白鬼

藤田 秋

文字の大きさ
上 下
240 / 285
第十九章 手折られた彼岸花

19-17 隠

しおりを挟む
 雲が流れ、月が顔を出す。
 静寂の世界の中で、激しい金属音と、パキパキと枯れ草を踏み潰す音だけが響き渡った。

 現実世界とは違う景色。
 空には星もなく、厚い雲と下弦の月が浮かぶだけ。

 青白い月光に照らされた地面には、一面に草の茎が伸びている。所々、萎れた花も確認できた。

 放射状に伸びる赤い花。あれは彼岸花だ。その枯れた彼岸花を掻き分けるように、幾つかの墓石が並んでいる。

 私はたくさんの彼岸花に囲まれた墓を、見たことがあった。あれは、確か、そうだ。
 この世界は、この寂しげな世界の主は——。

 キィンと甲高い金属音が、私の意識を目の前の光景へと引き戻した。

 一真は感情の抜け落ちた顔で、一方翼君は余裕の笑みを浮かべながら、剣を振るっている。

 二人はぶつかり合っているものの、お互い未だ無傷の状態を保っていた。
 翼君は積極的に攻撃しているが、一真は防戦一方で攻撃する素振りすら見せない。

「オラ!」
 翼君が流れる動作で突きを繰り出す。予備動作など、一切無かった。
 その鋭い刃は一真の瞳を抉る——と思いきや、直前で回避され、こめかみを掠めた。

 ぱっと赤いものが舞う。
 彼の血は月光を反射して鮮やかに輝き、地面の枯れた花を再び赤く染め上げた。

 この戦いで初めて血を流したのは一真だった。

「——!」
 しかし、彼は怯むことを知らない。突き技で隙が出来た翼君に刀を振りかぶる。

 鋭い閃光は翼君の胴を真っ二つにしようと襲いかかるが、
「当たんねぇよ」
 彼は身を翻し、難なく避けてしまった。流石に速い。

 空振りした一真はそのままくるりと回り、翼君に向かって身体が正面を向くように体勢を整えた。

 無防備に背中を見せないようにしたのだ。無駄が無く、隙も無い。

 彼はただ闇雲に剣を振るうこともなく、暴走することもない。
 言葉も話せることから、恐らく理性も失っていない。

 此処に来る前に翼君が言っていた『理性が吹っ飛んでいる』状態ではないと思う。

 まともな思考力があるなら、話が通じるかもしれない。……なんて、平和な方法が取れたら最初から戦っていないか。

 一真は理性を保った上で、私たちに牙を剥いているんだ。聞く耳は持たないだろう。
 それに、私たちのことだって忘れている。さっき目の当たりにしたじゃないか。

 一真の中では、私たちは倒すべき敵という認識だろう。

 それじゃあ、翼君がボコボコにしたって意味がない。自我を失っているなら、僅かな可能性で正気に戻ったかもしれないが。

 理性がある状況で記憶が捻じ曲げられているということは、彼の中のを元に戻す必要がある。

 それがどんなに難しいことか、私は身を以て経験した。
 目に見えるもの、聞こえるもの、触れるものは全て歪んで伝わるのだ。

 大切な人の顔は靄に覆われ、人間かどうかさえ判別出来ない。
 呼びかける声は呪詛に変わり、私は耳を塞いだ。
 差し伸べられた手は苦痛に変わり、愚かな私はそれに憎悪した。

 厄介なのは、術に掛かった本人が認識を捻じ曲げられたことに気付かないことだ。
 自分に異常は無い。外的要因が問題だ。そう思ってしまう。

「うーん」
 この術を破るにはどうすれば良い?

 今の一真の主人である彼女をチラリと見る。
 可愛らしい顔に余裕の笑みを湛え、戦いを見守っていた。自分の式神が押されているにも関わらずだ。

 この状況を楽しんでいる……?

 彼女は私の視線に気付いたのか、こちらに目を向けてきた。
 優雅にクスリと笑うが、その目が恐ろしく暗い。

 この赤黒い瞳をじっと見つめていると、また洗脳されてしまいそうで、すぐに目を逸らした。

 彼女の術は一級品だ。小手先だけで敵う相手ではない。真正面から正攻法で行った上で、彼女を上回る必要がある。

 悔しいけれど、私は対抗できる術を持っていない。無意識にぎゅうと拳が握られ、指が手のひらに食い込んだ。

「もう良いわ、お遊びはそこまでよ」
 唐突にそれを告げたのは、戦いを静観していた彼女だった。

 ——気配が、一つ消えた。

「うおっと」
 翼君は刀を空振りし、驚いたような声を上げた。

 手持ち無沙汰になった彼は、怪訝そうに視線を巡らせる。そう、消えたのは相手をしていた一真なのだ。
 最初から何も無かったかのように、忽然と消えてしまった。

「チマ、あたしから離れないで」
 なっちゃんはクナイを構え、誰もいない闇を睨み付けた。彼女の背中からはピリピリとした殺気と緊張感が伝わってきた。

 相手の所在が分からないということは、どこから襲ってくるかも分からないのだ。
 不安から生じる恐怖のせいか、背中にじわりと嫌な汗が伝う。

 見えないもの、隠れるもの。
 『おに』の語源は、『おぬ』が変化したものだそうだ。鬼というものは、元々姿が見えないものだった。

 鬼は身体の強靭さと怪力、優れた身体能力を併せ持つ為、高い戦闘力ばかり注目していた。

 しかし、鬼の本質は目に見えないもの、得体の知れないもの、そこから生じる恐怖なのだ。

 お遊びは終わった。
 一真は本物の『鬼』となる。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

AGAIN

ゆー
キャラ文芸
一話完結の日常系ショートショート キャラデザ→りんさん  挿し絵→二号さん 中学生の頃から細々続けているもの。永遠に完結しない。 どこから読んでも大丈夫なはず。 現在整理中

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ぬらりひょんのぼんくら嫁〜虐げられし少女はハイカラ料理で福をよぶ〜

蒼真まこ
キャラ文芸
生贄の花嫁は、あやかしの総大将と出会い、本当の愛と生きていく喜びを知る─。 時は大正。 九桜院さちは、あやかしの総大将ぬらりひょんの元へ嫁ぐために生まれた。生贄の花嫁となるために。 幼い頃より実父と使用人に虐げられ、笑って耐えることしか知らぬさち。唯一の心のよりどころは姉の蓉子が優しくしてくれることだった。 「わたくしの代わりに、ぬらりひょん様に嫁いでくれるわね?」 疑うことを知らない無垢な娘は、ぬらりひょんの元へ嫁ぎ、驚きの言葉を発する。そのひとことが美しくも気難しい、ぬらりひょんの心をとらえてしまう。 ぬらりひょんに気に入られたさちは、得意の洋食を作り、ぬらりひょんやあやかしたちに喜ばれることとなっていく。 「こんなわたしでも、幸せを望んでも良いのですか?」 やがて生家である九桜院家に大きな秘密があることがわかり──。 不遇な少女が運命に立ち向い幸せになっていく、大正あやかし嫁入りファンタジー。 ☆表紙絵は紗倉様に描いていただきました。作中に出てくる場面を元にした主人公のイメージイラストです。 ※エブリスタと小説家になろうにも掲載しておりますが、こちらは改稿版となります。

処理中です...