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第零章 千年目の彼岸桜 中編
0-23 余所者と子供たち
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「な、何だよっ!」
男の子は一歩後退する。
「初めまして、珀蓮と申します。今日からあの小屋の管理人を勤めさせて頂くことになりました。以後お見知り置きを」
「あ、ご丁寧にどうも……って普通に自己紹介するな!」
警戒をする少年に臆するどころか、自然に自己紹介をする珀蓮という男に青筋を立てた。
「いえ、これで余所者では無くなるのではないかと思いまして……」
「うるさい! 天然かお前!!」
珀蓮は怒鳴る少年の言葉にキョトンとしている辺り、本気だったのだろう。
「お兄さーん!」
遅れて走ってきたのは小百合、それに続いて狐珱も面倒くさそうに歩いている。
「どうしたの?」
「っ!」
珀蓮の隣に寄る小百合を見て、男の子はギクっとまた後退り。
「あ、あんた、黎藤さん家の……」
「うん、小百合だよ」
珀蓮の後に来たこの女の子が黎藤家の娘——つまりはここ一帯の地主の娘ということが明らかになり、男の子は顔を蒼ざめさせる。
「も、も、も、申し訳ありません! 田の取り上げはご勘弁を!!」
物凄い勢いで土下座をする男の子。
彼の家は黎藤家の土地を借りて作物を育てている身分。
その家の知人に粗相を犯せば、土地を取り上げられるかもしれないと考えたのだ。
「え、そんなことしないで! 土地を取り上げることなんてしないから!」
小百合は男の子の剣幕に圧されるが、なんとか取り繕って宥めようとする。
男の子は顔を恐る恐る上げ、泣きそうな顔で『ほんと?』と問いかけた。
「うん。だから大丈夫。それより、そっちの女の子が怪我してるみたいだけど……」
「あっ、お里!」
男の子は思い出したかのように、お里の方を見る。
彼女は未だに泣き止んでおらず、足首を押さえていた。
「お兄さん」
「はい」
小百合が珀蓮の肩をつつくと、彼は立ち上がってお里に近付く。
男の子を始め、他の子供たちも道を開けた。
「少々お見せください」
お里の身体を抱え、ゆっくりと起こす。
彼女が押さえている足首は少し腫れており、捻挫してしまっている。
「あのおまじない、効くかな?」
「えぇ、勿論ですとも」
珀蓮は小百合の問いに快く答え、お里の患部に手を翳す。
周りの子供たちは『おまじない?』とお互いを見ながら首を傾げていた。
「痛いの痛いの、狐珱に飛んでゆけー」
「だから何故儂なのじゃ!?」
例によって、珀蓮の『おまじない』で狐珱がとばっちりを受けることになった。
子供たちは珀蓮の謎の行動より、狐が喋ったことの方に驚く。
「……痛く、ない……?」
足の痛みが引き、お里の涙も引っ込む。腫れていた足首はいつの間にか元の形に戻っていた。
「すごい!」
「何したの!?」
「おまじない?」
子供たちは口々に歓喜の声を上げる。
一番大きな男の子だけは、ポカンと口を開けて珀蓮を見つめていた。
「ありがとぉ、お兄ちゃんっ」
「どういたしまして」
お里は舌足らずな口調で珀蓮に礼を言い、よいしょと立ち上がる。
子供たちの顔からは余所者への不信感が消え、奇跡を起こした恩人への好奇心が浮かび上がっていた。
「ねぇねぇ! このおまじないって何!?」
「何で狐が喋るの!?」
「あんちゃんは何者なの!?」
「おしえてよぅ!」
「はいはい、順番にお願いします」
新しい玩具を見つけたように目を輝かせる子供たちに質問責めを喰らう珀蓮。
彼は上手く子供たちをあしらいつつ、順々に質問に答えていった。
子供たちと話してわかったことは、一番大きな男の子は汰助という名であり、彼を中心としていつも遊んでいるのだそうだ。
お里は汰助の妹で、やはり一番年下であった。
そして子供たちは皆、農民の子なのだそうだ。
汰助達は小百合の祖父の死後、小百合の目を盗んで此処を遊び場にしていたらしい。
今日もいつものように遊びに来たら余所者が居るのを見て、様子を窺っていたという。
「小百合さんの家の土地で勝手に遊んで申し訳ありません」
「いいよいいよ。それより、そういう風にかしこまるのを止めて欲しいな? 呼び捨てでいいからさ」
汰助が詫びると、小百合は笑いながら手を振った。
「えっ!?」
子供たちはお互いを見合わせ、目を丸くする。
彼らより上の身分の家の子なら、もっと偉そうにすると思っていたが、小百合は全く家柄を鼻にかけていない。そのことに驚いていた。
「うん……さ、小百合」
「それでよろしい!」
顔を赤くしながら呼び捨てで名前を呼ぶ汰助に、小百合は満足そうに頷いた。
子供たちの内で二番目に大きい葉司と佳恵は、照れている汰助にクスクスと笑い、幼くて訳の分からない李吉とお里は、またお互いの顔を見合わせていた。
「も、もう時間だな。お前らっ、笑ってないで帰るぞ!」
陽の傾きを見て帰り時を悟りつつ、自分を笑う葉司と佳恵を叱る汰助。
そんな兄に、お里は口を尖らせた。
「えぇっ! まだお話したいよぅ!」
「わがまま言うなよ」
「やだぁ!」
お里は首を振り、駄々をこねる。
「あのなぁ……」
汰助は息を吐き、妹の手を引こうとするが、彼女は珀蓮の後ろに隠れて抵抗の意を示した。
どうやら、珀蓮に懐いてしまったようだ。
「お里さん、汰助君の言うことを聞かないといけませんよ?」
珀蓮は困ったように眉をハの字にするが、お里は彼の服にしがみつくだけ。
陽も傾きかけている為、暗くなる前には子供たちを家に帰したい。珀蓮はお里の頭を撫で、優しく諭す。
「暗くなると怖いものが出てきて、お里さんが食べられてしまうかもしれません。今日はここまでにして、また明日遊びに来てくださいな」
前半の台詞に震え、後半の台詞でお里は顔をパァッと明るくした。
「また来て良いの!?」
「えぇ。今度はお茶菓子も用意しますよ。是非、皆さんでいらしてください」
「わーい!」
お里は両手を上げ、万歳する。それに続いて他の子も目を輝かせた。
そしてお里は汰助の手を掴むと、彼を見上げる。
「はやくかえろ! おばけにたべられちゃう!」
「お前って奴は……」
お里の素直な行動に、周囲からはどっと笑いが生まれたのだった。
「またね!」
「はい。お気をつけて」
子供たちはぞろぞろと帰路につく。珀蓮は目を細めながら彼らの後ろ姿を見送った。
「じゃー、わたしたちも帰ってお夕飯にしようか、お兄さん」
珀蓮と共に子供たちを送り出した小百合が手を叩く。
「お気持ちは嬉しいですが、自分の食事は自分で何とかしますので……お構いなく」
彼はにこりと笑い、それを断った。
「そんな、遠慮しなくていいのに」
「家を一つ貸して頂いていますし、これ以上お世話になるわけには参りません」
「かたいなぁ」
と、小百合は口を尖らせる。
「どうかご容赦くださいませ。その代わり、小百合さんを家にお送り致しますので」
珀蓮は苦笑しつつ交渉をする。
これまでの待遇は、小百合を助けた礼にしては十分過ぎる。これ以上は受け取れない。
彼にも彼なりの意地があるのだ。
「むぅ……わかった」
珀蓮の柔らかくて逆に断りづらい雰囲気に圧され、小百合は渋々了解した。
彼女は珀蓮の手を取り、ぎゅっと握る。
膨れっ面で拗ねる彼女の手を、珀蓮は優しく握り返した。
「小百合さんは甘えん坊でいらっしゃいますか」
「ち、違うもん!」
小さく笑う珀蓮に、小百合は顔を赤くして否定したのだった。
男の子は一歩後退する。
「初めまして、珀蓮と申します。今日からあの小屋の管理人を勤めさせて頂くことになりました。以後お見知り置きを」
「あ、ご丁寧にどうも……って普通に自己紹介するな!」
警戒をする少年に臆するどころか、自然に自己紹介をする珀蓮という男に青筋を立てた。
「いえ、これで余所者では無くなるのではないかと思いまして……」
「うるさい! 天然かお前!!」
珀蓮は怒鳴る少年の言葉にキョトンとしている辺り、本気だったのだろう。
「お兄さーん!」
遅れて走ってきたのは小百合、それに続いて狐珱も面倒くさそうに歩いている。
「どうしたの?」
「っ!」
珀蓮の隣に寄る小百合を見て、男の子はギクっとまた後退り。
「あ、あんた、黎藤さん家の……」
「うん、小百合だよ」
珀蓮の後に来たこの女の子が黎藤家の娘——つまりはここ一帯の地主の娘ということが明らかになり、男の子は顔を蒼ざめさせる。
「も、も、も、申し訳ありません! 田の取り上げはご勘弁を!!」
物凄い勢いで土下座をする男の子。
彼の家は黎藤家の土地を借りて作物を育てている身分。
その家の知人に粗相を犯せば、土地を取り上げられるかもしれないと考えたのだ。
「え、そんなことしないで! 土地を取り上げることなんてしないから!」
小百合は男の子の剣幕に圧されるが、なんとか取り繕って宥めようとする。
男の子は顔を恐る恐る上げ、泣きそうな顔で『ほんと?』と問いかけた。
「うん。だから大丈夫。それより、そっちの女の子が怪我してるみたいだけど……」
「あっ、お里!」
男の子は思い出したかのように、お里の方を見る。
彼女は未だに泣き止んでおらず、足首を押さえていた。
「お兄さん」
「はい」
小百合が珀蓮の肩をつつくと、彼は立ち上がってお里に近付く。
男の子を始め、他の子供たちも道を開けた。
「少々お見せください」
お里の身体を抱え、ゆっくりと起こす。
彼女が押さえている足首は少し腫れており、捻挫してしまっている。
「あのおまじない、効くかな?」
「えぇ、勿論ですとも」
珀蓮は小百合の問いに快く答え、お里の患部に手を翳す。
周りの子供たちは『おまじない?』とお互いを見ながら首を傾げていた。
「痛いの痛いの、狐珱に飛んでゆけー」
「だから何故儂なのじゃ!?」
例によって、珀蓮の『おまじない』で狐珱がとばっちりを受けることになった。
子供たちは珀蓮の謎の行動より、狐が喋ったことの方に驚く。
「……痛く、ない……?」
足の痛みが引き、お里の涙も引っ込む。腫れていた足首はいつの間にか元の形に戻っていた。
「すごい!」
「何したの!?」
「おまじない?」
子供たちは口々に歓喜の声を上げる。
一番大きな男の子だけは、ポカンと口を開けて珀蓮を見つめていた。
「ありがとぉ、お兄ちゃんっ」
「どういたしまして」
お里は舌足らずな口調で珀蓮に礼を言い、よいしょと立ち上がる。
子供たちの顔からは余所者への不信感が消え、奇跡を起こした恩人への好奇心が浮かび上がっていた。
「ねぇねぇ! このおまじないって何!?」
「何で狐が喋るの!?」
「あんちゃんは何者なの!?」
「おしえてよぅ!」
「はいはい、順番にお願いします」
新しい玩具を見つけたように目を輝かせる子供たちに質問責めを喰らう珀蓮。
彼は上手く子供たちをあしらいつつ、順々に質問に答えていった。
子供たちと話してわかったことは、一番大きな男の子は汰助という名であり、彼を中心としていつも遊んでいるのだそうだ。
お里は汰助の妹で、やはり一番年下であった。
そして子供たちは皆、農民の子なのだそうだ。
汰助達は小百合の祖父の死後、小百合の目を盗んで此処を遊び場にしていたらしい。
今日もいつものように遊びに来たら余所者が居るのを見て、様子を窺っていたという。
「小百合さんの家の土地で勝手に遊んで申し訳ありません」
「いいよいいよ。それより、そういう風にかしこまるのを止めて欲しいな? 呼び捨てでいいからさ」
汰助が詫びると、小百合は笑いながら手を振った。
「えっ!?」
子供たちはお互いを見合わせ、目を丸くする。
彼らより上の身分の家の子なら、もっと偉そうにすると思っていたが、小百合は全く家柄を鼻にかけていない。そのことに驚いていた。
「うん……さ、小百合」
「それでよろしい!」
顔を赤くしながら呼び捨てで名前を呼ぶ汰助に、小百合は満足そうに頷いた。
子供たちの内で二番目に大きい葉司と佳恵は、照れている汰助にクスクスと笑い、幼くて訳の分からない李吉とお里は、またお互いの顔を見合わせていた。
「も、もう時間だな。お前らっ、笑ってないで帰るぞ!」
陽の傾きを見て帰り時を悟りつつ、自分を笑う葉司と佳恵を叱る汰助。
そんな兄に、お里は口を尖らせた。
「えぇっ! まだお話したいよぅ!」
「わがまま言うなよ」
「やだぁ!」
お里は首を振り、駄々をこねる。
「あのなぁ……」
汰助は息を吐き、妹の手を引こうとするが、彼女は珀蓮の後ろに隠れて抵抗の意を示した。
どうやら、珀蓮に懐いてしまったようだ。
「お里さん、汰助君の言うことを聞かないといけませんよ?」
珀蓮は困ったように眉をハの字にするが、お里は彼の服にしがみつくだけ。
陽も傾きかけている為、暗くなる前には子供たちを家に帰したい。珀蓮はお里の頭を撫で、優しく諭す。
「暗くなると怖いものが出てきて、お里さんが食べられてしまうかもしれません。今日はここまでにして、また明日遊びに来てくださいな」
前半の台詞に震え、後半の台詞でお里は顔をパァッと明るくした。
「また来て良いの!?」
「えぇ。今度はお茶菓子も用意しますよ。是非、皆さんでいらしてください」
「わーい!」
お里は両手を上げ、万歳する。それに続いて他の子も目を輝かせた。
そしてお里は汰助の手を掴むと、彼を見上げる。
「はやくかえろ! おばけにたべられちゃう!」
「お前って奴は……」
お里の素直な行動に、周囲からはどっと笑いが生まれたのだった。
「またね!」
「はい。お気をつけて」
子供たちはぞろぞろと帰路につく。珀蓮は目を細めながら彼らの後ろ姿を見送った。
「じゃー、わたしたちも帰ってお夕飯にしようか、お兄さん」
珀蓮と共に子供たちを送り出した小百合が手を叩く。
「お気持ちは嬉しいですが、自分の食事は自分で何とかしますので……お構いなく」
彼はにこりと笑い、それを断った。
「そんな、遠慮しなくていいのに」
「家を一つ貸して頂いていますし、これ以上お世話になるわけには参りません」
「かたいなぁ」
と、小百合は口を尖らせる。
「どうかご容赦くださいませ。その代わり、小百合さんを家にお送り致しますので」
珀蓮は苦笑しつつ交渉をする。
これまでの待遇は、小百合を助けた礼にしては十分過ぎる。これ以上は受け取れない。
彼にも彼なりの意地があるのだ。
「むぅ……わかった」
珀蓮の柔らかくて逆に断りづらい雰囲気に圧され、小百合は渋々了解した。
彼女は珀蓮の手を取り、ぎゅっと握る。
膨れっ面で拗ねる彼女の手を、珀蓮は優しく握り返した。
「小百合さんは甘えん坊でいらっしゃいますか」
「ち、違うもん!」
小さく笑う珀蓮に、小百合は顔を赤くして否定したのだった。
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