恋。となり、となり、隣。

雉虎 悠雨

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第二章 車内でも隣には

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 予定通りゴールデンウイーク後半にゆきの実家に一泊した二人は夏の結婚式の予定や準備の進捗を聞いたり、新居はお向かいにはるきが住むことになるだけなどの新婚生活の様子を聞かされて帰ってきた。
 それ以外の休日は目雲の仕事がある日もあり、いつも通りドライブをしたり、食事をしに行ったりする程度で、進展させるとは言った目雲も急激ではなく穏やかな交際を続けていた。

 連休も明け、ゆきも目雲も仕事に明け暮れる日常に戻る。

 それから二週間ほど経ち、約一カ月ぶりに宝亭に五人が集まることになった。
 宮前と愛美と堺が楽しかったのと情報交換ができると乗り気だったからだ。
 ただゆきは打ち合わせが伸びて、少し遅れていて、六人席で目雲と宮前と愛美と堺で先に始めていた。
 一カ月前とさして変わらぬ近況報告をしあって、料理もほぼ揃ったあたりで、前回の飲み会で思ったことがあった堺が唐突に尋ねた。

「ゆきは目雲さんの前でもずっとあのままですか?」

 興味津々なのは宮前だった。

「ゆきちゃんは何か秘密があるの?」
「秘密というか。目雲さん、ちょっと嬉しい話と残念な話どっちが聞きたいですか?」
「こういう時は悪い方から聞いた方が良い」

 宮前の助言に目雲は逆らわず、頷いた。

「じゃあそっちを」
「ゆきは彼氏が一緒だと酔います」

 それだけでは何のことだかはっきりせず、堺の宣言の真意を宮前が確かめる。

「未だにその姿を知らないってことは気を許されてないってこと?」
「そうかもしれないですし、ただ大人になってるだけという可能性もあります。正体不明になるまで酔うことは良くないって」
「まあ飲み過ぎは体に悪いからね」

 宮前が笑いながら言えば、愛美がゆきの情報を提供する。

「ゆきはお酒強いですよ。変な飲み方もしないので、悪酔いするとか記憶失くすとかもないですし、基本はしっかりしたままです」

 愛美が言えば、堺が付け足す。

「むしろ今よりずっときっちりしますけど」
「お金とかね、絶対奢らせたりしないよね。それで教授とやり合ったって話あったよね」

 愛美がゆきがまだ大学に通っていた時にその周りの人間から聞いた話を思い出した。
 言われて堺も当時の様子が頭に浮かぶ。

「あった! 結局教授に諭されて教授に奢られるのだけ、例外としたんだよな。達治とは絶対割り勘だったし」

 出会ってから何度かそういう状況になっている宮前と目雲は目線を合わせて苦い顔になる。

「ゆきちゃん、そういうの平等じゃないとストレス感じるタイプなの?」
「気にはすると思いますけど、ストレスって程じゃないと思いますよ。その辺も大人になって上手くやれるようになってると思います」
「確かにお礼とか必ずくれるもんね」

 宮前が納得すると、前回の話の続きだという感じで堺がゆきの変化を教える。

「ゆきは大学の四年でだいぶ変わったんだと思います。でも本質は変わってなくて、その上に社交性を身につけたって感じかな」

 愛美が激しく同意した。

「それ! コミュニケーションスキルを手に入れたんだよ。それでちょっと防御力も上がっちゃって、実際さ一人でなんでもできちゃうし、趣味もあるし、やりがいある仕事もあるし、計画性もあってお金も貯めてるから、人に心配かけないんだよね。出会ったときはもっと頼りない印象だったのに」
「あれか、笑ってるだけでメグちゃんをイラつかせてってやつね」

 宮前が思い出して笑ったが、愛美の方は少し思うことがあり思案顔になる。

「そうなんですけど、ゆき自身は困ってなかったわけで周りが気にしてただけなんですよね。それをゆきがスキル向上させちゃって、その余地もなくなった現在があるんですよ」
「本当に一人で生きていくのに心配いらない方の無敵の人になっちゃてるっていうか。でもそんなマリオだってスターの効果がある時だけなのに、ゆきもいつまでそのままなのか分からないし、ゆき自身気が付いてないとも思うし」

 その堺の心配はまさに目雲が抱いたもので頷く。

「それはご家族も心配されてた、心配かけないことで心配だと。その時も大丈夫だと納得させてはいた」

 宮前はそれを肯定する。

「大丈夫なんだとは思うよ、ゆきちゃん楽しそうだから。必要があれば誰かに頼ることだってできる子だと思うし、でも必要以上はない気がするね。もしかすると周弥よりずっと自己完結型なのかも」

 そこに堺がさらに考察を加える。

「ゆきは大学に入るまでそうだったんだと思います、それが解決型になった」
「あそっか、そっちだね、問題が起こったときに自分で積極的に解決する感じで、一見自分の中だけで終わらせてるっては見えないか。そもそもスキルが高いんだろうね、それを上手く使いこなしてるから心配することもない」
「それって確かに素晴らしいことだとは思いますけど、ゆきだって絶対弱ることはあると思うんですよ、そうなった時にゆきは本当に誰かを頼るのかなって。もしくは逆に安牌な選択ばかりしてチャレンジしなくなるっていうか」

 大学時代のゆきはもう少しいい意味で破天荒だったのを知っている堺だけに今のゆきが心配に感じていたのだが、堺のその話で愛美は天啓を受けた。

「でもね、でもですよ。ゆきはそうなったから、目雲さんに会うまで誰とも付き合うことがなかったんだと思うんです」

 突然満面の笑顔になった愛美に宮前は訝し気だ。

「なんで嬉しそうなの? ゆきちゃん的にはあまり良くない気もするけど。気を抜ける相手ができなかったってことでしょ?」
「ゆきは恋を必要としてなかったし、周りもゆきを気にする切っ掛けがない。ゆきも別に絶対恋愛しないでおこうって思ってたわけじゃないんですけど、当たり前を大事にし過ぎて、わざと変化しないようにってしてるのかなって」

 それは愛美の抱いていた印象だった。

「タツジのせい?」
「ですね、ちゃんと幸せに暮らさなきゃってどこかで思ってたのかもしれないですね」
「だから周弥と恋愛してるのが嬉しいのかな?」
「それもありますけど、ね?」

 愛美は堺にニンマリ笑いかけて、堺も堺でにやりと笑う。

「だって、ほわほわのゆきはそれはもう、モテますから」
「大学に入った当初はミステリアスでそういうのに惹かれる奴が狙ってたし、酒飲めるようになってからは今のゆきとのギャップで、もうその辺の男なんて一瞬ですよ。達治が居たから声かけられなかったってだけで。だからモテることをゆき自身は知りません」
「厳つさが守ってくれたわけだ」

 姿を知らない宮前もそれに気付く。

「ゆきも誰の前でも酔うわけじゃなかったんで。その辺もちゃんとしてるんすよ。そしてこれが残念なお知らせです。ゆきが酔うのは必ず達治が居る時だけだったってことです」
「つまりゆきちゃんのその可愛い姿を見れてないことそのものが残念ってことだ」

 宮前は納得し、そこに愛美が自分の考えを加える。

「もし、あの時からゆきが変わることなく過ごしてたらどうなってたか分かりませんが、少なくともゆきを好きだって言う人は確実にもっといたと思いますし、ゆきも良い人だと思ったら付き合ったと思うんです。誰かと付き合ってたらきっと目雲さんとは出会ってませんし。たぶん目雲さんもゆきのことは目に入らなかったと思います」

 目雲にとってそうならなかったことは幸運なことだとは本人も宮前にも思えたが、ゆきにとってはそうだとは思えなかった。

「でもさ、変わらずにいて誰かと付き合ってたならそれはそれで幸せになれたんじゃない?」

 宮前の言葉に堺がどうだろうかと小首を傾げながら、当時を思い返す。

「自己が強い達治みたいな奴とか逆にゆきに振り回されるだけの奴だと、それはゆきの負担になると思うんです。達治は結局ゆきを傷つけたし、本だけに夢中になっててもゆきはちゃんと気遣いはできたから相手が物足りなくなるか、逆に本に嫉妬するか、それだとゆきが疲れるだけって気がするんですよね。実際達治が居ないところでゆきに近づいてきたのってそんな奴等ばっかりだったから」

 愛美がそれを否定する。

「達治がいなくてもゆきはそんなのとは付き合わなかったって」
「確かにそうだ、達治と付き合うまでに何人か告白してましたけど、玉砕してましたね」

 曖昧なことがなかったゆきの振りっぷりは、恨まれはしないながらも一刀両断だった。粘着質そうな奴や嫌味な奴はそもそもゆきがかなり距離を取るようになるので告白する隙そのものを与えていなかったと、堺は思い出す。

「そうなんだ。てか、ゆきちゃんマジでモテたんだね」

 それでも愛美はゆきがモテを喜ぶタイプでないと知っていた。

「変わらないでいたら、もしかしたらゆきは恋愛とは無縁の生き方してかも」
「達治と付き合いだしたのも変わり始めた後の二年になってからだったから、そうかも」

 堺も大きく同意し、宮前もふとゆきの発言を思い出す。

「そういえばゆきちゃん、恋愛は本の中だけのことって言ってたよ」

 全員が強く腹落ちして、ゆきの日頃の雰囲気にそうなっても何も不思議ではないと想像できてしまった。

「恋愛無縁説がより濃厚に」
「良かったな、周弥。ゆきちゃんがコミュニケーションに目覚めてくれて」

 目雲は宮前に特に返事はしなかった。
 宮前もそれを笑った後は目雲に何も言わなかった。
 目雲が堺に改めて聞いた。

「嬉しい方がまだ」

 宮前も気が付く。

「そういえばそうだね、今のは残念な話だった」
「だからもっと可愛いゆきを見れますよ」

 笑う堺に宮前が顔を顰める。

「酔わせようってこと?」

 目雲も渋い顔をする。

「もちろん無理やりじゃないですよ」

 堺が慌てて手を振って否定して、訳を説明する。

「ゆき、酒好きなんですよ。変な意味じゃなくて、度数の高いとか関係なくいろんな種類のを楽しめるタイプなんですよ本来は。美味い酒っていろいろあるんで、ゆきはそういうのも実は好きなんです。一人で飲むときはいろいろ飲んでると思いますよ」

 そもそも強いだろうとは分かっていた目雲と宮前は新たな情報もそれほど意外だとは思わなかった。

「そうなんだ」
「折角なんだからゆきにも楽しんでもらいたいし、たぶん目雲さんが居ればゆきも酔う気がします」

 好きなら自由に飲んでもらうのも悪くないと目雲も宮前も思えた。

「そっか、酔うとゆきちゃんのそのほわほわな本質が見れるんだ」
「ゆき曰くですけど、思考を声にするのが下手になるらしいです。だから意識もしっかりしてるし、常識を逸脱したりもしないけど、周りから見ると違って見えるんだろうということです」

 そうなると目雲には一つ疑問がわく。

「普段は頑張ってしゃべってるのか」

 愛美が笑いながら首を振った。

「いや、頭の中が活字で溢れてるだけですよ。そこから自分の心だけを声にするのが面倒なんですって。練習したから今は何ともないそうですよ。私のおかげらしいです」
「つまり周弥はメグちゃんにも感謝だな」
「ありがとう」

 突然まっすぐにお礼を言われて愛美の方が激しく戸惑った。

「え、あ、はい、どうも」

 堺がこれだけはと言葉を添えた。

「でも、一つだけ注意事項があります」
「どんなこと?」
「本を読まさないようにしてください」
「帰ってこないですよ」

 愛美まで重ねられるゆきの癖に他の二人が笑う。

「勧めなかったら読まないので、大丈夫だとは思いますけど」

 理解したと目雲と宮前は頷いた。



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