白鬼

藤田 秋

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第十九章 手折られた彼岸花

19-4 記憶の蓋

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* * * * * * * * *

「チマ~、お夕飯出来たよ~」
「はぁい……」
 夢を見た後、なっちゃんに呼ばれるまで眠ることは出来なかった。

 布団にくるまり、ただ震えていた。あの事実に頭も心も追いつかなくて、私の思考回路は停止してしまう。

 とりあえず、呼ばれたのだからさっさと行くべきだ。私は布団の中から這い出て、リビングの方に向かった。

***

 リビングのソファには翼君が寝転がっており、更に腹の上にはコマちゃんが丸くなっていた。
 翼君は弄っていたスマホから私に視線を移す。

「よぉ、千真ちゃん。具合はどう?」
「わんっ!」
 二人は元気そうだ。

「うん、大丈夫……」
「大丈夫って、顔色悪いぜ? どした?」
「……そう?」
 翼君は起き上がり、私の顔を覗き込んだ。そんなに酷いのだろうか。
 コマちゃんも悲しそうな声を出し、私の周りを駆け回る。

「ちょっと! あんた手伝いなさ……って、チマ! どうしたの!?」
 料理を運んできたなっちゃんは翼君に小言を言いかけたが、私を見て大層驚いたようだ。

「傷が悪化した? 意識はハッキリしてる!?」
「本当に、大丈夫……。ちょっと怖い夢を見ちゃって……」
 あの夢を思い出し、少しだけ身震いをした。

 怖い夢。いや、本当に夢だったらどれだけ良かったことか。

「チマちゃん。今日は暖かいスープを飲んで、身体を温めて、しっかり休むのよ~。怖かったら添い寝してあげるから」
 ママはキッチンの奥から出てきて、テーブルに料理を並べる。

「添い寝はあたしがやる~!」
「え~」
 間髪入れずに添い寝を申し出たなっちゃんに、ママはどうしようかな~と笑った。

 微笑ましい。みんなの気遣いが暖かくて、少しだけ気持ちが和んだ。



「あー、手掛かりはねぇけど、明日は捜索範囲広げるしかねーか」
 食後にお茶を飲みつつ、翼君は苦々しい顔でこぼす。

 珀弥君が行方不明になってから、翼君はずっと探してくれたらしい。しかし、何一つ手掛かりは見つからなかったとのこと。

 コマちゃんも彼の気配を嗅ぎつけることは出来なかったらしく、しょんぼりとしていた。

「お疲れ様、翼君。でも、学校大丈夫なの?」
 話を聞く限りでは、学校も行かずに探し回ってるみたいだけれど……。

「そこら辺は先生を言いくるめて公欠扱いにしといたからヘーキヘーキ。千真ちゃんも、ナツも、ついでに珀弥もな」
「私たちの分まで!?」

 根回しが早い。四人分もの公欠を勝ち取るなんて、一体どう言いくるめたのだろう。なかなか出来るものじゃないけれど。

「無制限ではないにしても、学生としては出席日数を気にせずに動ける方が都合が良いだろ?」
「そう、だね……本当にありがとう」
「良いってことよ」
 翼君はニッと笑ってお茶を啜った。

「飲み終わったら帰りなさいよね」
「ナツったら冷たい!」
 なっちゃんのつれない言葉に、翼君は悲痛な声を上げた。

「ああ、そうそう。千真ちゃんさぁ……」
 翼君はヘラヘラとした様子から、真剣な表情になった。珍しい彼の姿に、背筋が伸びる。

「な、なんでしょう?」
「いや、さ……あの晩、最後に何があったか覚えてる?」
 彼は少し気まずそうに尋ねてきた。

 ただ手掛かりが欲しいだけだ、わかってる。私も知ってることは言わなきゃ駄目だ。でも、声が出なかった。

 瀕死の一真の傷が突然異様な速さで回復して、そして……鬼になって私を襲ってきたなんて。

 信じてもらえる? 信じてもらえたとしても、彼は危険な怪物と見なされる? ショッキングな内容だし……どうしよう。

「思い出したくないとか、言いたくないってなら——」

「ううん……その、重要なことなんだけど……何て言えば良いのかな……。ちょっと考えさせて貰って良い?」
 そう頼んでみると、翼君は笑顔で快諾してくれた。彼にも気を使わせちゃったな……。

 翼君はお茶を飲み干し、立ち上がった。
「んじゃ、オレはそろそろ帰るわ!」

「あらぁ、もう帰るの?」
「かわい子ちゃんがより取り見取りで名残惜しいけど、野郎が長居するモンじゃ無いっしょ?」

 ママの残念そうな声に、翼君は彼らしくチャラ男みたいな返答をする。自制心はしっかりあるのが偉いですね。

「千真ちゃんはお大事にな~」
「ありがとう、気をつけてね」
 翼君はヒラヒラと手を振り、リビングから出て行った。

「翼君って良い人だよね~」
 彼の姿が見えなくなった後、ポツリと呟くと、なっちゃんは顔を顰めた。

「あいつが? 気のせいじゃないの」
「えー、そうかなー?」
 いつもふざけているけれど、周りのことをしっかり見て、手助けをしてくれる。実は思慮深くて頼れるお兄さん。

 一真は良いお友達に巡り会えていたんだと思うと、安心する。完全に孤独になったわけじゃなかったんだもの。

「チマは騙されてるのよ? ほら、映画版*ャイアンみたいなものよ」
「映画の時だけ良い奴になるアレ!?」

「もう、なっちゃんったら素直じゃないんだから~」
 ママはうふふと笑い、なっちゃんの頭を撫でた。

「ちょっとやめてよママ!」
「天邪鬼さんはこうしてくれる~!」
 嫌がる素振りを見せながらも、少し笑いながら手を振りほどこうとするなっちゃんと、子供のようにじゃれるママ。

 こういうの、良いなぁ。羨ましい。

 お母さん、か……。私の母様はどうしているのだろう。
 私が行方不明になった時、探してくれたのかな……?

 でも、今ここに私がいるということは、見つからなかったっていうことなんだ。

 つい数日前まで自分の親の顔さえ忘れていたのが不思議でたまらない。何故、こんな大事なことを忘れていたんだろう。

 珀弥の話では、一真は自分と珀弥に関する記憶以外は弄っていないみたいだし……。

 他に記憶を失くす要因があった? でも、それが思い出せない。

 まだ、記憶に蓋をされているみたいで。手掛かりは、何も無い。
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