白鬼

藤田 秋

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第十八章 勿忘草

18-15 夏の花火と虫の報せ

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 白城市は田舎だから、普段は人が少ない。だけど、花火大会の時は一気に人が来る。

 夕方になり、僕はちさなと手を繋ぎ、このお祭り騒ぎの中に来た。お母さんたちも一緒だ。

「わぁ! ひとがおおい!」
 商店街には出店がズラリと並び、人の波が出来ている。うっかり気を抜いたら流されてしまいそうだ。

「そうだねー。ちさな、いきなり走り出しちゃ駄目だよ? 迷子になっちゃうから」
「あーいっ!」
「よろしい」
 元気に返事するちさな可愛い。

「あらあら、お兄ちゃんと妹みたいね?」
 ちさなのお母さんがクスクスと笑う。
 浴衣姿がとても似合っていて綺麗だ。ちさなが大きくなったらこんな美人になるのかな。

「珀弥お兄ちゃん、千真ちゃんをしっかり見てあげるのよ?」
「はぁい」
 僕のお母さんまでそんなことを言う。

 でも、ちさなはそそっかしいし、目を離すとどこかへ消えてしまうから、しっかり見てあげなきゃいけないのは確かだ。

「はくらー! きんぎょー!」
 ちさなは金魚すくいの店を指さし、僕をぐいぐいと引っ張る。

「はいはい」
 僕はなされるがまま、小さな妹に振り回されるのだった。



「んー、いないねー」
 ちさなはキョロキョロとしながら辺りを見回す。

「誰が?」
「おじさんのむすめっこ~」
 昼間会ったおじさんの娘さんも花火大会に来るって言っていたけれど、それらしき子は見当たらない。

 この人の量で誰かを見つけるのも難しいだろうけど。

「うーん、どこかにいるかもしれないけど、会えるかどうか……」
「そっかー」
 ちさなは残念そうにアホ毛を垂らす。

「きっといつか会えるよ」
「そうかな? おともだちになれる?」
「もちろん」
「やったー!」
 人の縁は不思議なもので、離れていても、いつかどこかで巡り会うものだって天が言ってた。僕もそんな気がする。

 ちさなは人懐っこいから、きっと誰とでも友達になれそうだ。

「あーっ! はなびー!」
 突然、ちさなが夜空を指さした。

 爆音と共に、藍色の空に大きな華が咲く。
 空に光のカーテンが掛かったり、キャラクターが登場したり、一気に華やかになった。人々も空を眺め、感嘆の声を上げる。

「綺麗だなぁ」
 この景色をしっかり覚えておこう。かずまに伝えるために。

「きれー!」
 ……いや、今回はちさなが話してくれるんだったっけ。頭を空っぽにして、ボーッと眺めるのも良いかもしれない。

 ヒューンと甲高い音の後、バラバラと広がる花火。
 眩しくて華やかで、でもすぐ消えてしまう。その姿に何となく切なさを感じた。

「——」
 ちさなは僕に向かって微笑み、何かを囁く。けれども、ヒートアップする花火の音と人々の歓声で聞こえない。

「なぁに、ちさな?」
 僕は少し屈み、ちなさに耳を近づけた。

「だいすきだよー」
 ちさなは背伸びして、耳元でヒソヒソ話をするように、一言。一気に顔が熱くなった。

「なっ! え!?」
 唐突すぎて言葉も出ない。あたふたしていると、ちさなはまた耳元に顔を近づけた。

「まえにいるおねえさんがねー、となりのおにいさんに『すき』っていってたのー」
「それで真似したの?」
「うん!」
「そっかー」
 無邪気で可愛いです。とても。でも、ちょっと心臓に悪いかも、です。

 ちさなさんったら凄く耳が良いというか、花火に夢中かと思いきや他の人のことも見てたなんて。
 周りを見ていないと思いきや、逆によく見てるのかもしれない。

「ちさな」
 今度は僕がちさなの耳元に囁く。きっと今じゃないと言えないから。

「僕も大好きだよー」
 ちょっとだけ声が震える。顔がもっと熱くなって、頭が溶けてしまいそう。

「んふふ、ありがとー!」
 いっそこの言葉も花火に打ち消して貰いたいと思ったけれど、ちさなにはバッチリ聞こえていたらしい。

 満面の笑みを浮かべ、アホ毛をクルクルと回していた。僕はこの無邪気な笑顔が大好きだ。ずっと見ていたいなって思う。

 ずっと一緒にいられたら良いなぁ。そう思っていた。

*****

 かずまが帰ってきたのは九月に入ってからだった。今回は随分と長引いていたと思う。

 退院出来るくらい元気になったんだろう。
 そう思ったけれど、かずまの顔色は悪かった。むしろ、悪化していたように見えた。

「お帰り、かずま」
「……ん」
 怠そうに横たわるかずまは、声を出すことすら億劫そうだ。

「珀弥、ちょっと良いかしら……」
 お母さんに呼ばれたようだ。行かなきゃ。

「また後でね」
 僕はお母さんに返事をすると、かずまに声を掛ける。かずまが微かに頷くのを確認すると、僕は部屋を後にした。

 部屋の前ではお母さんが待っていた。お母さんも顔色が良くない。

「どうしたの? お母さん」
 問いかけると、お母さんは弱々しく笑い、『場所を変えましょう』と歩き出した。



 かずまの部屋から少し離れた部屋に入り、僕とお母さんは腰を下ろした。

「珀弥、あのね……」
 お母さんは話を切り出そうとするが、その先が続かない。

 口を開きかけて、つぐんでしまう。きっと良くない話なんだろう。僕にだってすぐわかった。

「あの、ね……」
「……かずまの話?」
 僕がそう尋ねると、お母さんはハッとした顔になる。そして、段々萎んでいってしまった。

「そうよ。やっぱりあなたは物分かりの良い子ね……」
 お母さんはふふふと笑い、居住まいを正した。

「ねぇ、珀弥。独りぼっちで長く過ごすことと、珀弥や千真ちゃんと一緒に居ること……かずまはどちらが幸せかしら」

 質問の意味がよくわからなかった。

 かずまはどっちの方が幸せなのか。
 無口で内向的な性格で、独りの方が落ち着くみたい。でも、千真が来ると迷惑そうな顔をするけれど、少し楽しげなんだ。

「僕はかずまじゃないから、よくわからない。けど、遊んでる時は楽しそうだよ」
「……そう」
 お母さんはゆっくりと頷いた。

「わかったわ。これからも、かずまに会いに行ってあげてね。あまり長居はしちゃ駄目だけれど……一緒にいる時間を大切にするのよ」

「お母さん、どうしたの?」
 もう一度、問い掛けた。この言い方、まるでかずまが死んじゃうみたいじゃないか。

 お母さんは目を逸らし、どう説明しようか考えあぐねているようだった。

「もういいよ」
 僕は立ち上がり、部屋を出ようとした。

「珀弥!」
「聞きたくない!!」
 乱暴に障子を開け、そのまま駆け出す。振り向きもせず、廊下を進んだ。

 ごめんなさい、お母さん。でも、聞きたくない。ごめんなさい。

 勢いで、ある所に向かった。今は神にでも縋りたい気持ちだったから。
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