白鬼

藤田 秋

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第八章 企画とかでよくある話

8-6 お風呂イベントはドキドキする

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 話に夢中になっているうちに、時間は六時を回っていた。
 いやぁ、翼君が珀弥君の給食のコロッケにイチゴジャムをかける事件は衝撃的だった。

「長居したわね。そろそろ帰るわ」
 なっちゃんは話のキリの良いところでそう切り出した。

「お夕飯食べていったら?」
「ううん。いきなり押し掛けといて、そんな図々しい真似は出来ないわ」
 夕食を誘ってみたが、丁重に断られた。そういうところはきっちりしている。
 あとは私の名前の読みを間違えなければ問題ない。

「マジかー、女の子の手料理を食えると思ったのによぉ」
「おまえはずうずうしいな」
 口を尖らせる翼君を、珀弥君は氷のような視線で突き刺した。

「あたしだって、本当はチマの愛情のこもった料理を頂きたいわよ! でも、男に二言はないわ」
 なっちゃんはカッと目を見開き、ツッコミどころ満載の発言をかます。そして立ち上がり、翼君の前髪をガッと鷲掴みにした。

「ほら、行くわよ。お邪魔したわ」
「あでででで、何でそこを掴むし!!」
 なっちゃんは翼君をずるずると引っ張りながら、部屋を出ていってしまった。

「わたしもっ! お邪魔しましたー」
 座敷わらし化してた志乃ちゃんもそれに続いた。残された私とちびっこ組(珀弥君を含む)は一瞬だけ呆気に取られ、その後玄関までなっちゃんたちを見送った。

「嵐だね」
 珀弥君がぽつりと呟いた。突然の来客は慌ただしいものだ。

「ところで、夕食にきのこたっぷりクリームパスタと野菜スープはいかが?」
「食べるーっ!」
 私は彼の魅力的な提案に即答する。彼の料理は美味しくて好きだ。

 でもあまりにも凝り性なので、私の自信がメリメリと削られる。今日はまさかの手作りパスタ麺が仕込み済みだった。ちっぽけな自信は、あっさりとオーバーキルされた。
 とっても美味しかったです。

* * * * * * * *

 脱衣所にて。
 鏡にはハリのある白い肌とビー玉のようなくりっくりの目をもつ、愛らしい子供が映っていた。まぁそれは僕なのだが。

 贔屓目で見なくても、結構いい線を行っている。幼少期は誰でも可愛らしいものだ。例えば、うちの学校の校長だって……いや、やっぱ想像できない。

 幼少期でこのくらいなら、美男子に成長してもよかったのではないか? 主人公補整でイケメンにならないの? 駄目なの?

 おっと、いつまでも鏡を見ているわけにはいかない。さっさと風呂に入るか。
 僕は着物の帯に手を掛けた。



「でかっ」
 浴室に入ると、元々広めだった風呂が更に広く感じた。これも小さくなった影響だろう。

 身体にお湯を流してから浴槽に入ると、水面に波紋が広がった。やはり、浴槽を占める身体の面積が小さい。いつもは膝を曲げなければ収まらない脚も、余裕を持って伸ばすことができる。

 今日は疲れる日だった。小突かれるわ、頭打つわ、絡まれるわ、小突かれるわ……。小さいからこそ命拾いした瞬間もあったが。

「はぁー、良い湯ー」
「そうだね、いやされ……る?」
 突如聞こえてきた声にナチュラルに返事をしかけたが、はっとしてその人物を見た。

「きゃああああ! ちさなさんのえっち!」
 僕は光の速さで顔を背け、情けない声で悲鳴を上げた。何故、千真がここにいるのだ。

「ぐへへへへ、よいではないか、よいではないか」
「よくねーよ」
 何故か悪代官のような台詞を吐く千真を、僕はぴしゃりと否定した。彼女は身体にタオルを巻いているようだが、目のやり場に困る。

「何でここにいるの?」
「珀弥君が一人で大丈夫か心配だったから……」
「おふろくらい一人で入れるよ!」
 彼女なりの親切なのか、ボケなのか、もうわからない。

「そうなの? 珀弥君、オトナだね!」
「少なくとも君のにんしきよりはずっと大人だよ」 
 身体が小さくなったって中身は変わるわけではないって、ずっと言ってる気がするのだが。彼女は秒で記憶が消えるのだろうか。

「もう。よめ入り前の女の子が、男におはだをさらすなんてダメだよ?」
 『嫁入り前の~』というフレーズ、何回目だろうか。千真もいい加減、自覚して欲しい。僕の動悸が大変なことになる。
 男として見られていないのだろうか。

「銭湯では男の子とかもよく居たし、私は大丈夫だよ?」
 一人暮らしのときは銭湯に通っていたのか。変な男に覗かれていなかっただろうか。……じゃなくて。

「いやいや、何言ってるの? 全然大丈夫じゃないよ!?」
 僕は女湯に入れるような男の子とは、わけが違う。十五歳の男子高校生であって、幼児・児童ではないのだ。

「もし今、ぼくがちさなさんをおそおうとしたらどうするの? 危険だって自覚を持って?」
 割と直接的な表現を使ってしまった。天然が入っている彼女も、物分かりが悪いわけじゃない。きっと、理解して……。

「珀弥君はそういうことしないから、平気だよ」
 予想と反して、千真は穢れを知らない純粋な笑顔を僕に向けてきた。先程から速かった心臓の鼓動が、更に速くなる。

「……こあくま」
「え?」
「何でもない」
 僕の呟きがよく聞こえなかったのか、聞き返して来たが教えなかった。

 何だか全部どうでもよくなって、力が抜けた。ただ、信用はされてるのだなと実感する。
 それはそうだろう。二ヶ月程一緒に暮らして、千真に手を出したことが無いのだから。

 彼女が布団に潜り込んできても、何もしなかった。この年頃の男子として、おかしいと思われるだろう。

 人間、いや、動物的な本能が、あまりにも機能しないのだ。本能が欠如しているのか、無意識に制御しているのかは知らないが。
 とにかく、彼女と暮らす上で信頼を勝ち取るには好都合ということだ。

「珀弥君」
「なっ……」
 名前を呼ばれ、『何?』と言おうとした瞬間、腕を引き寄せられた。

 顔が近い。彼女は細い腕を僕の背中に回し、自身に抱き寄せた。僕は突然の事態に、ただ口をぱくぱくすることしかできなかった。

「珀弥君……っ」
 静かに、そして絞りだすような声。僕に触れる手は、震えていた。

「ちさなさん……?」
 不思議に思って声をかけると、彼女は僕を真っすぐと見つめてくる。
 その丸い瞳は、あまりにも真剣だった。

「頬擦りさせてください」
「やだよ」



 結局、僕は千真に頬摺りされた。
 彼女は『我慢できなかった、今は満足している』と、いい顔で供述しており、反省の色は見えない。

「珀弥君、本当にマシュマロー」
「あの、ちさな、さん、なん、でっ、ひざっ」
 そして今、何故か僕は千真の膝の上に乗せられており、頬を重点的につつかれている。
 とりあえず千真の手を掴み、話を続けた。

「ちさなさん、何でぼくは君のひざの上にいるんですか?」
「珀弥君がちっちゃいからです」
 全く理解できない。謎理論どうもありがとうございます。

「何でちっちゃいとひざに乗るんですか」
「珀弥君が膝乗りサイズになることが滅多に無いからです」
「当たり前でしょ」
 人を手乗りザルみたいな言い方しよって。

「アレだよ。千真おねいさん、ちっちゃい珀弥君が可愛くて、構いたくなっちゃうんだな、これが」
 相変わらずのいい顔だ。

「おねいさん、せめておふろでは放っておいてください」
 完全におもちゃ扱いでしょ。お風呂でこのスキンシップはまずいでしょ。

「つれないなー。あ、背中ながしてあげる?」
「けっこうです!」
 その後も散々つつかれまくりました。
 何かを期待していた青少年諸君には申し訳ないですが、特にこれといったイベントはないです。

 まぁ、こんなこともこれっきりだ。どうせ明日には元の姿に戻るだろう。根拠は無いが。

* * * * * * * *

「珀弥君、朝だよー」
 私はいつも通り、一度では起きない寝坊助を呼びに来た。当たり前のように、返事が無い。

「珀弥くーん、入るよー」
 どうせ聞いてはいないだろうが、一言断って襖を開ける。
 頭まで潜り込んでいるのか、掛け布団の中の膨らみしか確認できなかった。あの巨体にしてはスマートに収まっているような気もしなくもない。

「ほーら、珀弥君! あーさーだーよー」
 今日は思いっきり布団を剥いでみた。

「……」
 私は、そう、先入観に囚われていたのだ。
 一晩経てば、きっと元の姿に戻ると。これは企画だから、一章内で完結するだろうと。普通の漫画とかは大体そうだろ、と。

 だが、私は忘れていた。と。

「ふわぁああ、おは——」
 珀弥君は欠伸をしたあと、ぴたりと動きを止めた。自分の高い声を聞いて、気付きたくない事実に気付いたのだろう。

「あ、れ……?」
「珀弥君……」
 自分の小さな手を見て、顔を蒼くする珀弥君。私は穏やかな気持ちで、彼の肩に手を置いた。

「ちさな、さん?」
「尺がアレだから、この章終わるね」
「え? ぼく、まだ元に戻——」
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