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第十一章 白鬼斬怪鳥事
11-4 イツマデ
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* * * * * * * *
珀弥先輩は優しい人だ。
先輩が書道部にいた頃は、丁寧に筆の運び方教えてくれたり、悩み事を聞いてくれた。
誰かが失敗しても怒ることは無かったし、それどころか微笑みながらフォローしていたくらいだ。
特定の後輩を贔屓することもなく、誰に対しても公平で好感が持てた。私は先輩のことを尊敬しているし、憧れてもいる。
だけれど、一つだけ怖い面があった——。
とある目的の為に『心霊相談所の田中』という、胡散臭い人と待ち合わせをしていたときだ。
『須藤さん』
聞き慣れた声に顔を上げると、珀弥先輩が手を振っていた。何故か千真さんも隣にいたが。
彼と目が合った瞬間、何もかも見透かされたような恐怖感が、私を襲った。
——珀弥先輩の怖い面。
時折、人の心を見透かすような、静かな目をするのだ。
***
「先輩の言う通り、呪われたクラスメイトを助けてほしいというのは本当の依頼じゃありません。ただの口実です」
白状すると、平静な珀弥先輩の横で千真さんが目を見開いた。彼女はわかっていなかったようだ。
「僕に霊を払う力があるのかを見極めるために、偽の依頼をしたのかな?」
彼はどこまで私の考えを見抜いているのだろうか。図星の為、頷くしか無かった。
心霊相談所は、依頼が完了したときに報酬を払うシステムだ。
偽物の霊能力者なら、そもそも依頼がこなせないから支払わないで済む。本物なら、本当の依頼をする決心がつく。
要するに、私は『こっくりさん』を利用したのだ。心霊現象自体は無かったが。
正直、素行の悪いクラスメイトがどうなろうと、私の関知するところではない。自業自得なのだから。
「さて、僕は君に霊能力を示していないね。もしかしたら、ただの詐欺師かもしれない」
千真さんが『えっ』と、頭から一本だけ伸びたアホ毛を立てる。ちょっと空気読んでほしいな。
「それでも、依頼を続行しますか?」
なんと意地悪な質問なのだろうか。私の考えなんか、お見通しのくせに。
「はい。先輩は信用できる人ですから」
彼は遊びでお金を取るような人じゃない。やるならきっちりとやる。それが黎藤珀弥という人だ。
「そうですか。では、改めて依頼を伺いましょう」
ほら。普通に話を進めようとする。全部知っていた、という証拠だ。
「毎晩、不気味な声が聞こえるんです。一ヶ月間、ずっと……」
「声……。『あー』とか『うー』とか、言葉にならない感じ? それとも、何か言葉を言っているのかな?」
先輩は懐から手帳とペンを取出してメモを取る。すると、にこやかな顔から一気に真面目な顔になった。
「言葉を、言っています」
思い出すだけで鳥肌が立つ。
ねっとりとした声質。呻き声とも悲鳴とも取れるような、苦しげな言葉。そして、怨念が込められているようにも感じる。
「『いつまで』と」
「いつまで……」
珀弥先輩は私の言葉を繰り返すと、ペンを動かす手を止めた。何かを考えるように視線を少し上に向ける。
「家族、または近所で行方不明になった人はいる?」
自分の顔が強張るのを感じた。どうして、そこまでわかってしまうのだろう。
「じ、実は……祖母が、いなくなってしまいました」
私の家では現在、祖母が行方不明なのだ。的確に言い当てられてしまい、恐怖を感じる。
「それはいつから?」
「三ヶ月程前からです」
「警察に捜索願いは出した?」
「それが……」
私は先輩から視線を逸らした。間違ったことをして叱られたときのような、居心地の悪さを覚えたからだ。
「わからないんです」
「わからない?」
「はい。親が何も教えてくれなくて……。でも、捜索している気配は感じられないです」
私の答えに、先輩は一瞬だけど眉をひそめた。
祖母がいなくなったとき、私が何を聞いても両親は『お前には関係ない』と答えをはぐらかした。もし、捜索願いを出していれば、警察が家に来る筈だ。
しかし、いつまで経っても来ない。どう考えても怪しい。
「親御さんが何かを隠してるのはわかったよ。あと、夜中に出てくる化け物の正体もわかったかも」
「早っ」
千真さんはまたアホ毛を立てた。あれはアンテナなのか。ただの髪の毛でないことは確かだ。
「化け物の正体って、一体何ですか?」
いつもの声は、祖母と関係があるのだろうか。
「……以津真天って知ってるかな?」
「いいえ」
『いつまでん』なんて、聞いたことが無い。名前がそのまんまといえば、そのまんまだ。『いつまで』と。
「そう」
珀弥先輩は一度言葉を切り、目蓋を降ろした。どうしたのだろうか。
「もし、僕の予想が当たってしまっていたら——」
その後続く言葉に、衝撃を受けた。
心臓を鷲掴みにされたような、心理的な痛みが私を襲う。呼吸が苦しくなり、目の前が涙で滲んだ。
心のどこかでは、予想できていたことかもしれないけれど。
「おばあちゃん……」
——君のお祖母さんは、既に亡くなっている。
「お祖母さんが、亡くなってるって……」
千真さんの声は震えていた。彼女もまた、ショックを受けているようだ。
「まだ確定はしていないよ。ただ、希望を持たせておいて、突き落とす真似はしたくないから……覚悟しておいて」
先輩は私を真っすぐ見た。
希望を持つな。厳しいことだけれど、先輩なりの気遣いだとわかっている。
「……はい。覚悟、しておきます」
一言、一言、噛み締めるように紡ぎだした。私はしっかりしないといけない。
「君が聡明な人で、助かったよ」
珀弥先輩は眉をハの字にし、複雑そうな笑みを見せた。
聡明、か。彼にはそう見えるのだろうか。
喚いても何も変わらないから、ただただ、現実を受け止めているだけだ。
これは、ただの諦めなんだ。
* * *
「珀弥君。私、車道側を歩くよ。イケメンでしょ?」
「危ないから駄目です」
先輩は千真さんをひょいと持ち上げると、歩道の内側に降ろした。そして、彼自身は素早く車道側に移動する。千真さんは不服そうに口を尖らせた。
今はファミレスを出て、私が先導して先輩たちを自宅に連れていく途中だ。先輩は調査したいことがあるらしい。
以津真天という化け物も、その折に説明してくれるようだ。
「ここって確か、翼君やなっちゃんも住んでるんだっけ?」
「そうだよ」
翼君……狗宮先輩のことか。部活中に珀弥先輩を拉致していく困った先輩だったことを憶えている。しかも常習犯。
茶髪だし、バスケ部だし、ノリもチャラチャラしていて、苦手な部類の人だ。何故あの人と珀弥先輩の仲が良いのか、よくわからない。
なっちゃんとは、雨ケ谷先輩のことだろうか。あまり関わりは無かったけれど、上級生の中でも目立って美人だったし、一方的に知っている。
中学生とは思えないスタイルのせいで、男子から嫌がらせを受けていたらしく、男には手厳しい事で有名だ。
「珀弥君は須藤さんと同じ中学校だったんだよね? 何で隣町まで通ってたの?」
そういえば、今まで気になっていた。先輩は白城に住んでるのに、何で天波まで来ていたのだろう。
「単純に、学校が近かったからだよ。地元のはもっと遠いから」
本当に単純な理由だ。
「へぇ、そうなんだ。まぁ、神社は端っこにあるからねぇ」
「そうなんだよ。立地が微妙で……」
なかなか苦労をしているようだ。……神社?
「先輩の家は神社なんですか?」
「うん。言わなかったっけ?」
「いえ、初耳です」
家のことなんて、聞いたことも無かった。先輩自身、言おうとしたことも無かったと思う。
白城の神社……。昔、何かがあったと、おぼろ気な記憶だけがある。
ローカルのニュースでも取り上げられたような。幼い頃の話だから、定かではないが。
いや、今は関係ない話だ。無駄な詮索はやめにしよう。
珀弥先輩は優しい人だ。
先輩が書道部にいた頃は、丁寧に筆の運び方教えてくれたり、悩み事を聞いてくれた。
誰かが失敗しても怒ることは無かったし、それどころか微笑みながらフォローしていたくらいだ。
特定の後輩を贔屓することもなく、誰に対しても公平で好感が持てた。私は先輩のことを尊敬しているし、憧れてもいる。
だけれど、一つだけ怖い面があった——。
とある目的の為に『心霊相談所の田中』という、胡散臭い人と待ち合わせをしていたときだ。
『須藤さん』
聞き慣れた声に顔を上げると、珀弥先輩が手を振っていた。何故か千真さんも隣にいたが。
彼と目が合った瞬間、何もかも見透かされたような恐怖感が、私を襲った。
——珀弥先輩の怖い面。
時折、人の心を見透かすような、静かな目をするのだ。
***
「先輩の言う通り、呪われたクラスメイトを助けてほしいというのは本当の依頼じゃありません。ただの口実です」
白状すると、平静な珀弥先輩の横で千真さんが目を見開いた。彼女はわかっていなかったようだ。
「僕に霊を払う力があるのかを見極めるために、偽の依頼をしたのかな?」
彼はどこまで私の考えを見抜いているのだろうか。図星の為、頷くしか無かった。
心霊相談所は、依頼が完了したときに報酬を払うシステムだ。
偽物の霊能力者なら、そもそも依頼がこなせないから支払わないで済む。本物なら、本当の依頼をする決心がつく。
要するに、私は『こっくりさん』を利用したのだ。心霊現象自体は無かったが。
正直、素行の悪いクラスメイトがどうなろうと、私の関知するところではない。自業自得なのだから。
「さて、僕は君に霊能力を示していないね。もしかしたら、ただの詐欺師かもしれない」
千真さんが『えっ』と、頭から一本だけ伸びたアホ毛を立てる。ちょっと空気読んでほしいな。
「それでも、依頼を続行しますか?」
なんと意地悪な質問なのだろうか。私の考えなんか、お見通しのくせに。
「はい。先輩は信用できる人ですから」
彼は遊びでお金を取るような人じゃない。やるならきっちりとやる。それが黎藤珀弥という人だ。
「そうですか。では、改めて依頼を伺いましょう」
ほら。普通に話を進めようとする。全部知っていた、という証拠だ。
「毎晩、不気味な声が聞こえるんです。一ヶ月間、ずっと……」
「声……。『あー』とか『うー』とか、言葉にならない感じ? それとも、何か言葉を言っているのかな?」
先輩は懐から手帳とペンを取出してメモを取る。すると、にこやかな顔から一気に真面目な顔になった。
「言葉を、言っています」
思い出すだけで鳥肌が立つ。
ねっとりとした声質。呻き声とも悲鳴とも取れるような、苦しげな言葉。そして、怨念が込められているようにも感じる。
「『いつまで』と」
「いつまで……」
珀弥先輩は私の言葉を繰り返すと、ペンを動かす手を止めた。何かを考えるように視線を少し上に向ける。
「家族、または近所で行方不明になった人はいる?」
自分の顔が強張るのを感じた。どうして、そこまでわかってしまうのだろう。
「じ、実は……祖母が、いなくなってしまいました」
私の家では現在、祖母が行方不明なのだ。的確に言い当てられてしまい、恐怖を感じる。
「それはいつから?」
「三ヶ月程前からです」
「警察に捜索願いは出した?」
「それが……」
私は先輩から視線を逸らした。間違ったことをして叱られたときのような、居心地の悪さを覚えたからだ。
「わからないんです」
「わからない?」
「はい。親が何も教えてくれなくて……。でも、捜索している気配は感じられないです」
私の答えに、先輩は一瞬だけど眉をひそめた。
祖母がいなくなったとき、私が何を聞いても両親は『お前には関係ない』と答えをはぐらかした。もし、捜索願いを出していれば、警察が家に来る筈だ。
しかし、いつまで経っても来ない。どう考えても怪しい。
「親御さんが何かを隠してるのはわかったよ。あと、夜中に出てくる化け物の正体もわかったかも」
「早っ」
千真さんはまたアホ毛を立てた。あれはアンテナなのか。ただの髪の毛でないことは確かだ。
「化け物の正体って、一体何ですか?」
いつもの声は、祖母と関係があるのだろうか。
「……以津真天って知ってるかな?」
「いいえ」
『いつまでん』なんて、聞いたことが無い。名前がそのまんまといえば、そのまんまだ。『いつまで』と。
「そう」
珀弥先輩は一度言葉を切り、目蓋を降ろした。どうしたのだろうか。
「もし、僕の予想が当たってしまっていたら——」
その後続く言葉に、衝撃を受けた。
心臓を鷲掴みにされたような、心理的な痛みが私を襲う。呼吸が苦しくなり、目の前が涙で滲んだ。
心のどこかでは、予想できていたことかもしれないけれど。
「おばあちゃん……」
——君のお祖母さんは、既に亡くなっている。
「お祖母さんが、亡くなってるって……」
千真さんの声は震えていた。彼女もまた、ショックを受けているようだ。
「まだ確定はしていないよ。ただ、希望を持たせておいて、突き落とす真似はしたくないから……覚悟しておいて」
先輩は私を真っすぐ見た。
希望を持つな。厳しいことだけれど、先輩なりの気遣いだとわかっている。
「……はい。覚悟、しておきます」
一言、一言、噛み締めるように紡ぎだした。私はしっかりしないといけない。
「君が聡明な人で、助かったよ」
珀弥先輩は眉をハの字にし、複雑そうな笑みを見せた。
聡明、か。彼にはそう見えるのだろうか。
喚いても何も変わらないから、ただただ、現実を受け止めているだけだ。
これは、ただの諦めなんだ。
* * *
「珀弥君。私、車道側を歩くよ。イケメンでしょ?」
「危ないから駄目です」
先輩は千真さんをひょいと持ち上げると、歩道の内側に降ろした。そして、彼自身は素早く車道側に移動する。千真さんは不服そうに口を尖らせた。
今はファミレスを出て、私が先導して先輩たちを自宅に連れていく途中だ。先輩は調査したいことがあるらしい。
以津真天という化け物も、その折に説明してくれるようだ。
「ここって確か、翼君やなっちゃんも住んでるんだっけ?」
「そうだよ」
翼君……狗宮先輩のことか。部活中に珀弥先輩を拉致していく困った先輩だったことを憶えている。しかも常習犯。
茶髪だし、バスケ部だし、ノリもチャラチャラしていて、苦手な部類の人だ。何故あの人と珀弥先輩の仲が良いのか、よくわからない。
なっちゃんとは、雨ケ谷先輩のことだろうか。あまり関わりは無かったけれど、上級生の中でも目立って美人だったし、一方的に知っている。
中学生とは思えないスタイルのせいで、男子から嫌がらせを受けていたらしく、男には手厳しい事で有名だ。
「珀弥君は須藤さんと同じ中学校だったんだよね? 何で隣町まで通ってたの?」
そういえば、今まで気になっていた。先輩は白城に住んでるのに、何で天波まで来ていたのだろう。
「単純に、学校が近かったからだよ。地元のはもっと遠いから」
本当に単純な理由だ。
「へぇ、そうなんだ。まぁ、神社は端っこにあるからねぇ」
「そうなんだよ。立地が微妙で……」
なかなか苦労をしているようだ。……神社?
「先輩の家は神社なんですか?」
「うん。言わなかったっけ?」
「いえ、初耳です」
家のことなんて、聞いたことも無かった。先輩自身、言おうとしたことも無かったと思う。
白城の神社……。昔、何かがあったと、おぼろ気な記憶だけがある。
ローカルのニュースでも取り上げられたような。幼い頃の話だから、定かではないが。
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