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第八章 企画とかでよくある話
8-1 消えた珀弥君と干物の妖精
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こんにちは、神凪千真です。
今から語る話は私自身信じられないことですが、確かに目の前で起こった出来事なのです。
***
「珀弥君、朝だよー」
私はいつも通り、一度では起きない寝坊助を呼びに来た。当然のように返事が無い。
「珀弥くーん、入るよー」
どうせ聞いてはいないだろうが、一言断って襖を開ける。
部屋の中心には白い布団が敷いてあった。
頭まで潜り込んでいるのか、掛け布団の中の膨らみしか確認できなかった。あの巨体にしてはスマートに収まっているような気もしなくもない。
「ほーら、珀弥君! 起きないと遅刻しちゃうよ?」
珍しくジェニファーを抱き抱えていないなと思いつつ、掛け布団を少し剥いだ。
しかし、中身が出てこない。普通はこのくらい剥げば、潜っていても頭ぐらいは見えるはずなんだけど……。
「んー?」
やっぱり、膨らみがやけに小ぶりだなぁ。
細身だから横はともかく、縦には長いよね。そんなことを思いつつ、全てを剥ぎ取ってみた。
真っ黒い無造作ヘアーが見え、そして小さな白い背中が姿を現した。その小柄な体型に対して、かなり大きな寝間着を被っている。
「え!? ちっさ! ミニマム!」
どういうことだろうか。
本来ここに存在するはずの人間が、それの三分の二サイズの子供に変わっていたのだ。
信じられるだろうか。いや、私は信じられない。
「誰この子!? 珀弥君! はーくーやーくうううぅん!!」
私は咄嗟に押し入れを開けたが、彼はそんな未来の狸型ロボットみたいなことをしていなかった。
頭を抱えて『うわぁああ!』と叫んでいると、小袖の裾をチョンチョンと引っ張られる。
「ふわぁあ、どーしたの? ちさなさん」
眠たげに目を擦りながら、くりっくりの緑色の瞳で私を見上げる——黒髪版・天ちゃんがいた。
身体より大きな着物を引き摺っており、着ているというより着られている。
「天ちゃんイメチェン?」
「はくやです」
この素早い返し……!
「ほ、本当に珀弥君なの?」
「うん」
天ちゃんっぽい子は、当然のように頷いた。あ、ありえない!
「公式設定で『長身の優男』の珀弥君!? 設定破綻してるじゃん!」
「そうなんだよねー。こまったこまった」
彼は小さくてぷにぷにしている手を開閉しながら、その様子を眺めていた。なんてことだ。いつものゴツさのかけらもない。
こんな異様な事態なのに、当の本人は至って冷静で、私だけが騒いでいる。
「どうしてそんなに冷静なの!?」
「ほら、このうちはさ、年れいにたいして、見た目がおさない人がいっぱいいるでしょ?」
確かに、狐珱君は昔から生きているというような口振りだし、天ちゃんもそんな感じだ。
まぁ、私も高一にしては幼く見えるだろうけど……。
「だから、いずれぼくも、趣味という名の毒牙にかかるんじゃないかなーって思ってたんだ」
「誰がそんな酷いことを……!」
狐珱君や天ちゃんが小さいのも、私の胸が育たないことも、全て……!
「君はすでにわかってるはずだよ」
「……!」
珀弥君は丸い目をキリッとさせた。
私も薄々、わかっていた。この世界は趣味が偏っていて、そして理不尽なのだと。
「じゃあ、今回の騒動は突然の路線変更、又はただの企画っていうことだね?」
「さすがちさなさん。そういうこと。ぼくは、後者の線が濃いと思ってる」
「私も」
八章目突入にして主人公の設定を大幅変更は考えにくい。
大きな事件が起こっているのなら有り得るが、それはない。
ならば、答えは『企画』だ。
「それにしても、珀弥君の喋り方……可愛いっ」
天ちゃんみたいな高い声で、達者な事を言っているのに舌足らず。そのギャップが可愛い。元の姿を知っていると余計に。
「ばかにするなぁ!」
珀弥君は短い腕をブンブンと振りながら、抗議の意を示した。
「可愛い! もっとやって!」
「いやです~」
彼は頰を膨らませ、プイとそっぽを向いてしまった。可愛い。
「さて、この格好じゃさすがにアレだから、ちょっと着がえてくるね」
ちっちゃい珀弥君は私にそう断ると、寝間着を引き摺りながら押し入れの中へ入っていってしまった。マジモンの狸型ロボットじゃねーか。
がさごそと探るような音が暫く続く。
「昔の服ないかなー、ないなー」
珀弥君の独り言も聞こえた。そして押し入れがゆっくりと開く。
「他の部屋を当たるよ」
珀弥君は、ゆるい字体の『干物』というロゴが入った白いTシャツに着られていた。
サイズが大きくてポンチョになってるし、ロゴが謎過ぎるし、どこからツッコんで良いのかわからない。普通に売ってるのかなアレ。
「干物の妖精って呼んでいい?」
「ヤダ」
*
「ぎゃはははははは! 珀弥ァ! なんじゃその体は!」
珀弥君がミニサイズの小袖と袴に着替えた後、台所に行ったときの狐珱君のリアクションである。
腹を抱え、珀弥君を指差しながらゲラゲラと笑っている。
「何がおかしいのさ!」
「お主自身じゃ! こーんなに可愛らしく縮ぐふぉ!!」
珀弥君は狐珱君の返答を全て聞かず、鳩尾に鋭い肘鉄を食らわせた。狐珱君は白目を剥いて崩れ落ちる。
「縮んでも威力はまぁまぁかな。強くてニューゲームじゃん」
珀弥君は無垢な笑みを浮かべながら、とんでもないことを口走りやがった。
「はぅ、おはようござ——」
天ちゃんが壁を擦り抜けて登場してきたが、途中で言葉を失ったようだ。
原因はその視線の先の妖精だろう。
「ど、どっぺるげんがぁなのです!!」
「はくやなのです」
口に手を当ててぷるぷる震えている天ちゃんに対し、干物は冷静に答えた。
とりあえず、ここまでの経緯をカクカクシカジカとちびっ子組に説明する。
狐珱君は相変わらずニヤニヤ、天ちゃんは口に手を当てたまま目を丸くしていた。
「なんと、不思議なこともあるのです……」
珀弥君をまじまじと見る天ちゃん。不思議なことっていうか、確実に陰謀だけどね。
「貴方にも、こんなに小さい頃がありましたね」
彼は懐かしげに目を細めると、珀弥君の頭に軽く手を置いた。
「天とあんまり背はかわらないけどね」
珀弥君は一瞬身震いしながら答える。きっと、天ちゃんの手が冷たいのだろう。
「わ、私の方が大きいのです!」
「それ、浮いてる分だよ」
「違うのですーっ」
どうしよう、小さい珀弥君の前で大人ぶりたい天ちゃんが可愛い。見た目はどちらも大差ないのに。
なんと微笑ましいことか。
「千真よ、時間は大丈夫なのかの?」
狐珱君が黒白ちびっ子組を見つつ、私に耳打ちしてきた。
「時間? ……は!」
時計を確認すると、既に八時を回っていた。もたもたしていると学校に間に合わない。
「遅刻うぅぅ!」
***
トーストをくわえて走る私たち。
曲がり角で素敵な出会いがあるかもしれないが、本日はフラグを折らせていただく。
「何故儂がこのようなことを!」
私と並走するのは、黒髪長身の優男に変身した狐珱君である。
本物の珀弥君があの状態じゃ、登校するのは無理だ。そこで、狐珱君に白羽の矢が立ったのだ。
本当に珀弥君に化けたときは驚いたが、『化け狐だから当たり前なのかな』と思ってしまった私はそろそろ毒されている。
「今日だけだから、ね?」
「……はぁ、高くつくぞ」
狐珱君は面倒くさそうに目を細めた。
「まぁ、儂も引き受けたからには——しっかり働いてあげるよ」
若干上から目線の『珀弥君』は、片腕で私を抱え上げた。私の足が地面から離れて宙ぶらりんになる。
「なっ、何を!?」
「遅刻したくないんでしょ?」
珀弥君はにこりと笑った。
途端に、目の前が暗転する。
身体を浮遊感が包み込み、ジェットコースターが降下するときのような不快感すら覚えた。
それはほんの二、三秒のことで、すぐに先程までとは違う景色が目に飛び込んできた。
「学校?」
「そうだよ」
珀弥君は私の疑問に対し、にこにこしながら答えた。あのどっかのヨーロッパよろしくな校舎。
私たちと同じ制服の生徒たちが、それに向かって歩いている。
「狐珱君。私たち、不自然な登場だと思うけど、大丈夫なの?」
私たちはいわゆる『瞬間移動』というものをしてきたのだろう。
何もないところから突然現れたら、周りの人は不審に思わないだろうか?
「大丈夫。僕たちは普通に歩いてきたように見えてる筈だから」
「まじすか!」
何かよくわからないけどすげぇ! 化け狐はそこまで化かせるんだ! よくわからないけど!!
「あと、僕は『珀弥』だからね? 呼び方は注意してね」
と、狐え……珀弥君は私をたしなめた。
「プロ根性備わってるねぇ」
「なんじゃそりゃ」
今から語る話は私自身信じられないことですが、確かに目の前で起こった出来事なのです。
***
「珀弥君、朝だよー」
私はいつも通り、一度では起きない寝坊助を呼びに来た。当然のように返事が無い。
「珀弥くーん、入るよー」
どうせ聞いてはいないだろうが、一言断って襖を開ける。
部屋の中心には白い布団が敷いてあった。
頭まで潜り込んでいるのか、掛け布団の中の膨らみしか確認できなかった。あの巨体にしてはスマートに収まっているような気もしなくもない。
「ほーら、珀弥君! 起きないと遅刻しちゃうよ?」
珍しくジェニファーを抱き抱えていないなと思いつつ、掛け布団を少し剥いだ。
しかし、中身が出てこない。普通はこのくらい剥げば、潜っていても頭ぐらいは見えるはずなんだけど……。
「んー?」
やっぱり、膨らみがやけに小ぶりだなぁ。
細身だから横はともかく、縦には長いよね。そんなことを思いつつ、全てを剥ぎ取ってみた。
真っ黒い無造作ヘアーが見え、そして小さな白い背中が姿を現した。その小柄な体型に対して、かなり大きな寝間着を被っている。
「え!? ちっさ! ミニマム!」
どういうことだろうか。
本来ここに存在するはずの人間が、それの三分の二サイズの子供に変わっていたのだ。
信じられるだろうか。いや、私は信じられない。
「誰この子!? 珀弥君! はーくーやーくうううぅん!!」
私は咄嗟に押し入れを開けたが、彼はそんな未来の狸型ロボットみたいなことをしていなかった。
頭を抱えて『うわぁああ!』と叫んでいると、小袖の裾をチョンチョンと引っ張られる。
「ふわぁあ、どーしたの? ちさなさん」
眠たげに目を擦りながら、くりっくりの緑色の瞳で私を見上げる——黒髪版・天ちゃんがいた。
身体より大きな着物を引き摺っており、着ているというより着られている。
「天ちゃんイメチェン?」
「はくやです」
この素早い返し……!
「ほ、本当に珀弥君なの?」
「うん」
天ちゃんっぽい子は、当然のように頷いた。あ、ありえない!
「公式設定で『長身の優男』の珀弥君!? 設定破綻してるじゃん!」
「そうなんだよねー。こまったこまった」
彼は小さくてぷにぷにしている手を開閉しながら、その様子を眺めていた。なんてことだ。いつものゴツさのかけらもない。
こんな異様な事態なのに、当の本人は至って冷静で、私だけが騒いでいる。
「どうしてそんなに冷静なの!?」
「ほら、このうちはさ、年れいにたいして、見た目がおさない人がいっぱいいるでしょ?」
確かに、狐珱君は昔から生きているというような口振りだし、天ちゃんもそんな感じだ。
まぁ、私も高一にしては幼く見えるだろうけど……。
「だから、いずれぼくも、趣味という名の毒牙にかかるんじゃないかなーって思ってたんだ」
「誰がそんな酷いことを……!」
狐珱君や天ちゃんが小さいのも、私の胸が育たないことも、全て……!
「君はすでにわかってるはずだよ」
「……!」
珀弥君は丸い目をキリッとさせた。
私も薄々、わかっていた。この世界は趣味が偏っていて、そして理不尽なのだと。
「じゃあ、今回の騒動は突然の路線変更、又はただの企画っていうことだね?」
「さすがちさなさん。そういうこと。ぼくは、後者の線が濃いと思ってる」
「私も」
八章目突入にして主人公の設定を大幅変更は考えにくい。
大きな事件が起こっているのなら有り得るが、それはない。
ならば、答えは『企画』だ。
「それにしても、珀弥君の喋り方……可愛いっ」
天ちゃんみたいな高い声で、達者な事を言っているのに舌足らず。そのギャップが可愛い。元の姿を知っていると余計に。
「ばかにするなぁ!」
珀弥君は短い腕をブンブンと振りながら、抗議の意を示した。
「可愛い! もっとやって!」
「いやです~」
彼は頰を膨らませ、プイとそっぽを向いてしまった。可愛い。
「さて、この格好じゃさすがにアレだから、ちょっと着がえてくるね」
ちっちゃい珀弥君は私にそう断ると、寝間着を引き摺りながら押し入れの中へ入っていってしまった。マジモンの狸型ロボットじゃねーか。
がさごそと探るような音が暫く続く。
「昔の服ないかなー、ないなー」
珀弥君の独り言も聞こえた。そして押し入れがゆっくりと開く。
「他の部屋を当たるよ」
珀弥君は、ゆるい字体の『干物』というロゴが入った白いTシャツに着られていた。
サイズが大きくてポンチョになってるし、ロゴが謎過ぎるし、どこからツッコんで良いのかわからない。普通に売ってるのかなアレ。
「干物の妖精って呼んでいい?」
「ヤダ」
*
「ぎゃはははははは! 珀弥ァ! なんじゃその体は!」
珀弥君がミニサイズの小袖と袴に着替えた後、台所に行ったときの狐珱君のリアクションである。
腹を抱え、珀弥君を指差しながらゲラゲラと笑っている。
「何がおかしいのさ!」
「お主自身じゃ! こーんなに可愛らしく縮ぐふぉ!!」
珀弥君は狐珱君の返答を全て聞かず、鳩尾に鋭い肘鉄を食らわせた。狐珱君は白目を剥いて崩れ落ちる。
「縮んでも威力はまぁまぁかな。強くてニューゲームじゃん」
珀弥君は無垢な笑みを浮かべながら、とんでもないことを口走りやがった。
「はぅ、おはようござ——」
天ちゃんが壁を擦り抜けて登場してきたが、途中で言葉を失ったようだ。
原因はその視線の先の妖精だろう。
「ど、どっぺるげんがぁなのです!!」
「はくやなのです」
口に手を当ててぷるぷる震えている天ちゃんに対し、干物は冷静に答えた。
とりあえず、ここまでの経緯をカクカクシカジカとちびっ子組に説明する。
狐珱君は相変わらずニヤニヤ、天ちゃんは口に手を当てたまま目を丸くしていた。
「なんと、不思議なこともあるのです……」
珀弥君をまじまじと見る天ちゃん。不思議なことっていうか、確実に陰謀だけどね。
「貴方にも、こんなに小さい頃がありましたね」
彼は懐かしげに目を細めると、珀弥君の頭に軽く手を置いた。
「天とあんまり背はかわらないけどね」
珀弥君は一瞬身震いしながら答える。きっと、天ちゃんの手が冷たいのだろう。
「わ、私の方が大きいのです!」
「それ、浮いてる分だよ」
「違うのですーっ」
どうしよう、小さい珀弥君の前で大人ぶりたい天ちゃんが可愛い。見た目はどちらも大差ないのに。
なんと微笑ましいことか。
「千真よ、時間は大丈夫なのかの?」
狐珱君が黒白ちびっ子組を見つつ、私に耳打ちしてきた。
「時間? ……は!」
時計を確認すると、既に八時を回っていた。もたもたしていると学校に間に合わない。
「遅刻うぅぅ!」
***
トーストをくわえて走る私たち。
曲がり角で素敵な出会いがあるかもしれないが、本日はフラグを折らせていただく。
「何故儂がこのようなことを!」
私と並走するのは、黒髪長身の優男に変身した狐珱君である。
本物の珀弥君があの状態じゃ、登校するのは無理だ。そこで、狐珱君に白羽の矢が立ったのだ。
本当に珀弥君に化けたときは驚いたが、『化け狐だから当たり前なのかな』と思ってしまった私はそろそろ毒されている。
「今日だけだから、ね?」
「……はぁ、高くつくぞ」
狐珱君は面倒くさそうに目を細めた。
「まぁ、儂も引き受けたからには——しっかり働いてあげるよ」
若干上から目線の『珀弥君』は、片腕で私を抱え上げた。私の足が地面から離れて宙ぶらりんになる。
「なっ、何を!?」
「遅刻したくないんでしょ?」
珀弥君はにこりと笑った。
途端に、目の前が暗転する。
身体を浮遊感が包み込み、ジェットコースターが降下するときのような不快感すら覚えた。
それはほんの二、三秒のことで、すぐに先程までとは違う景色が目に飛び込んできた。
「学校?」
「そうだよ」
珀弥君は私の疑問に対し、にこにこしながら答えた。あのどっかのヨーロッパよろしくな校舎。
私たちと同じ制服の生徒たちが、それに向かって歩いている。
「狐珱君。私たち、不自然な登場だと思うけど、大丈夫なの?」
私たちはいわゆる『瞬間移動』というものをしてきたのだろう。
何もないところから突然現れたら、周りの人は不審に思わないだろうか?
「大丈夫。僕たちは普通に歩いてきたように見えてる筈だから」
「まじすか!」
何かよくわからないけどすげぇ! 化け狐はそこまで化かせるんだ! よくわからないけど!!
「あと、僕は『珀弥』だからね? 呼び方は注意してね」
と、狐え……珀弥君は私をたしなめた。
「プロ根性備わってるねぇ」
「なんじゃそりゃ」
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