白鬼

藤田 秋

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第十九章 手折られた彼岸花

19-46 母様の味

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「朝食の支度が出来ましたので、是非こちらにいらしてくださいな」
 ああ、呼びに来てくれたんだ。朝食までご馳走してくれるなんて、本当にお客様扱いなんだな。

「奥様がわざわざお越しになるとは、どういう風の吹きまわしで?」
 先程から、一真は丁寧な口調で話している。『神凪千真』の式神として過ごしていたのだろうし、母様にはこういう接し方になるのかな。

 それはそれとして、彼の言う通り、母様がわざわざ出向く必要はない。お手伝いさんが言いに来れば済む話だもの。

「ふふ。貴方、帰ってきてから口が達者になったわね。何となく、そこの可愛らしいお客様を見てみたかっただけよ」
 母様は私に視線を向け、柔らかく微笑んだ。その行動にドキッとしてしまう。

 しかし、『お客様』と呼ばれてしまったことで、心の中にズシリと重いものが落ちて来た。
 やっぱり、母様の中では私は娘ではないのだ。

「まだ顔色が優れないわね。虚脱状態は治らない?」
 母様は心配そうに私の顔を覗いてきた。ちょっとだけ、戸惑ってしまう。

「ええ、まぁ……」
「無理しないで、ゆっくり休んでね。あなたの食事はこちらに運ばせましょう」
 私が曖昧に返事をすると、母様は布団をポンポンと軽く叩いた。それは、幼子をあやす母親のような……。

「娘が怒るかもしれないけれど、貴女のことは放っておけないのよ。どうしてかしらね」

 母様はゆっくりと立ち上がり、私たちに背を向けた。あの優しい手が離れてしまったのが、少し残念に思う。

「ああ、そうだ。霊力の型が同じ人が近くにいると、回復が早くなるんだけど……口から力を受け渡しした方が、もっと早いのよ」

 少し振り返って、唇に人差し指を当てる。
 悪戯っぽい笑みを浮かべると、そのまま部屋から出て行ってしまった。

 私はというと、母様に優しくされた感動が吹っ飛び、顔が熱くなってしまった。横の一真も同じなのか、色白の顔が真っ赤になっている。

「……と、とりあえず、せっかくお呼ばれしたんだし、行ってきたら?」
 母様がわざわざ呼びに来てくださったのだし、一真だけでも行って欲しい。

「お前だけ置いていけるか。それに、拘束具……が?」
 がしゃん、と重みのある音が畳に落ちた。それは、彼の手足に嵌められていた枷だ。いつの間にか、封印が解かれていたのだろう。私も一真も気づかないうちに。

「……神凪の女は、どうしてこう恐ろしいのか」
 一真は顔を引きつらせた。あの様子だと、普段から手玉に取られていたのだろう。我が母ながら恐ろしい人だ。

 というか、私も神凪の女なんですけど!

「私は怖くないもんっ」
「お前も怖いよ。まんじゅうこわい」
 一真は楽しげに肩を揺らした。

 その時、障子越しにまた人影が見えた。かちゃかちゃと食器の揺れる音もする。

「失礼致します。入ってもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ……」
 女中さんだろうか。私が返事すると、障子が静かにスライドした。外には御膳と女中さんが並んでいた。

「わざわざありがとうございます」
 後から女中さんがもう一人入ってきて、私の前に御膳が並べられた。一真が行かないことをわかっていたのか、彼の前にも御膳が並ぶ。

 高級感のある茶碗や小鉢、焼き物……やっぱりここ、座敷牢って設定の高級旅館なのでは?

「蕎麦アレルギーはございますか?」
「大丈夫です」
 こんなことを聞くということは、蕎麦が出るのだろうか。女中さんはホッとした様子でにこりと笑う。

「良かったです。では、こちらを……」
 彼女が出したのは、両手に収まる程度のお椀。その中には、灰色の丸いお餅のようなものが転がっていた。三つ葉が添えられてアクセントになっている。

 天つゆが入った容器と、わさびや薬味の乗った皿も横に置かれた。

「奥様お手製の蕎麦がきです」
「か……奥様お手製、ですか?」
「ええ。千真お嬢様にはご内密に、とのことですので……」

 女中さんは人差し指を立て、唇に当てる。
 母様が私のためにわざわざ作ってくれたんだ……。しかも、実の娘だと思っているあの子に内緒で。

 うっかり、目に涙が溜まりそうになった。

「あ、ありがとうございます。頂きます、とお伝え願えますか?」
「はい。かしこまりました。では、ごゆっくり」
 女中さんは快く伝言を引き受けてくれた。深々と頭を下げた後、部屋を出て行く。

「母様……」
 私はぽつりと呟き、お椀を眺めた。『お母さんの手料理』というものが、なんだかこそばゆい。 

「せっかくだ、頂こうか」
「……うん」
 一真に優しく促され、私は身体を起こそうとした。少しふらっとしたが、彼が支えてくれる。

「自分で食べられるか?」
「だだ、大丈夫でひゅ」
 私は箸を持ち、蕎麦がきを摘もうとするが、何度もマトを外す。お椀にすら箸先が入らねえ。

「箸の照準定まってねえじゃねーか。貸せ」
「はひ」
 一真は私の手から箸を引ったくると、蕎麦がきを小さく裂き、天つゆにつける。

「薬味は?」
「ううん、まずはそのままで」
 彼は頷くと、私の口元に蕎麦がきを運んでくれた。

「ありがとう」
 蕎麦がきを口に入れると、ふわりと蕎麦の風味が香る。ふわふわとして、もっちりとして、そしてほのかな甘さを感じた。
 これが、母様の味。

「……美味しい」
「そうか」
 舌鼓を打つ私を見て、一真は切なげに笑った。

「どうしたの?」
「ああ、いや。料理の腕には自信があるつもりだったが、お前にそんな幸せそうな顔をさせてやれなかったから……」

 一真の料理もとても美味しいし、食べればいつもニコニコしていたと思う。今の私は、それを上回るほど幸せそうなのか。

「お袋の味には勝てないな」
 さすがの一真シェフも、母様には完敗のご様子。

「でも、一真の料理も大好きだよ。私、一真のせいで舌が肥えちゃいましたからねっ」
「はいはい、いくらでも作りますよ。お前はまた痩せたし、もっと肥えた方が良い」
 おっとデリカシーが無いですぞ。

「ええっ! 女の子に太れとか言っちゃダメなんですよっ」
「ガリガリ過ぎても不安になるんだよ」
 一真は問答無用で私の口に蕎麦がきを突っ込んだ。美味しい。

「むもむも。やはり信州は蕎麦ですな」
「戸隠は特に有名だしな」
 そういえば、私の故郷は一般的には蕎麦や忍者の方が有名だ。

 何で伝承系で此処を特定したのだろう。まぁ、翼君曰く誰かの差し金っぽいが。
 紅葉伝説……後で、所縁の場所に行ってみたいな。

「おやきもあるな。食うか?」
「食べる!」
 一真の勧めでおやきも食べてみた。
 中身はお野菜だ。中はシャキシャキとしてて、外の皮はもっちり、焼き目はカリカリ。美味っ!

「いきなり長野グルメ紀行になってる気がする」 
「軸がブレ始めたな。どーすんだよ」
「ここで話を切ります」
「ええ……」
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