白鬼

藤田 秋

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第五章 春の氷人形

5-7 なんの変哲も無い日常へ

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『行方不明だった●●さんが——』
 神隠しに遭った少女が発見されたと伝えるニュースキャスター。私はそれをぼーっと見ていた。

 少女はまるで冷凍庫に入れられていたかのように、内臓まで凍っていたそうだ。
 ある意味、冷凍庫は当たっているかもしれない。……あんな風に凍らされてしまえば、身体の芯まで氷になるのは当たり前だ。

 私はそんな悲惨な死に方をした彼女を痛ましく思うのと同時に、見つけてもらえて良かったと安堵した。

 ふと、テーブルの上に置いてある地方紙を手に取る。それによると、谷口さんはとある杉林でお父さんに発見されたらしい。

 何故、亡骸の場所が移動されているのかはわからない。ただ、愛娘の亡骸を発見してしまったお父さんのことを考えると、胸が苦しくなった。

「——」
「——さん」
「——様?」
 今は変死扱いされており、原因を調査しているらしいが、きっと無駄だろう。あれは、人の手に負えない。

 昨日の出来事があまりにも強烈過ぎて、たった一日で世界が変わったような気がした。

「千真さん?」
「あ、ごめん、考え事してた」
 私は不思議そうに見てくる珀弥君、狐珱君、天ちゃんに軽く謝る。

「お主、変じゃぞ?」
「顔色もよろしくないようです」
「大丈夫、平気だよ」
 心配そうな様子のちびっこ二人に、私はぎこちなく笑いかけた。
 事情を知っているのか、珀弥君だけは氷にされた子たちを悼むように目を伏せている。

「しかし……」
「あっ、もうこんな時間! 珀弥君、学校行こ?」
 私は席を立ち、珀弥君の腕を掴んだ。
 彼は笑ったような、困ったような、そんな顔をした。

***

 登校中は他愛ない話をしていた。
 私も、珀弥君も、神隠しのことには触れなかった。いや、触れられなかった。彼はどうだかわからないが。

 その分、気分は楽だった。考えれば考えるほど、辛くなってしまうから。

 学校、そして教室に着く。
 教室のドアから私の隣の席を見ると、なっちゃんが座っていた。
 それは当たり前なのだが、私はその当たり前がなにより嬉しかった。

「おはよう、チマ!」
 なっちゃんは私に気付き、いつものように走ってきて、抱きついてきた。足は大丈夫みたいだ。よかった。

 でもやっぱり、あなたのお胸が苦しいです。

「おはよう、なっちゃん! ちさなだよ」
 もう無駄だとわかっているが、名前を訂正しておく。

「あ、変態れいどう! チマのパンツ(今日は綿百パーの水玉)見たら承知しないからね!」
「あの、昨日のネタを引きずらないで下さい」
 なっちゃんは何故か珀弥君に威嚇し、彼は大変迷惑そうな顔をしていた。
 昨日、何があったの? っていうか、何で私のパンツの柄と材質を知ってるの!?

「千里眼で見ました」
「おまわりさんこっちです!」
 なっちゃんのボケに、私のツッコミ。あぁ、なんだ。いつも通りだ。

「二枚で五百円みたいな下着なのが逆にグッドよ」
 な、なっちゃん……そんな、勘違いしないで……!

「違うもん! 三枚で百円だもん!」
「やっす!」
 とてもリーズナブル。コスパ最強ヤッタネ。

「でも、男の子はやっぱりツルツルでサラサラで高価なパンツの方が良いかな? 夢を壊してごめんね」
「僕が女の子の下着に夢を抱いてるみたいな言い方はやめて」

 珀弥君が遠い目をし始めた頃、ドアがガラリと開いた。薄井先生だ。

「はい、どいてどいて」
 先生はドアの前で談笑していた私たちを散らせる。私たちは仕方なく席に戻った。

 先生は教壇に立ち、ひとつ咳払いをする。

「実は皆に、悲しいお知らせがあ——」
「っとぉ、ギリセーフ!」
 先生は神妙な顔をして話を切り出したが、それを遮るように翼君が教室に飛び込んできた。

 翼君が先生の真後ろをダッシュしたものだから、その風圧でカツラがふわりと浮き、そしてまたふわりと頭皮に着地した。もちろん、ズレている。

「狗宮、余裕を持って登校しなさい」
「すみません、川に流れてた——」
「女の子を見てたとか言うのかね?」

「いえ、大きな桃を見てました」
「桃かぁ……」
 先生は『もっとましな言い訳を考えろ』と言い、翼君を席に着かせた。そして、もう一度咳払いをする。

「朝から悲しいお知らせだが、よく聞いてほしい。……谷口が、亡くなった……」
 悲しいお知らせとは、やはりこれだった。わかっていることなのに、またショックを受けてしまう。

 クラスにどよめきが起き、泣き出した子、こそこそ話している人、驚いて固まっている人、辛そうな顔をしている人……色んな反応があった。

「谷口さん……」
 私は空いている筈の谷口さんの席に視線を移した。

 空いている筈……。空いて……その席には、ボブカットの小柄な女の子。谷口さんだ。ちょっと向こう側が透けて見える谷口さんだ。

 え、え、ちょっと待って、何で? 何で普通に着席してんの!?
 混乱して、先生の話があまり頭に入ってこない。

「——通夜は今日だ。行けるものは、谷口の家に——」
 いやいやいやいや、谷口さんここにいるんですけど!

 クラスはまだざわめきが収まらない。もちろんだ、クラスメイトが一人亡くなったのだから。

「なっちゃん。私、幻覚が見える」
「チマが言ってる幻覚って、彼女のこと?」
「えっ!」
 なっちゃんの視線の先には、谷口さん。私は驚きの声を上げる。何でそんなに普通に言うの!?

「学生なんだから、学校に通うのは当然よね」
「普通じゃない人もいるけど……」
「まぁまぁ、気にしない気にしない!」
「う、うん……」
 ここで、一時限目始まりのチャイムが鳴った。

 クラス全員が揃った、なんの変哲も無い日常が今日も始まるのだ。
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