あいうえおんがく

紫月侑希

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夜に鳴るエチュード

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「ハル」
「ちまちゃん、会いたかったよ!」
 あの再会から10日ほど経って、三人で会う予定がついた。ハルとは、朝倉さんが迷子になって以来に会った。聞けば年は4歳らしい。満面の笑みで駆け寄ってくる姿は、素直に可愛らしいし朝倉さんとよく似ている。しかし、なかなかタラシな台詞を吐きおるな。朝倉さん似ではないなあ、中身は。見た目は、確実に遺伝子受け継いでますねって感じなのに。
「千鞠ちゃん、ありがとう」
「いーえ? ハル、ご飯何がいいの?」
「ブリ大根」
 4歳児の口からまさかブリ大根が出てくるとは思わなかった。この辺で美味しい和食のお店あったかなあ。もしかしたら下手にお店探すよりかは、作った方が早いかもしれない。安く上がるしね。
「チョイスが渋いなーなに?パパは料理上手なの?」
「パパはお料理できないよ。いつもおべんとだし、つくってもこげこげ」
「ああ、ごめんけど想像できる……」
「うわぁハル! ごめんね!」
 無邪気かつ容赦ないハルの言葉を受けて、半泣きになりそうな朝倉さんにジワジワと笑いが込み上げてくる。まぁ、一人で子育てして仕事して家事もやってっていうのはなかなかに無理がある。ただ、ハル曰く「作ってもこげこげ」というのがあまりにもイメージ通りすぎた。だって、料理下手の典型だもん。火加減という概念を知らないの。
「ふむ、ブリ大根か。ハル、お腹はすいてる?」
「まだそんなにすいてない」
「よし、私が作る」
「へ?」
「米は炊いてます?」
「ご飯は、明日もあるし一応」
 和食の店に詳しいわけではないし、ハルがいるなら伸び伸び食べれる所がいいだろう。
「じゃあさ、朝倉さんの家行ってもいいですか? ダメならウチでもいいですよ」
「大丈夫だよ。でも、いいの?」
 朝倉さんは、眉を八の字にして問いかけてくる。
「料理は一応できますよ」
「千鞠ちゃんがいいなら……じゃ、じゃあお願いします!」
「ちまちゃんがつくるの?」
「うむ、よしスーパー行こう」
「やったぁ!」
 側から見たら家族に見えるのだろうか。私がハルのお姉ちゃんで、朝倉さんはお父さん? なんだか面白い。いや、歳の離れた兄妹かもな3人で。

 ***

 近くのスーパーに入って食材調達をする。ツヤツヤのブリを見つけて、思わず心が躍った。ハルは私の手をしっかりと繋いで離さない。私とハルを追いかけてくるように、朝倉さんがカゴを持ってついてくる。また迷子にならなきゃいいけど。
 スーパーの中をぐるっと一周回る。材料を見繕って、朝倉さんがアイスでも買おうかと提案してくれたのでアイスコーナーに向かった。
「ハル何がいいの?」
「チョコ!」
「私はラムレーズン」
「ラムレーズンってなに?」
「乾いたぶどうにちょっとお酒入ったやつかな。大人な味。朝倉さんは?」
「えーっとね、キャラメル」
「甘いもの好きなんですか」
「うん、好き」
 キャラメルっぽいイメージはある。なんだか、ちゃんと話して会うのは2回目なのに妙な居心地の良さを感じる。安心するというか、この親子といると暖かいストーブの前でココアを飲んでいるような気持ちになる。うん、つまり癒しか。なるほど、インターネットで子どもの可愛い動画や行動が話題になるからくりがわかった気がする。
「お会計、3980円です」
「ハイハイ、えっと小銭あるかな」
「4000円でお願いします!」
「20円のお返しです。ありがとうございました~」
 財布を出していたら、朝倉さんがレジのお姉さんに素早くお金を渡して会計が終了してしまった。
「あー全部払っちゃった……半額渡せばいいですかね」
「えっ!なんで?」
「なんでって、全額負担は申し訳ないですよ。私も食べるんだし」
「いやいや、作ってもらうんだよ?俺、料理はてんでダメだから。はい、お財布しまって」
 珍しく押しが強い雰囲気で、朝倉さんは言う。渋々私は財布を鞄の奥へと押しやった。
「こげこげですもんね?」
「うっ……そうなんです、だから俺にはこれくらいさせてほしい」
「ありがとうございます、お言葉に甘えます」
 多分これは、喫茶店のレジ前の私が支払う合戦状態になるから折れたほうが早い。お礼を言えば、朝倉さんはやっぱりパッっと華やぐように笑う。なんて、素直で綺麗な笑顔なんだろう。キラキラ、チカチカしている。月面を間近で見たら、きっとこんな感じなんだろうか?なんてふいに頭の中を掠めた。
「ちまちゃん、だっこして」
「いいよー」
「ああ、千鞠ちゃん僕が!」
「パパじゃない、ちまちゃんがいい」
 ハルは無邪気な笑顔で、私に抱きついてきた。ああ、笑顔がほんとうにそっくりだ。
「ハルぅ……」
「いいよ、軽いし」
「ちまちゃんあったかーい」
「そうかな?ハルのほうが暖かいよ」
 ハルにバッサリとフラれた朝倉さんは、捨てられた仔犬のような目でこっちを見つめている。抱きしめたハルの小さな身体は、熱いくらいに暖かい。
「珍しい、ハルがこんなに甘えるなんて」
「ああ、やっぱりそうなんですね。私の何がお気にめしたのやらね」
「人柄かなあ?そういえば、千鞠ちゃんって何歳?」
「20歳ですよ。朝倉さんは?」
「29歳だよ」
 ものすごく今更ながらに、年齢を知った。イズミさんは実はアラフォーで化け物じみた若さを維持しているけど、朝倉さんも将来そうなりそうだな。
「お互い見えないね」
「本当に。朝倉さんすごく若く見えます」
「ほんと?」
「おうちついたぁ」
 外観は、落ち着いた茶色のマンション。おそらく、5階建てくらいだろうか。案内されれば、朝倉家は3階らしい。扉を開けて、広がる景色に私は少し驚いた。
「おじゃましまーす。片付けはできるんですね、朝倉さん。めっちゃ綺麗じゃないですか」
「掃除と洗濯は好きなんだよね。料理が本当にダメで。今日は、千鞠ちゃんにお任せします」
 部屋の中はすごく綺麗で、ハルが作ったであろう工作とかも飾ってあった。忙しいだろうに、好きとはいってもここまで整理整頓されているのは本当に尊敬する。
「了解です。私は、片付け苦手ですよ。ハル、一緒に手洗いうがいしよう」
「えっ、それも意外」
「そうです?」
「はーい」
 意外かな、私の部屋はどこに何があるかわかった上で散らかしているやつなんだよな。まぁ、言うなれば私的には片付いている。他人から見れば散らかっている。ハルと一緒に洗面所できちんと手を洗って、うがいも完璧にした。
「さて、つくるか」
「よろしくお願いします!」
「ちまちゃんのごはん!」
 人の家の台所に立つなんて、初めてだ。まぁ、朝倉さんの了承を得たし任されたからには責任持ってかつ気合い入れてご飯を作ろうじゃないか。

 ***

 料理を開始すれば、生来の凝り性を相まって結構な量を作り上げてしまった。朝倉さんとハルは、星を瞳に宿したようなそっくりな表情で料理を見つめている。
「食べましょ。じゃあ、いただきます」
「いただきます!」
「いただきまーす!」
 私からいただきますを言えば、しっかりと手を合わせて二人も続く。それだけで、なんだか……温かさを感じるような気がしたんだ。
「おいしい、すごいよ!千鞠ちゃん、すごくおいしい!」
「ちまちゃん、おいしい!おかわり!」
「二人ともそっくりですね、やっぱり。そりゃどーも」
 しかし、まあこうもいい反応が返ってくると純粋に嬉しいな。ご飯を食べたあとは、デザートのアイスを食べてハルと遊んだ。

 ***

「ハル、寝ました?」
「うん、ぐっすりだよ。よほど千鞠ちゃんに会えたのが嬉しかったみたい、普段抱っこなんて言わないし」
 ハルが眠ったのを確認して、私は帰り支度をする。長居するのも申し訳ないし、作曲の仕事もしたいから帰らなければ。
「なんか達観してますよね、ハルって。じゃあ私も帰ります」
「えっ、あっ、千鞠ちゃんあの……」
「ああ、朝ごはんに食べれるようおかずも作りましたから」
「あ、ありがとう!助かるよ……」
 帰る宣言をした私に、朝倉さんは何か言いたげに私を見つめてくる。一体、どうしたんだ。まどろっこしいのは苦手だから、私はストレートに聞いてみた。
「どうしました?」
「いや……今日は本当は、ご馳走したかったんだけどね、お礼も兼ねて」
「ああ、そうなんですね。別にお礼されることはしてないし、困っていたら助けるのが普通じゃないです?」
「いま、それができない人もいるから……」
「まぁ、そうですね」
 お礼とは、多分迷子事件の事だろう。照れ隠しでも謙遜でも何でもなく、お礼をされる事ではないと思う。どちらかと言えば、見過ごせない自分の為にやった事だ。たしかに、あの時は朝倉さんの言う通り見て見ぬ振りをする人達が多かった。でも、朝倉さんの言葉の裏側にはそれだけじゃない何かが隠されているような印象も受けた。
「しかも料理を作ってもらって、お礼が、追いつかないよ」
「じゃあたまに、うちの店……オラトリオに来てくださいよ。私も毎日いるわけじゃないから、来る前にメールしてくれればいいですし。まあハルがいるから、頻繁にじゃなくていいです」
「それだけでいいの?」
「うん。それでコーヒー頼んでください、一番単価がいいから」
  お礼スパイラルになってしまいそうだったから、私は打開すべく案を出した。これならお互いの負担にならないだろう。
「ふふっ、わかった。また、千鞠ちゃんの歌も聞きたいし」
「それは、光栄です。朝倉さん、おやすみなさい」
「送っていこうか?」
「電車あるし、遅くないから大丈夫です。ハルいるから、そっち優先してください」
「でも、ひとりじゃ……」
「大丈夫です。危ないようなら、タクシーとか使うんで……あと朝倉さん」
「ん?」
 私はずっと心に引っかかって仕方がなかったある事を、吐露した。
「……すみませんでした。最初にハルを見たとき、親はなにしてんだって思ったんです。人には人の事情があって……上っ面で物を見ちゃいけないのに」
「えっ!?いや、アレは俺がぼーっとしててしかも迷ってはぐれたから千鞠ちゃんが正しいと思うよ」
「いや……正しいから、とかじゃなくてですね……なんていうか……私、ダメだなって思ったから」
 物事を一方で見るだけではいけない。色々な角度から見て、その先にあるものを想像して予測しないといけないのに。私は、夜遅い時間にハルが迷子という事実をうわべだけ見てしまった。
「ダメじゃないよ、千鞠ちゃんは素敵な人だよ」
「じゃあ、朝倉さんもだ」
 本心だ。朝倉さんは、真っ直ぐで思いやり深い人。
「はは、嬉しい。ありがとう、千鞠ちゃん」
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ、気をつけてね」
 誰かにおやすみを言われるなんて、あまりないからなんだか妙なむず痒さを覚えた。
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