白鬼

藤田 秋

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第三章 ヒッキーじゃなくてインドア派

3-2 寺生まれの

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 ——ように見えた。

「そんなわけねーだろ! 騙されるかよ!」
「何するの、引っぺ返すの?」
 翼は僕の布団の端を掴んだが、僕はそうはさせまいと押さえた。此処は死守せねば。

「やっぱやましいことでもあんだろ? なんかいるでしょこれ? ぼくオスだからわかる」
 彼は目をかっと開き、布団を引っ張る力を強めた。ぐいぐいと布団を引かれ、負けじと僕も抵抗する。

 力で負けはしない。が、引っ張り合いで布団を切り裂きたくはない。これ気に入ってるし。それ故、じっと力の均衡を保つしかなかった。

「無いよ。着物がはだけてるだけだよ。男の生足なんか見たくないだろ? だから剥ごうとするのやめよ?」
 実際に寝起きで着物が乱れているのは間違いない。

 正直なところ直したいし、千真に素肌をまさぐられて気恥ずかしいし。男がセクハラされている図なんて誰も得しないし。

「確かに野郎の生足はノーサンキューだな」
 野郎は微妙な顔をして、ゆっくりと手を離——。

「——すワケねーだろブワアアァカ!!」
 力を一瞬緩め、再び強く引っ張るというフェイントをかけてきた。引っ掛からなかったけど。

「甘いなぁ、君の腹は読めてるよ」
 僕は依然として布団の守備を固めていた。

「くっそ、もやしのクセに脳筋野郎が……!」
 もやしって何だ、もやしって。悪口なの? 元々は平均より細い体格だったけれど、もやしを使って罵るなんてひどい。

「もやし好きな僕に謝れ」
「怒るところそこなの?」

 その時だ。
「ん、んー……ちくわ」
 ジェニファー二号こと千真が声を出してしまった。詰んだ。

 沈黙が苦しい。
 視線が痛い。翼の眼力で体に穴が開きそうだ。蜂の巣になってしまう。

「珀弥。お前、女に関しては奥手というか無頓着だと思ってたんだ。まさか、布団の中に女の子を引きずり込むとか……そんなことは、してないよな?」
 声が物凄く暗い。彼の目には光が灯っておらず、何もかも絶望したような表情をしていた。

「そんなことするわけないじゃない。さっきまでのテンションはどうしたの?」
 嘘はついていない。千真が勝手に潜り込んできただけだし。

 彼女を襲ったわけでもないし、彼の問い掛けについてはやましいことなんて無いのだ。マズい体勢には変わり無いけれども。

「そうかそうか、ははは、そうだよな。『魔法使いになりそうな男』ダントツ一位の珀弥だもんな」
「中学のときの話? 失礼しちゃうランキングだよねー、ははは……」
 だめだこいつ、目が笑ってない。

「エロ本見せたら顔真っ赤にして殴りかかってくるウブな子だもんな……」
 何かとてつもなく面倒くさくなってきたな。

 前に『アニマルビデオだよ!』とか言いながらAV(アダルトな方)を上映しやがった時はボコボコにしたけど反省はしていない。

「そ、そうだよ。僕がそんなこと——」
「ふわあぁ、よく寝たーっ」
「……」
 千真が布団から這い出てきて、大きく伸びをした。
 そして固まっている僕と、道に転がって息絶えている雀の目をした翼を交互に見る。

「珀弥君おはよう! こちらの方はお客さんかな?」
「お、おはよう千真さん。うん、まぁ、お客さんかな……」
「そうかぁ。おはようございます! あぁっ、こんな格好ですみません。ちょっとお茶淹れてきますねーっ」

 千真は笑顔で翼の挨拶し、あっという間に部屋を出て廊下を駆けていった。翼はそれを呆然と見つめていた。

「……珀弥」
「……何?」

 数秒の間の後。

「このケダモノが!」
「お前にだけは絶対言われたくないね!」
 僕は布団から素早く脱出し、彼の右ストレートを避ける。

「落ち着け翼君、平常心を保つんだ」
「これで平常心保てるわけねーだろ! 僧かオレは!!」
「僧じゃん」
「僧だね。ってうるせぇ! 何でお前の布団から美少女が出てくるんだ!? このロリコンめ!」
 奴は『お前の』をやたらと強調し、僕に掴み掛かってきた。

「ロリコンじゃないよ、あの子同い年だし」
「へぇ、童顔なんだねぇ。って違う! 問題はそこじゃねぇ! お前が女の子と一緒に寝てたことが問題なんだよ!」
 翼の声は半ば悲鳴に聞こえた。男の僻みは醜いなぁ。

「朝起きたら居たんだよ。これは布団に入ってくる猫のようなものだ」
 自分でも良い例えだなと感心してしまう。

 そうだ、彼女は猫だ。いつの間にか布団にもぐりこみ、最終的には人間を隅っこに追いやってど真ん中で堂々と寝る恐ろしいかわいらしい生き物だ。
 故に不可抗力。僕は悪くない。

「だから何だよ! あの子は人間だろうが!」
「いや、彼女は僕を魔除けだと思ってるからお互い様だよ」
「だから何だよ~っ! 知らんわ~! そんなん知らんわ~!」
 翼は胸ぐらを強く揺すって勢い良くまくし立ててきたが、僕は冷静に対処するよう心掛けた。

「明らかにサイズ合ってない羽織り着てたろ~! 彼シャツならぬ彼羽織か~?」
 あぁ、そういえば着たままどっか行っちゃったな、あの子。

「風邪引くと思って着せちゃった」
「着せちゃったじゃねーよ! 何イケメンまがいなことしてんだ!」

「落ち着いて話を聞いてくれ」
 僕は翼を宥め、夜あったこと——桜を見に行ったところから話し始めた。


「えーと、ぼっちで花見してたら千真ちゃんが来て、何やかんだで一緒に花見して、寒そうだから羽織り貸してあげたら自分が風邪引いちゃったの?」
「大体そんな感じ」
 翼が先ほどの話をまとめ、僕に確認を取った。

 ぼっちってなんだか嫌な言い方だな。いいんだよ、あれは独りで楽しむのが粋なんだよ。これだからパリピは。

「引くわー! 珀弥のクセに引くわー!」
 彼は理不尽な罵倒を繰り返して殴りかかってきた。

 しかし、心が鈍った奴の一撃など簡単に見極められる。顔を少し横に逸らしただけで、難なくかわせてしまった。

「お前がオイシイ場面に出くわすなんて許せねぇわー。年に一度しか咲かない桜の下でとか馬鹿なの? ロマンチックなの?」
 だから不可抗力だと言ってるじゃないか。

「欲深い人は何も得るべからず、無心の人にはおのずと何かが与えられるものなんだよ」
「何か悟り開いてやがる」
 翼がドン引きするのと同時に、軽い足音が近づいてきた。
 間もなくして、障子に小さなシルエットが写る。

「お待たせしましたー、どうぞー」
 千真はそっと部屋に入って腰を下ろす。お盆に乗せた湯呑みを手際よく翼と僕の前に置いた。

「おー、どうもー」
「ありがとう、千真さん」
「いいえー。では失礼しますー」
 千真はにこりと笑い、席を外そうとした。

「あれ、行っちゃうの? オレらと一緒にお話しない?」
 僕より先に、翼が引き止めようと口を開いた。
 先ほどまでの嫉妬モードはオフになり、ナンパモードがオンになってる。こういうところは切り替え早いよな、ホント。

「お邪魔になりませんか?」
「むしろ大歓迎」
「あら嬉しい」
 爽やかに微笑む翼に、千真も微笑み返した。それを見て何故か苛ついたのは、きっと僕が寝起きだからだろう。

「立ち話もなんだし、座りなよ」
「うん」
 千真は僕の提案に頷き、隣に腰を下ろしてきた。その姿は子猫のように、こじんまりとしてる。

 翼は千真の座った位置に不服なのか、一瞬だけ僕をジト目で見てきた。ざまーみろ。

「彼は狗宮くみや つばさ、甘茶飴をくれる人だよ」
 と、千真に耳打ちした。
 もっと別の紹介の仕方は無かったのかと聞かれればあったけど、いいだろう。翼だし。

「甘茶飴の人ですか!? 私はバイトの神凪千真です。飴美味しかったです!」
 何故か目を輝かせた千真に、翼は苦笑した。

「甘茶飴の人って……。まぁ気に入ってくれたみたいでなによりだよ。よろしくね、千真ちゃん」
 爽やかなお兄さん系目指してるのかな。似合ってねぇぞクズ。

「よろしくお願いします、狗宮さん」
「えー、狗宮さんはやだなー。翼で良いよ」
 翼の手が千真の手に伸びていくのが見えたから、迅速に叩き落とした。
 人間の動体視力では捉えられないスピードを目指したので、多分千真には見えていないだろう。

「っつ!?」
 彼は驚いたように目を見開き、背筋を真っ直ぐ伸ばす。

「大丈夫? えと、翼君……?」
 千真も驚いたように目をぱちくりさせた。翼は僕を睨みつつ、気を取り直して笑顔を作る。

「なんでもないよ。それよりさ、千真ちゃん可愛いよねー。どこの高校行くの?」
 『制服は一番の凶器』と豪語している翼パイセンのことだ。どこの学校かを聞いて、制服姿の千真を妄想するのであろう。この変態め。

 まぁ、僕自身も彼女の進学先を知っておきたいし、今回は黙っておいてやろう。

森央しんおうだよー」
「へぇ、お嬢様系の制服のところかぁ……って、アレ?」
 口を綻ばせた翼は、正気に戻って頭にハテナを浮かべた。

「偶然だね、僕たちも森央だよ」
「何ですと!?」
 僕の言葉に、千真はアホ毛をピンと立たせた。アンテナなのか、あれは。

 森央学園とは、この町にある私立の高校である。文字通り森に囲まれている大きな学校だ。学力はそこそこで、進学率は良い。
 そしてそこは、僕と翼の進学先でもあった。

「すごい! こっちに来る知り合いが誰もいなかったからさぁ、ちょっと安心した!」
 千真は嬉しそうに手の平を合わせ、にっこりと笑った。

「千真ちゃんは地元人じゃなかったの?」
「うん。つい最近、隣の隣のずーっと隣町から流れてきましたであります!」
 千真は何故か敬礼のポーズをとった。どこの兵隊さんだろうか。

「へぇ、じゃあ今はこの町に住んでるんだ?」
「はい、珀弥君には寝食お世話になっているであります!」
「ほー、寝食お世話に……?」
 翼の目が狩りをする鷹のごとく、ぎらりと光った。

「同棲かよ!」
 奴は僕に飛び掛かってきたが、華麗にカウンターを決めて差し上げた。
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