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第二章 巫女さんになった私ですが
2-10 神社のおつとめ
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「私たちは外履きに履き替えたわけですが」
「これから僕たちは庭掃除をやろうと思います。はい、箒」
「あざます」
私たちは再び長い廊下を渡り、玄関を抜けて外に出た。
境内には御神木と呼んでも良いレベルの大木がずらりと並び、ちっぽけな私を圧倒する。遠くに見える朱塗りの鳥居が少し霞んで見えた。
こうして見ると、本当に広いなぁ、この神社。
「御覧の通り、無駄に敷地が広いので場所を分担しましょう」
「はーい!」
珀弥君が小学校の先生に見えたのはきっと気のせい。
「千真さんは初めてだからなぁ。裏の方をやってもらえる?」
「はい、珀弥先生!」
「はい、良い返事ですね。天も一緒にお願いね」
先生はにっこり微笑むと、天ちゃんに指示を出した。裏の方はまだ表よりは狭かった気がする。
「はい、珀弥先生なのです!」
「はい、良い返事ですね」
珀弥君は先程と同じ返答をする。もしかすると面倒くさいのかもしれない。
「珀弥君は?」
「もちろん此処だよ」
無駄に敷地が広いからって場所を分担しようとしたのに、何を言っているのだろう。此処こそ、二人でやったほうが良い広さだ。
「凄く大変じゃない?」
「慣れてるから大丈夫だよ。適当に狐珱も引っ張ってくればどうにかなるさ」
「ほぇー……」
慣れてるって簡単に言うなんて、只者じゃない。
でもまぁ、落ち葉が地面を埋め尽くすような季節ではないし、そこまで大変でもないのかな。
私と天ちゃんは珀弥君と別れ、裏庭に向かって歩きだした。
「あれ!? 天ちゃん! また薄くなってる!!」
「あらまぁ」
私は驚いて立ち止まり、天ちゃんをまじまじと見た。彼女は半透明になり、どんどん見えなくなってきている。
「何で……はっ!」
珀弥君を見ると、私たちとは反対側へ、ゆったりと歩いていた。そのゆったりとしたスピードは、天ちゃんが消えてゆくスピードと同じだ。
「天ちゃんから珀弥君が離れると、見えなくなるの?」
そうだ。さっきだって、珀弥君が近づけば近づくほど、天ちゃんの姿はハッキリと見えてきたんだ。なら、逆もまた然りなのかも。
「目の付けどころは良いのですが、少し違うのです」
ほぼ姿が消えてしまった天ちゃんは声を抑え、人差し指と親指で小さな隙間を作った。
「それはどういう……」
「うーん、とりあえず進みながら説明しましょう。珀弥に聞かれたら邪魔をされてしまうのです」
透明鬼神は大きな丸い目を細め、珀弥君の動向を窺いつつ足を進めた。
「わかった」
私もそれに続く。
五十メートルくらい離れてるし、話を聞かれる恐れは無さそうなんだけどなぁ……。
「そんなに地獄耳なの?」
「いえ。勘が鋭くて、気付いたら背後にいるような子なのです……」
珀弥くんはジャパニーズニンジャらしい。
「只者じゃないね、珀弥君」
「でしょう?」
天ちゃんはクスクスと笑った。薄くなってもお上品さは変わらない。
「さて、本題に移りましょうか」
「うん」
私は虚空に向かって頷いた。完全に姿は見えなくなったけど、存在はそこに感じる。
「私の姿が見えたり、見えなくなったりする現象に珀弥が関係するのは確かです」
「ふむふむ」
急ぎ足の道中で踏んだ小枝が軽い音を立て、地面で虫を啄んでいた数羽の雀がはばたいていった。
建物の横に差し掛かり、太陽の光が遮られた。陰のなか、建物に薄く反射する光が私に合わせて動いているのが見える。これは天ちゃんか?
「では、霊感の強い人と一緒にいると、自分も幽霊が見えるようになるという話は聞いたことありませんか?」
「聞いたことあるかも」
怖い話をすると幽霊が寄ってくるとかいう類かな。オカルト好きな子が、そんなことを言っていた気がする。
「ここで重要なのは、霊感の強い人と、その影響を受ける人です」
反射している光が少し揺れた。核心に迫ってきたな。
「霊感の強い人は、話の流れ的に珀弥君だね?」
「そうです」
すぐ近くから肯定の声が聞こえ、光が円を描いた。
じゃあ、『影響を受ける人』は? 天ちゃんは幽霊だから『見られる』側だし、消去法で考えたら一人しかいない。
「珀弥君の影響で見えるようになったのは私なんだね?」
「ご名答です」
光は先ほどよりも大きな円を描く。大正解か。
「珀弥君って霊感が強いんだね。さすが神社の子というか」
霊感が強い人ってもっと陰鬱そうなイメージがあったけれど、珀弥君はどちらかというと反対側だな。光属性って感じの。
「いえ。神社の子でも、珀弥のように力が強い子は稀なのです」
「そうなの?」
「えぇ、私が見てきた限りですが。珀弥たち以外の子は、力を持っておりませんでした」
「へぇ~!」
珀弥君って、もしかして凄い人かも? 普段はのほほんとしてるけど、除霊のときはかなりアグレッシブだし。
「……千真様も、珀弥に負けてはいませんが」
光は囁くように、意味深な言葉を紡ぎだした。
私は人魂の言葉に目を丸くしたが、あっちは『うふふ』と笑っているだけ。
「ねぇ、どういうこと?」
「千真様は気づいていないだけですよ」
「ええっ!?」
そこで建物が途切れ、再び太陽が差す。すると、天ちゃんの光が見えなくなってしまった。
裏庭かな? 表よりは狭いけれど、これまた随分と広いところに出た。真ん中に、一際大きな木がそびえ立っているのが目立つ。太い幹に注連縄が巻かれ、御札のようなものが貼ってあった。
奥の方に、数日間寝食をお世話になった家と先程の建物——神殿を繋ぐ長い渡り廊下が横たわっているのが目に入った。
こんなお屋敷、実は元地主だったとか言われても驚かないぞ。
「ふふ、これはまだ今度にしましょう」
なんと、天ちゃんは肝心なところで勿体ぶるという暴挙に出てしまった。
曲がサビに差し掛かったところで打ち止められるお昼の放送のようだ。
「えぇ! それは無いよぉ~!」
「ほら、目的地に着いてしまいましたし、お仕事をしましょう?」
天ちゃんは悪びれもなく、クスクスと笑った。
「天ちゃん、なかなか厳しいね」
私はジト目で天ちゃんがいるであろう方向を見た。不敬だけど今だけは許してほしい。
「ええ。鬼ですもの」
白天童子様は容赦無く、楽しげに仰った。
「これから僕たちは庭掃除をやろうと思います。はい、箒」
「あざます」
私たちは再び長い廊下を渡り、玄関を抜けて外に出た。
境内には御神木と呼んでも良いレベルの大木がずらりと並び、ちっぽけな私を圧倒する。遠くに見える朱塗りの鳥居が少し霞んで見えた。
こうして見ると、本当に広いなぁ、この神社。
「御覧の通り、無駄に敷地が広いので場所を分担しましょう」
「はーい!」
珀弥君が小学校の先生に見えたのはきっと気のせい。
「千真さんは初めてだからなぁ。裏の方をやってもらえる?」
「はい、珀弥先生!」
「はい、良い返事ですね。天も一緒にお願いね」
先生はにっこり微笑むと、天ちゃんに指示を出した。裏の方はまだ表よりは狭かった気がする。
「はい、珀弥先生なのです!」
「はい、良い返事ですね」
珀弥君は先程と同じ返答をする。もしかすると面倒くさいのかもしれない。
「珀弥君は?」
「もちろん此処だよ」
無駄に敷地が広いからって場所を分担しようとしたのに、何を言っているのだろう。此処こそ、二人でやったほうが良い広さだ。
「凄く大変じゃない?」
「慣れてるから大丈夫だよ。適当に狐珱も引っ張ってくればどうにかなるさ」
「ほぇー……」
慣れてるって簡単に言うなんて、只者じゃない。
でもまぁ、落ち葉が地面を埋め尽くすような季節ではないし、そこまで大変でもないのかな。
私と天ちゃんは珀弥君と別れ、裏庭に向かって歩きだした。
「あれ!? 天ちゃん! また薄くなってる!!」
「あらまぁ」
私は驚いて立ち止まり、天ちゃんをまじまじと見た。彼女は半透明になり、どんどん見えなくなってきている。
「何で……はっ!」
珀弥君を見ると、私たちとは反対側へ、ゆったりと歩いていた。そのゆったりとしたスピードは、天ちゃんが消えてゆくスピードと同じだ。
「天ちゃんから珀弥君が離れると、見えなくなるの?」
そうだ。さっきだって、珀弥君が近づけば近づくほど、天ちゃんの姿はハッキリと見えてきたんだ。なら、逆もまた然りなのかも。
「目の付けどころは良いのですが、少し違うのです」
ほぼ姿が消えてしまった天ちゃんは声を抑え、人差し指と親指で小さな隙間を作った。
「それはどういう……」
「うーん、とりあえず進みながら説明しましょう。珀弥に聞かれたら邪魔をされてしまうのです」
透明鬼神は大きな丸い目を細め、珀弥君の動向を窺いつつ足を進めた。
「わかった」
私もそれに続く。
五十メートルくらい離れてるし、話を聞かれる恐れは無さそうなんだけどなぁ……。
「そんなに地獄耳なの?」
「いえ。勘が鋭くて、気付いたら背後にいるような子なのです……」
珀弥くんはジャパニーズニンジャらしい。
「只者じゃないね、珀弥君」
「でしょう?」
天ちゃんはクスクスと笑った。薄くなってもお上品さは変わらない。
「さて、本題に移りましょうか」
「うん」
私は虚空に向かって頷いた。完全に姿は見えなくなったけど、存在はそこに感じる。
「私の姿が見えたり、見えなくなったりする現象に珀弥が関係するのは確かです」
「ふむふむ」
急ぎ足の道中で踏んだ小枝が軽い音を立て、地面で虫を啄んでいた数羽の雀がはばたいていった。
建物の横に差し掛かり、太陽の光が遮られた。陰のなか、建物に薄く反射する光が私に合わせて動いているのが見える。これは天ちゃんか?
「では、霊感の強い人と一緒にいると、自分も幽霊が見えるようになるという話は聞いたことありませんか?」
「聞いたことあるかも」
怖い話をすると幽霊が寄ってくるとかいう類かな。オカルト好きな子が、そんなことを言っていた気がする。
「ここで重要なのは、霊感の強い人と、その影響を受ける人です」
反射している光が少し揺れた。核心に迫ってきたな。
「霊感の強い人は、話の流れ的に珀弥君だね?」
「そうです」
すぐ近くから肯定の声が聞こえ、光が円を描いた。
じゃあ、『影響を受ける人』は? 天ちゃんは幽霊だから『見られる』側だし、消去法で考えたら一人しかいない。
「珀弥君の影響で見えるようになったのは私なんだね?」
「ご名答です」
光は先ほどよりも大きな円を描く。大正解か。
「珀弥君って霊感が強いんだね。さすが神社の子というか」
霊感が強い人ってもっと陰鬱そうなイメージがあったけれど、珀弥君はどちらかというと反対側だな。光属性って感じの。
「いえ。神社の子でも、珀弥のように力が強い子は稀なのです」
「そうなの?」
「えぇ、私が見てきた限りですが。珀弥たち以外の子は、力を持っておりませんでした」
「へぇ~!」
珀弥君って、もしかして凄い人かも? 普段はのほほんとしてるけど、除霊のときはかなりアグレッシブだし。
「……千真様も、珀弥に負けてはいませんが」
光は囁くように、意味深な言葉を紡ぎだした。
私は人魂の言葉に目を丸くしたが、あっちは『うふふ』と笑っているだけ。
「ねぇ、どういうこと?」
「千真様は気づいていないだけですよ」
「ええっ!?」
そこで建物が途切れ、再び太陽が差す。すると、天ちゃんの光が見えなくなってしまった。
裏庭かな? 表よりは狭いけれど、これまた随分と広いところに出た。真ん中に、一際大きな木がそびえ立っているのが目立つ。太い幹に注連縄が巻かれ、御札のようなものが貼ってあった。
奥の方に、数日間寝食をお世話になった家と先程の建物——神殿を繋ぐ長い渡り廊下が横たわっているのが目に入った。
こんなお屋敷、実は元地主だったとか言われても驚かないぞ。
「ふふ、これはまだ今度にしましょう」
なんと、天ちゃんは肝心なところで勿体ぶるという暴挙に出てしまった。
曲がサビに差し掛かったところで打ち止められるお昼の放送のようだ。
「えぇ! それは無いよぉ~!」
「ほら、目的地に着いてしまいましたし、お仕事をしましょう?」
天ちゃんは悪びれもなく、クスクスと笑った。
「天ちゃん、なかなか厳しいね」
私はジト目で天ちゃんがいるであろう方向を見た。不敬だけど今だけは許してほしい。
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