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第一章 隣の部屋に住む人は
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それから間もなくの事、愛美待望の飲み会参加が叶う日が来た。
実家との行き来も含め多忙の中帰ってきた時に、愛美は目雲や宮前とどんなことがあったのかその都度聞きたがったので、ゆきは聞かれるままに報告するのが習慣のようになっていた。
だから愛美は実際に会えると日を心待ちにしていた。
土曜の晩、目雲の家に初めてやってきた愛美は宮前との簡単な自己紹介を終えると早速各々グラスを持つ。
「「「かんぱーい」」」
今回はダイニングテーブルでなくリビングのローテーブルで、キッチンに一番近い位置に目雲が座り、その向かいの壁側に宮前、その二人の対角にソファーを背にしてゆきと愛美が並んで座り、その正面は敢えて誰も座らないことでホットプレートで作業がしやすくしていた。
毎度のことながらテーブルにはすでにいくつかの料理が並んでいるが、目雲は乾杯をしてからもキッチンに戻る。
愛美とゆきが部屋で作ってきた物と宮前がデパ地下で買ってきた物、もちろん目雲が作ったものもある。
ホットプレートはチーズを溶かすためだったり、アヒージョなどの他の料理の保温の意味合いで置いてあるので今は調理していないが、そのうち〆のご飯ものでもやろうかと話していた。
「やっとですよ、やっと参加できた」
愛美が飲み干したビールのグラスを置くと感情を溢れさせる。
宮前がそんな愛美を笑いながら労い、ビールを注ぐ。
「実家の方は落ち着いた?」
予定を合わせる段階で簡単に忙しさの状況を説明していたので宮前も目雲も大まかには愛美の近況は理解していた。
ありがとうございますと素直にグラスを差し出していた愛美は渋い顔をした。
「ぼちぼちですね。実家で小さな会社やってるんですけど、父親倒れちゃって」
「それは大変だね」
宮前も語られる詳細に状況を察して悲哀の籠る目を向けるが、当の愛美はその綺麗な眉間に皺を寄せる割に深刻さはなく、話し方はあっさりしたものだった。
「命の危機は脱したんですけど、すぐに働けるわけじゃないんで、兄と私とで今は何とかしてる感じで」
ゆきはもちろん知っていることなので聞きながら、アルミの容器の中で溶け始めたチーズが焦げ付かないように火加減を見たり、届かないだろう料理を二人に取り分けたりしながら自分もちょくちょくと摘まんでいる。
「お兄さんはもともとその会社で働いてたの?」
宮前もゆきからもらった料理に箸を付けながら愛美に聞く。
「いや、まったく別の業種のところで働いてたんで、私も含め二人とも四苦八苦って感じですね。私は自分の仕事もあるし、そもそも父親のワンマン経営だったのもあっていろいろ大変です」
「そっか、お疲れさまだねぇ」
「本当に、もう、お疲れ様です」
深く実感の籠った言葉に、宮前と愛美がお疲れとお疲れと肩を叩き合っている。
そんな二人をみてゆきは笑っていた。
料理の感想を言い合っていると、目雲もようやく腰を落ち着かせた辺りで宮前が愛美に尋ねる。
「メグちゃん驚かなかった? ゆきちゃんが隣の男と仲良くなってて」
「仲良く」
その言葉に無理やり親しくなろうとしているような印象を持った目雲がどこか抗議するように言うと、宮前は悪びれもない視線を送る。
「そうだろ?」
愛美は率直な感想を述べた。
「驚きましたよ」
そしてゆきはそれを補う。
「最初は少し怒られました」
ゆきが苦笑する。
それに宮前が反応した。
「え、あ! 不用心だって?」
やっぱりと言いたそうな表情で聞く宮前にゆきが苦笑で返す。
「そうです」
そして愛美が改めてゆきを窘め始める。
「変な人だったら危険極まりない行動だと思いませんか? 目雲さんが良い人だったから良かったものの、危ない人だったらどうなっていたか」
宮前が一番頷いている。
「そうだよね、俺も始め聞いた時は警戒心が薄いのかなって思ったよ」
「酔っぱらいに理性なんかないですよね」
愛美の同意にゆきも少し反論をする。
「さすがに私もそこまで考えなしじゃないよ」
「本当にすみません」
当然発端の目雲は謝るばかりだが、目雲さんは仕方ないですよと愛美もフォローする。
危ないのはゆきだからと、愛美が言えば、ゆきもきちんと説明を補足する。
「目雲さんは泥酔してても紳士でしたよ、あと演技にしては危険な状態過ぎました。顔色、呼吸の荒さ、早い鼓動、手足の力の入り方、無視できる程度ではなかったです」
ゆきが運んだと聞いた段階で目雲が動けないほどではなかったと考えていた宮前はそこまで深刻な状態ではなかったと思っていたのだが、ゆきが今上げたことを一つずつリアルに想像して、それら全てが心配するレベルだとすると一刻立ちくらんだような程ではないと思い至る。
「マジで危なかった?」
倒れている人間の状態を咄嗟にそれほど観察できるゆきにも宮前は驚いていたが、目雲の深刻さがより気にかかった。
目雲を知る宮前だからこそ、そこまでになるほど酒を飲んだということが心配で酒に溺れるほど飲まなければならないことがあったということになる。
それを正しく察知した目雲がきちんと訳を語る。
「酒の量は多くはなかったが、体の方が疲れてたんだ」
「ゆっくりしたら、落ち着くのにそれほど時間は掛からなかったです」
ゆきもその時の状況を補足して、宮前はほっと息を吐いた。
「そうだよな、周弥本来そんなに酔わないもんな」
「体調が悪いときはそもそも飲まない」
「どうしてその時は飲んだんです?」
愛美が素朴な疑問を聞くと目雲はゆきの取り皿につまみをのせながら説明する。
「それほど体調が悪い自覚がなかったことと、仕事関連の席だったのでその場では全く何とも」
愛美が激しく頷いて返す。
「気を張ってると無理できちゃうことありますよね」
「周弥は自分に無頓着すぎると思うがな」
目雲がゆきのクラスに注ぎ足しながら、綺麗に無視するのを宮前は少し呆れる。
「あ、そだ」
宮前が無頓着という言葉で話そうと思っていたことを思い出して、ゆきを見て微笑んだ。
「この前、ゆきちゃんの働いてるとこ行ったんだけどさ」
「あの定食屋ですか?」
愛美の質問に宮前がそうそうと頷く。そして、じっとゆきを見つめて宣言するように言う。
「ゆきちゃん、接客上手すぎ」
宮前の高評価に少し驚いたゆきは、首を傾げる。
「そんなことないと思いますけど」
釈然としないゆきに、宮前は大げさなくらい首を振る。
「絶対忙しいのにそれを感じさせない落ち着き具合、注文取るのも会計するのもあの中でスムーズ過ぎだし、常連であろう人と近づきすぎない距離感、そしてあのあしらい方」
「あしらい方?」
分からないと言う顔の愛美の横でゆきがハッとしている。
「宮前さん、それは」
「まあまあ、ちゃんと分かってるから」
「なになに?」
ゆきの反応から愛美はますます前のめりになってしまう。
宮前がグラスを片手にその出来事を簡潔にまとめる。
「俺のこと彼氏かってちょい突っ込まれてて、友達だって言っても引かない相手に勝手に片思いの相手だって思わせたんだよ。ゆきちゃんはなにも言ってないよ、ただ」
その時ゆきがした仕草を宮前が再現した。
固まる目雲と笑いだす愛美。
「ゆきだねー、ゆきにそんなのされたらおじさん何もできんよね」
見ても聞いてもいないのにおじさんだと決める愛美に呆れながら、ゆきは訂正できないことだったので、愛美を無視して宮前に改めて頭を下げる。
「本当にすみません」
「大丈夫だって、ゆきちゃんは何にも言ってないじゃん。ついでに俺の予測だと、あの人にこの後何か言われても、俺に付き合ってる人がいるって説明するんでしょ?」
「それは……そう言うしかないときは宮前さんに事前に許可を取ります。お客様の個人情報ですから」
愛美が素早い反応で突っ込む。
「真面目!」
宮前も笑いながらゆきに反論した。
「お客様じゃなくてお友達ね。別に言ってくれていいよ、事実だしね」
「ありがとうございます」
宮前が本当に不快に思っていないことが分かってほっとしたゆきはふと視線を反対にむけると目雲がじっと見つめているのに気が付いた。
「目雲さん?」
「疲れませんか?」
無表情ながら心持心配そうな声色に、ゆきは小首を傾げる。
目雲はゆきの方に体を向けると、瞳を真正面から見つめた。
「セクハラと言ってしまっても良いことです。それをわざわざゆきさんが相手を不快にさせないようにかわさなければならないのは凄く頭を使うことです」
「そんなに頭は使ってないので、それに昼の定食屋ではこれ以上の事はなかなか起こりませんし、そのお客さんはよく来てくれる方なので、ちょっと心配もしてくれてるんだと思います。それに私に絡むタイプの方はパートの方が対応してくれてたり、酷いときはたぶん大将が出てきてくれるので大丈夫ですよ」
「本当ですか?」
念を押すように聞かれ、ゆきは微笑み頷きながら店の事を雰囲気を教える。
「本当ですよ。可愛いねって言ってくれるもの毎度のお世辞ですし、パートの方がじゃあ私もねって笑う流れすらでき上ってたりする、面白いお店なんですよ」
だから大丈夫なんだとゆきは目雲に笑いかける。
「それにしてもゆきちゃんこなれてる感じだったな」
宮前も店でのゆきを思い返すと長く働いてるとしても手際の良さ以上の立ち回りのうまさが少し普段のゆきからは想像しづらいくらいのものに宮前には映っていたが、愛美は前職からゆきの働く姿をよく知っているので、ニコニコだ。
「居酒屋でのバイトで培われたスキルだよねー」
「メグのおかげでね」
「どうゆうこと?」
宮前が首を傾げると愛美が二人の出会いから話し始める。
「ゆきが居酒屋で働き始める前からそこ私の行きつけだったんですけど、私はそこで飲んだくれてて。ゆきはバイトそのものに慣れない感じだったから、お客に絡まれても笑ってやり過ごすことしかできてなくて」
「実際初めてのバイトだったので」
ゆきの照れ笑いを微笑ましく受け取りつつも、過去に抱いた疑問が再度浮かぶ。
「そうだ前に言ったねそれ。一緒に働いてたのなら分からないでもないけど、なんでお客さんのメグちゃんのお陰?」
「私が聞くに堪えなくてブチ切れちゃって、その客と喧嘩しました」
愛美がなんてことないように答えて驚かせた。今の落ち着いた身なりの綺麗な愛美からはあまり想像できない。
「メグはよく喧嘩してたけどね」
ゆきは目線をお皿にのせてそっぽを向いたままぽつりと突っ込む。それを長し目で愛美が睨む。
「そうだけど」
ゆきの友人との気安い言動はこれまで宮前と目雲といた時とは少し違っていて、二人を和ませる。
「それで仲良くなったの?」
宮前の問いに愛美は首を振った。
「だってゆきのこと嫌いだったもん」
ゆきもそれは知っているし実際当時面と向かって言われてもいたので笑って箸を動かしながら聞いていた。
けれどまた驚くのは宮前と目雲だった。
実家との行き来も含め多忙の中帰ってきた時に、愛美は目雲や宮前とどんなことがあったのかその都度聞きたがったので、ゆきは聞かれるままに報告するのが習慣のようになっていた。
だから愛美は実際に会えると日を心待ちにしていた。
土曜の晩、目雲の家に初めてやってきた愛美は宮前との簡単な自己紹介を終えると早速各々グラスを持つ。
「「「かんぱーい」」」
今回はダイニングテーブルでなくリビングのローテーブルで、キッチンに一番近い位置に目雲が座り、その向かいの壁側に宮前、その二人の対角にソファーを背にしてゆきと愛美が並んで座り、その正面は敢えて誰も座らないことでホットプレートで作業がしやすくしていた。
毎度のことながらテーブルにはすでにいくつかの料理が並んでいるが、目雲は乾杯をしてからもキッチンに戻る。
愛美とゆきが部屋で作ってきた物と宮前がデパ地下で買ってきた物、もちろん目雲が作ったものもある。
ホットプレートはチーズを溶かすためだったり、アヒージョなどの他の料理の保温の意味合いで置いてあるので今は調理していないが、そのうち〆のご飯ものでもやろうかと話していた。
「やっとですよ、やっと参加できた」
愛美が飲み干したビールのグラスを置くと感情を溢れさせる。
宮前がそんな愛美を笑いながら労い、ビールを注ぐ。
「実家の方は落ち着いた?」
予定を合わせる段階で簡単に忙しさの状況を説明していたので宮前も目雲も大まかには愛美の近況は理解していた。
ありがとうございますと素直にグラスを差し出していた愛美は渋い顔をした。
「ぼちぼちですね。実家で小さな会社やってるんですけど、父親倒れちゃって」
「それは大変だね」
宮前も語られる詳細に状況を察して悲哀の籠る目を向けるが、当の愛美はその綺麗な眉間に皺を寄せる割に深刻さはなく、話し方はあっさりしたものだった。
「命の危機は脱したんですけど、すぐに働けるわけじゃないんで、兄と私とで今は何とかしてる感じで」
ゆきはもちろん知っていることなので聞きながら、アルミの容器の中で溶け始めたチーズが焦げ付かないように火加減を見たり、届かないだろう料理を二人に取り分けたりしながら自分もちょくちょくと摘まんでいる。
「お兄さんはもともとその会社で働いてたの?」
宮前もゆきからもらった料理に箸を付けながら愛美に聞く。
「いや、まったく別の業種のところで働いてたんで、私も含め二人とも四苦八苦って感じですね。私は自分の仕事もあるし、そもそも父親のワンマン経営だったのもあっていろいろ大変です」
「そっか、お疲れさまだねぇ」
「本当に、もう、お疲れ様です」
深く実感の籠った言葉に、宮前と愛美がお疲れとお疲れと肩を叩き合っている。
そんな二人をみてゆきは笑っていた。
料理の感想を言い合っていると、目雲もようやく腰を落ち着かせた辺りで宮前が愛美に尋ねる。
「メグちゃん驚かなかった? ゆきちゃんが隣の男と仲良くなってて」
「仲良く」
その言葉に無理やり親しくなろうとしているような印象を持った目雲がどこか抗議するように言うと、宮前は悪びれもない視線を送る。
「そうだろ?」
愛美は率直な感想を述べた。
「驚きましたよ」
そしてゆきはそれを補う。
「最初は少し怒られました」
ゆきが苦笑する。
それに宮前が反応した。
「え、あ! 不用心だって?」
やっぱりと言いたそうな表情で聞く宮前にゆきが苦笑で返す。
「そうです」
そして愛美が改めてゆきを窘め始める。
「変な人だったら危険極まりない行動だと思いませんか? 目雲さんが良い人だったから良かったものの、危ない人だったらどうなっていたか」
宮前が一番頷いている。
「そうだよね、俺も始め聞いた時は警戒心が薄いのかなって思ったよ」
「酔っぱらいに理性なんかないですよね」
愛美の同意にゆきも少し反論をする。
「さすがに私もそこまで考えなしじゃないよ」
「本当にすみません」
当然発端の目雲は謝るばかりだが、目雲さんは仕方ないですよと愛美もフォローする。
危ないのはゆきだからと、愛美が言えば、ゆきもきちんと説明を補足する。
「目雲さんは泥酔してても紳士でしたよ、あと演技にしては危険な状態過ぎました。顔色、呼吸の荒さ、早い鼓動、手足の力の入り方、無視できる程度ではなかったです」
ゆきが運んだと聞いた段階で目雲が動けないほどではなかったと考えていた宮前はそこまで深刻な状態ではなかったと思っていたのだが、ゆきが今上げたことを一つずつリアルに想像して、それら全てが心配するレベルだとすると一刻立ちくらんだような程ではないと思い至る。
「マジで危なかった?」
倒れている人間の状態を咄嗟にそれほど観察できるゆきにも宮前は驚いていたが、目雲の深刻さがより気にかかった。
目雲を知る宮前だからこそ、そこまでになるほど酒を飲んだということが心配で酒に溺れるほど飲まなければならないことがあったということになる。
それを正しく察知した目雲がきちんと訳を語る。
「酒の量は多くはなかったが、体の方が疲れてたんだ」
「ゆっくりしたら、落ち着くのにそれほど時間は掛からなかったです」
ゆきもその時の状況を補足して、宮前はほっと息を吐いた。
「そうだよな、周弥本来そんなに酔わないもんな」
「体調が悪いときはそもそも飲まない」
「どうしてその時は飲んだんです?」
愛美が素朴な疑問を聞くと目雲はゆきの取り皿につまみをのせながら説明する。
「それほど体調が悪い自覚がなかったことと、仕事関連の席だったのでその場では全く何とも」
愛美が激しく頷いて返す。
「気を張ってると無理できちゃうことありますよね」
「周弥は自分に無頓着すぎると思うがな」
目雲がゆきのクラスに注ぎ足しながら、綺麗に無視するのを宮前は少し呆れる。
「あ、そだ」
宮前が無頓着という言葉で話そうと思っていたことを思い出して、ゆきを見て微笑んだ。
「この前、ゆきちゃんの働いてるとこ行ったんだけどさ」
「あの定食屋ですか?」
愛美の質問に宮前がそうそうと頷く。そして、じっとゆきを見つめて宣言するように言う。
「ゆきちゃん、接客上手すぎ」
宮前の高評価に少し驚いたゆきは、首を傾げる。
「そんなことないと思いますけど」
釈然としないゆきに、宮前は大げさなくらい首を振る。
「絶対忙しいのにそれを感じさせない落ち着き具合、注文取るのも会計するのもあの中でスムーズ過ぎだし、常連であろう人と近づきすぎない距離感、そしてあのあしらい方」
「あしらい方?」
分からないと言う顔の愛美の横でゆきがハッとしている。
「宮前さん、それは」
「まあまあ、ちゃんと分かってるから」
「なになに?」
ゆきの反応から愛美はますます前のめりになってしまう。
宮前がグラスを片手にその出来事を簡潔にまとめる。
「俺のこと彼氏かってちょい突っ込まれてて、友達だって言っても引かない相手に勝手に片思いの相手だって思わせたんだよ。ゆきちゃんはなにも言ってないよ、ただ」
その時ゆきがした仕草を宮前が再現した。
固まる目雲と笑いだす愛美。
「ゆきだねー、ゆきにそんなのされたらおじさん何もできんよね」
見ても聞いてもいないのにおじさんだと決める愛美に呆れながら、ゆきは訂正できないことだったので、愛美を無視して宮前に改めて頭を下げる。
「本当にすみません」
「大丈夫だって、ゆきちゃんは何にも言ってないじゃん。ついでに俺の予測だと、あの人にこの後何か言われても、俺に付き合ってる人がいるって説明するんでしょ?」
「それは……そう言うしかないときは宮前さんに事前に許可を取ります。お客様の個人情報ですから」
愛美が素早い反応で突っ込む。
「真面目!」
宮前も笑いながらゆきに反論した。
「お客様じゃなくてお友達ね。別に言ってくれていいよ、事実だしね」
「ありがとうございます」
宮前が本当に不快に思っていないことが分かってほっとしたゆきはふと視線を反対にむけると目雲がじっと見つめているのに気が付いた。
「目雲さん?」
「疲れませんか?」
無表情ながら心持心配そうな声色に、ゆきは小首を傾げる。
目雲はゆきの方に体を向けると、瞳を真正面から見つめた。
「セクハラと言ってしまっても良いことです。それをわざわざゆきさんが相手を不快にさせないようにかわさなければならないのは凄く頭を使うことです」
「そんなに頭は使ってないので、それに昼の定食屋ではこれ以上の事はなかなか起こりませんし、そのお客さんはよく来てくれる方なので、ちょっと心配もしてくれてるんだと思います。それに私に絡むタイプの方はパートの方が対応してくれてたり、酷いときはたぶん大将が出てきてくれるので大丈夫ですよ」
「本当ですか?」
念を押すように聞かれ、ゆきは微笑み頷きながら店の事を雰囲気を教える。
「本当ですよ。可愛いねって言ってくれるもの毎度のお世辞ですし、パートの方がじゃあ私もねって笑う流れすらでき上ってたりする、面白いお店なんですよ」
だから大丈夫なんだとゆきは目雲に笑いかける。
「それにしてもゆきちゃんこなれてる感じだったな」
宮前も店でのゆきを思い返すと長く働いてるとしても手際の良さ以上の立ち回りのうまさが少し普段のゆきからは想像しづらいくらいのものに宮前には映っていたが、愛美は前職からゆきの働く姿をよく知っているので、ニコニコだ。
「居酒屋でのバイトで培われたスキルだよねー」
「メグのおかげでね」
「どうゆうこと?」
宮前が首を傾げると愛美が二人の出会いから話し始める。
「ゆきが居酒屋で働き始める前からそこ私の行きつけだったんですけど、私はそこで飲んだくれてて。ゆきはバイトそのものに慣れない感じだったから、お客に絡まれても笑ってやり過ごすことしかできてなくて」
「実際初めてのバイトだったので」
ゆきの照れ笑いを微笑ましく受け取りつつも、過去に抱いた疑問が再度浮かぶ。
「そうだ前に言ったねそれ。一緒に働いてたのなら分からないでもないけど、なんでお客さんのメグちゃんのお陰?」
「私が聞くに堪えなくてブチ切れちゃって、その客と喧嘩しました」
愛美がなんてことないように答えて驚かせた。今の落ち着いた身なりの綺麗な愛美からはあまり想像できない。
「メグはよく喧嘩してたけどね」
ゆきは目線をお皿にのせてそっぽを向いたままぽつりと突っ込む。それを長し目で愛美が睨む。
「そうだけど」
ゆきの友人との気安い言動はこれまで宮前と目雲といた時とは少し違っていて、二人を和ませる。
「それで仲良くなったの?」
宮前の問いに愛美は首を振った。
「だってゆきのこと嫌いだったもん」
ゆきもそれは知っているし実際当時面と向かって言われてもいたので笑って箸を動かしながら聞いていた。
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