30 / 86
第二章 車内でも隣には
29
しおりを挟む
あくる日曜日の夕方、目雲の新しい部屋にゆきは初めて招かれた。
前のマンションよりだいぶ狭くはなっていだが、ゆきの今の部屋よりは広いと思われるワンルームに落ち着いた雰囲気の印象を持った。決してもの寂しさや、伽藍洞だというわけではなく、整った目雲らしい清潔な部屋という感想だ。
ゆきにお茶を出し、ベッド横のローテーブルに並んで座り、目雲は真剣な様子で車の検討をしていた。
「大人数乗れる必要はないと思いますが、荷物はやはり多く乗せられる方がいいですね。車内の広さや乗り心地も含めてやはり重要視したいところです。一般道にもきちんと対応していますし、キャンプ場やコテージなどは山奥にあることもあるのでオフロードでも安定して走れるのが良いですね」
「とてもカッコよくて素敵な車でしたね」
ゆきはさっき見てきた感想だけをニコニコと述べる。
「助手席も良かったですか?」
「良かったですよ」
座り心地以外分かりようもなかったので、それ以上言えることもない。けれども目雲はゆきの印象を逐一確認していた。
「ではこちらの方で考えていきましょうか」
目雲の部屋の変わりようを見回っていた宮前はベッドの隣りの置かれたローテーブルでゆきと目雲がさっきまで見て回ってきた車のパンフレットを広げて会議している間に割り込んだ。
「周弥はキャンプ好きになったのか?」
もともと宮前とまた三人で会おうと約束していたから、それが目雲の部屋だったのだ。午前中は別の用事があった宮前がゆきと目雲の車探しのデート帰りに部屋に来るとほぼ同時にやって来ていた。
以前の部屋で使っていたローテーブルとは違う一回り小さくなったそれを検品するかのように眺めて触っている宮前に眉をひそめながらも目雲はちゃんと答える。
「なってない」
「じゃあそんな山奥に行くほどの車いるのか?」
前の部屋にはなかった毛足の長い絨毯がその下に敷いてあるのを撫でながら宮前は聞く。
ゆきはそんな宮前を笑って見ているが、目雲は更に険しい表情になる。
「行くこともあるかもしれないだろ」
「同僚がキャンプ好きでもそんな年に何回も行かないだろう」
「年に一回でも行くことがあれば必要だろ」
「お前がその車、気にいっただけだろ」
「何でもいいから、少しでも利用価値がある方が良いというだけだ」
「まったく、ゆきちゃんどう思う? こいつのこの感じ。気に入ったって言えばいいものを」
ゆきは二人の会話を笑って聞いている。
「目雲さんが気に入ってくれてるならいいなとは思います」
「気に入っています」
実際のところは宮前に言った方が本心の目雲だったが、真面目な顔で冗談半分にゆきの言葉に乗ったことに、その幼馴染は脱力する。
「お前、本当に……。呆れるわ。もう、ゆきちゃん、本当にこんなやつでいいの? 俺は心配だよ」
「私まで心配してくれるんですか?」
「当たり前だよ、何だったら今はゆきちゃんだけが心配だ」
「目雲さんの方だけで大丈夫ですよ」
「いや、ゆきちゃんがいれば周弥なんて心配する必要なんてないから、だから俺はゆきちゃんの心配をするの」
「ゆきさんの心配をお前がする必要はない」
目雲はテーブルの上を整頓しながら相変わらず宮前に容赦ない。
ゆきはそれに微笑みながらも宮前に心掛けると約束した。
「では、極力心配を掛けないようにします」
宮前はそんなゆきの様子から考えを改めた。
「そうだよね、考えればゆきちゃんが何かするってよりも、周弥がやらかす心配した方がいんだから、やっぱり周弥を気にしてた方がいいのか」
「なにもしないだろ」
「どの口が言うんだ、この部屋だって、ゆきちゃんが来るからって当たり前みたいにいろいろ揃えてるけど、もとはベッド以外何もなかったんだよ」
ゆきはぐるりと見まわして、以前の部屋でも見かけた間接照明や本棚が置かれていて、物は決して多くないが生活感が全くないということもない。
落ちつた雰囲気に相変わらずのセンスの良さを感じ、自分と真逆ではないだろうかと考え、ふと本当に逆だと思い出した。
「私はベッドがなかったので、この前買ったところですよ。組み立てるのがなかなか大変でした」
宮前が驚いた。
「ゆきちゃん一人で組み立てたの?」
「はい、今度は本棚が届くので、また奮闘ですね」
奮闘と言う言葉に危機感を持ったのは目雲だけなく宮前もだった。
「手伝いに行こうか? 本棚ってたぶん小さいのじゃないでしょ? 一人だと危ないよ」
以前の会話で本が本棚から溢れると言っていたのを覚えていた宮前が本気で心配を示す。
「危ないでしょうか?」
首を傾げるゆきに真っ先に目雲が頷いた。
「行きます」
「俺も行っていい?」
ゆきが嬉しいですけど迷惑ではないかと聞く横で目雲が深く眉間に皺を寄せている。
「なんでお前も来るんだ」
「ゆきちゃんと二人で作るより、俺と二人の方が安全だろ」
「一人でもいいだろ」
目雲の主張に、ゆきは自分が頼んだ本棚を考えながら目雲と二人で組み立てるところを想像すると身長差もあって自分がとんでもなく足手まといに見えた。そうなると目雲一人に組み立てさせることになり、それは酷く大変なような気がした。
「シンプルなんですけどサイズだけは大きいの頼んじゃったので、宮前さんの言う通りかもしれません」
「じゃあ二人で行くよ、そのあとご飯食べに行こうよ。ピザが旨い所見つけたから」
「好きです、ピザ」
以前だったらまず遠慮していたゆきだったが、もうそれが必要ない相手だと宮前との関係を考えていた。そしてそれは宮前にとっても間違いではなかった。
「他のもなかなか旨くてさ、いろいろ食べようね」
「それは楽しみになっちゃいますね」
ゆきが喜んでいるなら目雲はそれ以上は宮前に何も言わない。
「その前にとりあえず今日の夕飯だな」
宮前が言ったのにもかかわらず目雲の顔はゆきに向いている。
「作ってきますね」
「何か手伝いましょうか?」
「いえ、ゆっくりしててください」
「俺とお喋りでもしてよう。頼んだ本棚教えて、イメトレする」
「イメトレですか?」
宮前とゆきが話始めるのを横目に立ち上がった目雲は夕飯の支度を始める。
「それが一番大事だったりするんだよ」
「なるほど、言われてみればそうかもしれません」
ゆきがスマホの画面を見せると、宮前はそれを読み込んだ。
「おっきいの頼んだね、これ本当に一人で組み立てるつもりだったの?」
「背板もなくて、枠をネジで留めるだけって感じだったので、簡単だと思ったんですけど」
「組み立て自体は簡単そうだけど、持ち上げたりするのは重たいんじゃないかな」
「ダメそうだったら友達に頼もうかと」
「周弥じゃなくて?」
ゆきは眉を下げた。
「これを注文した頃はまだ」
「あ、納得。じゃあ一カ月以上前に頼んだ?」
逆算から納期が遅いことに気が付いた宮前に、その事情を説明する。
「一番大きいサイズが欠品してたんです、でもせっかく買うなら欲しいのがいいんじゃないかと思って。これも結構探したんです、似た様なのはいっぱいあるんですけど高さとか幅とか色とか、あとこれ後から引きだしが付けられるんです」
「なんかそういうところも周弥と合いそうだわ」
思い当たらないゆきが不思議そうにする。
「そうなんですか?」
「周弥もめっちゃ調べてから買うタイプ、車もそんな感じでしょ?」
ここのところの目雲の様子がありありとゆきの脳裏に浮かんだ。
「あ、そうですね。いっぱい調べるので、本当にどれが欲しいのか分からなかったんです」
「勉強好きはそういうところにも表れるんだよな」
「私は勉強はそんなに好きではなくて、単純に無駄遣いできるお金がないからなんですけど」
それが普通だから安心してと宮前が慰めるとゆきは良かったと妙な連帯感を感じた。
つまり目雲の特異性を二人で心の中で共感しあっていた。
宮前はまたゆきのスマホで詳細を読む。
「引き出しも一緒に頼んであるの?」
「本棚組み立ててからだなと思ってまだなんです」
あれば便利だとは思ったが、一気に届いて組み立てきれない想定もあって後回しにした。
「じゃあ頼んどきなよ、一緒にやっちゃうからさ」
「そんなそんな、そこまでは」
本棚は自分の目論見が悪かったと思ったからこそ、申し出に甘えることができたがそれ以上作業を増やすことは流石にゆきも躊躇がある。
「後からだと入らなかったりとかあるよ。あと俺も意外とDIYが好きだったりするんだよね」
自慢げな宮前にゆきが驚く。
「そうなんですか! 何か作ってるんですか?」
「今は賃貸だから大きなのは作れないんだけど、子供の頃から周弥の家でいろいろやらせてもらってさ」
「目雲さんのお家ですか?」
比較的近くに実家があるという話以外はまだ聞いたことのなかったゆきは、いろいろ作れる家と言うのがすぐに思い浮かばなかった。
その疑問も宮前が解決する。
「そうそう、オヤジさんが芸術家なんだよ。主に油絵とか描いてるんだけど、彫刻とかもするから道具とか作業場があって、そこで遊ばせてもらって色々作ってたんだ」
「そうなんですね、すごいお父様なんですね」
ゆきもそこまで本格的な芸術家という知り合いがいなかったので、凄そうだという以上のイメージが具体的にできない。
小学生からの幼馴染で、よく実家にも行っていたという宮前が詳しいことには特に疑問はなかったがゆきはちらりと作業する目雲の背中を見る。
特に気にしている様子もなく、黙々とキッチンに向かっているのをゆきが少し見つめていると宮前がさらに詳しい情報を提供してくれる。
「ほら、母方の祖父さんが資産家だって言ったでしょ。その祖父さんがもともとオヤジさんの若い頃からの後援者って意味の方のパトロンでそれで周弥のママさんに出会ったんだよ。ママさんの一目ぼれで、熱烈アタックでオヤジさんもまだそこまで売れてなかったから祖父さんに反対されたんだけど、駆け落ちみたいな感じで結婚して、周弥が小さい頃は結構貧乏だったみたい」
キッチンと言ってもすぐ近くにいる目雲が聞こえていないはずはないので、宮前が話すことを止めなかったのならば聞いても良い話なのだと、ゆきは宮前の話に聞き入った。
「ご苦労されたんですね」
「どうかな、それはそれで楽しかったみたいだけど。オヤジさんもママさんも嬉しそうにいろいろしゃべってたよ。周弥が小学校はいる前くらいには祖父さんとも和解して、それもあったのかオヤジさんの絵も売れるようになってまた生活変わったらしいけど」
ここまで知っているのは宮前が幼馴染だと言うだけでなく、目雲の家族と仲が良いのとコミュニケーションスキルの高さの結果だろうと、ゆきにも分かる。
「人に歴史ありですね、なんだか小説みたいな話です」
「だよね、俺もそう思う。前にも言ったけど、ここは兄弟三人もなかなか話題も豊富だよ。全員背が高くてさ、子供の頃からモテてた。兄ちゃんは周弥をもう少し柔らかくした感じで一番の常識人だから気苦労が絶えないだろうな。弟は逆に軽かった、チャラいとまではいかないけど、今はまあ落ち着いてるけどね」
その時、ローテーブルの上に置かれていた目雲のスマホが震えだした。
前のマンションよりだいぶ狭くはなっていだが、ゆきの今の部屋よりは広いと思われるワンルームに落ち着いた雰囲気の印象を持った。決してもの寂しさや、伽藍洞だというわけではなく、整った目雲らしい清潔な部屋という感想だ。
ゆきにお茶を出し、ベッド横のローテーブルに並んで座り、目雲は真剣な様子で車の検討をしていた。
「大人数乗れる必要はないと思いますが、荷物はやはり多く乗せられる方がいいですね。車内の広さや乗り心地も含めてやはり重要視したいところです。一般道にもきちんと対応していますし、キャンプ場やコテージなどは山奥にあることもあるのでオフロードでも安定して走れるのが良いですね」
「とてもカッコよくて素敵な車でしたね」
ゆきはさっき見てきた感想だけをニコニコと述べる。
「助手席も良かったですか?」
「良かったですよ」
座り心地以外分かりようもなかったので、それ以上言えることもない。けれども目雲はゆきの印象を逐一確認していた。
「ではこちらの方で考えていきましょうか」
目雲の部屋の変わりようを見回っていた宮前はベッドの隣りの置かれたローテーブルでゆきと目雲がさっきまで見て回ってきた車のパンフレットを広げて会議している間に割り込んだ。
「周弥はキャンプ好きになったのか?」
もともと宮前とまた三人で会おうと約束していたから、それが目雲の部屋だったのだ。午前中は別の用事があった宮前がゆきと目雲の車探しのデート帰りに部屋に来るとほぼ同時にやって来ていた。
以前の部屋で使っていたローテーブルとは違う一回り小さくなったそれを検品するかのように眺めて触っている宮前に眉をひそめながらも目雲はちゃんと答える。
「なってない」
「じゃあそんな山奥に行くほどの車いるのか?」
前の部屋にはなかった毛足の長い絨毯がその下に敷いてあるのを撫でながら宮前は聞く。
ゆきはそんな宮前を笑って見ているが、目雲は更に険しい表情になる。
「行くこともあるかもしれないだろ」
「同僚がキャンプ好きでもそんな年に何回も行かないだろう」
「年に一回でも行くことがあれば必要だろ」
「お前がその車、気にいっただけだろ」
「何でもいいから、少しでも利用価値がある方が良いというだけだ」
「まったく、ゆきちゃんどう思う? こいつのこの感じ。気に入ったって言えばいいものを」
ゆきは二人の会話を笑って聞いている。
「目雲さんが気に入ってくれてるならいいなとは思います」
「気に入っています」
実際のところは宮前に言った方が本心の目雲だったが、真面目な顔で冗談半分にゆきの言葉に乗ったことに、その幼馴染は脱力する。
「お前、本当に……。呆れるわ。もう、ゆきちゃん、本当にこんなやつでいいの? 俺は心配だよ」
「私まで心配してくれるんですか?」
「当たり前だよ、何だったら今はゆきちゃんだけが心配だ」
「目雲さんの方だけで大丈夫ですよ」
「いや、ゆきちゃんがいれば周弥なんて心配する必要なんてないから、だから俺はゆきちゃんの心配をするの」
「ゆきさんの心配をお前がする必要はない」
目雲はテーブルの上を整頓しながら相変わらず宮前に容赦ない。
ゆきはそれに微笑みながらも宮前に心掛けると約束した。
「では、極力心配を掛けないようにします」
宮前はそんなゆきの様子から考えを改めた。
「そうだよね、考えればゆきちゃんが何かするってよりも、周弥がやらかす心配した方がいんだから、やっぱり周弥を気にしてた方がいいのか」
「なにもしないだろ」
「どの口が言うんだ、この部屋だって、ゆきちゃんが来るからって当たり前みたいにいろいろ揃えてるけど、もとはベッド以外何もなかったんだよ」
ゆきはぐるりと見まわして、以前の部屋でも見かけた間接照明や本棚が置かれていて、物は決して多くないが生活感が全くないということもない。
落ちつた雰囲気に相変わらずのセンスの良さを感じ、自分と真逆ではないだろうかと考え、ふと本当に逆だと思い出した。
「私はベッドがなかったので、この前買ったところですよ。組み立てるのがなかなか大変でした」
宮前が驚いた。
「ゆきちゃん一人で組み立てたの?」
「はい、今度は本棚が届くので、また奮闘ですね」
奮闘と言う言葉に危機感を持ったのは目雲だけなく宮前もだった。
「手伝いに行こうか? 本棚ってたぶん小さいのじゃないでしょ? 一人だと危ないよ」
以前の会話で本が本棚から溢れると言っていたのを覚えていた宮前が本気で心配を示す。
「危ないでしょうか?」
首を傾げるゆきに真っ先に目雲が頷いた。
「行きます」
「俺も行っていい?」
ゆきが嬉しいですけど迷惑ではないかと聞く横で目雲が深く眉間に皺を寄せている。
「なんでお前も来るんだ」
「ゆきちゃんと二人で作るより、俺と二人の方が安全だろ」
「一人でもいいだろ」
目雲の主張に、ゆきは自分が頼んだ本棚を考えながら目雲と二人で組み立てるところを想像すると身長差もあって自分がとんでもなく足手まといに見えた。そうなると目雲一人に組み立てさせることになり、それは酷く大変なような気がした。
「シンプルなんですけどサイズだけは大きいの頼んじゃったので、宮前さんの言う通りかもしれません」
「じゃあ二人で行くよ、そのあとご飯食べに行こうよ。ピザが旨い所見つけたから」
「好きです、ピザ」
以前だったらまず遠慮していたゆきだったが、もうそれが必要ない相手だと宮前との関係を考えていた。そしてそれは宮前にとっても間違いではなかった。
「他のもなかなか旨くてさ、いろいろ食べようね」
「それは楽しみになっちゃいますね」
ゆきが喜んでいるなら目雲はそれ以上は宮前に何も言わない。
「その前にとりあえず今日の夕飯だな」
宮前が言ったのにもかかわらず目雲の顔はゆきに向いている。
「作ってきますね」
「何か手伝いましょうか?」
「いえ、ゆっくりしててください」
「俺とお喋りでもしてよう。頼んだ本棚教えて、イメトレする」
「イメトレですか?」
宮前とゆきが話始めるのを横目に立ち上がった目雲は夕飯の支度を始める。
「それが一番大事だったりするんだよ」
「なるほど、言われてみればそうかもしれません」
ゆきがスマホの画面を見せると、宮前はそれを読み込んだ。
「おっきいの頼んだね、これ本当に一人で組み立てるつもりだったの?」
「背板もなくて、枠をネジで留めるだけって感じだったので、簡単だと思ったんですけど」
「組み立て自体は簡単そうだけど、持ち上げたりするのは重たいんじゃないかな」
「ダメそうだったら友達に頼もうかと」
「周弥じゃなくて?」
ゆきは眉を下げた。
「これを注文した頃はまだ」
「あ、納得。じゃあ一カ月以上前に頼んだ?」
逆算から納期が遅いことに気が付いた宮前に、その事情を説明する。
「一番大きいサイズが欠品してたんです、でもせっかく買うなら欲しいのがいいんじゃないかと思って。これも結構探したんです、似た様なのはいっぱいあるんですけど高さとか幅とか色とか、あとこれ後から引きだしが付けられるんです」
「なんかそういうところも周弥と合いそうだわ」
思い当たらないゆきが不思議そうにする。
「そうなんですか?」
「周弥もめっちゃ調べてから買うタイプ、車もそんな感じでしょ?」
ここのところの目雲の様子がありありとゆきの脳裏に浮かんだ。
「あ、そうですね。いっぱい調べるので、本当にどれが欲しいのか分からなかったんです」
「勉強好きはそういうところにも表れるんだよな」
「私は勉強はそんなに好きではなくて、単純に無駄遣いできるお金がないからなんですけど」
それが普通だから安心してと宮前が慰めるとゆきは良かったと妙な連帯感を感じた。
つまり目雲の特異性を二人で心の中で共感しあっていた。
宮前はまたゆきのスマホで詳細を読む。
「引き出しも一緒に頼んであるの?」
「本棚組み立ててからだなと思ってまだなんです」
あれば便利だとは思ったが、一気に届いて組み立てきれない想定もあって後回しにした。
「じゃあ頼んどきなよ、一緒にやっちゃうからさ」
「そんなそんな、そこまでは」
本棚は自分の目論見が悪かったと思ったからこそ、申し出に甘えることができたがそれ以上作業を増やすことは流石にゆきも躊躇がある。
「後からだと入らなかったりとかあるよ。あと俺も意外とDIYが好きだったりするんだよね」
自慢げな宮前にゆきが驚く。
「そうなんですか! 何か作ってるんですか?」
「今は賃貸だから大きなのは作れないんだけど、子供の頃から周弥の家でいろいろやらせてもらってさ」
「目雲さんのお家ですか?」
比較的近くに実家があるという話以外はまだ聞いたことのなかったゆきは、いろいろ作れる家と言うのがすぐに思い浮かばなかった。
その疑問も宮前が解決する。
「そうそう、オヤジさんが芸術家なんだよ。主に油絵とか描いてるんだけど、彫刻とかもするから道具とか作業場があって、そこで遊ばせてもらって色々作ってたんだ」
「そうなんですね、すごいお父様なんですね」
ゆきもそこまで本格的な芸術家という知り合いがいなかったので、凄そうだという以上のイメージが具体的にできない。
小学生からの幼馴染で、よく実家にも行っていたという宮前が詳しいことには特に疑問はなかったがゆきはちらりと作業する目雲の背中を見る。
特に気にしている様子もなく、黙々とキッチンに向かっているのをゆきが少し見つめていると宮前がさらに詳しい情報を提供してくれる。
「ほら、母方の祖父さんが資産家だって言ったでしょ。その祖父さんがもともとオヤジさんの若い頃からの後援者って意味の方のパトロンでそれで周弥のママさんに出会ったんだよ。ママさんの一目ぼれで、熱烈アタックでオヤジさんもまだそこまで売れてなかったから祖父さんに反対されたんだけど、駆け落ちみたいな感じで結婚して、周弥が小さい頃は結構貧乏だったみたい」
キッチンと言ってもすぐ近くにいる目雲が聞こえていないはずはないので、宮前が話すことを止めなかったのならば聞いても良い話なのだと、ゆきは宮前の話に聞き入った。
「ご苦労されたんですね」
「どうかな、それはそれで楽しかったみたいだけど。オヤジさんもママさんも嬉しそうにいろいろしゃべってたよ。周弥が小学校はいる前くらいには祖父さんとも和解して、それもあったのかオヤジさんの絵も売れるようになってまた生活変わったらしいけど」
ここまで知っているのは宮前が幼馴染だと言うだけでなく、目雲の家族と仲が良いのとコミュニケーションスキルの高さの結果だろうと、ゆきにも分かる。
「人に歴史ありですね、なんだか小説みたいな話です」
「だよね、俺もそう思う。前にも言ったけど、ここは兄弟三人もなかなか話題も豊富だよ。全員背が高くてさ、子供の頃からモテてた。兄ちゃんは周弥をもう少し柔らかくした感じで一番の常識人だから気苦労が絶えないだろうな。弟は逆に軽かった、チャラいとまではいかないけど、今はまあ落ち着いてるけどね」
その時、ローテーブルの上に置かれていた目雲のスマホが震えだした。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~
神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。
一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!?
美味しいご飯と家族と仕事と夢。
能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。
※注意※ 2020年執筆作品
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる