……!

 デレたりツンとしたり、差が激しいんだから。……はっ、人前ではツンとして二人きりの時はデレる……まさに古典的クラシックなツンデレ!

「内容は知らんが、お前がしょうもないことを考えてるのはわかるぞ」
「えへへ」
 呆れ気味の一真にはとりあえず笑って誤魔化してみる。母様はそんな私たちの様子にまた笑っていた。

「本当に仲が良いのね。旧知の仲、ということかしら」
「はい、幼馴染です」
 私たちの関係を表すのに初めて使った単語だが、間違ってはいないだろう。ブランクは長いが。

 こうやって口に出してみると、ちょっとむず痒い。

「あらあら、まぁ、そうなの」
 母様の声のトーンは一瞬だけ低くなったが、すぐにふわふわとした声音に戻った。
 何か、不味いことを言ってしまったのだろうか。

「ごめんなさいね。娘と言っていることが違うから、引っかかってしまって」
 証言の食い違いか。それはそうだろう。あの子は自分の有利なように事実を捻じ曲げて報告するはずだ。

「……お嬢さんは、何て言ってるんですか?」
「今は言えないわ。公平じゃないもの」
 母様は廊下の突き当たりまで歩くと、とある部屋扉に手を掛けた。

「あなたのお話も聞いてから、全てを判断しましょう」
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