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第十九章 手折られた彼岸花
19-20 命がけの鬼ごっこ
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走る、走る、走る。
月光も届かない闇の中を、私はただ突き進んだ。
何かを踏んだ感触もない。聞こえるのは、私の足音だけ。
このエリアには彼岸花も咲いていないのだろうか。
そもそも、ここは先程いた世界と同一の世界なのかも疑わしい。
他には誰もいないし、どこなのだろう。
「十」
どこからかカウントダウンが聞こえる。
近いような、遠いような、距離感の掴めない声だ。
——いつの事だったか、こうして暗闇の中を駆け抜けたことがあった。
「九」
あれは、そう、アパートを追い出されて、家を探していた時だ。
結局いいところが見つからなくて、野宿しようとしたんだっけ。
「八」
それで、ある神社を見つけたんだ。
古びて人の気配も無くて、外の世界と断絶された異様な空気が漂っていた。
「七」
神社で野宿しようと決めた私は、大きな鳥居をくぐる。
「六」
進めど進めど、誰もいやしない。
と思っていたら、古びた井戸に白い女の人がいたんだ。
「五」
私は何の疑いも無く、その人に話しかけた。
「四」
彼女が振り返ると、ただの人間じゃないことに気付いた。
いや、最早人間でもない。
「三」
大きく裂けた口の中には、ギザギザの鋭い歯が並んでいた。
完全に化け物でした本当にありがとうございます。
「二」
そして、今の私と同じように逃げ出した。
「一」
しかし、運動音痴の私なんかが逃げ切れるわけも無く、すぐに捕らえられてしまう。
そんなピンチに、白き鬼は現れた。
——唐突に、凍てつくような殺気を察知した。威圧感に押し潰されそうだ。
「っ!」
ヒュン、と背後から空を切る音。奇跡的に、間一髪で何とか回避する。
脚がもつれかけたが、なんとか持ち直し、また駆け出した。
背中に感じていた気配は遠くなった。しかし、まだ本気を出していないだけだ。油断しちゃいけない。
「はぁっ、はぁっ」
一真に唇を奪われてから、本当に身体が軽い。
普段の私からはまず想像できないほど、身体能力が引き出されている。
こんなに速く走ったことなんてないのだから。
しかしながら、体力自体はそこまで上がっておらず、すぐにバテてしまいそうだ。
もちろん、そんな事は言ってられないが。
「息が上がってるぞ」
「あっ!」
耳元で囁かれた次の瞬間。
足が何かに引っ掛かり、私はそのままうつ伏せに倒れてしまった。
幸いにも土が軟らかくて、転んだ衝撃も吸収してくれたから痛くはない。怪我もない。
だが、足を止めてしまったということは……。
ゆらりと目の端に映る影。首筋に当たる、冷たくて硬い感触。
「せっかくのチャンスを棒に振ったな」
私は白い鬼に刀を突き付けられてしまった。
命がけの鬼ごっこは、私の負け。
「初撃を避けただけ、上出来でしょ?」
強がってそんなことを言ってみるが、
「それもそうだな」
と、一真は軽く流す。
嘘だ。彼はまだ遊んでいる。初撃で当てる気なんてなかった。
私が避けられるはずないもの。
「さて、これからお前を嬲り殺す予定だが……」
背中に彼の足が置かれる。
みし、みし、と身体が軋み、息苦しさで声にならない悲鳴を上げた。
片足で踏まれているだけなのに、身動きが全く取れない。
「……わ、私に乱暴するの?」
「お望みならいくらでも」
「丁重にお断りします」
「そいつは残念だ」
本当にそう思ってはいないだろう。びっくりするほどの棒読みだ。
一真は私から足を退けた。息苦しさは消えたが、すぐに腹部に違和感を覚えた。彼の足が腹部の下に差し込まれたからだ。
「あうっ!」
ボールを宙に浮き上がらせるように、軽く蹴り上げられた。
うつ伏せの状態から、仰向けに変わる。
一真は無防備に転がっている私を見下ろし、嘲笑した。
「まぁ、お前の意思はどうでも良いがな」
彼は手馴れた動作で刀を投げ上げ、逆手に持ち替える。そして、そのまま勢い良く振り下ろした。
「——っ‼」
ドス、と私の頬を掠るか掠らないかのギリギリの距離。そこに、刀が突き立てられている。
「……?」
彼は首を傾げ、刀を引き抜いた。
間髪入れず、同じような要領で、私の首筋の真横に刀を突き立てる。
少しでも動けば、血が吹き出てしまうだろう。あまりの恐怖に、目すら閉じることが出来ない。
「……?」
彼はまた、首を傾げた。何に疑問を抱いているのだろう。
刀はまた引き抜かれる。
どす、どす、どす。
何度も何度も、私の身体すれすれに刀が突き刺された。
いつ、心臓に突き刺さるか分からない。そんな緊張感が私を硬直させ、心を摩耗させる。
彼の目は私の目を注視しており、手元を全く見ていない。
普段なら器用だと感心するところだが、今は恐怖感を増幅させるだけだ。
その間も、不思議そうに首を傾げていた。
「……」
何度振り下ろした頃だろうか。
一真は刀を引き抜き、腕をぶらんと下ろした。
隙があるように見えて、逃げることは出来ない。彼の視線が私を拘束しているからだ。
鬼の目を見ると、石になってしまったかのように、身体の自由が利かなくなってしまう。
あれは魔眼の類いか何かなのだろうか。
「……な、何?」
「何だろうな」
抑揚の無いこの一言から読み取れるのは——困惑。
彼は間髪入れず、刀を軽く振り上げた。声を出す間も与えられない。
黒い刃は、私の胸から腹にかけて真ん中一直線を斬りつけた。
月光も届かない闇の中を、私はただ突き進んだ。
何かを踏んだ感触もない。聞こえるのは、私の足音だけ。
このエリアには彼岸花も咲いていないのだろうか。
そもそも、ここは先程いた世界と同一の世界なのかも疑わしい。
他には誰もいないし、どこなのだろう。
「十」
どこからかカウントダウンが聞こえる。
近いような、遠いような、距離感の掴めない声だ。
——いつの事だったか、こうして暗闇の中を駆け抜けたことがあった。
「九」
あれは、そう、アパートを追い出されて、家を探していた時だ。
結局いいところが見つからなくて、野宿しようとしたんだっけ。
「八」
それで、ある神社を見つけたんだ。
古びて人の気配も無くて、外の世界と断絶された異様な空気が漂っていた。
「七」
神社で野宿しようと決めた私は、大きな鳥居をくぐる。
「六」
進めど進めど、誰もいやしない。
と思っていたら、古びた井戸に白い女の人がいたんだ。
「五」
私は何の疑いも無く、その人に話しかけた。
「四」
彼女が振り返ると、ただの人間じゃないことに気付いた。
いや、最早人間でもない。
「三」
大きく裂けた口の中には、ギザギザの鋭い歯が並んでいた。
完全に化け物でした本当にありがとうございます。
「二」
そして、今の私と同じように逃げ出した。
「一」
しかし、運動音痴の私なんかが逃げ切れるわけも無く、すぐに捕らえられてしまう。
そんなピンチに、白き鬼は現れた。
——唐突に、凍てつくような殺気を察知した。威圧感に押し潰されそうだ。
「っ!」
ヒュン、と背後から空を切る音。奇跡的に、間一髪で何とか回避する。
脚がもつれかけたが、なんとか持ち直し、また駆け出した。
背中に感じていた気配は遠くなった。しかし、まだ本気を出していないだけだ。油断しちゃいけない。
「はぁっ、はぁっ」
一真に唇を奪われてから、本当に身体が軽い。
普段の私からはまず想像できないほど、身体能力が引き出されている。
こんなに速く走ったことなんてないのだから。
しかしながら、体力自体はそこまで上がっておらず、すぐにバテてしまいそうだ。
もちろん、そんな事は言ってられないが。
「息が上がってるぞ」
「あっ!」
耳元で囁かれた次の瞬間。
足が何かに引っ掛かり、私はそのままうつ伏せに倒れてしまった。
幸いにも土が軟らかくて、転んだ衝撃も吸収してくれたから痛くはない。怪我もない。
だが、足を止めてしまったということは……。
ゆらりと目の端に映る影。首筋に当たる、冷たくて硬い感触。
「せっかくのチャンスを棒に振ったな」
私は白い鬼に刀を突き付けられてしまった。
命がけの鬼ごっこは、私の負け。
「初撃を避けただけ、上出来でしょ?」
強がってそんなことを言ってみるが、
「それもそうだな」
と、一真は軽く流す。
嘘だ。彼はまだ遊んでいる。初撃で当てる気なんてなかった。
私が避けられるはずないもの。
「さて、これからお前を嬲り殺す予定だが……」
背中に彼の足が置かれる。
みし、みし、と身体が軋み、息苦しさで声にならない悲鳴を上げた。
片足で踏まれているだけなのに、身動きが全く取れない。
「……わ、私に乱暴するの?」
「お望みならいくらでも」
「丁重にお断りします」
「そいつは残念だ」
本当にそう思ってはいないだろう。びっくりするほどの棒読みだ。
一真は私から足を退けた。息苦しさは消えたが、すぐに腹部に違和感を覚えた。彼の足が腹部の下に差し込まれたからだ。
「あうっ!」
ボールを宙に浮き上がらせるように、軽く蹴り上げられた。
うつ伏せの状態から、仰向けに変わる。
一真は無防備に転がっている私を見下ろし、嘲笑した。
「まぁ、お前の意思はどうでも良いがな」
彼は手馴れた動作で刀を投げ上げ、逆手に持ち替える。そして、そのまま勢い良く振り下ろした。
「——っ‼」
ドス、と私の頬を掠るか掠らないかのギリギリの距離。そこに、刀が突き立てられている。
「……?」
彼は首を傾げ、刀を引き抜いた。
間髪入れず、同じような要領で、私の首筋の真横に刀を突き立てる。
少しでも動けば、血が吹き出てしまうだろう。あまりの恐怖に、目すら閉じることが出来ない。
「……?」
彼はまた、首を傾げた。何に疑問を抱いているのだろう。
刀はまた引き抜かれる。
どす、どす、どす。
何度も何度も、私の身体すれすれに刀が突き刺された。
いつ、心臓に突き刺さるか分からない。そんな緊張感が私を硬直させ、心を摩耗させる。
彼の目は私の目を注視しており、手元を全く見ていない。
普段なら器用だと感心するところだが、今は恐怖感を増幅させるだけだ。
その間も、不思議そうに首を傾げていた。
「……」
何度振り下ろした頃だろうか。
一真は刀を引き抜き、腕をぶらんと下ろした。
隙があるように見えて、逃げることは出来ない。彼の視線が私を拘束しているからだ。
鬼の目を見ると、石になってしまったかのように、身体の自由が利かなくなってしまう。
あれは魔眼の類いか何かなのだろうか。
「……な、何?」
「何だろうな」
抑揚の無いこの一言から読み取れるのは——困惑。
彼は間髪入れず、刀を軽く振り上げた。声を出す間も与えられない。
黒い刃は、私の胸から腹にかけて真ん中一直線を斬りつけた。
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