129 / 285
第零章 千年目の彼岸桜 後編
0-27 人攫い
しおりを挟む
儂は、お主などの為に怒らぬ。
* * * * * * * *
とある暗闇の中、女性の上擦った嬌声が聞こえる。
近くを誰かが通れば、節操のない男女が逢い引きしているのだろうと考えるだろう。
だが、実際はそのような甘いものではなかった。
齢は十七、十六辺りの女性に覆い被さり、彼女を弄るのは長い白髪の男性。彼は女性と大して歳は変わらないように見える。
彼は女性の首筋に唇を落とし、更なる嬌声を産む。
気分が乗ってきたのか、白髪の男性はニヤリと口角を上げ、首筋にそのまま噛み付いた。
愛撫の一種ではない。彼は本当に女性の首筋を噛み千切ったのだ。
当然、けたたましい悲鳴が上がり、不快な臭いと共に赤い血潮が噴き出る。
男性は痛みに身悶える女性の身体を押さえつけ、その血肉に鋭い牙を突き立てた。
耳を塞ぎたくなるような生々しい音が闇に響き、暫くすると悲鳴が聞こえなくなった。
「あーらら、可哀想に」
残酷な現場には不釣り合いの脳天気な声。
白髪の男は口に付いた血を手の甲で乱暴に拭き取り、声のした方向に振り返った。
「覗いてたのかい? 悪趣味だねぇ」
白髪の男は腕を天に突き上げ、伸びをする。
食事を邪魔されて眉間にしわを作っているが、さほど怒っているようには見えない。
「俺らの種族は悪趣味だよ。なーんでも覗いちゃうからね」
「はいはい、これだから覚サマは怖いねぇ」
白髪の男は立ち上がり、覚と呼んだ男に近づいた。
「で、何の用だい?」
覗きが目的でないことなど、既にお見通しだとばかりに老獪な笑みを浮かべる。覚もまた、顔に笑みを貼り付けた。
「そろそろ、頃合いなんじゃないか? 作った鬼の完成が」
* * * * * * * *
珀蓮はまだ蕾のままの桜を見上げ、開花の時を楽しみにしていた。
この桜の開花を見るのは今年で何回目だろうか。彼の歳は既に二十を越えていた。
この里に来て数年、珀蓮の門下生は徐々に増え、彼の温厚で真面目な性格も手伝ってか里の人々からの人望も集まっていた。
時たま結婚の話も舞い込んでは来たが、珀蓮は全て断った。彼の心には、ただ一人しか居ないからだ。
報われることは無いが、それでも忘れないのは彼なりの信念があるのだろう。
珀蓮は桜に寄りかかり、息をついた。
「せーんせいっ! お昼持ってきたよ!」
風呂敷包みを抱えて走ってきたのは小百合。彼女も成長し、今は十七歳の立派な大人の女性だ。
彼女はずっと珀蓮を慕っており、こうして手作りの料理を彼に届けたりしている。
「ありがとうございます。いつもすみません」
珀蓮は風呂敷を受け取りつつ、頭を下げた。
「良いって、好きでやってることだし? それより、たまにはうちに食べに来なよ!」
「えぇ、またの機会にでも」
「約束だからね?」
小百合は背伸びをして珀蓮の顔に自分の顔をずいっと近付け、念を押す。珀蓮は微笑みながらもう一度頷いた。
「そういえばさ、先生は知ってる?」
小百合は珀蓮から離れ、ころりと話を変えてしまう。
「何をですか?」
珀蓮はキョトンとしながら答えを促した。
突然話を変えてしまったことについては、特に言及するつもりはないらしい。
「人攫いの話だよ。最近、騒ぎになってるでしょ?」
「あぁ、物騒ですよね」
珀蓮は合点が行ったように、ポンと手を叩いた。
最近、巷を騒がせているのは若い娘を狙った人攫いだ。
夜中出歩いていればもちろんのこと、家の中に居ても攫われるのだそうだ。家に侵入した痕跡も一切残さず、何の手がかりもない。
人々の中には『神隠しだ』と言う者も居た。
この近辺では、既に三人もの娘が行方知れずになっており、未だ帰る気配を見せていない。
「非常に残念なことです」
珀蓮は静かに語り、遠い目で空を見上げる。
「攫われた子たちは戻ってくるかな?」
小百合は不安げな目で問う。
行方不明の娘たちとは面識は無いが、歳は近いため、親近感と共に同情を抱く。
「……さぁ、どうでしょうか」
「そう……」
はっきりしない珀蓮の返答に、小百合は落胆する。彼が曖昧な返事をするときは、大抵悪い答えなのだ。
肩を落とす小百合を見て、珀蓮は優しく笑った。
「彼女たちが無事であって欲しい、戻ってきて欲しいと祈るのは大切なことですよ」
「……うん!」
自分の想いは無駄ではない。小百合は娘たちの無事を祈ることに決めた。
奮い立つ小百合を、珀蓮は複雑そうな眼差しで見つめていたが、それを誤魔化すように口を開いた。
「小百合さんも、夜は気をつけてくださいね? 可愛らしいですから、ひょいと持っていかれてしまうかもしれません」
「もーっ、先生ったら!」
小百合は頬を膨らめたが、その顔はほんのりと紅潮していた。
彼女は珀蓮に背を向けて小走りに距離を取ると、くるりと振り返った。
「この天然たらしー!」
「はい!?」
「あ、容器は取りにくるからねー!」
「かたじけのうございます」
小百合は手を振り、そのまま丘を降りていったのだった。
「……天然たらし?」
珀蓮は『うむ』と唸るが、いまいち思い当たりが無い。
そういえば、昔もこういう類のことがあった気がしたが、あの時も原因はよくわからなかった。
彼は相変わらず鈍感である。
「お主は駄目じゃのう、珀蓮」
どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。
いつものことなので、珀蓮は動じずに風呂敷を開けて中の容器を開ける。
「おや、油揚げの煮付けが入っておりますよ」
「何じゃと!?」
ぽん、と音を立てて虚空から一人の青年が現れた。背は珀蓮より高いが、それは頭に付いている狐の耳のお陰だろう。
ふさふさの九本の尻尾を携える彼は、古の大妖怪・九尾狐である狐珱だ。彼は変化や幻術が得意で、よく人を化かしている。
そして今、狐珱は『油揚げ』という単語に食いつき、目隠しの幻術を簡単に解いてしまったのだ。
「よかったですね、小百合さんが気遣ってくださったようです。それよりも、何が駄目なのですか?」
「お主は鈍い、女心を判っておらんと申しておる」
狐珱が油揚げに手を伸ばし掛けたところで、珀蓮はそっと蓋を閉めた。
それに対して狐珱は目の下を一瞬ピクリと動かす。
「私は男ですので、至らぬ部分もございます」
珀蓮も多少は自覚があるのか、ツンとした様子で頷いた。手元では風呂敷包みを素早く結び直している。
「それを踏まえても駄目駄目じゃのう、昔から。これじゃあ、もてないぞ?」
狐珱はひっひと笑いながら珀蓮の反応を伺った。相も変わらず、主人をからかうことが趣味らしい。
もてない、と言いながらも珀蓮は黙っていても女に言い寄られる事が多数あり、本当は入れ食い状態である。
「別に構いませんよ。独り身で生きてゆくつもりですので」
「詰まらん奴じゃ」
あっさりと流された狐珱は目を細め、腕を組む。
「まぁ、こんなおじさんを本気で好んでくださる希有な方もいらっしゃらないでしょう」
「本当にお主は駄目じゃの」
狐珱は頬を赤らめた小百合の事を思い出し、呆れ顔で首を振った。
珀蓮は自分を『おじさん』と呼称しているが、見た目はまだまだ若く、十代後半の頃と大差が無い。
元々の落ち着いた雰囲気で、見た目と実年齢の差を補完していた。
「ところで珀蓮よ。先程の小百合の話じゃが、何か知っておるのか?」
最初から近くにいて話を聞いていたのだろう。狐珱は珀蓮に問いかけた。
「いいえ、何も」
「そうか。お主は娘たちが戻って来ないことを知っているような様子じゃったからの」
「ああ、それは単に人間の人攫いなら、身売りされて一生戻っては来ませんし、もし妖の人攫いなら——」
珀蓮は痛ましい事物を思い出すかのように、顔を歪めながら目蓋を閉じた。
「餌にされて、今は骨しか残っていないでしょうから」
「ほう、なるほどのう。しかし、お主も悪い大人じゃの。娘に嘘を吹き込むとは」
狐珱は納得したよう耳を立てると、口笛を吹いた。
「いいえ、死者に優しい祈りを届けることは大切なことですよ」
珀蓮はそれだけ言うと、小屋の方へと脚を進めた。
「子供たちが来てしまいますから、早くお昼にしましょうか」
「の、油揚げじゃの!」
狐珱は一尾の仔狐の姿に変化し、珀蓮の後を追いかけた。
彼曰く、身体が小さい方が体感的に油揚げを多く食べられるとのことだ。
*
「こうして、菅原道真は藤原時平の陰謀により大宰府へと左遷されてしまいました。彼の死後は様々な人が急死し、天災が起こり、道真の祟りだと恐れられたのです」
珀蓮は生徒の要望に応え、今日は歴史の授業を執り行っていた。
今は学問の神様として有名な菅原道真のところを解説している。
そんな中、李吉がスッと手を挙げた。彼は初期から珀蓮の授業を受けていた子供の一人だ。今は十歳くらいに成長している。
「はい、何でしょう?」
「菅原道真って今は神様なんでしょ? どうして人間なのに神様になれたの?」
「確かに、普通の人間は神にはなれませんね」
珀蓮はにこりと笑い、解説を始めた。
「道真の祟りの所まで話しましたね。祟りを恐れた朝廷は、怒りを鎮める為に道真を祀りました。それが天満天神です」
「へぇ、道真公は怨みの力で神様になったんだね」
李吉は小さく頷きつつ、頭の後ろに手を組んだ。
「うーん、まぁ、そうですねぇ」
珀蓮は苦笑いしつつ、頬を指先で掻く。
「んじゃ、おいらも死んだら化けて出て神様になろうかな!」
「それはいけませんよ」
李吉の言葉に、教室からは笑いが生まれた。珀蓮も軽く窘めつつ、釣られて笑う。
和やかで穏やかな日々。何もかもが平穏で、珀蓮はすっかり忘れていた。
自分が異形の者であるということに。
* * * * * * * *
とある暗闇の中、女性の上擦った嬌声が聞こえる。
近くを誰かが通れば、節操のない男女が逢い引きしているのだろうと考えるだろう。
だが、実際はそのような甘いものではなかった。
齢は十七、十六辺りの女性に覆い被さり、彼女を弄るのは長い白髪の男性。彼は女性と大して歳は変わらないように見える。
彼は女性の首筋に唇を落とし、更なる嬌声を産む。
気分が乗ってきたのか、白髪の男性はニヤリと口角を上げ、首筋にそのまま噛み付いた。
愛撫の一種ではない。彼は本当に女性の首筋を噛み千切ったのだ。
当然、けたたましい悲鳴が上がり、不快な臭いと共に赤い血潮が噴き出る。
男性は痛みに身悶える女性の身体を押さえつけ、その血肉に鋭い牙を突き立てた。
耳を塞ぎたくなるような生々しい音が闇に響き、暫くすると悲鳴が聞こえなくなった。
「あーらら、可哀想に」
残酷な現場には不釣り合いの脳天気な声。
白髪の男は口に付いた血を手の甲で乱暴に拭き取り、声のした方向に振り返った。
「覗いてたのかい? 悪趣味だねぇ」
白髪の男は腕を天に突き上げ、伸びをする。
食事を邪魔されて眉間にしわを作っているが、さほど怒っているようには見えない。
「俺らの種族は悪趣味だよ。なーんでも覗いちゃうからね」
「はいはい、これだから覚サマは怖いねぇ」
白髪の男は立ち上がり、覚と呼んだ男に近づいた。
「で、何の用だい?」
覗きが目的でないことなど、既にお見通しだとばかりに老獪な笑みを浮かべる。覚もまた、顔に笑みを貼り付けた。
「そろそろ、頃合いなんじゃないか? 作った鬼の完成が」
* * * * * * * *
珀蓮はまだ蕾のままの桜を見上げ、開花の時を楽しみにしていた。
この桜の開花を見るのは今年で何回目だろうか。彼の歳は既に二十を越えていた。
この里に来て数年、珀蓮の門下生は徐々に増え、彼の温厚で真面目な性格も手伝ってか里の人々からの人望も集まっていた。
時たま結婚の話も舞い込んでは来たが、珀蓮は全て断った。彼の心には、ただ一人しか居ないからだ。
報われることは無いが、それでも忘れないのは彼なりの信念があるのだろう。
珀蓮は桜に寄りかかり、息をついた。
「せーんせいっ! お昼持ってきたよ!」
風呂敷包みを抱えて走ってきたのは小百合。彼女も成長し、今は十七歳の立派な大人の女性だ。
彼女はずっと珀蓮を慕っており、こうして手作りの料理を彼に届けたりしている。
「ありがとうございます。いつもすみません」
珀蓮は風呂敷を受け取りつつ、頭を下げた。
「良いって、好きでやってることだし? それより、たまにはうちに食べに来なよ!」
「えぇ、またの機会にでも」
「約束だからね?」
小百合は背伸びをして珀蓮の顔に自分の顔をずいっと近付け、念を押す。珀蓮は微笑みながらもう一度頷いた。
「そういえばさ、先生は知ってる?」
小百合は珀蓮から離れ、ころりと話を変えてしまう。
「何をですか?」
珀蓮はキョトンとしながら答えを促した。
突然話を変えてしまったことについては、特に言及するつもりはないらしい。
「人攫いの話だよ。最近、騒ぎになってるでしょ?」
「あぁ、物騒ですよね」
珀蓮は合点が行ったように、ポンと手を叩いた。
最近、巷を騒がせているのは若い娘を狙った人攫いだ。
夜中出歩いていればもちろんのこと、家の中に居ても攫われるのだそうだ。家に侵入した痕跡も一切残さず、何の手がかりもない。
人々の中には『神隠しだ』と言う者も居た。
この近辺では、既に三人もの娘が行方知れずになっており、未だ帰る気配を見せていない。
「非常に残念なことです」
珀蓮は静かに語り、遠い目で空を見上げる。
「攫われた子たちは戻ってくるかな?」
小百合は不安げな目で問う。
行方不明の娘たちとは面識は無いが、歳は近いため、親近感と共に同情を抱く。
「……さぁ、どうでしょうか」
「そう……」
はっきりしない珀蓮の返答に、小百合は落胆する。彼が曖昧な返事をするときは、大抵悪い答えなのだ。
肩を落とす小百合を見て、珀蓮は優しく笑った。
「彼女たちが無事であって欲しい、戻ってきて欲しいと祈るのは大切なことですよ」
「……うん!」
自分の想いは無駄ではない。小百合は娘たちの無事を祈ることに決めた。
奮い立つ小百合を、珀蓮は複雑そうな眼差しで見つめていたが、それを誤魔化すように口を開いた。
「小百合さんも、夜は気をつけてくださいね? 可愛らしいですから、ひょいと持っていかれてしまうかもしれません」
「もーっ、先生ったら!」
小百合は頬を膨らめたが、その顔はほんのりと紅潮していた。
彼女は珀蓮に背を向けて小走りに距離を取ると、くるりと振り返った。
「この天然たらしー!」
「はい!?」
「あ、容器は取りにくるからねー!」
「かたじけのうございます」
小百合は手を振り、そのまま丘を降りていったのだった。
「……天然たらし?」
珀蓮は『うむ』と唸るが、いまいち思い当たりが無い。
そういえば、昔もこういう類のことがあった気がしたが、あの時も原因はよくわからなかった。
彼は相変わらず鈍感である。
「お主は駄目じゃのう、珀蓮」
どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。
いつものことなので、珀蓮は動じずに風呂敷を開けて中の容器を開ける。
「おや、油揚げの煮付けが入っておりますよ」
「何じゃと!?」
ぽん、と音を立てて虚空から一人の青年が現れた。背は珀蓮より高いが、それは頭に付いている狐の耳のお陰だろう。
ふさふさの九本の尻尾を携える彼は、古の大妖怪・九尾狐である狐珱だ。彼は変化や幻術が得意で、よく人を化かしている。
そして今、狐珱は『油揚げ』という単語に食いつき、目隠しの幻術を簡単に解いてしまったのだ。
「よかったですね、小百合さんが気遣ってくださったようです。それよりも、何が駄目なのですか?」
「お主は鈍い、女心を判っておらんと申しておる」
狐珱が油揚げに手を伸ばし掛けたところで、珀蓮はそっと蓋を閉めた。
それに対して狐珱は目の下を一瞬ピクリと動かす。
「私は男ですので、至らぬ部分もございます」
珀蓮も多少は自覚があるのか、ツンとした様子で頷いた。手元では風呂敷包みを素早く結び直している。
「それを踏まえても駄目駄目じゃのう、昔から。これじゃあ、もてないぞ?」
狐珱はひっひと笑いながら珀蓮の反応を伺った。相も変わらず、主人をからかうことが趣味らしい。
もてない、と言いながらも珀蓮は黙っていても女に言い寄られる事が多数あり、本当は入れ食い状態である。
「別に構いませんよ。独り身で生きてゆくつもりですので」
「詰まらん奴じゃ」
あっさりと流された狐珱は目を細め、腕を組む。
「まぁ、こんなおじさんを本気で好んでくださる希有な方もいらっしゃらないでしょう」
「本当にお主は駄目じゃの」
狐珱は頬を赤らめた小百合の事を思い出し、呆れ顔で首を振った。
珀蓮は自分を『おじさん』と呼称しているが、見た目はまだまだ若く、十代後半の頃と大差が無い。
元々の落ち着いた雰囲気で、見た目と実年齢の差を補完していた。
「ところで珀蓮よ。先程の小百合の話じゃが、何か知っておるのか?」
最初から近くにいて話を聞いていたのだろう。狐珱は珀蓮に問いかけた。
「いいえ、何も」
「そうか。お主は娘たちが戻って来ないことを知っているような様子じゃったからの」
「ああ、それは単に人間の人攫いなら、身売りされて一生戻っては来ませんし、もし妖の人攫いなら——」
珀蓮は痛ましい事物を思い出すかのように、顔を歪めながら目蓋を閉じた。
「餌にされて、今は骨しか残っていないでしょうから」
「ほう、なるほどのう。しかし、お主も悪い大人じゃの。娘に嘘を吹き込むとは」
狐珱は納得したよう耳を立てると、口笛を吹いた。
「いいえ、死者に優しい祈りを届けることは大切なことですよ」
珀蓮はそれだけ言うと、小屋の方へと脚を進めた。
「子供たちが来てしまいますから、早くお昼にしましょうか」
「の、油揚げじゃの!」
狐珱は一尾の仔狐の姿に変化し、珀蓮の後を追いかけた。
彼曰く、身体が小さい方が体感的に油揚げを多く食べられるとのことだ。
*
「こうして、菅原道真は藤原時平の陰謀により大宰府へと左遷されてしまいました。彼の死後は様々な人が急死し、天災が起こり、道真の祟りだと恐れられたのです」
珀蓮は生徒の要望に応え、今日は歴史の授業を執り行っていた。
今は学問の神様として有名な菅原道真のところを解説している。
そんな中、李吉がスッと手を挙げた。彼は初期から珀蓮の授業を受けていた子供の一人だ。今は十歳くらいに成長している。
「はい、何でしょう?」
「菅原道真って今は神様なんでしょ? どうして人間なのに神様になれたの?」
「確かに、普通の人間は神にはなれませんね」
珀蓮はにこりと笑い、解説を始めた。
「道真の祟りの所まで話しましたね。祟りを恐れた朝廷は、怒りを鎮める為に道真を祀りました。それが天満天神です」
「へぇ、道真公は怨みの力で神様になったんだね」
李吉は小さく頷きつつ、頭の後ろに手を組んだ。
「うーん、まぁ、そうですねぇ」
珀蓮は苦笑いしつつ、頬を指先で掻く。
「んじゃ、おいらも死んだら化けて出て神様になろうかな!」
「それはいけませんよ」
李吉の言葉に、教室からは笑いが生まれた。珀蓮も軽く窘めつつ、釣られて笑う。
和やかで穏やかな日々。何もかもが平穏で、珀蓮はすっかり忘れていた。
自分が異形の者であるということに。
0
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜
西浦夕緋
キャラ文芸
15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。
彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。
亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。
罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、
そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。
「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」
李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。
「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」
李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
人形の中の人の憂鬱
ジャン・幸田
キャラ文芸
等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。
【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。
【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる