白鬼

藤田 秋

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閑話 神様とおばあさんの話

神無月になる前に

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 白城市と天波市の境にはとある鬼を祀る神社が佇んでいる。
 江戸時代から続くその神社は、規模が大きいものの、活気が無く寂れていた。

 その原因は、この神社を営む一家を襲った惨劇による。
 惨殺死体があった神社など気味が悪い、縁起が悪い、と客足が遠のいてしまったのだ。

 それでも、人が全く来なくなったというわけではない。ごく稀に、立ち寄る人間がいる。
 例えば、胆試し目的の罰当たりな連中や——何も知らないお年寄りだ。

「相変わらず、石段の多いこと」
 息を切らしてそう呟くのは、七十歳くらいの小柄な老婆だ。彼女は杖をつきながら、一歩ずつゆっくりゆっくりと石段を登る。

 長い石段を登り切ったその先には、大きな鳥居がある。
 その陰から、少女のような顔をした少年が心配そうに顔を覗かせていた。

「はわわ……大変そうなのです」
 白天童子、この神社の祭神である。
 彼は珍しい客人の気配を察し、鳥居まで出迎えに来たのだ。

 老婆が一段登る度、『頑張れ』『その調子』『あと少し』と励まし続けている。当の本人には聞こえない訳なのだが。

「おや、良い風だ。歓迎してくれているのかねぇ」
「ええ! もちろんですとも!」
 老婆には神の声は聞こえない。だが、優しく背を押す追い風が神の心を代弁していた。

 一段、また一段と登り、ようやく頂上へ。
 老婆は鳥居の前でゆっくりと深く一礼する。鬼神もまた、つられて一礼した。

「おや、まぁ……随分と寂れてしまったねぇ」
 眼前に広がるのは、今や活気を失ってしまった懐かしい境内。
 神主も巫女も参拝客も、誰もいないのだ。

「はう……」
 実は神主役や巫女は存在する。しかしながら、本日は平日。彼らは学生の身分故、学校で勉強をしているのだ。

 代わりに『成れる』者も存在はするが、人前には出てこないので数に入れることは出来ない。

「どれ、神様にご挨拶しようかね」
 老婆は再び足を進めた。神もその後ろに続く。
 拝殿の前に立ち、まずは一礼。次に賽銭箱に硬貨を投げ入れ、二礼二拍手一礼をした。

「ええ、確かに受け取りました。私に出来ることは微々たるものですが……」
 神も参拝者に応えるよう、一礼をする。

 彼は万能ではないが、神通力は行使出来る。
 しかし、神の力は信仰と比例する。現在の彼は、ほぼ信仰されていないに等しく、全盛期ほどの力を持たないのだ。

「お札を頂きたいけれど、誰もいないんじゃあ……」
 老婆が独り言を呟いた時の神の行動は早かった。

 社務所の窓が開き、中からするりと札が顔を出した。中のカウンターには三方さんぼうが置いてある。

「こちらにあります!」
 そう呼び掛けても、もちろん聞こえない。
 しかし、老婆はその怪奇現象に気づいたのか、社務所に近付いた。

 不自然な札と三方を見比べ、なるほどと頷く。

「有り難く頂きます。どうかお納めください」
 老婆はお札を受け取り、三方の上に代金を置いた。
 もう一度深々と礼をすると、にこりと笑った。

「不思議なことばかりです。本当に、神様にもてなされているようだ」
「はわわっ、ばれてしまったのです!」
 神は両手で顔を覆い隠し、チラチラと老婆の様子を窺った。

「あと何回来れるかわかりません。老い先短い私のために、ありがとうございます」
「はう……」
 数少ない参拝客は、高年齢化により更に減少している。この老婆もまた、その一人になるのだろう。

 神は寂しげに息をついた。

「十月になる前に、こうしてお会いできて良かった。また機会があれば、この婆さんの前に現れてくださいな」
 老婆は楽しそうに笑うと、鳥居の方向へと足を進めたのだった。

「どうか、またいらしてください。お待ちしております」
 神は老婆に向かって朗らかに笑いかけた。小さな背中が見えなくなるまで、ただじっと眺めている。

「私は出雲へ行く気はございません。この地で、ずっとずっと、お護りします……」
 神は本当に誰にも聞こえない独り言を口にする。
 思い出すのは、この神社で起こった惨劇。

 自分が不在の間に、何者かによって大切なものが奪われたのだ。

 神無月は憂鬱な季節だ。
 何度も何度も、後悔する。また、護れなかったのだと。
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