白鬼

藤田 秋

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第十九章 手折られた彼岸花

19-30 気まぐれな助っ人

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* * * * * * * *

「……っ!」

 まず感じたのは、身体にのし掛かる重圧感。その次に、耐え難い息苦しさが私を蝕んだ。

 立っていられなくなり、地面にへたり込んでしまう。その原因は、あそこに佇んでいる幽鬼であろうか。

 真っ白だった長髪や肌には赤黒い蛇のような文様が浮かび上がり、その禍々しさを強調させた。

 紅い瞳からは再び光が消え失せ、優しさのカケラも残っていない。

 彼を白鬼君……いや、一真と認めることも憚られる、それほど邪悪な様相を呈していた。

「チマ!」
 緊迫したなっちゃんの声と共に、私に重圧感と息苦しさは和らいで行った。

 見上げると、彼女を中心として結界が展開されていた。

「なっちゃん……」
「チマ、平気?」
「うん、ありがとう」

 なっちゃんが抑えてくれているのだろう。
 お礼を言うと、優しく微笑んでくれたが、すぐに険しい表情へと変化する。

「もう……あいつ、加減を知らないんだから……!」
 なっちゃんの手首にある白い数珠は、徐々に灰色に染まってゆく。そして、ピキピキとヒビが入り始めた。

 この術式について詳しくはわからないが、あの数珠が鍵となっているなら、この状況はまずい。

「……うおっ!」
 翼君が獅子に体当たりされ、私たちとは反対方向に突き飛ばされる。
 それと同時に、あの子が私たちを指差した。

『行け』
 そういった命令だろう。
 あの子の隣に佇んでいた一真は瞬時に此方まで間合いを詰めた。

「あんた……良い加減にしなさいよ」
 なっちゃんは眼前の鬼に怯まず、低い声で唸る。

 しかし、一真は何も答えず、手に持っている刀を乱暴に振り下ろした。

「くそっ……!」
 キィン、キィンと高い音が鳴り響く。なっちゃんの結界が刀を弾く音だ。
 刀が振り下ろされる度、結界と数珠のヒビが深くなる。

 このままじゃ、防衛線が崩壊するのも時間の問題だ。
 崩壊すれば、先にやられるのは矢面に立っているなっちゃんだろう。

 そんなの、駄目だ。


 そぉだよねぇ。お友達を助けたいよねぇ。
 もちろんだよ。

 俺としてもこの展開は好ましくない。だから少しだけ助言をしてやろう。
 ……あなたは誰?

 今は俺よりもこの状況を打開するのが先だろう?
 それはそうだけど……。

 別に、信用するかどうかは君次第だ。俺は楽しむからさぁ。
 ……今は信用します。

 なるほど、賢明な判断だ。まぁ心配しなさんな。気まぐれな助っ人が来てくれる。
 助っ人?

 しっかし、気まぐれ過ぎてすぐに帰ってしまうかもしれない。
 だからね、帰る前に君が何とかしないといけないね。

 ……私がすべきことは何?

 自分の式神に霊力を与えてやることさ。
 君が持つ霊力の質は上等だ。式が普段抑えている強大な力を引きずり出す事も可能だよ。

 霊力を……でも、どうやってやるかわからない。

 想像してごらん。
 君は水が満杯に入った器を持っている。器は君が抱えられるサイズかな。

 そして、君の式もまた容量の大きい器を持っている。その器に君の器の水を注いでやれ。

 私の器の水を注ぐ……。

 んじゃ、上手くやりなよ。


「また……」
 翼君でない誰かの声。

 その声からは胡散臭さと軽薄さを感じ取れたが、かといって此方に敵対する気は無さそうだった。

 信頼は出来ないが、信用するしかない。

 なっちゃんの数珠は真っ黒く染まり、ヒビが珠全体を覆っている。あと一撃で結界が崩壊するだろう。

 一真は再び刀を振り上げた。
 流れ作業のようなそれは、動きに一つの無駄もない。

 その刀は容赦無く振り下ろされようとした。

 だが、一真の背後に出現した黒い影が、それを阻むように彼に斬りかかる。

「チィ、勘だけは鈍ってないな」
 頭から血を流した翼君は、へへっと笑う。
 彼の刀は一真の首を狙っていたが、一真は振り向かずに自分の刀で受け止めていた。

「翼君! 大丈夫!?」
「ヘーキヘーキ。ちょっとしくったぁああ!?」
 獅子が翼君に飛びかかるが、彼は一真から離れ、襲撃を回避する。


「どいつもこいつも脳筋で困っちゃうぜ!」
 翼君は額から流れる血を乱暴に拭い、よろよろと刀を構えた。

 二対一、相手はどちらも力押しするタイプなら翼君とは相性が悪い。

 それに、一真と獅子はあの子のバックアップを受けている。こんなの、ジリ貧になるに決まってるではないか。

 私が翼君のバックアップをしないと。

「……」
 先程の謎の声が言っていたことを思い出す。
 私が持っているのは水の入った器。白くてツルツルしており、丸みを帯びた小振りの器だ。

 それの中身を……翼君が持っている、夕陽色の大きな器に。白い器をゆっくりと傾けて、青みを帯びた水を流し込む。

「っ!!」
 翼君は驚いた表情で此方を見るが、獅子に襲い掛かられ、再び敵に目を向ける。

 一真は翼君には関心が無いのか、再び此方に向き直った。

 心の中の協力者の言葉通りならば——。

 一真は無防備にぶら下げていた腕を振り上げる。手にした刀は陽の光を反射し、ギラリと光る。
 そしてもう一度、間髪入れずに振り降ろされるのだ。

「よぉ小僧。元気そうだねェ」
 一真の刀が一瞬にして弾かれる。
 私たちと一真の間に立ったのは、もう一人の白髪の男。

 ——『気まぐれな助っ人』が登場するシナリオになるはずだ。
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