白鬼

藤田 秋

文字の大きさ
上 下
75 / 285
第十章 仁義なき文化祭!

10-8 多才な相方

しおりを挟む
 ずっと『お願いします!』『自力でガンバ!』の応酬が続いていた。
「僕の戦場はここじゃない」
 と珀弥君が言ったときだ。

「そうだぜ珀弥。仕事放って逢引きとは良い度胸じゃねーか」
 珀弥君の背後に翼君が現れた。彼は確か、別の教室で作業をしていたはずだ。

「げっ」
「露骨に嫌そうな顔すんなっつの! ペンはどうした? ちゃんと借りてきたんだろうな?」
「うん、あるよ」
 珀弥君はポケットから黒い油性ペンを取り出し、自信満々な様子で翼君に見せた。

「用が済んだら早く帰ってこいよ馬鹿! 悪いな千真ちゃん、こいつ返して」
 翼君は珀弥君の頭を叩き、私に手を合わせた。そして、珀弥君のワイシャツの襟を掴み、ずるずると連行していく。

「は、珀弥くーん!」
 私の救世主が! 救世主様はキョトンとしながら、教室から退場してしまった。
 詰んだ。

「神凪君、お困りかな?」
「間に合ってます」
 二階堂君が来たけど、お呼びじゃないので断った。



「で、出来た……!」
 珀弥君が書いたデザインを参考……というか必死に模写し、色ペンで色を付け、なんとかメニューが出来上がった。
 それをピンク色の台紙に貼りつけ、ハートやチェックの可愛らしい柄のマスキングテープをペタペタと貼る。絵が描けない故の誤魔化しだ。

 うーん、私がやると手書き感が否めない。というか彼の手はどうなってるんだ。

「ま、まぁ、そこそこいけるんじゃない?」
 センスが無い割には頑張ったよ私! まぁ、大部分が珀弥君の功績なんだけどね。

「千真ちゃん、できた?」
「うん、一応」
 チェックに来た子にメニューを渡すと、満面の笑みを見せてくれた。

「可愛い! 良いねコレ! すごくセンスあるよ」
「あ、ありがとう!」
 センスがあるのは私じゃないけどね! とにもかくにも、オッケーが出たので私の仕事は終了した。

 さて、何か手伝おうかな……。
 そう思って教室を見渡すと、皆ポスターやら内装の装飾品やらを作っていた。私が手を出したら悪くなりそうだから却下。
 中学時代、五段階評価で美術評価『2』の自分を憎んだのはこれが初めてではない。

 なっちゃんはまだ交渉中なのか、教室にいないし。

「うーん……」
 暇だ、手持ち無沙汰だ。ぐるぐると思考が回る。あぁ、そうだ。せっかくだから珀弥君たちの作業見に行こうかな。邪魔にならない程度に。

 思い立ってからの行動は早い。私は皆の邪魔にならないよう、そっと教室を抜け出した。



「えーと、技術科室はーどーこーだー」
 私たちの学校は三つの校舎に別れている。

 一番大きい一号館はクラスの教室。化学室や社会科室など科目毎の教室は二号館。技術科室や家庭科室などの実習用の教室は三号館にある。
 ……のは知っているが、なにぶん複雑な構造の校舎の為、私は迷路を歩いているように感じるのだ。

 地学室があるから、今は二号館? 三号館への通路はどこだろう。薄暗いし、早くここから抜け出したい。

「技術科室に行くならここを曲がるんだよ」
「あ、そうなの? ありがひぃ!?」
 突然聞こえた助言の主に礼を言おうと振り向いたが、誰もいない。もしかして、お化け!?

「ふふ、こっちだよ千真ちゃん」
「し、志乃ちゃん。びっくりしたぁ」
 振り向くと志乃ちゃんが笑っており、ようやく化かされたのだと気付いた。
 マジでお化けだった。志乃ちゃんも意外と茶目っ気があるな。

 最近は珀弥君がいなくても、彼女の姿がハッキリ見えるようになってきた。

「ごめんごめん。雰囲気があるから、ちょっとお化けらしいことしてみたくて」
 クスクスと笑う志乃ちゃん。

「そんなことしなくていいから!」
 ポジティブ思考になるのは良いことだ。でも、雪女事件の時に与えられた衝撃とのギャップが大きい。幽霊楽しんじゃってるよこの子。

 どうせまた迷子になりそうだし、志乃ちゃんに案内してもらうことにした。

「——でね、珀弥君の女子力がハイパーインフレしてて、私の立つ瀬が無いの」
「それは由々しき事態だね」
 志乃ちゃんに相談中。
 珀弥君の女子力が高過ぎて、このままではダブルヒロインシステムになってしまう。私が女子力をアップして珀弥君と差別化を図らねばならぬのだ。

「私はどうすれば珀弥君に勝てるのかな?」
「うーん、千真ちゃんは料理・掃除洗濯はできるんだっけ?」

「それなりに。これでも一人暮らししてたし」
 でも、私のレパートリーは激貧生活で無理やり生成したゲテ物ダークマターから、普通の食材を使った普通の料理くらい。
 一般的な家庭料理から、三ツ星レストランレベルの創作料理を作る珀弥シェフの足元にも及ばない。

「基本事項は出来てるんだね……」
 志乃ちゃんは、ふむ、と顎に手を当てた。

「あ、着物の着付けとかは? 日本女性としての嗜みとして」
「うん、できるよ! でも、珀弥君も息をするより容易くできるよ」
 どこで習ったかは覚えていないが、私は着付けができる。
 しかし、珀弥君は普段着が着物なのだから、出来て当然だ。志乃ちゃんは息の詰まったような声を出した。

「二人とも女子力値が一気に跳ね上がってる……。うぅん、じゃあ、メールの文面とかは? 結構女子力出るよね」
「おお、そうか!」
 私はスカートのポケットから携帯電話を取り出し、操作する。
 メール送信フォルダを開き、まずは私の文面を見る。一番上にある、珀弥君宛てのものだ。この前、無意味に送った奴だったと思う。

『To.黎藤珀弥
 (無題)
 きようおゆはんなにすら』
 女子力以前の問題だこれ。

「へ、へぇ~千真ちゃんってフルネームで登録する派なんだ~!」
 敢えて内容には触れない志乃ちゃんの優しさプライスレス。

「そしてこちらが返信です」
 受信フォルダを開き、珀弥君からの返信を見る。

 『今日はスーパーで魚がセールだよ~』の文章の後に、魚の絵文字。
 その次に猫の絵文字に、キラキラの星の絵文字。魚を狙って目を光らせている猫を表現しているのだろう。

 前の文章に続けて『せっかくだから舟盛りにする?』と船と波の絵文字。最後にやはり猫のようなプリティーキュートな顔文字。
 せっかくだから舟盛りの流れはおかしい。

「あの、一つ言っていい?」
「どうぞ」

「黎藤君、可愛い」
「私も思った」
 男子らしからぬ顔文字のオンパレード。とてもキラキラしている。あぁ、私の無機質で誤字が入ってるメールが恥ずかしい。

 そういえば、どうしてこういう文章を書くのかと尋ねたら、『何も付けないと無表情な文章になって怖いから』らしい。気遣いっ!

「千真ちゃん、ごめん。何か勝てる気がしない」
「うん、いいんだよ志乃ちゃん。相手が悪かったの」
 そんなこんなで、私たちは技術科室に到着した。

 技術科室は、廊下に面した壁に窓が設置されており、中の様子が覗けるようになっている。
 私と志乃ちゃんは何となく影に隠れ、窓からこっそり様子を窺うことにした。

 技術科室は通常の教室の二倍の広さがある。その為、作った物を置くスペースが十分あり、物置と化していたりする。
 教室の中には他のクラスの看板や、文化祭用の門が置かれていた。木材や工具が乱雑に置かれているから、注意して歩かないと怪我をしてしまうだろう。

 そんな教室の一角に、珀弥君たち数名の男子がいた。
 皆、学校指定のジャージに着替えている。
 ジャージは男子は青、女子は赤を基調としており、デザインはそこそこ普通である。

 珀弥君は上着の前開きチャックをしめ、シャツも出さずにきっちりとジャージを着ている。近年稀に見る模範タイプだ。
 一方、翼君はチャックを全開にした上着を腕まくりし、所謂『腰パン』と呼ばれる下げ方をしたズボンも捲り、シャツをだらしなくはみ出している。ちょっとヤンキー入ってるタイプだ。

 他の男子も各々の着方をしているが、前述の二人がダントツで個性を発揮している。

「よし珀弥、任せた!」
「偉そうに言うな」
 翼君に背中を叩かれた珀弥君は顔をしかめ、ノコギリを持った。
 積み重なる木材の近くに寄り、ノコギリを持つ手を右手から左手に変え、木材に刃を添える。

「ん!?」
 私が瞬きをした刹那、木材は綺麗に切られて床に転がっていた。呆気に取られているのは私だけではない。志乃ちゃんも、翼君を除く男子も、皆何が起こったかわからない様子だ。

「えっ、今何したの!?」
「俺の知ってるノコギリと違う!」
「ジャージの着方ダセェな」
 思い思いのことを口にする男子一行。

「まぁまぁ、気にせずに作業しよ。あと、翼はズボン上げてやるからちょっと来い」
 珀弥君は笑顔でそう言うと、翼君の顔面にアイアンクローをお見舞いした。

「私はとんでもないものを見てしまったよ、志乃ちゃん」
「そうだね、千真ちゃん」
 私と志乃ちゃんは、感動を胸に、自分たちのクラスへ引き返すことにした。
 あれ、何でこっちに来たんだっけ。まぁいいや。

 そういえば、珀弥君って左利きだったっけ? お箸は右で使ってた気がしたけど。

 一瞬、彼と名も知らない白い人が重なった気がしたが、全くの別人だから気にしないことにした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

AGAIN

ゆー
キャラ文芸
一話完結の日常系ショートショート キャラデザ→りんさん  挿し絵→二号さん 中学生の頃から細々続けているもの。永遠に完結しない。 どこから読んでも大丈夫なはず。 現在整理中

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ぬらりひょんのぼんくら嫁〜虐げられし少女はハイカラ料理で福をよぶ〜

蒼真まこ
キャラ文芸
生贄の花嫁は、あやかしの総大将と出会い、本当の愛と生きていく喜びを知る─。 時は大正。 九桜院さちは、あやかしの総大将ぬらりひょんの元へ嫁ぐために生まれた。生贄の花嫁となるために。 幼い頃より実父と使用人に虐げられ、笑って耐えることしか知らぬさち。唯一の心のよりどころは姉の蓉子が優しくしてくれることだった。 「わたくしの代わりに、ぬらりひょん様に嫁いでくれるわね?」 疑うことを知らない無垢な娘は、ぬらりひょんの元へ嫁ぎ、驚きの言葉を発する。そのひとことが美しくも気難しい、ぬらりひょんの心をとらえてしまう。 ぬらりひょんに気に入られたさちは、得意の洋食を作り、ぬらりひょんやあやかしたちに喜ばれることとなっていく。 「こんなわたしでも、幸せを望んでも良いのですか?」 やがて生家である九桜院家に大きな秘密があることがわかり──。 不遇な少女が運命に立ち向い幸せになっていく、大正あやかし嫁入りファンタジー。 ☆表紙絵は紗倉様に描いていただきました。作中に出てくる場面を元にした主人公のイメージイラストです。 ※エブリスタと小説家になろうにも掲載しておりますが、こちらは改稿版となります。

処理中です...