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第二章 車内でも隣には

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 あくる日曜日の夕方、目雲の新しい部屋にゆきは初めて招かれた。
 前のマンションよりだいぶ狭くはなっていだが、ゆきの今の部屋よりは広いと思われるワンルームに落ち着いた雰囲気の印象を持った。決してもの寂しさや、伽藍洞だというわけではなく、整った目雲らしい清潔な部屋という感想だ。

 ゆきにお茶を出し、ベッド横のローテーブルに並んで座り、目雲は真剣な様子で車の検討をしていた。

「大人数乗れる必要はないと思いますが、荷物はやはり多く乗せられる方がいいですね。車内の広さや乗り心地も含めてやはり重要視したいところです。一般道にもきちんと対応していますし、キャンプ場やコテージなどは山奥にあることもあるのでオフロードでも安定して走れるのが良いですね」
「とてもカッコよくて素敵な車でしたね」

 ゆきはさっき見てきた感想だけをニコニコと述べる。

「助手席も良かったですか?」
「良かったですよ」

 座り心地以外分かりようもなかったので、それ以上言えることもない。けれども目雲はゆきの印象を逐一確認していた。

「ではこちらの方で考えていきましょうか」

 目雲の部屋の変わりようを見回っていた宮前はベッドの隣りの置かれたローテーブルでゆきと目雲がさっきまで見て回ってきた車のパンフレットを広げて会議している間に割り込んだ。

「周弥はキャンプ好きになったのか?」

 もともと宮前とまた三人で会おうと約束していたから、それが目雲の部屋だったのだ。午前中は別の用事があった宮前がゆきと目雲の車探しのデート帰りに部屋に来るとほぼ同時にやって来ていた。

 以前の部屋で使っていたローテーブルとは違う一回り小さくなったそれを検品するかのように眺めて触っている宮前に眉をひそめながらも目雲はちゃんと答える。

「なってない」
「じゃあそんな山奥に行くほどの車いるのか?」

 前の部屋にはなかった毛足の長い絨毯がその下に敷いてあるのを撫でながら宮前は聞く。
 ゆきはそんな宮前を笑って見ているが、目雲は更に険しい表情になる。

「行くこともあるかもしれないだろ」
「同僚がキャンプ好きでもそんな年に何回も行かないだろう」
「年に一回でも行くことがあれば必要だろ」
「お前がその車、気にいっただけだろ」
「何でもいいから、少しでも利用価値がある方が良いというだけだ」
「まったく、ゆきちゃんどう思う? こいつのこの感じ。気に入ったって言えばいいものを」

 ゆきは二人の会話を笑って聞いている。

「目雲さんが気に入ってくれてるならいいなとは思います」
「気に入っています」

 実際のところは宮前に言った方が本心の目雲だったが、真面目な顔で冗談半分にゆきの言葉に乗ったことに、その幼馴染は脱力する。

「お前、本当に……。呆れるわ。もう、ゆきちゃん、本当にこんなやつでいいの? 俺は心配だよ」
「私まで心配してくれるんですか?」
「当たり前だよ、何だったら今はゆきちゃんだけが心配だ」
「目雲さんの方だけで大丈夫ですよ」
「いや、ゆきちゃんがいれば周弥なんて心配する必要なんてないから、だから俺はゆきちゃんの心配をするの」
「ゆきさんの心配をお前がする必要はない」

 目雲はテーブルの上を整頓しながら相変わらず宮前に容赦ない。
 ゆきはそれに微笑みながらも宮前に心掛けると約束した。

「では、極力心配を掛けないようにします」

 宮前はそんなゆきの様子から考えを改めた。

「そうだよね、考えればゆきちゃんが何かするってよりも、周弥がやらかす心配した方がいんだから、やっぱり周弥を気にしてた方がいいのか」
「なにもしないだろ」
「どの口が言うんだ、この部屋だって、ゆきちゃんが来るからって当たり前みたいにいろいろ揃えてるけど、もとはベッド以外何もなかったんだよ」

 ゆきはぐるりと見まわして、以前の部屋でも見かけた間接照明や本棚が置かれていて、物は決して多くないが生活感が全くないということもない。
 落ちつた雰囲気に相変わらずのセンスの良さを感じ、自分と真逆ではないだろうかと考え、ふと本当に逆だと思い出した。

「私はベッドがなかったので、この前買ったところですよ。組み立てるのがなかなか大変でした」

 宮前が驚いた。

「ゆきちゃん一人で組み立てたの?」
「はい、今度は本棚が届くので、また奮闘ですね」

 奮闘と言う言葉に危機感を持ったのは目雲だけなく宮前もだった。

「手伝いに行こうか? 本棚ってたぶん小さいのじゃないでしょ? 一人だと危ないよ」

 以前の会話で本が本棚から溢れると言っていたのを覚えていた宮前が本気で心配を示す。

「危ないでしょうか?」

 首を傾げるゆきに真っ先に目雲が頷いた。

「行きます」
「俺も行っていい?」

 ゆきが嬉しいですけど迷惑ではないかと聞く横で目雲が深く眉間に皺を寄せている。

「なんでお前も来るんだ」
「ゆきちゃんと二人で作るより、俺と二人の方が安全だろ」
「一人でもいいだろ」

 目雲の主張に、ゆきは自分が頼んだ本棚を考えながら目雲と二人で組み立てるところを想像すると身長差もあって自分がとんでもなく足手まといに見えた。そうなると目雲一人に組み立てさせることになり、それは酷く大変なような気がした。
「シンプルなんですけどサイズだけは大きいの頼んじゃったので、宮前さんの言う通りかもしれません」
「じゃあ二人で行くよ、そのあとご飯食べに行こうよ。ピザが旨い所見つけたから」
「好きです、ピザ」

 以前だったらまず遠慮していたゆきだったが、もうそれが必要ない相手だと宮前との関係を考えていた。そしてそれは宮前にとっても間違いではなかった。

「他のもなかなか旨くてさ、いろいろ食べようね」
「それは楽しみになっちゃいますね」

 ゆきが喜んでいるなら目雲はそれ以上は宮前に何も言わない。

「その前にとりあえず今日の夕飯だな」

 宮前が言ったのにもかかわらず目雲の顔はゆきに向いている。

「作ってきますね」
「何か手伝いましょうか?」
「いえ、ゆっくりしててください」
「俺とお喋りでもしてよう。頼んだ本棚教えて、イメトレする」
「イメトレですか?」

 宮前とゆきが話始めるのを横目に立ち上がった目雲は夕飯の支度を始める。

「それが一番大事だったりするんだよ」
「なるほど、言われてみればそうかもしれません」

 ゆきがスマホの画面を見せると、宮前はそれを読み込んだ。

「おっきいの頼んだね、これ本当に一人で組み立てるつもりだったの?」
「背板もなくて、枠をネジで留めるだけって感じだったので、簡単だと思ったんですけど」
「組み立て自体は簡単そうだけど、持ち上げたりするのは重たいんじゃないかな」
「ダメそうだったら友達に頼もうかと」
「周弥じゃなくて?」

 ゆきは眉を下げた。

「これを注文した頃はまだ」
「あ、納得。じゃあ一カ月以上前に頼んだ?」

 逆算から納期が遅いことに気が付いた宮前に、その事情を説明する。

「一番大きいサイズが欠品してたんです、でもせっかく買うなら欲しいのがいいんじゃないかと思って。これも結構探したんです、似た様なのはいっぱいあるんですけど高さとか幅とか色とか、あとこれ後から引きだしが付けられるんです」
「なんかそういうところも周弥と合いそうだわ」

 思い当たらないゆきが不思議そうにする。

「そうなんですか?」
「周弥もめっちゃ調べてから買うタイプ、車もそんな感じでしょ?」

 ここのところの目雲の様子がありありとゆきの脳裏に浮かんだ。

「あ、そうですね。いっぱい調べるので、本当にどれが欲しいのか分からなかったんです」
「勉強好きはそういうところにも表れるんだよな」
「私は勉強はそんなに好きではなくて、単純に無駄遣いできるお金がないからなんですけど」

 それが普通だから安心してと宮前が慰めるとゆきは良かったと妙な連帯感を感じた。
 つまり目雲の特異性を二人で心の中で共感しあっていた。
 宮前はまたゆきのスマホで詳細を読む。

「引き出しも一緒に頼んであるの?」
「本棚組み立ててからだなと思ってまだなんです」

 あれば便利だとは思ったが、一気に届いて組み立てきれない想定もあって後回しにした。

「じゃあ頼んどきなよ、一緒にやっちゃうからさ」
「そんなそんな、そこまでは」

 本棚は自分の目論見が悪かったと思ったからこそ、申し出に甘えることができたがそれ以上作業を増やすことは流石にゆきも躊躇がある。

「後からだと入らなかったりとかあるよ。あと俺も意外とDIYが好きだったりするんだよね」

 自慢げな宮前にゆきが驚く。

「そうなんですか! 何か作ってるんですか?」
「今は賃貸だから大きなのは作れないんだけど、子供の頃から周弥の家でいろいろやらせてもらってさ」
「目雲さんのお家ですか?」

 比較的近くに実家があるという話以外はまだ聞いたことのなかったゆきは、いろいろ作れる家と言うのがすぐに思い浮かばなかった。
 その疑問も宮前が解決する。

「そうそう、オヤジさんが芸術家なんだよ。主に油絵とか描いてるんだけど、彫刻とかもするから道具とか作業場があって、そこで遊ばせてもらって色々作ってたんだ」
「そうなんですね、すごいお父様なんですね」

 ゆきもそこまで本格的な芸術家という知り合いがいなかったので、凄そうだという以上のイメージが具体的にできない。

 小学生からの幼馴染で、よく実家にも行っていたという宮前が詳しいことには特に疑問はなかったがゆきはちらりと作業する目雲の背中を見る。
 特に気にしている様子もなく、黙々とキッチンに向かっているのをゆきが少し見つめていると宮前がさらに詳しい情報を提供してくれる。

「ほら、母方の祖父さんが資産家だって言ったでしょ。その祖父さんがもともとオヤジさんの若い頃からの後援者って意味の方のパトロンでそれで周弥のママさんに出会ったんだよ。ママさんの一目ぼれで、熱烈アタックでオヤジさんもまだそこまで売れてなかったから祖父さんに反対されたんだけど、駆け落ちみたいな感じで結婚して、周弥が小さい頃は結構貧乏だったみたい」

 キッチンと言ってもすぐ近くにいる目雲が聞こえていないはずはないので、宮前が話すことを止めなかったのならば聞いても良い話なのだと、ゆきは宮前の話に聞き入った。

「ご苦労されたんですね」
「どうかな、それはそれで楽しかったみたいだけど。オヤジさんもママさんも嬉しそうにいろいろしゃべってたよ。周弥が小学校はいる前くらいには祖父さんとも和解して、それもあったのかオヤジさんの絵も売れるようになってまた生活変わったらしいけど」

 ここまで知っているのは宮前が幼馴染だと言うだけでなく、目雲の家族と仲が良いのとコミュニケーションスキルの高さの結果だろうと、ゆきにも分かる。

「人に歴史ありですね、なんだか小説みたいな話です」
「だよね、俺もそう思う。前にも言ったけど、ここは兄弟三人もなかなか話題も豊富だよ。全員背が高くてさ、子供の頃からモテてた。兄ちゃんは周弥をもう少し柔らかくした感じで一番の常識人だから気苦労が絶えないだろうな。弟は逆に軽かった、チャラいとまではいかないけど、今はまあ落ち着いてるけどね」

 その時、ローテーブルの上に置かれていた目雲のスマホが震えだした。




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