253 / 285
第十九章 手折られた彼岸花
19-30 気まぐれな助っ人
しおりを挟む
* * * * * * * *
「……っ!」
まず感じたのは、身体にのし掛かる重圧感。その次に、耐え難い息苦しさが私を蝕んだ。
立っていられなくなり、地面にへたり込んでしまう。その原因は、あそこに佇んでいる幽鬼であろうか。
真っ白だった長髪や肌には赤黒い蛇のような文様が浮かび上がり、その禍々しさを強調させた。
紅い瞳からは再び光が消え失せ、優しさのカケラも残っていない。
彼を白鬼君……いや、一真と認めることも憚られる、それほど邪悪な様相を呈していた。
「チマ!」
緊迫したなっちゃんの声と共に、私に重圧感と息苦しさは和らいで行った。
見上げると、彼女を中心として結界が展開されていた。
「なっちゃん……」
「チマ、平気?」
「うん、ありがとう」
なっちゃんが抑えてくれているのだろう。
お礼を言うと、優しく微笑んでくれたが、すぐに険しい表情へと変化する。
「もう……あいつ、加減を知らないんだから……!」
なっちゃんの手首にある白い数珠は、徐々に灰色に染まってゆく。そして、ピキピキとヒビが入り始めた。
この術式について詳しくはわからないが、あの数珠が鍵となっているなら、この状況はまずい。
「……うおっ!」
翼君が獅子に体当たりされ、私たちとは反対方向に突き飛ばされる。
それと同時に、あの子が私たちを指差した。
『行け』
そういった命令だろう。
あの子の隣に佇んでいた一真は瞬時に此方まで間合いを詰めた。
「あんた……良い加減にしなさいよ」
なっちゃんは眼前の鬼に怯まず、低い声で唸る。
しかし、一真は何も答えず、手に持っている刀を乱暴に振り下ろした。
「くそっ……!」
キィン、キィンと高い音が鳴り響く。なっちゃんの結界が刀を弾く音だ。
刀が振り下ろされる度、結界と数珠のヒビが深くなる。
このままじゃ、防衛線が崩壊するのも時間の問題だ。
崩壊すれば、先にやられるのは矢面に立っているなっちゃんだろう。
そんなの、駄目だ。
『
そぉだよねぇ。お友達を助けたいよねぇ。
もちろんだよ。
俺としてもこの展開は好ましくない。だから少しだけ助言をしてやろう。
……あなたは誰?
今は俺よりもこの状況を打開するのが先だろう?
それはそうだけど……。
別に、信用するかどうかは君次第だ。俺はどう転んでも楽しむからさぁ。
……今は信用します。
なるほど、賢明な判断だ。まぁ心配しなさんな。気まぐれな助っ人が来てくれる。
助っ人?
しっかし、気まぐれ過ぎてすぐに帰ってしまうかもしれない。
だからね、帰る前に君が何とかしないといけないね。
……私がすべきことは何?
自分の式神に霊力を与えてやることさ。
君が持つ霊力の質は上等だ。式が普段抑えている強大な力を引きずり出す事も可能だよ。
霊力を……でも、どうやってやるかわからない。
想像してごらん。
君は水が満杯に入った器を持っている。器は君が抱えられるサイズかな。
そして、君の式もまた容量の大きい器を持っている。その器に君の器の水を注いでやれ。
私の器の水を注ぐ……。
んじゃ、上手くやりなよ。
』
「また……」
翼君でない誰かの声。
その声からは胡散臭さと軽薄さを感じ取れたが、かといって此方に敵対する気は無さそうだった。
信頼は出来ないが、信用するしかない。
なっちゃんの数珠は真っ黒く染まり、ヒビが珠全体を覆っている。あと一撃で結界が崩壊するだろう。
一真は再び刀を振り上げた。
流れ作業のようなそれは、動きに一つの無駄もない。
その刀は容赦無く振り下ろされようとした。
だが、一真の背後に出現した黒い影が、それを阻むように彼に斬りかかる。
「チィ、勘だけは鈍ってないな」
頭から血を流した翼君は、へへっと笑う。
彼の刀は一真の首を狙っていたが、一真は振り向かずに自分の刀で受け止めていた。
「翼君! 大丈夫!?」
「ヘーキヘーキ。ちょっとしくったぁああ!?」
獅子が翼君に飛びかかるが、彼は一真から離れ、襲撃を回避する。
「どいつもこいつも脳筋で困っちゃうぜ!」
翼君は額から流れる血を乱暴に拭い、よろよろと刀を構えた。
二対一、相手はどちらも力押しするタイプなら翼君とは相性が悪い。
それに、一真と獅子はあの子のバックアップを受けている。こんなの、ジリ貧になるに決まってるではないか。
私が翼君のバックアップをしないと。
「……」
先程の謎の声が言っていたことを思い出す。
私が持っているのは水の入った器。白くてツルツルしており、丸みを帯びた小振りの器だ。
それの中身を……翼君が持っている、夕陽色の大きな器に。白い器をゆっくりと傾けて、青みを帯びた水を流し込む。
「っ!!」
翼君は驚いた表情で此方を見るが、獅子に襲い掛かられ、再び敵に目を向ける。
一真は翼君には関心が無いのか、再び此方に向き直った。
心の中の協力者の言葉通りならば——。
一真は無防備にぶら下げていた腕を振り上げる。手にした刀は陽の光を反射し、ギラリと光る。
そしてもう一度、間髪入れずに振り降ろされるのだ。
「よぉ小僧。元気そうだねェ」
一真の刀が一瞬にして弾かれる。
私たちと一真の間に立ったのは、もう一人の白髪の男。
——『気まぐれな助っ人』が登場するシナリオになるはずだ。
「……っ!」
まず感じたのは、身体にのし掛かる重圧感。その次に、耐え難い息苦しさが私を蝕んだ。
立っていられなくなり、地面にへたり込んでしまう。その原因は、あそこに佇んでいる幽鬼であろうか。
真っ白だった長髪や肌には赤黒い蛇のような文様が浮かび上がり、その禍々しさを強調させた。
紅い瞳からは再び光が消え失せ、優しさのカケラも残っていない。
彼を白鬼君……いや、一真と認めることも憚られる、それほど邪悪な様相を呈していた。
「チマ!」
緊迫したなっちゃんの声と共に、私に重圧感と息苦しさは和らいで行った。
見上げると、彼女を中心として結界が展開されていた。
「なっちゃん……」
「チマ、平気?」
「うん、ありがとう」
なっちゃんが抑えてくれているのだろう。
お礼を言うと、優しく微笑んでくれたが、すぐに険しい表情へと変化する。
「もう……あいつ、加減を知らないんだから……!」
なっちゃんの手首にある白い数珠は、徐々に灰色に染まってゆく。そして、ピキピキとヒビが入り始めた。
この術式について詳しくはわからないが、あの数珠が鍵となっているなら、この状況はまずい。
「……うおっ!」
翼君が獅子に体当たりされ、私たちとは反対方向に突き飛ばされる。
それと同時に、あの子が私たちを指差した。
『行け』
そういった命令だろう。
あの子の隣に佇んでいた一真は瞬時に此方まで間合いを詰めた。
「あんた……良い加減にしなさいよ」
なっちゃんは眼前の鬼に怯まず、低い声で唸る。
しかし、一真は何も答えず、手に持っている刀を乱暴に振り下ろした。
「くそっ……!」
キィン、キィンと高い音が鳴り響く。なっちゃんの結界が刀を弾く音だ。
刀が振り下ろされる度、結界と数珠のヒビが深くなる。
このままじゃ、防衛線が崩壊するのも時間の問題だ。
崩壊すれば、先にやられるのは矢面に立っているなっちゃんだろう。
そんなの、駄目だ。
『
そぉだよねぇ。お友達を助けたいよねぇ。
もちろんだよ。
俺としてもこの展開は好ましくない。だから少しだけ助言をしてやろう。
……あなたは誰?
今は俺よりもこの状況を打開するのが先だろう?
それはそうだけど……。
別に、信用するかどうかは君次第だ。俺はどう転んでも楽しむからさぁ。
……今は信用します。
なるほど、賢明な判断だ。まぁ心配しなさんな。気まぐれな助っ人が来てくれる。
助っ人?
しっかし、気まぐれ過ぎてすぐに帰ってしまうかもしれない。
だからね、帰る前に君が何とかしないといけないね。
……私がすべきことは何?
自分の式神に霊力を与えてやることさ。
君が持つ霊力の質は上等だ。式が普段抑えている強大な力を引きずり出す事も可能だよ。
霊力を……でも、どうやってやるかわからない。
想像してごらん。
君は水が満杯に入った器を持っている。器は君が抱えられるサイズかな。
そして、君の式もまた容量の大きい器を持っている。その器に君の器の水を注いでやれ。
私の器の水を注ぐ……。
んじゃ、上手くやりなよ。
』
「また……」
翼君でない誰かの声。
その声からは胡散臭さと軽薄さを感じ取れたが、かといって此方に敵対する気は無さそうだった。
信頼は出来ないが、信用するしかない。
なっちゃんの数珠は真っ黒く染まり、ヒビが珠全体を覆っている。あと一撃で結界が崩壊するだろう。
一真は再び刀を振り上げた。
流れ作業のようなそれは、動きに一つの無駄もない。
その刀は容赦無く振り下ろされようとした。
だが、一真の背後に出現した黒い影が、それを阻むように彼に斬りかかる。
「チィ、勘だけは鈍ってないな」
頭から血を流した翼君は、へへっと笑う。
彼の刀は一真の首を狙っていたが、一真は振り向かずに自分の刀で受け止めていた。
「翼君! 大丈夫!?」
「ヘーキヘーキ。ちょっとしくったぁああ!?」
獅子が翼君に飛びかかるが、彼は一真から離れ、襲撃を回避する。
「どいつもこいつも脳筋で困っちゃうぜ!」
翼君は額から流れる血を乱暴に拭い、よろよろと刀を構えた。
二対一、相手はどちらも力押しするタイプなら翼君とは相性が悪い。
それに、一真と獅子はあの子のバックアップを受けている。こんなの、ジリ貧になるに決まってるではないか。
私が翼君のバックアップをしないと。
「……」
先程の謎の声が言っていたことを思い出す。
私が持っているのは水の入った器。白くてツルツルしており、丸みを帯びた小振りの器だ。
それの中身を……翼君が持っている、夕陽色の大きな器に。白い器をゆっくりと傾けて、青みを帯びた水を流し込む。
「っ!!」
翼君は驚いた表情で此方を見るが、獅子に襲い掛かられ、再び敵に目を向ける。
一真は翼君には関心が無いのか、再び此方に向き直った。
心の中の協力者の言葉通りならば——。
一真は無防備にぶら下げていた腕を振り上げる。手にした刀は陽の光を反射し、ギラリと光る。
そしてもう一度、間髪入れずに振り降ろされるのだ。
「よぉ小僧。元気そうだねェ」
一真の刀が一瞬にして弾かれる。
私たちと一真の間に立ったのは、もう一人の白髪の男。
——『気まぐれな助っ人』が登場するシナリオになるはずだ。
0
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)
幻田恋人
恋愛
夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。
でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。
親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。
童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。
許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…
僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる