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第三章 いつも隣に

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 再度の乾杯をして、目雲に勧められるままにゆきは箸を動かしていく。

「ちなみにさ、本当に嫌味なお姑さんだったらどうする?」
「しっかり距離を取らせてもらいますよ、目雲さんにも言ってあります」

 考える間もなく言ったゆきに宮前の方が戸惑う。

「え? そうなの?」

 言われて急には思い至らなかった目雲が一瞬、驚く。

「え? あ、会話が成立しない人とはって話ですね。確かに言われてる」

 目雲が宮前に頷くの見て、ゆきがきっぱりと言い切る。

「最低限はお付き合いはさせていただきますけど、仲良くはなれませんから。離れて暮らすのがお互いのためです」
「はっきりしてるね、でもそんなもんだよね。割り切ったほうが楽な関係ってある、特に身内はね」
「実感のこもった言葉な気がするのは気のせいでしょうか」

 ゆきが苦笑しながら言えば、宮前はやたら真面目な顔で頷く。

「やっぱりゆきちゃんだね。俺にもいろいろあるんだよ、またいつか聞いてね」
「私で良ければ」

 ゆきはにこりと笑うが、目雲は眉間に皺を寄せる。

「ゆきさんに面倒掛けるな」
「面倒なんか掛けないって、周弥じゃないんだから」
「おい」
「仲良しですね」
「ねー、周弥がとりあえず実家と仲直りしたっぽいのも俺はかなり嬉しい」

 宮前が笑いつつも、じっと目雲を見た。

「でも本当に良かったな」

 やたらと重さのある声に目雲も反発しなかった。

「そうだな」
「俺もお世話になったから、顔出したかったんだけど、周弥がこんなだと会いづらかったんだって」

 頷きつつ聞いてるゆきの横で目雲は今度ははっきり反論を始める。

「仕方ないだろう。俺には理解できずとも嫌な思いをしてるんだ。理解できないから解決策も思いつかない。会わせないのが一番だろう。大翔と颯天が結婚してその相手も実家にいる時は実に不快そうにしているのを見て尚更思った。傷つけるなと言ってるのに、毎回余計なことを言うんだ、俺自身も嫌になる」
「立場が違うと言葉の受け取り方も変わりますからね」

 そう言っているゆきがどんな立ち位置でいたのか宮前は気になった。

「ゆきちゃんは? 周弥の彼女って立場はなく人間として対したってこと?」

 ゆきはそんな大層な物ではないと情けない笑顔を見せる。

「いえいえ、本当に嫌味で言う人を知ってるんです。その人とあまりにも雰囲気が違ったので、それで」

 それはそれで心配になる男二人だ。

「ゆきちゃんの近くにいるの?」

 宮前がすかさず聞く。

「私のお祖母ちゃんですね。もうしばらく会ってませんけど」

 ゆきの答えは二人に一先ずの安心を与えた。

「ああ、お母さんのお姑さんね。それはそれは、ゆきちゃんのお母さんご苦労されたんだ」

 ゆきは両親から経緯を聞いていた。

「結婚当初は父に実家の近くに住んでいて妹が生まれる前までは母も何とかうまくやろうと頑張ったそうなんですが、妹の出産時に病院に突撃してきて、また女かって零した言葉でキレちゃったみたいです。そこから離れた場所に引っ越して冠婚葬祭くらいでしか会わないようになってます。私も引っ越してからは数えるくらいしか会ってないですが、それでも分かるくらいには、そういう人です」
「ゆきちゃんには無害だった?」
「うーん、害はなかったですが、望んだ孫ではなかったようですね」

 本人が居ずともゆきが柔らかい表現を選んだのを、宮前が言い換える。

「つまり攻撃の標的だったんだね」

 ゆきはそれに笑うが、目雲が視線で訴えってくるので、具体的なことを少しだけ言ってみる。

「今更蒸し返すこともないので、誰にも覚えてるとは言ったことはないんですが、四、五歳の頃の記憶が少しあって、笑顔で出来損ないだというようなことを言われてますね。あの女の子供だから仕方ないというような母の悪口と一緒に。他に誰も大人がいないところでなので結構あからさまな言い方でしたね」
「ひどっ」

 ゆきは宮前の反応も顔顰める目雲も、そうなることが分かっていたから、それ以上のことは言われもされもしなかったので、気にすることもないのだと伝えなければと思う。

「私と祖母だけの二人きりになる事なんてほとんどなかったので、日常的なことではなかったと思いますけど、だからなのか覚えてるんですよね。ただ、幸いなことに母に優しくない人だって認識がすでにあったので私自身が傷つくと言うよりは、その表情と声が印象的ですね。醜い言動をする人は、それが表面にも現れるんだと実感したことも一緒に覚えてます」

 気にしないようにと意識するとゆきの辛辣が少し顔を覗かせていた。

「それはすごいね」
「あ、醜いとか言ってすみません」

 ついうっかり率直な発言になってしまったこと言った後に気がついたゆきだったが、目雲も宮前も普段言わない言葉遣いで、その心証を理解した。

「ううん、ゆきちゃんがそういうくらいってのが分かったから」
「ゆきさんにそこまで言わせるんだからよっぽどです」

 ゆきはもう少し冷静にそのことを受け入れてると思っているからこそ、相手が悪かったと言い切ってしまうのも違うような気がしていた。

「どうなんでしょうか、幼い頃の記憶なので何か補正が掛かっていないとは言えません。私は母が大好きなので、どうしても偏った見方なのは間違いありませんし」
「いいの、いいの。それで良いって。裏に事情があるからって誰かを傷つけていい理由にはならないから。それに子供だからこそ正直な感想を持ってるとも思えるでしょ」
「今はもう没交渉といった感じなんですか?」

 目雲が気になる部分はそこだけだ。今も尚ゆきを傷つける人物がいるのかどうか。

「祖母もかなり高齢ですし、父にはお兄さんがいてその方がお世話はしてるみたいです。行政のいろんなシステムも利用して、父はお金だけ出してると言ってました」
「なるほどね」

 頷く宮前と目雲に、ゆきも母親が心穏やかに暮らせているのだと安心していた。

「以前はいろいろあったみたいです、その父のお兄さんも同じ理由で離婚までされてるようなんですが、今はそれなりの形に納まったみたいです」
「人ってどんな人にも色々あるよね。うん、そうだ」

 宮前がしみじみと頷いて、ゆきに向き合う。

「ありがとうね、プライベートなことなのに話してくれて」
「こちらこそ、話してくださってありがとうございました」

 目雲も頷いていた。
 宮前が一息つくとほっとしたようだった。

「俺としても、二人が暮らし始めて上手くいってるなら俺から話してもいいかなって思ってたから丁度良かった」
「どうしてですか?」

 二人で暮らし始めることがどう関係してるのか、ゆきには分からなかった。

「この話ってさ、聞きようによっては周弥と暮らすときの注意みたいになるでしょ?」

 宮前に言われて考えれば、合点がいく。

「なるほど、目雲さんの生活にあまり口出ししないようにと受け取ることもできますね」
「そうそう周弥には好きなようにやらせないとストレス貯めて大変だよって言ってるようなもんじゃん。でもゆきちゃんには変な先入観なくお互いが心地よく暮らせる形を築いてほしいなと思ったからさ」
「宮前さんは本当にいろんなこと考えてくれてます」
「ゆきちゃんなら話してもきっと大丈夫だとは思ったんだけどさ、周弥の方が絶対嫌だと思ってさ、それでゆきちゃんにこの話しないのかと思ってたから」

 ゆきが目雲を見ると頷くとは言い難いくらいにしか首を動かさずに、何か言うこともなかった。
 宮前は仕方ない奴だと呆れた顔をしたがまあいいやと、気を取り直した。

「さて、周弥に言われていたこともこなしたし、楽しい話しよう! 何かない?」
「この前、目雲さんと一緒に配信の映画観たんですけど、それはどうですか?」

 ゆきがタイトルと伝えると、宮前の瞳が煌めいた。

「俺も観た! え、どうだった、どうだった?」
「それなりに楽しめました」
「わかるぅ~、あれってさ、予告の方向性が違ったらもっと楽しめたと思うんだよね、だからさ、めっちゃ面白かったって感想にならないんだと思うんだよ!」

 映画好きらしい宮前と話は盛り上がった。



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