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第一章 隣の部屋に住む人は

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 ゆきのもう何度目かのいつの間にか空けたグラスの代わりに目雲が別のグラスを持ってきた。

「薄目にしますので、梅酒飲みませんか?」
「わあ、いただきます」
「お湯と炭酸とどちらで割りますか?」
「うーん、今はお湯にしておきます」

 目雲は頷くとキッチンに必要なものを取りに行った。
 宮前はその光景を眺めながら、どう思ったのかゆきに聞いた。

「ゆきちゃん、実はお酒強い?」
「全然強くないですよ」
「でも注がれて飲んでる量結構になってない?」
「弱めのお酒を少しずつ飲むなら大丈夫みたいなんです、でも一気に飲んだり度数の強いお酒飲んだりするとダメですね」

 何度かの失態の後、人前でおかしくならない加減を習得したゆきだった。

「どうなるの?」
「ケラケラ笑っておかしくなります」
「笑い上戸的な?」
「そうなんですかね、ちょっとまともに会話が成立しなくなるので、一緒にいる人に迷惑かたことがあって」

 宮前はこくこくと頷く。

「お酒の失敗って誰にでもあるよね。目の前にまさにいるし」

 戻ってきた目雲を顎で指すと、目雲は少し眉間に皺を寄せた。

「あれは」
「調子良くなかったのに酒入れたから、悪酔いしたんだって」

 宮前に奪われた言い訳を、目雲は正す。

「あの時はまだただ疲れてるだけだと油断したからで」

 そう言いながら目雲の手は確実にゆきのために動いていた。

「そうそう油断、油断。だから許してやって」

 宮前が目雲を軽く受け流しながら、ゆきに笑いかける。

「許すも何も元気になって良かったって思ってるだけですよ」
「良かったな、周弥。普段は周弥もそこそこ飲めるからさ」
「はい」

 ゆきが頷くと目雲は作った梅酒をゆきに渡した。
 手が空いた目雲に宮前がさらにワインを注文し、またキッチンに向かう。それを見送りながら宮前がゆきに尋ねる。

「ところでさ、ゆきちゃん兄弟とかいる? お姉さんだったりしない?」

 梅酒のグラスの縁に口を付けながらゆきは軽く驚いた。

「分かるんですか? 妹が一人いるんです」
「俺が一人っ子だからさ、つい気になっちゃうんだよね。ゆきちゃんずぼらなんていうけど、全然頼りがいがあるっていうか、甘えたくなるっていうか。そんな雰囲気あるよ」
「そんなこと初めて言われましたよ、どこを見たらそんな風に見えたんですか?」

 本当に不思議に思ったゆきは、宮前に詳細を求める。

「だって、周弥に好きにさせてるじゃん」
「……もっと手伝った方がいいですか?」

 戻ってきた目雲にゆきが申し訳なさげに聞くと、目雲は首を横に振った。
 宮前も手を振って否定する。

「ごめん、ごめん。そう意味じゃなくて、ゆきちゃんたぶんできる人じゃん。こういう時さ、どういう手伝いすればいいか気づいてるんだと思うんだよ。目線の動きとかで分かるよ」
「そんな細かいことも分かるんですか? 実際は何もしてないので見てるだけなんですけど」
「周弥がやりたがりだからでしょ、あとお客様だって言われてるのもあるかな。ゆきちゃんそういう空気読んで何もしないでいてくれてるからさ、下に年の離れた兄弟がいるのかなって、優しく見守る的な」

 宮前は良いように解釈してくれているんだと知り、ゆきは有難くも買いかぶりすぎだと笑う。

「五歳下の妹はいますけど、どう考えても良い姉ではなかったと思いますよ。毒にも薬にもならない存在だったと」
「いやー、何にもしないでいるって、結構すごいことだよ」

 感嘆するように告げられてるが、言葉だけを取れば称賛されるようなことではないと苦笑する。

「褒められている気は全くしないですよ、宮前さん」
「あ、違う違う。何もしないんじゃなくて、何が起こってもいい風にいるってこと」
「何が起こってもいい風?」

 そんなことは考えていないゆきは宮前がどういう意味で言ったのか問うた。

「例えば、周弥が動いてばっかりで全然食べてなかったとしたら、ゆきちゃんたぶんあんまり飲まなかったでしょ? その分周弥の手が空くし、それでも食べなかったら、周弥も食べなって促してたと思うよ」
「そういう状況ならそうした可能性もないとは言えないですけど」

 思いっきり否定もできないゆきだが、納得できないというように宮前を見る。それをもちろん承知の宮前は解説を続ける。

「でも周弥はちゃんと最低限は口にしてた。それに、ゆきちゃんにお酒注ぐのが楽しそうだから、遠慮なく飲んだんでしょ? ちゃんと少しでも度数が高いのは外してたから、自分の飲み配分も正確だし」

 ゆきに対する謎の解析より、その観察眼の方にゆきは驚嘆する。

「宮前さんこそ、すっごく周りを見てますね」
「まあね、これは俺の特技かな」

 謙遜せずに、けれど自慢げでもなく笑う宮前にゆきは純粋に尊敬の眼差しを向ける。

「素晴らしい特技です。私はただ楽しいのが好きなだけなので、本当にあまり考えてなくて」
「そうかなぁー」
「そうですよ子供の頃は不思議系のカテゴリーだったと言われたこともありますし、成長してもほのぼの系だって言われてましたよ」

 自分では分からない評価を友人たちから得ていたがゆきは、傍から見た自分の印象はそういうものだと受け入れていた。そちらに寄せようとも覆そうと思ってなかったが、過分な評価は辞退したい気持ちになっていた。

「そうなの?! 確かに見た目は小動物系で可愛いもんね」
「おい」

 宮前の軽口を目雲が止めに入るが、ゆきは笑う。

「あはは、可愛いですか? ありがとうございます。宮前さんはカッコいい肉食目ネコ科ヒョウ族って感じですね」

 宮前がゆきを解析したのでゆきも宮前を分類してみた。宮前は興味津々の様子だ。

「なになに、どんな動物なのそれ? ヒョウ?」
「ライオンとかトラとかですね」
「俺って猛獣に見えてるぅ?」

 猛獣というわけではなかったが、何か目的があってゆきを今日誘ったことは何となく理解していたゆきは、それが男女の出会いや駆け引きの場としてというよりは、宮前が単純に目雲を助けた人間がどんな奴だから知りたかったからだろうなという結論になっていた。
 見た目の軽さとは裏腹に宮前が目雲を大事にしていることを感じていた。
 ゆきも誘いに乗ったのは親交を深めようと言うわけではなく、その軽さの真意が知りたかったからだ。
 笑う宮前にゆきも軽く微笑みながら詳細を付け加えていく。

「ネコ科なんで愛嬌もある感じです。愛らしさと野性味が同居してると言いますか、動物園で人気者なところももしかしたら似てるかもって思いました」
「なんか結構な高評価だ。じゃあじゃあ周弥は何?」

 ゆきは目雲をじっと見つめて考える。

「容姿はタカ目タカ科って感じでしょうか、背が高いのでワシとか。性格はフクロウかもしれないですけど」
「動物じゃなくて鳥類っぽいのか。分かるかも、表情が変わらないとこ、何考えてるの分かりづらいところとかね」

 ゆきはそれには肯定も否定もせず、特にそうだと思った部分だけをしゃべる。

「フクロウは森の賢者って言われたりしてますよね、知識の象徴とか。勉強が苦にならないって仰っていたので、だから。あとすごく視野が広いんです。トビとかもすごく空高く飛んで、いろんなものが見えているんだと思うんです。なんか言わないだけでいろんなこと見えてるんだろうなって」
「そんなことないですよ」

 否定する目雲と逆に宮前は大きく頷いている。

「そうそう周弥は男三兄弟の真ん中なの。上と下もこれまた個性的感じだから、こんな不愛想に成長したんだろうな」

 それから宮前は目雲の兄弟のエピソードをゆきに語って聞かせ、ゆきはそれを笑って聞いていた。

「ゆきちゃんまた飲もうね」
「はい」
「ルームメイトのお姉さんもチャンスがあったら誘おうね、その方がより安心でしょ?」

 今日も楽しかったとゆきが笑いながら、是非一緒にお願いしますと付け加える。

「飲むの大好きなんできっと喜ぶと思います」
「そうだ、ゆきちゃん連絡先教えてよ。また周弥に何あったらすぐ連絡して。何もなくても連絡してくれていいよ」
「はい、ありがとうございます」

 目雲は止めたが、ゆきは素直に頷いた。





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