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第十九章 手折られた彼岸花
19-11 仮契約
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「えっ、えええええ!?」
「ちょっとあんた! 何してんのよ!?」
なっちゃんは間髪入れず、山伏にビンタを喰らわせる。
真面目な顔で登場した山伏は、『ぎゃっ』と情けない声を出して椅子から転げ落ちた。
「ひどい! ちょっと格好付けてたのに!」
「黙りな! あんたは一生黙ってな!!」
ギャーギャーと口論する二人。
声だけ聞くと、なっちゃんと翼君が話しているみたいで。
でも、目の前にいるのはいつもの翼君ではなくて。
「一般人に正体晒すなんて頭どうにかしてるんじゃないの!?」
「なぁに寝惚けたこと言ってんだよ。千真ちゃんは最早一般人でもなんでもねーだろ。なぁ?」
突然彼から話を振られ、しどろもどろになる。私だけ置いてけぼりだ。
「あのぉ……ええっとぉ」
「ま、百聞は一見に如かずってな。千真ちゃんが見てるオレは幻でも何でもない。妖怪って分類の生物だよ」
改めて、翼君はけろっとした顔で爆弾を落とすのだった。
「翼君も珀弥君と同じ……」
身近な人が、普通の人間ではなかった。そんな衝撃をまさか連続で受けるなんて。
頭が追いつかない。
「オレはあいつと違って、生まれた時から純粋な妖怪だよ。今までは人間に化けてただけ」
彼が指を鳴らすと、一瞬で翼が消えて元の姿に戻る。まるで手品を見ているかのよう。
「ま、これで分かったろ? オレは常識から外れたモノで、常識では不可能なコトを可能にするの」
「え、ええっ、あ、はい……」
常識では考えられない不可思議な現象を、私は何度も見てきた。
妖怪は世界の法則から外れ、不可能を可能にする。
それは何もない所に火を生み出したり、別の誰かに変身したり、姿を消したり……ってこれみんな狐珱君がやってたやつだわ。
兎にも角にも、妖怪は人間の理解の外にいる生き物なのだ。
「で、あんたが正体を晒すのはルール違反なんだけど、そこの所はどうするつもりよ」
なっちゃんは脚を組み直し、翼君をジト目で睨む。
妖怪の存在を知ってる私にさえ、正体を隠してきたんだ。やはり何かしらの事情はあるのだろう。
「だから千真ちゃんは一般人じゃないっつったろ? オレたちのルールを潜り抜けられる立派な関係者だ」
翼君はやれやれと首を振る。
それを見たなっちゃんの顔は形容し難く、ビジュアルとして描き起こすのも躊躇われる『微妙な顔』になった。
女の子がそんな顔しちゃ駄目です。
「関係者に仕立て上げようとしているの間違いじゃないの?」
「そうとも言う!」
コンマ一秒も経たないうちに、スパァンと小気味の良い音と翼君の悲鳴が響き渡った。
なんてキレ味なんだ。
「本気であんたが何考えてんのかわからないわ」
「今から説明するから武力行使は控えて頂きたい」
翼君は頭を抑えながら、なっちゃんがいつの間にか持っていたハリセンを没収した。
そして、私に向き直る。
「悪いな。話の通り、オレたちは人間に正体を明かしちゃいけねぇんだわ。一応例外は存在するケドな」
と、一瞬だけなっちゃんに視線を向ける。
彼女はしっしっと手を振り、翼君は苦笑いしてまた私に視線を戻した。
「私も『例外』になるってこと?」
「そゆこと。じゃねーとオレはもう空を拝めなくなる」
もしかして相当マズい案件に脚を突っ込み掛けてる……?
「じゃあ、翼君を助けるにはどうすれば?」
「オレと契約して」
「魔法少女になってよ?」
「ちょっと違うなあ!」
よかった、胡散臭い取り引きじゃないみたいだ。
黙ってやり取りを聞いていたなっちゃんは、合点がいったように頷いた。
「なるほど。チマの式神になるってことね」
「それなら堂々と正体明かせるからな!」
と翼君は親指を立てる。実に良い笑顔だ。
「式神になるのがルールの抜け道?」
気軽に出来る訳でもないが、それにしたってちょっと拍子抜けというか。もう少し難しいことをするのかと思った。
「ああ、オレはあと数百年くらいしたら神様に片足突っ込むんだけどさ、そうなる為には徳を積む必要があんのよ」
……ん、んー?
「その徳を積む修行の一つに人間に仕えるっつーのもあってな、例外的に許可されてんの」
「ちょっと待って、一気にぶっ飛んだ話になったね!?」
このヒト軽ーく数百年とか言っちゃってるよ! 神様になれるの? 次元が違う人なの?
いつも同じ教室でふざけてる人が!?
「というわけで仮契約してちょ」
「えっ、何か怖い」
「えーっ……」
不意に語られた設定がなんか、えっ、怖い。いきなり妖怪ってカミングアウトされたのもまだ飲み込めてないのに……。
「えっ、神様とか、えっ怖い」
「神凪の巫女様が今さら何言ってんの!? つーか、この犬の方が今のオレより格上だかんね!?」
翼君は丸くなって寝ているコマちゃんを指さす。
こんなに可愛い子なのに、将来の神様候補より格上なのだそうだ。そんなコマちゃんは私の式神である。
「翼君は犬以下なの?」
「何か引っかかる表現だけど間違いではない」
「それじゃあ、大丈夫かな……?」
「このモヤモヤとした気持ち何だろな……」
式神の契約といえば、何かしらの代償が必要だ。
それは身体の一部だったり、自分の大切なものだったり、はたまた心だったり。
「私は何を差し出せば良い?」
「何もいらないよ」
翼君はふっと笑いながらも手を差し出す。今の彼の手は、人間と何も変わりの無いものだ。
「仮契約なら握手で充分だろ?」
「握手だけで良いの?」
またもや拍子抜け。式神の契約ってものはこんなにお手軽なものではないと思うが。
「こういうのはお互いの意識の問題だからな。オレは千真ちゃんを主人に相応しい人間と認めてる。千真ちゃんはオレを式神に足る者と認めて欲しい」
ああ、そうだ。
式神との契約の第一関門、相手に自分を認めさせるという難問を既にクリアしているんだ。
代償に何かを差し出すのも、自分より強大な相手に対して力を『貸して頂く』為の報酬を払うようなものだ。
相手は『神』なのだから、礼を尽くさねば助けてくれることなどない。
だから、普通は『体の一部を差し出す』、又は『力で抑えつける』くらいしか式神と契約する手段は無いのだ。
でも、その神がこちらに対して友好的なら——彼は無償で手を貸してくれるだろう。
あとは契約するだけ。それは形式だけでも十分なんだ。
私はおずおずと、差し出された手を取る。それは逞しくがっしりとした、頼りになる手だった。
「どうか力を貸してください」
「商談成立っと」
翼君は冗談めかしてニヤっと笑った。
こんな人懐っこい笑顔を見せられると、彼が強大な力を持った妖怪だと忘れてしまいそうになる。
しかし、彼はすぐに居住まいを正した。その様はさながら老練な武士のよう。
「オレはこれから千真ちゃんの剣になり、盾となる。君に降りかかる災厄は全て払い落とし、確実に守り抜くよ」
「は、はいっ! よろしくお願いしましぇっ!」
彼の声、眼差しはいつにもなく真剣で、そして自信に満ち溢れており、その気迫に圧されて声が裏返ってしまった。まるで主人公のようだ。
ちょっと格好良いかも……。
「気安くチマの柔肌に触れてんじゃないわよ」
「あいたっ!」
なっちゃんの鋭いビンタが翼君の顔を弾き飛ばす。彼のカリスマ性は一瞬で崩壊し、いつもの残念な人に戻ってしまった。
つかの間のイケメンモードの終焉である。
「いつも思うけど、千真ちゃんのオレに対する評価が厳しい」
「ちょっとあんた! 何してんのよ!?」
なっちゃんは間髪入れず、山伏にビンタを喰らわせる。
真面目な顔で登場した山伏は、『ぎゃっ』と情けない声を出して椅子から転げ落ちた。
「ひどい! ちょっと格好付けてたのに!」
「黙りな! あんたは一生黙ってな!!」
ギャーギャーと口論する二人。
声だけ聞くと、なっちゃんと翼君が話しているみたいで。
でも、目の前にいるのはいつもの翼君ではなくて。
「一般人に正体晒すなんて頭どうにかしてるんじゃないの!?」
「なぁに寝惚けたこと言ってんだよ。千真ちゃんは最早一般人でもなんでもねーだろ。なぁ?」
突然彼から話を振られ、しどろもどろになる。私だけ置いてけぼりだ。
「あのぉ……ええっとぉ」
「ま、百聞は一見に如かずってな。千真ちゃんが見てるオレは幻でも何でもない。妖怪って分類の生物だよ」
改めて、翼君はけろっとした顔で爆弾を落とすのだった。
「翼君も珀弥君と同じ……」
身近な人が、普通の人間ではなかった。そんな衝撃をまさか連続で受けるなんて。
頭が追いつかない。
「オレはあいつと違って、生まれた時から純粋な妖怪だよ。今までは人間に化けてただけ」
彼が指を鳴らすと、一瞬で翼が消えて元の姿に戻る。まるで手品を見ているかのよう。
「ま、これで分かったろ? オレは常識から外れたモノで、常識では不可能なコトを可能にするの」
「え、ええっ、あ、はい……」
常識では考えられない不可思議な現象を、私は何度も見てきた。
妖怪は世界の法則から外れ、不可能を可能にする。
それは何もない所に火を生み出したり、別の誰かに変身したり、姿を消したり……ってこれみんな狐珱君がやってたやつだわ。
兎にも角にも、妖怪は人間の理解の外にいる生き物なのだ。
「で、あんたが正体を晒すのはルール違反なんだけど、そこの所はどうするつもりよ」
なっちゃんは脚を組み直し、翼君をジト目で睨む。
妖怪の存在を知ってる私にさえ、正体を隠してきたんだ。やはり何かしらの事情はあるのだろう。
「だから千真ちゃんは一般人じゃないっつったろ? オレたちのルールを潜り抜けられる立派な関係者だ」
翼君はやれやれと首を振る。
それを見たなっちゃんの顔は形容し難く、ビジュアルとして描き起こすのも躊躇われる『微妙な顔』になった。
女の子がそんな顔しちゃ駄目です。
「関係者に仕立て上げようとしているの間違いじゃないの?」
「そうとも言う!」
コンマ一秒も経たないうちに、スパァンと小気味の良い音と翼君の悲鳴が響き渡った。
なんてキレ味なんだ。
「本気であんたが何考えてんのかわからないわ」
「今から説明するから武力行使は控えて頂きたい」
翼君は頭を抑えながら、なっちゃんがいつの間にか持っていたハリセンを没収した。
そして、私に向き直る。
「悪いな。話の通り、オレたちは人間に正体を明かしちゃいけねぇんだわ。一応例外は存在するケドな」
と、一瞬だけなっちゃんに視線を向ける。
彼女はしっしっと手を振り、翼君は苦笑いしてまた私に視線を戻した。
「私も『例外』になるってこと?」
「そゆこと。じゃねーとオレはもう空を拝めなくなる」
もしかして相当マズい案件に脚を突っ込み掛けてる……?
「じゃあ、翼君を助けるにはどうすれば?」
「オレと契約して」
「魔法少女になってよ?」
「ちょっと違うなあ!」
よかった、胡散臭い取り引きじゃないみたいだ。
黙ってやり取りを聞いていたなっちゃんは、合点がいったように頷いた。
「なるほど。チマの式神になるってことね」
「それなら堂々と正体明かせるからな!」
と翼君は親指を立てる。実に良い笑顔だ。
「式神になるのがルールの抜け道?」
気軽に出来る訳でもないが、それにしたってちょっと拍子抜けというか。もう少し難しいことをするのかと思った。
「ああ、オレはあと数百年くらいしたら神様に片足突っ込むんだけどさ、そうなる為には徳を積む必要があんのよ」
……ん、んー?
「その徳を積む修行の一つに人間に仕えるっつーのもあってな、例外的に許可されてんの」
「ちょっと待って、一気にぶっ飛んだ話になったね!?」
このヒト軽ーく数百年とか言っちゃってるよ! 神様になれるの? 次元が違う人なの?
いつも同じ教室でふざけてる人が!?
「というわけで仮契約してちょ」
「えっ、何か怖い」
「えーっ……」
不意に語られた設定がなんか、えっ、怖い。いきなり妖怪ってカミングアウトされたのもまだ飲み込めてないのに……。
「えっ、神様とか、えっ怖い」
「神凪の巫女様が今さら何言ってんの!? つーか、この犬の方が今のオレより格上だかんね!?」
翼君は丸くなって寝ているコマちゃんを指さす。
こんなに可愛い子なのに、将来の神様候補より格上なのだそうだ。そんなコマちゃんは私の式神である。
「翼君は犬以下なの?」
「何か引っかかる表現だけど間違いではない」
「それじゃあ、大丈夫かな……?」
「このモヤモヤとした気持ち何だろな……」
式神の契約といえば、何かしらの代償が必要だ。
それは身体の一部だったり、自分の大切なものだったり、はたまた心だったり。
「私は何を差し出せば良い?」
「何もいらないよ」
翼君はふっと笑いながらも手を差し出す。今の彼の手は、人間と何も変わりの無いものだ。
「仮契約なら握手で充分だろ?」
「握手だけで良いの?」
またもや拍子抜け。式神の契約ってものはこんなにお手軽なものではないと思うが。
「こういうのはお互いの意識の問題だからな。オレは千真ちゃんを主人に相応しい人間と認めてる。千真ちゃんはオレを式神に足る者と認めて欲しい」
ああ、そうだ。
式神との契約の第一関門、相手に自分を認めさせるという難問を既にクリアしているんだ。
代償に何かを差し出すのも、自分より強大な相手に対して力を『貸して頂く』為の報酬を払うようなものだ。
相手は『神』なのだから、礼を尽くさねば助けてくれることなどない。
だから、普通は『体の一部を差し出す』、又は『力で抑えつける』くらいしか式神と契約する手段は無いのだ。
でも、その神がこちらに対して友好的なら——彼は無償で手を貸してくれるだろう。
あとは契約するだけ。それは形式だけでも十分なんだ。
私はおずおずと、差し出された手を取る。それは逞しくがっしりとした、頼りになる手だった。
「どうか力を貸してください」
「商談成立っと」
翼君は冗談めかしてニヤっと笑った。
こんな人懐っこい笑顔を見せられると、彼が強大な力を持った妖怪だと忘れてしまいそうになる。
しかし、彼はすぐに居住まいを正した。その様はさながら老練な武士のよう。
「オレはこれから千真ちゃんの剣になり、盾となる。君に降りかかる災厄は全て払い落とし、確実に守り抜くよ」
「は、はいっ! よろしくお願いしましぇっ!」
彼の声、眼差しはいつにもなく真剣で、そして自信に満ち溢れており、その気迫に圧されて声が裏返ってしまった。まるで主人公のようだ。
ちょっと格好良いかも……。
「気安くチマの柔肌に触れてんじゃないわよ」
「あいたっ!」
なっちゃんの鋭いビンタが翼君の顔を弾き飛ばす。彼のカリスマ性は一瞬で崩壊し、いつもの残念な人に戻ってしまった。
つかの間のイケメンモードの終焉である。
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