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第十九章 手折られた彼岸花
19-6 神凪家
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固まった記憶の糸は徐々に解け、昔の情景を蘇らせる。
***
私の実家、神凪家は巫女の家系だ。
神凪の巫女はその身に神を降ろし、神の声を人々に届け、運命を占い、邪を祓うなど、人々の助けとなっていた。
神凪家は元々、子は代々娘一人だけとされ、宗家だけしか存在しなかった。
しかし、そう都合よく女の子が生まれるわけではなく、息子も出来る。また、病弱ですぐ命を落としてしまう子も中にはいる。
そうした弊害により、女の子は二人までという制限を設けながら、巫女の『予備』を作ることを許された。
一人は家督を継ぐと、その予備は分家となる。宗家の男の子の場合は、家を追い出されたらしいが、詳しくは知らない。
本家の跡取りは、私より二つ上のお姉さんになる筈だった。
彼女は式神を操る能力に長け、年少ながらあらゆる呪術にも優れていた。ただ、一つを除いては……。
一方私は、分家ということで特に呪術の勉強をさせられることもなく、優れた巫女とは程遠いものだった。
しかし、神降ろしだけは誰にも教わらずに出来てしまっていた。
そこにふよふよと漂う幽霊と語らおうとしたら、いつの間にか自分の身に宿してしまっていたのだ。
後で、母様には『神降ろしを軽い気持ちですれば、魂を持って行かれる』とキツくお叱りを受けたけれど。
その素質は神凪の巫女にとって最も重要なものであり、跡取りとして認められる条件にもなる。
とはいえ、分家の私には関係無い話で、能天気に過ごしていた。
しかし、とある問題が発覚し、状況は一変した。本家のお姉さんには、神降ろしの才能が無かったのだ。
いくら他の呪術に優れていても、神降ろしが出来なければ神凪の巫女とは認められない。致命的な欠陥だった。
神凪の巫女の後継者として相応しいのは、分家の娘である。と一族の意見が一致し、何と本家と分家が入れ替わってしまった。
そして、私が家督を継ぐ跡取りとなってしまったのだ。当時、私はわけもわからぬ幼子で、何が何だか分からずじまい。
だけれど、周囲の態度が一変して恭しくなったのは覚えている。
そして、神凪家のこと、巫女についてのこと、呪術について、勉強させられるようになった。
小難しいことを教えられたが、内容がおとぎ話のように感じて、あまり苦では無かった。楽しいわけでも無かったけれど。
こんな私が跡取りになったことで、お姉さんの立場はかなり低くなり、肩身が狭くなっただろう……と思う。
まさか、これが私を殺したいほど憎む理由なら……。
彼女は私が苦しみ、いかに酷く心を壊すか、それに焦点を当てていたと思う。
実際、あの夜のことはもう忘れられない大きな傷になった。
珀弥が導いてくれたからこそ、私は壊れないで済んだけれど、彼女は私の心さえ殺すつもりだったのだろう。
そして、私の名を名乗るという行為。
もしかしなくても、私を亡き者にして成り替わるつもりだったのではないか? いや、既にそうなっているかもしれない。
もう、実家では『私』という存在は消え、彼女が千真になっているのかも……。
恐ろしい人だ。そんな恐ろしい人になるきっかけを与えたのは……私だ。
***
私はなっちゃんとママに挨拶をすると、すぐに布団に潜り込んだ。でも、眠れない。眠ることも怖かったのだ。
また何か、悲しいことを思い出すのではないかと。このまま寝なければ、何かを思い出さないかもしれはい。
けれど、それ以上に色々考え込んでしまう。
「うー……」
枕に顔を埋める。今日はキャパオーバーだ。一真のこと、あの子のこと、これからのこと。
みんなみんな、頭がこんがらがり、処理が追いつかない。
ここから、どう進めば良い? パズルのピースが揃っても、同じ絵柄になるかどうかさえわからない。
いや、悲観的になっちゃ駄目だ。ひとつひとつ、整理しよう。
一真とあの子の関係性は?
あの晩、一真が私を助けに来た時、彼女はいたのだろうか。私自身は催眠術に掛かっていて、記憶が曖昧だ。
私が一真を……刺してしまい、正気を取り戻した時は彼女の姿は見当たらなかった。
あの時は外に居た?
彼女の目的が私を苦しめることだとしたら、当然こちらの様子を監視してると思う。
じゃあ、一真が錯乱して逃げて行った先に彼女が待ち構えていたとしたら?
神降ろしは出来ないが、他の呪術は優れた巫女だ。特に、式神の扱いには右に出る者は居ない天才。
もし、妖怪になってしまった一真を捕らえていたとしたら?
「……っ」
全て推測の域だけれど、可能性はゼロではない。
これから、どうするか。まずは、あの子のことを調べなきゃ。
あの子のことを調べるには……、広い情報網を持っているらしい翼君に協力して貰うのが良いと思う。
翼君に協力して貰うには——。
「全部説明しないとなぁ」
それが一番ややこしい。頭が痛いなぁ。何て説明しよう。
「チマ、起きてる?」
私が頭を抱えている時、ノックの音と共に、なっちゃんの声が聞こえた。
「起きてるよ」
「入って良い?」
「どうぞー」
短いやり取りの後、なっちゃんが部屋に入ってきた。Tシャツに短パンのラフな格好で、すらりとした素足がみずみずしい。
ポニーテールだった栗色の髪は降ろされている。
なっちゃんはベッドまで近づき、マットレスの上に腰を降ろした。
「チマ、寝れない?」
「実は……うん」
心配を掛けまいと思っていたけれど、なっちゃんにはもうお見通しらしい。
ここで嘘をついたところで意味はないので、正直に打ち明けた。
「そっか。じゃあ、チマが眠くなるまでお喋りしようか」
「いいの?」
「もちろん」
「ありがとう……」
今日はなっちゃんの優しさが特に沁みる日だ。
私にもこんなお姉ちゃんが居たら良かったなって思う。記憶の中では私は一人っ子だから。
あ、でもたまに人の話を聞いてくれないのはノーサンキューです。
「私ね、大切なことを思い出したんだけれど、どうやって伝えれば良いか分からないんだ」
今まで考えていた事を切り出してみた。
「そんなに難しいことなの?」
「うん。ややこしい話になりそうだし、信じて貰えないかもしれない……」
「でも、本当の話なのよね?」
なっちゃんの問いに、私は首を縦に振る。すると、彼女は優しく笑い、髪を耳に掛けた。
「じゃあ、試しに話してみて」
「え!? でも」
「チマの言うことだもの、信じるわ。信じられないような話って、意外と身近にあるものよ?」
「なっちゃん……」
鼻がツンとする。本当に、なっちゃんと巡り会えて良かったと思う。
「さ、お姉さんに話してごらんなさい」
「えと、どこから話せば良いかな……」
あの夜の事、私のこと、一真のこと、あの子のこと、全てが複雑に絡み合っている。
上手く順序立てて説明しないと、私自身、混乱してしまう。
そうだ、前提を確認しなきゃ。
「なっちゃんはあの晩のことをどこまで知ってる?」
私は回復してなっちゃんの家に来るまで安静第一で、まともに会話をしていない。
そして、今日もショックでロクに証言など出来なかった。
つまり、私からは全くと言って良い程、情報を出していないのだ。
なっちゃんはどこまで情報を持っているかで、話のスタート地点が決まる。
「そうね……コマちゃんが翼を呼びに来て、町外れの倉庫の中でチマを発見して、河爺のところに駆け込んだって聞いたわ。それと同時に、黎藤が行方不明になったことも」
翼君から話が行っていたみたい。
コマちゃんが翼君を連れてきてくれなかったら、私はあそこで——。
「他に誰か居たか聞いてない?」
「ええ。チマだけしか居なかったって」
「そう……」
翼君が駆けつけた時、既に一真とあの子は消えていた。ということは、翼君もあの晩なにが起こったのか知らない筈。
「じゃあ、あの晩、何で私たちがあそこに居たのかを説明しなきゃね」
「ちょっと待って、『私たち』って、やっぱり他にも誰か一緒に?」
なっちゃんの顔が一気に険しくなった。
***
私の実家、神凪家は巫女の家系だ。
神凪の巫女はその身に神を降ろし、神の声を人々に届け、運命を占い、邪を祓うなど、人々の助けとなっていた。
神凪家は元々、子は代々娘一人だけとされ、宗家だけしか存在しなかった。
しかし、そう都合よく女の子が生まれるわけではなく、息子も出来る。また、病弱ですぐ命を落としてしまう子も中にはいる。
そうした弊害により、女の子は二人までという制限を設けながら、巫女の『予備』を作ることを許された。
一人は家督を継ぐと、その予備は分家となる。宗家の男の子の場合は、家を追い出されたらしいが、詳しくは知らない。
本家の跡取りは、私より二つ上のお姉さんになる筈だった。
彼女は式神を操る能力に長け、年少ながらあらゆる呪術にも優れていた。ただ、一つを除いては……。
一方私は、分家ということで特に呪術の勉強をさせられることもなく、優れた巫女とは程遠いものだった。
しかし、神降ろしだけは誰にも教わらずに出来てしまっていた。
そこにふよふよと漂う幽霊と語らおうとしたら、いつの間にか自分の身に宿してしまっていたのだ。
後で、母様には『神降ろしを軽い気持ちですれば、魂を持って行かれる』とキツくお叱りを受けたけれど。
その素質は神凪の巫女にとって最も重要なものであり、跡取りとして認められる条件にもなる。
とはいえ、分家の私には関係無い話で、能天気に過ごしていた。
しかし、とある問題が発覚し、状況は一変した。本家のお姉さんには、神降ろしの才能が無かったのだ。
いくら他の呪術に優れていても、神降ろしが出来なければ神凪の巫女とは認められない。致命的な欠陥だった。
神凪の巫女の後継者として相応しいのは、分家の娘である。と一族の意見が一致し、何と本家と分家が入れ替わってしまった。
そして、私が家督を継ぐ跡取りとなってしまったのだ。当時、私はわけもわからぬ幼子で、何が何だか分からずじまい。
だけれど、周囲の態度が一変して恭しくなったのは覚えている。
そして、神凪家のこと、巫女についてのこと、呪術について、勉強させられるようになった。
小難しいことを教えられたが、内容がおとぎ話のように感じて、あまり苦では無かった。楽しいわけでも無かったけれど。
こんな私が跡取りになったことで、お姉さんの立場はかなり低くなり、肩身が狭くなっただろう……と思う。
まさか、これが私を殺したいほど憎む理由なら……。
彼女は私が苦しみ、いかに酷く心を壊すか、それに焦点を当てていたと思う。
実際、あの夜のことはもう忘れられない大きな傷になった。
珀弥が導いてくれたからこそ、私は壊れないで済んだけれど、彼女は私の心さえ殺すつもりだったのだろう。
そして、私の名を名乗るという行為。
もしかしなくても、私を亡き者にして成り替わるつもりだったのではないか? いや、既にそうなっているかもしれない。
もう、実家では『私』という存在は消え、彼女が千真になっているのかも……。
恐ろしい人だ。そんな恐ろしい人になるきっかけを与えたのは……私だ。
***
私はなっちゃんとママに挨拶をすると、すぐに布団に潜り込んだ。でも、眠れない。眠ることも怖かったのだ。
また何か、悲しいことを思い出すのではないかと。このまま寝なければ、何かを思い出さないかもしれはい。
けれど、それ以上に色々考え込んでしまう。
「うー……」
枕に顔を埋める。今日はキャパオーバーだ。一真のこと、あの子のこと、これからのこと。
みんなみんな、頭がこんがらがり、処理が追いつかない。
ここから、どう進めば良い? パズルのピースが揃っても、同じ絵柄になるかどうかさえわからない。
いや、悲観的になっちゃ駄目だ。ひとつひとつ、整理しよう。
一真とあの子の関係性は?
あの晩、一真が私を助けに来た時、彼女はいたのだろうか。私自身は催眠術に掛かっていて、記憶が曖昧だ。
私が一真を……刺してしまい、正気を取り戻した時は彼女の姿は見当たらなかった。
あの時は外に居た?
彼女の目的が私を苦しめることだとしたら、当然こちらの様子を監視してると思う。
じゃあ、一真が錯乱して逃げて行った先に彼女が待ち構えていたとしたら?
神降ろしは出来ないが、他の呪術は優れた巫女だ。特に、式神の扱いには右に出る者は居ない天才。
もし、妖怪になってしまった一真を捕らえていたとしたら?
「……っ」
全て推測の域だけれど、可能性はゼロではない。
これから、どうするか。まずは、あの子のことを調べなきゃ。
あの子のことを調べるには……、広い情報網を持っているらしい翼君に協力して貰うのが良いと思う。
翼君に協力して貰うには——。
「全部説明しないとなぁ」
それが一番ややこしい。頭が痛いなぁ。何て説明しよう。
「チマ、起きてる?」
私が頭を抱えている時、ノックの音と共に、なっちゃんの声が聞こえた。
「起きてるよ」
「入って良い?」
「どうぞー」
短いやり取りの後、なっちゃんが部屋に入ってきた。Tシャツに短パンのラフな格好で、すらりとした素足がみずみずしい。
ポニーテールだった栗色の髪は降ろされている。
なっちゃんはベッドまで近づき、マットレスの上に腰を降ろした。
「チマ、寝れない?」
「実は……うん」
心配を掛けまいと思っていたけれど、なっちゃんにはもうお見通しらしい。
ここで嘘をついたところで意味はないので、正直に打ち明けた。
「そっか。じゃあ、チマが眠くなるまでお喋りしようか」
「いいの?」
「もちろん」
「ありがとう……」
今日はなっちゃんの優しさが特に沁みる日だ。
私にもこんなお姉ちゃんが居たら良かったなって思う。記憶の中では私は一人っ子だから。
あ、でもたまに人の話を聞いてくれないのはノーサンキューです。
「私ね、大切なことを思い出したんだけれど、どうやって伝えれば良いか分からないんだ」
今まで考えていた事を切り出してみた。
「そんなに難しいことなの?」
「うん。ややこしい話になりそうだし、信じて貰えないかもしれない……」
「でも、本当の話なのよね?」
なっちゃんの問いに、私は首を縦に振る。すると、彼女は優しく笑い、髪を耳に掛けた。
「じゃあ、試しに話してみて」
「え!? でも」
「チマの言うことだもの、信じるわ。信じられないような話って、意外と身近にあるものよ?」
「なっちゃん……」
鼻がツンとする。本当に、なっちゃんと巡り会えて良かったと思う。
「さ、お姉さんに話してごらんなさい」
「えと、どこから話せば良いかな……」
あの夜の事、私のこと、一真のこと、あの子のこと、全てが複雑に絡み合っている。
上手く順序立てて説明しないと、私自身、混乱してしまう。
そうだ、前提を確認しなきゃ。
「なっちゃんはあの晩のことをどこまで知ってる?」
私は回復してなっちゃんの家に来るまで安静第一で、まともに会話をしていない。
そして、今日もショックでロクに証言など出来なかった。
つまり、私からは全くと言って良い程、情報を出していないのだ。
なっちゃんはどこまで情報を持っているかで、話のスタート地点が決まる。
「そうね……コマちゃんが翼を呼びに来て、町外れの倉庫の中でチマを発見して、河爺のところに駆け込んだって聞いたわ。それと同時に、黎藤が行方不明になったことも」
翼君から話が行っていたみたい。
コマちゃんが翼君を連れてきてくれなかったら、私はあそこで——。
「他に誰か居たか聞いてない?」
「ええ。チマだけしか居なかったって」
「そう……」
翼君が駆けつけた時、既に一真とあの子は消えていた。ということは、翼君もあの晩なにが起こったのか知らない筈。
「じゃあ、あの晩、何で私たちがあそこに居たのかを説明しなきゃね」
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