23 / 86
第一章 隣の部屋に住む人は
22
しおりを挟む
次の日、宮前は目雲の引っ越し先のマンションに来ていた。
1Kの部屋にベッド以外の家具はなく、あとは仕事に必要なものと最低限の服だけがクローゼットに詰め込まれていた。
一見ワンルームではあるが壁付けのキッチンはダイニングには狭いが作業台くらいなら置けるスペースが取られ完全に独立するよう仕切りの引き戸があり、閉めてしまうと部屋の中にはぽつんとベッドだけ。そのせいでベッドがダブルサイズにも関わらず部屋がやたらと広く見える。
その広すぎる居室と狭いとも広いとも言えないキッチンルーム。目雲の事務所には近かったが、その偏った妙な間取りのせいでなかなか借り手がつかない、清潔だけが強みの築年数のある部屋だった。
少し重苦しくも感じる暗いフローリングも建具を囲う木材の経年の茶色も張り替えられた壁紙だけが妙に綺麗な違和感も、あちこちにあるそんなちぐはぐさが今の目雲には、何も気にならなかった。
家電も冷蔵庫と洗濯機だけ。食器や料理器具もなく、冷蔵庫の中身も水だけだ。
勝手に室内を物色しているのを無視してベッドの上のパソコンで仕事のメールを打っていた目雲の傍に宮前は立った。
「他の物は?」
「トランクルームだ」
目線を寄越さない目雲に宮前は慣れたものだ。
「捨てたと言わなかったことだけは褒めてやる」
自分で招いた事態なのに、どうしてお前の方が荒んでるんだと宮前は罵ってやりたい気持ちでいっぱいだったが、それが目雲にとっては何の意味もないことも分かっていた。
宮前の目には過去一で投げやりな状態に映り呆れてしまっていたのが、最悪な状況ではないことだけが唯一の安心材料だった。
ゆきといる時の目雲が柔らか過ぎるだけで、以前から素っ気ないのが本来の姿だともいえる。今の部屋程ではないが、もともと物に執着はなく、長く使える方が結果買い替えの手間がないという理由で値の張るものを買うこともあるが本当に良い物だけを調べてから買うので、値段に関係なくその一つを本当に長く丁寧に使う。何かを収集したりもなく、値段に価値を見たりもしない。
合理性を突き詰めたとするならば、今の目雲も全く変わってしまったとも言い難かった。物がないので部屋が荒れないのであれば寧ろ良いこととして捉えることもできる。
そしてなにより倒れてしまうような雰囲気がない。
最悪な時を知っている宮前はどうしてもその時と比べてしまうから、宮前の連絡を無視することもなく、顔色もまだギリギリ正常範囲内で、食事も外食でそれなりに食べていると言われれば、まだなんとか大丈夫だと思えた。
これを超えると、ゆきが遭遇したように倒れたり、さらにそれを超えると宮前が無理やり世話を焼くことで体調を最低限維持するような状態になってしまう。
「お前って本当に世話が焼けるよね」
「頼んでいない」
「ひどっ、ゆきちゃんが聞いたら幻滅するな」
宮前がわざと名前を出しても目雲は冷静に返す。
「そんなことはない」
「それはどっちの意味かな? ゆきちゃんならそんなことぐらい笑ってくれるってこと? それとも聞いたらってところに係ってる? もう聞いてもらうこともないって?」
目雲は無言のまま手を動かし続けている。
宮前は大きなため息をついて、ベッド脇に胡坐で座り、自分の膝で頬杖をついた。
「ゆきちゃんも引っ越したんだってさ」
せわしなく動いていた指がぴたりと止まった。
「そう、か」
「早くしないとお前とのこと思い出にされちゃうぞ」
「早くそうなればいい」
再び動き出した指は慣れた動きでキーボードを叩くが、思考が別にあることは宮前には分かった。
「気圧とか気候とかで調子崩してるのは分かるけど、それにしたって、思い詰め過ぎだろ」
「思いつめてるわけじゃない」
「じゃあなんで突然ゆきちゃんのこと突き放したんだ? 仲良さそうにしてただろう」
「気のせいだ」
「ゆきちゃんのこと好きだっただろ」
「好きになられても困らせるだけだ」
気持ちそのものは否定しなかったことにも宮前は一つの前進を見たが、そうだからこそ盛大に呆れてしまう。
「困るって、ゆきちゃんはお前のことが好きだって言ったんだろ? それで何を困るんだよ」
「困るから困るんだ」
説明になっていない説明を目雲は繰り返しているが、わざとではなく今の目雲はそう言うことしかできなかった。
目雲はずっといろいろ考えて、考えて、それでも有益な結論はどこにも見つけられずにいた。ゆきのことも考えて、思って、出したはずの結論も後悔していないつもりなのに何も楽にならない。でも正しいと信じるしかなかった。
「お前、いつまで過去の事引きずってるんだよ」
「引きずってるわけじゃない」
「そんなわけないだろ、じゃなきゃ意味がマジで分かんない」
「誰かと一緒にいるのが不向きな人間もいるってだけだ」
それは勿論目雲自身の事を指していて、一緒にいる相手の負担になると思っている。
「そんなもん一緒にいてみないと分からないだろ」
自分はそうじゃないと知ってしまったから今があるんだと目雲は口にはしなかった。
部屋の中に沈黙が訪れる、ただキーボードを叩く音だけが僅かに響いていた。
少しして、ようやく目雲の手は止まり、ノートパソコンは閉じられた。
そしてこの日が初めて目雲と宮前は目が合った。
「不幸にすると分かっててどうして一緒にいれる」
宮前にはどうしてそんな未来しか描けないのか、ゆきといる姿を見ているだけに理解しがたかった。
「ならないかもしれないだろ」
「なったらどうするんだ」
目雲の不安を知ってはいるが、それがゆきを諦める理由になるとは宮前にはどうしても思えない。ゆきという人間を信じてしまっている宮前は、無責任に何の確証もなく二人が一緒にいる雰囲気だけを根拠に目雲を過去から解放してほしいと切に願い始めていた。
「それはゆきちゃんが決めることだろ」
「ゆきさんには、泣いてほしくない」
目雲は本気でそう思おうとしていた。
自分のせいで泣くようなことになって欲しくなかった。
それがゆきの幸せのためだとその時は本当に思っていたのだ。
「他の男に不幸にされても知らないからな」
宮前の言葉は思わぬ棘となって目雲に刺さった。
宮前が上手いと思うのはここで幸せになってもと言わないところだと目雲も分かっている。わざとゆきが誰かに不幸にされることを一瞬でも想像させるだけで目雲の不安を煽ると知っているからだ。
「幸せになるかもしれないだろ」
「それならいいのか? 知らない男とゆきちゃんが幸せになっても」
「それが」
一番だと思っているのに、口に出せなかった。
ゆきはきっと誰にでも優しいに違いない。
想像のゆきは誰かと笑い合っている、そんなことは簡単に頭に浮かぶ。自分との未来はどうにもほの暗いのに、どうして他の男となんか笑っているのだろうと。身勝手で理不尽な嫉妬心を目雲は自覚してしまう。だから宮前にはそれ以上何も言えなくなってしまった。
よく考えろ、そう言って宮前は帰って行った。
すでに結論も結果も出ていて、何も変えることはできないのだから考えることは何もないと思っているのに、目雲はゆきの幸せについて考える。そしてそれは自分が考えることではないと打ち消してまた考える。
目雲はその抜けだせない思考回路に振り回される感情をずっと持て余していた。
そしてその始まりを思い返す。
春が終わろうとしていたその頃、目雲はゆきを突き放すつもりではなかった。最初はただ心配を掛けたくなくて、頭痛がある日や体のだるさがある日は接触を持たないようにしただけだった。季節の変わり目はそんなもんだと自分ではわかっていたが、そんな日が少し多くなってくると、思いのほか気分が落ち込むことがあり、ますますゆきに連絡できなかった。
その体調のことを正直に言えば良かったのかもしれない。
けれど心配ばかりかける自分が情けなくて、つい言い出せなった。顔を見られて顔色の悪さを指摘されるのも分かっていたから、会わないようにしてしまった。
そのうちそんなことばかりが頭を巡って、これからもこんなことの繰り返しなのかとネガティブに拍車がかかったことは言うまでもない。
けれど、ゆきと少しだけでも繋がっていたくて、本の返却を先延ばしにしてしまったり、姑息だと思えることだけは止められなかった。
目雲にはそんなに時間が立っているとは実感できていなかった。苦痛で永遠の中にいるような感覚が逆に過ぎる時の長さ分からなくさせていた。
そんな時、ゆきが珍しく引くことなく会いたいと連絡が来て、嫌な予感がした。
そう、目雲には嫌な予感だったのだ。
どうしてと聞かれたら?
何て説明すればいいのだろうか。
体調が悪くて少し会えなかったと言えない。
どうして言えないのか。
問いつめられたら目雲の気持ちが知られてしまう。
こんな自分に付き合わせるつもりもないのに、気持ちを知られるのは避けたかった。
振られるのも思わせぶりになるのも期待させるのも、全部嫌で、それで会えないでいたのに。
それが、なんて自分勝手だったんだろう。そう気が付いた時にはもう遅かった。
ゆきに告白されたのだと理解した時に、想像できなかったゆきの気持ちを気付かされた。
ただ、言われた瞬間はその気持ちが嬉しくてゆきがただ輝いて見えて、何も考えられなかった。
だから思わず唇を奪ってしまって、それなのに、拒絶してしまった。
けれどゆきが走り去ったあと、それで良かったんだとその考えに戻る。
自分となんかいたらきっと心配ばかりかけて迷惑を掛けて、ゆきの負担になるだけだからと。
だからこれで良かったんだ。目雲は宮前の言葉が刺さったまま再度思い込もうとした。
自分より酷い男なんていくらでもいるかもしれない。
でもゆきならずっと良い奴を見つけられるとも思う。
自分なんかよりずっとゆきを大事にできる誰かときっと出会う。
それが一番いい。
そう思い込むことでなんとか毎日をやり過ごし、相変わらずすぐれない体調に振り回されていた。
その数日後、目雲は朝から鈍い頭痛を抱えながらもクライアントに会うために車で外に出ていた。そして偶然歩いてるゆきを見つけてしまった。
楽し気に見知らぬ男と二人歩いてるところを。
1Kの部屋にベッド以外の家具はなく、あとは仕事に必要なものと最低限の服だけがクローゼットに詰め込まれていた。
一見ワンルームではあるが壁付けのキッチンはダイニングには狭いが作業台くらいなら置けるスペースが取られ完全に独立するよう仕切りの引き戸があり、閉めてしまうと部屋の中にはぽつんとベッドだけ。そのせいでベッドがダブルサイズにも関わらず部屋がやたらと広く見える。
その広すぎる居室と狭いとも広いとも言えないキッチンルーム。目雲の事務所には近かったが、その偏った妙な間取りのせいでなかなか借り手がつかない、清潔だけが強みの築年数のある部屋だった。
少し重苦しくも感じる暗いフローリングも建具を囲う木材の経年の茶色も張り替えられた壁紙だけが妙に綺麗な違和感も、あちこちにあるそんなちぐはぐさが今の目雲には、何も気にならなかった。
家電も冷蔵庫と洗濯機だけ。食器や料理器具もなく、冷蔵庫の中身も水だけだ。
勝手に室内を物色しているのを無視してベッドの上のパソコンで仕事のメールを打っていた目雲の傍に宮前は立った。
「他の物は?」
「トランクルームだ」
目線を寄越さない目雲に宮前は慣れたものだ。
「捨てたと言わなかったことだけは褒めてやる」
自分で招いた事態なのに、どうしてお前の方が荒んでるんだと宮前は罵ってやりたい気持ちでいっぱいだったが、それが目雲にとっては何の意味もないことも分かっていた。
宮前の目には過去一で投げやりな状態に映り呆れてしまっていたのが、最悪な状況ではないことだけが唯一の安心材料だった。
ゆきといる時の目雲が柔らか過ぎるだけで、以前から素っ気ないのが本来の姿だともいえる。今の部屋程ではないが、もともと物に執着はなく、長く使える方が結果買い替えの手間がないという理由で値の張るものを買うこともあるが本当に良い物だけを調べてから買うので、値段に関係なくその一つを本当に長く丁寧に使う。何かを収集したりもなく、値段に価値を見たりもしない。
合理性を突き詰めたとするならば、今の目雲も全く変わってしまったとも言い難かった。物がないので部屋が荒れないのであれば寧ろ良いこととして捉えることもできる。
そしてなにより倒れてしまうような雰囲気がない。
最悪な時を知っている宮前はどうしてもその時と比べてしまうから、宮前の連絡を無視することもなく、顔色もまだギリギリ正常範囲内で、食事も外食でそれなりに食べていると言われれば、まだなんとか大丈夫だと思えた。
これを超えると、ゆきが遭遇したように倒れたり、さらにそれを超えると宮前が無理やり世話を焼くことで体調を最低限維持するような状態になってしまう。
「お前って本当に世話が焼けるよね」
「頼んでいない」
「ひどっ、ゆきちゃんが聞いたら幻滅するな」
宮前がわざと名前を出しても目雲は冷静に返す。
「そんなことはない」
「それはどっちの意味かな? ゆきちゃんならそんなことぐらい笑ってくれるってこと? それとも聞いたらってところに係ってる? もう聞いてもらうこともないって?」
目雲は無言のまま手を動かし続けている。
宮前は大きなため息をついて、ベッド脇に胡坐で座り、自分の膝で頬杖をついた。
「ゆきちゃんも引っ越したんだってさ」
せわしなく動いていた指がぴたりと止まった。
「そう、か」
「早くしないとお前とのこと思い出にされちゃうぞ」
「早くそうなればいい」
再び動き出した指は慣れた動きでキーボードを叩くが、思考が別にあることは宮前には分かった。
「気圧とか気候とかで調子崩してるのは分かるけど、それにしたって、思い詰め過ぎだろ」
「思いつめてるわけじゃない」
「じゃあなんで突然ゆきちゃんのこと突き放したんだ? 仲良さそうにしてただろう」
「気のせいだ」
「ゆきちゃんのこと好きだっただろ」
「好きになられても困らせるだけだ」
気持ちそのものは否定しなかったことにも宮前は一つの前進を見たが、そうだからこそ盛大に呆れてしまう。
「困るって、ゆきちゃんはお前のことが好きだって言ったんだろ? それで何を困るんだよ」
「困るから困るんだ」
説明になっていない説明を目雲は繰り返しているが、わざとではなく今の目雲はそう言うことしかできなかった。
目雲はずっといろいろ考えて、考えて、それでも有益な結論はどこにも見つけられずにいた。ゆきのことも考えて、思って、出したはずの結論も後悔していないつもりなのに何も楽にならない。でも正しいと信じるしかなかった。
「お前、いつまで過去の事引きずってるんだよ」
「引きずってるわけじゃない」
「そんなわけないだろ、じゃなきゃ意味がマジで分かんない」
「誰かと一緒にいるのが不向きな人間もいるってだけだ」
それは勿論目雲自身の事を指していて、一緒にいる相手の負担になると思っている。
「そんなもん一緒にいてみないと分からないだろ」
自分はそうじゃないと知ってしまったから今があるんだと目雲は口にはしなかった。
部屋の中に沈黙が訪れる、ただキーボードを叩く音だけが僅かに響いていた。
少しして、ようやく目雲の手は止まり、ノートパソコンは閉じられた。
そしてこの日が初めて目雲と宮前は目が合った。
「不幸にすると分かっててどうして一緒にいれる」
宮前にはどうしてそんな未来しか描けないのか、ゆきといる姿を見ているだけに理解しがたかった。
「ならないかもしれないだろ」
「なったらどうするんだ」
目雲の不安を知ってはいるが、それがゆきを諦める理由になるとは宮前にはどうしても思えない。ゆきという人間を信じてしまっている宮前は、無責任に何の確証もなく二人が一緒にいる雰囲気だけを根拠に目雲を過去から解放してほしいと切に願い始めていた。
「それはゆきちゃんが決めることだろ」
「ゆきさんには、泣いてほしくない」
目雲は本気でそう思おうとしていた。
自分のせいで泣くようなことになって欲しくなかった。
それがゆきの幸せのためだとその時は本当に思っていたのだ。
「他の男に不幸にされても知らないからな」
宮前の言葉は思わぬ棘となって目雲に刺さった。
宮前が上手いと思うのはここで幸せになってもと言わないところだと目雲も分かっている。わざとゆきが誰かに不幸にされることを一瞬でも想像させるだけで目雲の不安を煽ると知っているからだ。
「幸せになるかもしれないだろ」
「それならいいのか? 知らない男とゆきちゃんが幸せになっても」
「それが」
一番だと思っているのに、口に出せなかった。
ゆきはきっと誰にでも優しいに違いない。
想像のゆきは誰かと笑い合っている、そんなことは簡単に頭に浮かぶ。自分との未来はどうにもほの暗いのに、どうして他の男となんか笑っているのだろうと。身勝手で理不尽な嫉妬心を目雲は自覚してしまう。だから宮前にはそれ以上何も言えなくなってしまった。
よく考えろ、そう言って宮前は帰って行った。
すでに結論も結果も出ていて、何も変えることはできないのだから考えることは何もないと思っているのに、目雲はゆきの幸せについて考える。そしてそれは自分が考えることではないと打ち消してまた考える。
目雲はその抜けだせない思考回路に振り回される感情をずっと持て余していた。
そしてその始まりを思い返す。
春が終わろうとしていたその頃、目雲はゆきを突き放すつもりではなかった。最初はただ心配を掛けたくなくて、頭痛がある日や体のだるさがある日は接触を持たないようにしただけだった。季節の変わり目はそんなもんだと自分ではわかっていたが、そんな日が少し多くなってくると、思いのほか気分が落ち込むことがあり、ますますゆきに連絡できなかった。
その体調のことを正直に言えば良かったのかもしれない。
けれど心配ばかりかける自分が情けなくて、つい言い出せなった。顔を見られて顔色の悪さを指摘されるのも分かっていたから、会わないようにしてしまった。
そのうちそんなことばかりが頭を巡って、これからもこんなことの繰り返しなのかとネガティブに拍車がかかったことは言うまでもない。
けれど、ゆきと少しだけでも繋がっていたくて、本の返却を先延ばしにしてしまったり、姑息だと思えることだけは止められなかった。
目雲にはそんなに時間が立っているとは実感できていなかった。苦痛で永遠の中にいるような感覚が逆に過ぎる時の長さ分からなくさせていた。
そんな時、ゆきが珍しく引くことなく会いたいと連絡が来て、嫌な予感がした。
そう、目雲には嫌な予感だったのだ。
どうしてと聞かれたら?
何て説明すればいいのだろうか。
体調が悪くて少し会えなかったと言えない。
どうして言えないのか。
問いつめられたら目雲の気持ちが知られてしまう。
こんな自分に付き合わせるつもりもないのに、気持ちを知られるのは避けたかった。
振られるのも思わせぶりになるのも期待させるのも、全部嫌で、それで会えないでいたのに。
それが、なんて自分勝手だったんだろう。そう気が付いた時にはもう遅かった。
ゆきに告白されたのだと理解した時に、想像できなかったゆきの気持ちを気付かされた。
ただ、言われた瞬間はその気持ちが嬉しくてゆきがただ輝いて見えて、何も考えられなかった。
だから思わず唇を奪ってしまって、それなのに、拒絶してしまった。
けれどゆきが走り去ったあと、それで良かったんだとその考えに戻る。
自分となんかいたらきっと心配ばかりかけて迷惑を掛けて、ゆきの負担になるだけだからと。
だからこれで良かったんだ。目雲は宮前の言葉が刺さったまま再度思い込もうとした。
自分より酷い男なんていくらでもいるかもしれない。
でもゆきならずっと良い奴を見つけられるとも思う。
自分なんかよりずっとゆきを大事にできる誰かときっと出会う。
それが一番いい。
そう思い込むことでなんとか毎日をやり過ごし、相変わらずすぐれない体調に振り回されていた。
その数日後、目雲は朝から鈍い頭痛を抱えながらもクライアントに会うために車で外に出ていた。そして偶然歩いてるゆきを見つけてしまった。
楽し気に見知らぬ男と二人歩いてるところを。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
兄貴がイケメンすぎる件
みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。
しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。
しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。
「僕と付き合って!」
そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。
「俺とアイツ、どっちが好きなの?」
兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。
それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。
世奈が恋人として選ぶのは……どっち?
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~
神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。
一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!?
美味しいご飯と家族と仕事と夢。
能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。
※注意※ 2020年執筆作品
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる