白鬼

藤田 秋

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第十二章 二人の千真

12-2 はじめての拒絶

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 教室では一応自習をやっているようだが、休み時間のような騒々しさがあった。

「よー勇者サマァ、大丈夫っすか?」
 つばさくんが あらわれた!

MPメンタルポイント切れたから魔王辺りに闇落ちしそう」
「黙れ殺すぞってか? 血の気が多いぜ~?」
 翼君、どうして笑いながら物騒な解釈するの?

「チマーッ! 大丈夫!? 保健室でそいつに何かやられなかった!? 保健室で!」
「大丈夫だよ?」
 ここでなっちゃんも登場。どうして保健室に固執するのだろうか。何かやられたのは、あなたがそいつ呼ばわりしてる珀弥君です。

『千真様ーっ!』

「実はね、保健室の先生がオカマだったの」
「あー、何だっけ? 鎌緒かまお先生か?」
 翼君は心当たりがあるのか、それっぽい名前を挙げてくれた。

「多分その人!」

『千真様! あの、私の声は聞こえていますか?』

「美人な先生よね。あまり関わったこと無いけど」
「うん。美人なんだけど、ちょっと珀弥君が怖がっちゃって」
 女性より女性のようなしなやかさがあって、珀弥君を相手していなければ見とれていたかもしれない。

『千真様? ちさっ……ふ、うぅ……ふぇえ……』

「なぁ、そろそろ気付いてやりなよ。お宅の神様泣いてるぞ」
「お?」
 翼君に指摘されてふと横を見ると、苦笑しながら御守りを持っている志乃ちゃんがいた。御守りが心なしか湿っている気がする。

「天ちゃん?」
 志乃ちゃんから御守りを受け取り、中身に話し掛けた。御守りはやっぱり湿っている。

『うぅ……千真様、置いていくなんて酷いのですぅ……』
 天ちゃんは涙声で語る。

 今朝、彼に頼まれて御守りを持ってきていた。御守りに憑依して、こっそり珀弥君を見守りたいのだとか。
 肌身離さず持っていて欲しいと言われていたが、教室のバッグの中に置いてきてしまった。

「ごめんね? これからはちゃんと持ち歩くから」
『はうぅ……私こそ取り乱してしまい、申し訳ありません』
 天ちゃんは語調を萎ませた。悪いことしちゃったな……。

「天、何で来たの?」
 珀弥君はピシャリと、キツい口調で言い放った。笑顔であるが、冷たい雰囲気を漂わせている。天ちゃんがここにいるのが気に入らない様子だ。

「珀弥君、天ちゃんは——」
『私は千真様をお守りしているのです』
 天ちゃんは私の台詞に言葉を被せた。って……え?

『これなら文句は無いでしょう?』
「……そうだね」
 珀弥君は特に反論しない。しかし、どこか不服そうだった。
 会話が途切れ、タイミング良く授業終了のチャイムが鳴った。次の授業の準備の為、一旦自分の席に戻ることにした。

***

 さっき、天ちゃんはどうして嘘をついたのだろう。

 ——嘘ではありませんよ——
 頭の中に天ちゃんの声が響いた。この神様、直接脳内に……!

 ——これなら、千真様も声を出さずに会話できますね?——
 ——う、うん。ところで、嘘をついていないってどういうこと?——

 私は先ほどの天ちゃんの言葉が気になった。元々は珀弥君を見守りたいって言っていたのに、私を守りに来ただなんて言うんだもの。

 ——そのままの意味なのです。私が千真様をお守りし、珀弥は自分の身だけを案ずればよろしいと思いまして——
 ——でも、それなら直接珀弥君を守ればいいんじゃないの?——

 確かに、珀弥君が自衛すれば安心安全だろう。

 ——それは、出来ないのです——
 ——どうして?——
 そんな回りくどい方法を取らなきゃいけない理由がある?

 ——珀弥は守護霊を受け付けない体質なのです。それは、私も例外ではありません——
 ——守護霊を受け付けない? それってマズいんじゃない? 守護霊って人を守る霊なんでしょ?——

 ——その通りです。守護霊は人に憑くことによって、守護の力を発揮します。しかし、守護霊を失った方は……数日で命を落とします——
 息が止まりそうになった。天ちゃんの言う通りならば、珀弥君はかなり危険な情報だ。いつ死んでもおかしくないはず。

 ——ところが、珀弥は例外なのです——
 天ちゃんのが低くなったような気がする。

 ——例外?——
 ——はい。彼は守護霊が消えてから、八年ほど生き延びているのです——
 ——八年も?——
 そんなに生き延びることって、可能なのだろうか。

 ——えぇ。通常なら不可能です——
 ——そうだよね。何か理由があるの?——
 ——それは……——

「千真さん、どうしたの? ぼーっとして」
「ほう!」
 突然天ちゃんの声が途切れ、低く落ち着いた声によって現実に引き戻された。
 目の前には珀弥君。彼の手には、天ちゃんがくっ憑いている御守りが握られていた。

「あ、いや、その……」
「……変な詮索はしないでほしいな」
 私が口籠もっていると、珀弥君は御守りを机の上に置いた。
 彼は私に向かって静かに微笑み、自分の席に戻っていく。席替えをした為、彼の席は私の列の一番後ろにある。

「……」
 怖い。静かな言葉、笑顔が怖かった。
 そして、初めて拒絶をされた気がする。知ってはいけない珀弥君の『領域』に、足を踏み入れようとしてしまった。そういうことなのだろう。

 罪悪感が私を苛んだ。

* * * * * * * *

 天が千真に何を吹き込んでいたのかはわからない。『余計なこと』だということだけは、見当が付く。

 千真は何も知らなくて良い。何も知らなくて良いのに。どうして邪魔をするんだ。

 ——それがお前の本心?——

 頭の中に送り込まれてきたのは、聞き慣れない男の声だ。聴覚を通して聞いているわけでは無いため、声という表現は変だが。

 間を置いて鋭い胸の痛みが襲ってきた。
 抉られるような痛みに耐え兼ね、手で胸を握り締めるように押さえる。

 どうして、もう、傷は……。

 ——治ってる筈、ねぇ。だが、痛みは記憶に遺っているだろう?——
 煽るような口調が。こいつは誰だ? 何故知っている?

 ——さぁねぇ? 俺は何でも知ってるよぉ。お前のことも、お前が執着している娘のことも——
 なんだ、思考すら読み取ってしまうのか。

 ——お前……何が目的だ? 千真に手を出したら、ただじゃおかない——
 ——おー怖い怖い。安心しなよ。俺は手を出さない。ちょいと忠告に来ただけさ——
 軽薄そうな声は軽く

 ——人の古傷を抉っておいて、何が忠告だ——
 ——信用できるかって? 別に信じるか否かはお前の自由さ。いいか? 一つ、言っておくよ。近々『本物の千真』が、あの娘を消しに来るかも知れないねぇ——

「っ!」
 謎の声に一方的に話を切られた途端、胸の痛みが消えた。何だったんだ。

 僕のことを知っていて、千真のことも知っている? ふざけている。
 忠告も忠告だ。『本物の千真』だなんて、まるで彼女が偽者だと言っているようじゃないか。
 彼女は正真正銘の神凪千真だ。

 本物だか何だか知らないが、彼女に害を為すならば——絶対に許さない。



 下校時間になった。
 僕は生傷をいくつか増やしたが、ここまでは特に問題はない。

 これからの問題は、千真が学校の外に出るということだ。校内には特に怪しい人間は……少し居たが、ただの千真ファンだった。シメた。
 部外者なら外で彼女を狙うはずだ。帰路は特に警戒しなければ……。

「は、珀弥君っ!」
「あぁ、千真さん。どうしたの?」
 机の横には緊張した面持ちで立っている千真が居た。
 最後に話した時は半ば脅すような雰囲気で立ち去ってしまったから、少々気まずい。大体自分のせいだ。

「難しい顔してたから。話し掛けて大丈夫だった?」
「うん、構わないよ」
 そんな顔をしてたのか。気をつけないと。

「よかった」
 千真は小さな胸に小さな手を当て、ほっと息をついた。

「えっとね、今日はごめんね?」
「何が?」
「珀弥君、私のせいで怪我しちゃったし……」
 千真は悲しげに目を伏せる。
 何故、彼女が気にするのだろうか。自分が無事であったのだから、むしろ喜ぶべきだろう。

「謝らないで? 千真さんが無事なら、それでいいんだ」
「でも、私のせいで珀弥君は痛い思いをしたんだよ?」
「構わないよ。千真さんが傷付くくらいなら、僕が身代わりになったほうが良いでしょ?」

 僕はいくら傷を作ったって、すぐに治るから。ちょっと痛みを我慢すれば良いだけだ。痛みくらい、昔から慣れている。
 か弱い彼女に傷が付く方が問題だ。

「どうしてそんなこと言うの……? 下手したら死んじゃうところだったんだよ?」
 千真の声が震え始めた。
 あぁ、そうだな。一歩間違っていたら死んでいただろう、
 だけど、僕は違う。

「大丈夫だよ。僕は簡単には死ねないから」

 その瞬間、千真は目を見開き、手を振り上げた。まさに一瞬の出来事だ。
 彼女の平手が僕の頬を打ち、乾いた音を立てる。顔がほんの少し揺れただけで、痛くはない。

 だが、殴られた理由がわからず困惑する。

「何で、何で……!」
 千真は僕に背を向け、走っていってしまった。彼女の双眸からは、透明な滴が零れ落ちていた。あれは、涙?

 死ねないから安心して、と言いたかっただけだ。どうして泣く必要があるんだ? わからない。

「バァカ! ボーっとしてねーで追い掛けろバカ!」
「いてっ」
 僕の頭を叩いたのは翼だ。こいつ二回も馬鹿って言いやがった。いつのまに沸いてきたのかは知らないが、確かに彼の言う通りだ。

「……わかってる」
 僕は千真の後を追い、教室から飛び出した。
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