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第十九章 手折られた彼岸花
19-26 解決の糸口と
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「こんな奴の為に御苦労さん。時間の無駄だったな」
一真は口の端を吊り上げ、嫌味たっぷりに言い放つ。
その笑みすらも嘘まみれで、また真実を隠している。彼は悪役を演じ、わざと私たちを突き放すのだ。
「帰れよ、見逃してやる。背後から斬りはしないが、不安ならこのままで良い」
と、彼は自分を拘束する鎖を一瞥する。
腕は塞がれ、足の可動域も最低限しか無い。翼君相手に追いつくことは不可能だろう。
「見逃してやるだぁ? オマエ、人に指図出来る立場か?」
「だから言ってんだ。お前の腕、骨が砕けて使い物にならない筈だが?」
「悪意百パーセントだなコラ」
一真の指摘に、翼君の顔からほんの少しだけ余裕が消えた。彼の言動から察するに、図星なのだ。
それでも、まだ笑顔は崩さないのが流石だが。
「あんた、骨が砕けてるって……」
「ダイジョブダイジョブ、あのクソゴリラにイジメられた時に~ちょっとボキっとネッ」
「いやそれ大丈夫じゃないから!?」
なっちゃんが心配そうに声をかけても、翼君はあっけらかんとした顔をしている。
先程の一戦で、やはりダメージは受けていた。それも、骨が砕けてるなんて。
腕は動かせてるみたいだけど、それも無理をしているはず。翼君はそう見せないように、表情ひとつ変えないが……。
「では、百パーセントの悪意で問うが、その状態で俺を相手取れるのか?」
この口ぶりからして、一真はその気になれば戦えるということだ。
だから先程こう言ったんだ。『見逃してやる』と。
駄目。
今、一真と翼君を戦わせることなんて出来ない。
「けっ、その拘束も無駄ってことかよ。なーにが『不安ならこのままで良い』だ」
翼君は口を尖らせ、軽く振る舞うが、目だけは明らかに怒りに満ちていた。
「空への追跡は不可能だ。今すぐ失せるなら無駄じゃない。……だが、残るならその限りではないという話だ」
取引でも何でもなく、ほぼ脅迫に近い。
結局のところ、一真の言いたいことは一貫している。
それは彼を置いて私たちだけ帰ることだ。
「あまりオレを見誤るなよ。この程度、ハンデにすらならん」
翼君は刀を構え、鋭い眼で一真を睨む。
彼の腕はぼんやりと青白く光っており、そこから強い妖力が溢れていた。
妖力で腕を補強し、無理やり動かしているのだろう。
「やる気か。お前にしては頭の悪い選択だな」
「たわけ。オレは勝算の無い戦いはしねぇよ」
一触即発、お互い一歩も譲らない。
このままではまた戦いが始まってしまう。
「ま、待って!」
私は慌てて二人の間に割って入った。
「千真ちゃん、危ねえから下がってて」
「駄目! その傷での戦いは認めません! これは命令です!!」
翼君は依然として武器を降ろさず、一真を睨み続けている。
だけど、私だってここは引けない。
「——!」
私は一真を背にし、腕を広げる。
目の前には翼君の刃。その冷たく鋭い威圧感に、喉が干上がる。
「退け」
「退かないっ!」
背中から一真の声が聞こえたが、ぴしゃりと拒否した。
私が退いたら、戦いが始まってしまうもの。
「……」
まだ一分も経っていないだろうか。
しかし、気の遠くなるほど長い時間に感じた。
翼君は私に視線を合わせ、やれやれと息をついた。
「……悪い、クールじゃなかったな。マスター命令とあらば仕方ない」
彼は腕を降ろし、刀から手を離した。
刀はそのまま落下し、地面に刺さる。その瞬間、形を変えて錫杖に戻ってしまった。
「ありがとう」
私は彼に一言礼を言うと、一真の方に向き直った。
「あなたの目的は何? あの子との契約は、まだ続いているの?」
敵対してでも私たちだけを帰したい理由。彼がこれからやろうとすること。
そして、現在も彼はあの子の式神なのか。それを知りたい。
なんとか、彼を説得する糸口を見つけたかった。
「……精神的な束縛は解除されたが、契約自体は切れていない」
一真は興味無さげに答える。
洗脳は解けたといっても、まだ完全に自由になったというわけではないようだ。
「長い長い悪夢を見続けていたようだ。今も見ているのは変わりないが」
と、彼はぼんやりと呟いた。
「あの女は用心深い。契約が容易に解除出来ないよう、複数のトリガーを用意している」
「トリガー……?」
「ああ、トリガーの一つがその刀だったみたいだが」
そう言われ、手に持っていた純白の刀を見下ろす。確かに、私がこれを持った後、一真の様子が変わった。
元は黒く禍々しい刀だったが、あの子に持たされた呪いのアイテムだったり……?
「他に、契約を解除する方法は知ってるの?」
まだクリアしなきゃいけない条件があるなら、早くやらなきゃ。
すると、一真はフッと笑った。
「それはさっき、お前が拒否しただろう」
「それって……」
まさか。
「……強力な呪いには、更に強力な呪いが必要だ」
『のろい』と『まじない』。
本質は同じものだが、込める思いの方向は違う。
心がマイナスに振り切れてしまったなら、プラスにまで戻せばいい。
「それが、私が名前を呼ぶことなの?」
「そうだ」
最初は拒否していたのに、突然名前を呼ぶように仕向けたのは、そういうことだったのか。
「でも、それだけでトリガーになるの?」
「本当の名前を支配する事は、存在を支配する事だ。言霊の持つ力の影響力は理解しているだろ?」
「あっ……」
思いを言霊に乗せれば奇跡を起こせる。これまで、何度も見てきたじゃないか。
『名前』の持つ意味はとても大きい。
名前はモノの存在証明。モノが存在する為には、必ず名前が要る。
ある意味、真の支配者とも言えよう。
思いを込めて『名前』を呼べば、その言霊は力を持つ。
それは、人ひとりを支配するような……。
「あの女に名前を呼ばれちまった所為で、この体たらくだ」
なるほど。本当の名前を呼ばれることの脅威は、身に染みてわかっているということか。
「どうやって名前を知ったんだろう」
「さぁな。協力者が居るんだろう。俺の名を知り得る奴なんざ、普通の人間じゃ、お前以外に見当がつかんが」
わざわざ『普通の人間』と付け加えたということは、協力者は人間でないと睨んでいるようだ。
「その協力者の存在も気になるけれど、ひとまずは私が名前を呼べば解決するんだね?」
「ああ。少なくとも、行動の制限は解除されるはずだ」
良かった。解決の糸口が見えた。
けれど、少し引っかかることがある。
「それで」
本当に大切なことを、まだ答えてもらっていないからだ。
「契約を解除したら、何をするつもりだったの?」
「……」
一真はまた黙り込んでしまう。
どうしても言えない程のことをやろうとしている。そう取れてしまうではないか。
一真は口の端を吊り上げ、嫌味たっぷりに言い放つ。
その笑みすらも嘘まみれで、また真実を隠している。彼は悪役を演じ、わざと私たちを突き放すのだ。
「帰れよ、見逃してやる。背後から斬りはしないが、不安ならこのままで良い」
と、彼は自分を拘束する鎖を一瞥する。
腕は塞がれ、足の可動域も最低限しか無い。翼君相手に追いつくことは不可能だろう。
「見逃してやるだぁ? オマエ、人に指図出来る立場か?」
「だから言ってんだ。お前の腕、骨が砕けて使い物にならない筈だが?」
「悪意百パーセントだなコラ」
一真の指摘に、翼君の顔からほんの少しだけ余裕が消えた。彼の言動から察するに、図星なのだ。
それでも、まだ笑顔は崩さないのが流石だが。
「あんた、骨が砕けてるって……」
「ダイジョブダイジョブ、あのクソゴリラにイジメられた時に~ちょっとボキっとネッ」
「いやそれ大丈夫じゃないから!?」
なっちゃんが心配そうに声をかけても、翼君はあっけらかんとした顔をしている。
先程の一戦で、やはりダメージは受けていた。それも、骨が砕けてるなんて。
腕は動かせてるみたいだけど、それも無理をしているはず。翼君はそう見せないように、表情ひとつ変えないが……。
「では、百パーセントの悪意で問うが、その状態で俺を相手取れるのか?」
この口ぶりからして、一真はその気になれば戦えるということだ。
だから先程こう言ったんだ。『見逃してやる』と。
駄目。
今、一真と翼君を戦わせることなんて出来ない。
「けっ、その拘束も無駄ってことかよ。なーにが『不安ならこのままで良い』だ」
翼君は口を尖らせ、軽く振る舞うが、目だけは明らかに怒りに満ちていた。
「空への追跡は不可能だ。今すぐ失せるなら無駄じゃない。……だが、残るならその限りではないという話だ」
取引でも何でもなく、ほぼ脅迫に近い。
結局のところ、一真の言いたいことは一貫している。
それは彼を置いて私たちだけ帰ることだ。
「あまりオレを見誤るなよ。この程度、ハンデにすらならん」
翼君は刀を構え、鋭い眼で一真を睨む。
彼の腕はぼんやりと青白く光っており、そこから強い妖力が溢れていた。
妖力で腕を補強し、無理やり動かしているのだろう。
「やる気か。お前にしては頭の悪い選択だな」
「たわけ。オレは勝算の無い戦いはしねぇよ」
一触即発、お互い一歩も譲らない。
このままではまた戦いが始まってしまう。
「ま、待って!」
私は慌てて二人の間に割って入った。
「千真ちゃん、危ねえから下がってて」
「駄目! その傷での戦いは認めません! これは命令です!!」
翼君は依然として武器を降ろさず、一真を睨み続けている。
だけど、私だってここは引けない。
「——!」
私は一真を背にし、腕を広げる。
目の前には翼君の刃。その冷たく鋭い威圧感に、喉が干上がる。
「退け」
「退かないっ!」
背中から一真の声が聞こえたが、ぴしゃりと拒否した。
私が退いたら、戦いが始まってしまうもの。
「……」
まだ一分も経っていないだろうか。
しかし、気の遠くなるほど長い時間に感じた。
翼君は私に視線を合わせ、やれやれと息をついた。
「……悪い、クールじゃなかったな。マスター命令とあらば仕方ない」
彼は腕を降ろし、刀から手を離した。
刀はそのまま落下し、地面に刺さる。その瞬間、形を変えて錫杖に戻ってしまった。
「ありがとう」
私は彼に一言礼を言うと、一真の方に向き直った。
「あなたの目的は何? あの子との契約は、まだ続いているの?」
敵対してでも私たちだけを帰したい理由。彼がこれからやろうとすること。
そして、現在も彼はあの子の式神なのか。それを知りたい。
なんとか、彼を説得する糸口を見つけたかった。
「……精神的な束縛は解除されたが、契約自体は切れていない」
一真は興味無さげに答える。
洗脳は解けたといっても、まだ完全に自由になったというわけではないようだ。
「長い長い悪夢を見続けていたようだ。今も見ているのは変わりないが」
と、彼はぼんやりと呟いた。
「あの女は用心深い。契約が容易に解除出来ないよう、複数のトリガーを用意している」
「トリガー……?」
「ああ、トリガーの一つがその刀だったみたいだが」
そう言われ、手に持っていた純白の刀を見下ろす。確かに、私がこれを持った後、一真の様子が変わった。
元は黒く禍々しい刀だったが、あの子に持たされた呪いのアイテムだったり……?
「他に、契約を解除する方法は知ってるの?」
まだクリアしなきゃいけない条件があるなら、早くやらなきゃ。
すると、一真はフッと笑った。
「それはさっき、お前が拒否しただろう」
「それって……」
まさか。
「……強力な呪いには、更に強力な呪いが必要だ」
『のろい』と『まじない』。
本質は同じものだが、込める思いの方向は違う。
心がマイナスに振り切れてしまったなら、プラスにまで戻せばいい。
「それが、私が名前を呼ぶことなの?」
「そうだ」
最初は拒否していたのに、突然名前を呼ぶように仕向けたのは、そういうことだったのか。
「でも、それだけでトリガーになるの?」
「本当の名前を支配する事は、存在を支配する事だ。言霊の持つ力の影響力は理解しているだろ?」
「あっ……」
思いを言霊に乗せれば奇跡を起こせる。これまで、何度も見てきたじゃないか。
『名前』の持つ意味はとても大きい。
名前はモノの存在証明。モノが存在する為には、必ず名前が要る。
ある意味、真の支配者とも言えよう。
思いを込めて『名前』を呼べば、その言霊は力を持つ。
それは、人ひとりを支配するような……。
「あの女に名前を呼ばれちまった所為で、この体たらくだ」
なるほど。本当の名前を呼ばれることの脅威は、身に染みてわかっているということか。
「どうやって名前を知ったんだろう」
「さぁな。協力者が居るんだろう。俺の名を知り得る奴なんざ、普通の人間じゃ、お前以外に見当がつかんが」
わざわざ『普通の人間』と付け加えたということは、協力者は人間でないと睨んでいるようだ。
「その協力者の存在も気になるけれど、ひとまずは私が名前を呼べば解決するんだね?」
「ああ。少なくとも、行動の制限は解除されるはずだ」
良かった。解決の糸口が見えた。
けれど、少し引っかかることがある。
「それで」
本当に大切なことを、まだ答えてもらっていないからだ。
「契約を解除したら、何をするつもりだったの?」
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一真はまた黙り込んでしまう。
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