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魔王
しおりを挟む「アーク様――お嬢様をお止めしていただくわけにはいかないでしょうか」
「……止める、か」
「それとなくで構いません。せめて、あまり過激なことにならないように」
「もう手遅れな気がするが……言わんとすることはわかる」
<闇姫>は<梟の矢>を潰した。アジトにいた構成員を皆殺しにした。
これが許されるのは国と民に害を与え、税金も払わない<梟の矢>の構成員が法的に保護の対象外だからである。
むしろ人の数に入らない賊として駆除対象になっている。
一方で、皇族や貴族は最大の保護対象だ。
これらに対し、<梟の矢>と同様のことをすればどうなるか。
「あまり口に出したくはないのですが、お嬢様は貴族たちの間では<魔物姫>などと呼ばれております」
「<魔物姫>ね……その手のあだ名がつくのはわからんでもないが……いや、つーか……やっぱ素顔があんまり知られてねえってことか?」
<闇姫>の素顔は美貌と呼ぶのに何の不足もない。
時代を代表する美姫の一人に数えられてもいいくらいだとアークは思っている。
そうであるからこそ、<魔物姫>という呼称には違和感がある。
それは嫉妬した者が行う揶揄にしても度が過ぎているのではないか。
「お嬢様は、記録上では辺境で療養中となっておりまして」
「間違ってないな。辺境にいる、ってとこだけは……」
<闇姫>はここ数年、辺境都市ライジェルで活動していたことが知れている。
ただし、ソロで活動している上に馬以上の走力があるため、実際はどこにいたのか定かではない。
「療養地は辺境都市ライジェルとは反対側にございます。東の、聖国寄りの街……そこに、二歳の頃より滞在しておられます。理由はすでにご存じかと思いますが」
「――……ああ、天与だろ?」
「天与は生まれたときに授かることが多く、お嬢様も例外ではありませんでした。皇妃様はたいそう嘆かれたそうです。魔物を産んでしまった、と」
制御できていない天与は疎まれる。どこでも、どんな身分でも。
それでも国の記録にある天与ならば対処できたはずで、それができなかったのは<無限龍の尾>が未知だったからだろう。
「……確かに、貴族社会でよろしくない評判が立ちそうだな」
「天与なのは明白ですから、しばらく様子が見られましたが……一、二年では改善せず。皇妃様は漏れ聞こえる噂にいよいよ我慢ならなくなったようです。そうして辺境へ押し込められてより、お嬢様が表舞台に立たれたことはありません。皇族や貴族は天職を得る十歳に、遅くとも十五歳までに社交界へ顔見せを行うのが通例ですが、お嬢様にはその機会は与えられませんでした」
「……本人にその気がなかったんだろ」
今より幼い時分の<闇姫>がどうだったかは知らないが、アークはこれまで<闇姫>と接してきてその性格を多少なり把握はしていた。
社交界に出たければ、自力で出たはずだ、と。
「仰るとおりです。興味がなかったのです。お嬢様は、この国に対して一欠片も愛着をお持ちではないのでしょう。もしもスタンが無事にお嬢様の元に辿り着いていれば、お嬢様はお帰りにならなかったように思います」
「……かもな」
そうなっていたなら、アークは今も燻り続けていただろうか。
活動拠点が重なり続けて、<闇姫>が<無限龍>の正体を追い続けていれば、いずれは見つけてもらえたかもしれないが。
「お嬢様のことですから、相手さえ見つければ上手く報復されるでしょう。証拠の一欠片すら残さないかもしれません」
カテナが目を伏せた。
「ですが、そうして下されば、まだ良いのです……」
「……もしかして、わざと惨殺死体を残す、とかか?」
<冥界騎士>なら死体を消せる。
だが消してしまえば、失踪扱いになるだろう。
自分たちが事実を知っていればそれで構わないと<闇姫>が考えるか否か。
さすがにそこまではアークにはわからない。カテナにもわからないのだろう。
「そうなったとき、情勢がどうなるかもわかりません。わたくしはお嬢様に国に追われる結果になってほしくないのです。たとえ、もうこの国に帰ってこなくともいい……お嬢様がそう考えられていても」
「……ま、冒険者だしな」
「そうですね、国には縛られないと、すでに宣言されているのでしたね」
カテナは小さく笑うと、顔を上げた。
「アーク様はお嬢様の天職――<冥界騎士>の名はご存知でしたか?」
「いや、初耳だったが……」
騎士について、平民かつ普通の冒険者レベルではあるがそれなりに調べていたアークでも<冥界騎士>は聞いたことがなかった。
「過去に魔王と呼ばれた者の天職が、<冥界騎士>なのです」
「……む」
「表の世界にそのお力が向けられてしまったとき、世界がお嬢様の敵になる」
カテナの懸念はあながち的外れでもないと、アークは感じた。
それほどに<闇姫>の力は強大だ。
今のアークは熟練度こそ<闇姫>に伍していると思われるが、それでも戦闘となればどうか。
『――試してみますか。その力を』
皇都までの道中で行った武器のみを使った単純な手合わせでは及ばなかった。
アークは戦闘職として経験不足に過ぎるから今後追いすがれはするだろうし、それは今のアークの目標のひとつでもあるわけだが。
<闇姫>には五つ星冒険者にふさわしいその確かな実力に加えて、さらに<無限龍の尾>がある。
数度見ただけでは把握すらできない圧倒的な性能を考慮すれば、すでに過去の魔王の力を超えているのではないか、とさえ思えるほどだ。
「あんたがそう言えばいいんじゃないのか?」
「……それはできぬ相談かと。今回の絵を描いた者には滅びてほしい。国もろともでも構わない。それがわたくしの希望にございますので」
「――悪い」
「いえ」
カテナの心情の天秤が復讐側に傾いていなければ、そうなることを理解していなければ、<闇姫>は首謀者の手先として利用された闇ギルドを正面から潰したりもしなかったのではないか。
何故ならそれは、首謀者に宣戦布告することに等しいからだ。
結果、<闇姫>に近しい者――カテナの身に危険が及ぶ可能性を押し上げてしまっている。
「あさましいことを申しているのは自分でも理解しております。結局、自分でできないからこその……」
<闇姫>に止まってほしいと願いつつ、復讐の完遂もまた願っている。
自分で報復できていればよかった。
だが自力でやるなら、<闇姫>ほどの力がなければ、少なくとも戦闘職でなければ、百度死んでも本懐は遂げられないだろう。
(……このメイドさんが報復を望んでいる限り、<闇姫>は止まらないってことだ。わりとどうしようもねえよなぁ……)
<闇姫>には大恩がある。
アークは自分が不幸だと思ったことはなかったが、己の低い天井を前に、常に鬱屈した重苦しい感情を抱いていたのは間違いなかった。
初めて乗騎と繋がったあの瞬間――軽くなったのは、能力補正を初めて受けた体だけではなかった。
心もだ。心も軽くなったのだ。
あのときアークは、自分が<龍騎士>に、外れ天職という言葉にどれだけ深く囚われていたのかもはっきり自覚できた。
<闇姫>はアークの心に巣食っていた分厚い曇を晴らしてくれた。
アークの生きる世界を広げ、明るく照らしてくれた。
<闇姫>はそんなふうには考えていないかもしれないが、アークはそう思っている。
そして、その恩は、<闇姫>に何かあればどこにいても駆けつけたいと思うくらいには大きいのだ。
(……だから、魔王なんて呼ばれて、世界から追われるような敵になってもらっちゃ困る)
「困るが……そうなったらまあ、付き合うのも一興かねぇ……」
* * *
「――カテナ、話は聞けましたか」
「はい、お嬢様」
<闇姫>はアークが部屋を出てしばらく経っても椅子の上から動かないでいたカテナに話しかけた。
勝手の知った屋内であるので、<無限龍の尾>は鎧ではなく服として纏っている。
「あの方はどのような方なのでしょうか? 騎士ではなく、冒険者であることはお聞きしましたが……存外、教養がお有りになると申しましょうか……」
「教育を受けたというわけではないそうです。その代わり、幼少の頃より本を片手に仕事をしていたとか」
「器用な方ですね。どのような仕事かお聞きしても?」
「主に、石砕きだそうですよ」
「石、砕き……?」
「その名の通り、鉱石などを細かく砕く仕事です」
掘り出したままの状態よりも、ある程度均一に細かくしておいた方が目的の金属を取り出しやすい。
そういう話のようだ。
「なるほど、と納得しました。スキルを毎日毎日、万単位も使っていれば、それはもう、とてつもない高みにまで成長するでしょう」
スキルは体力・精神力・魔力といった使用者が持つエネルギーのいずれかを消費して発動する。
なので、万全の状態からでも使用できる回数には限界がある。
これは天職由来のスキルでよく知られていることだが、天与スキルも例外ではないとされている。
また、当たり前の話ではあるが、スキルはその効果が大きいほどにエネルギーの消耗も大きくなる。
そういったスキルは一度使った後、次に使えるようになるまでに時間が必要だったりもする。
逆に、スキルがなくとも可能な行為は消費が少ないケースが多い。
その消費エネルギーを自然回復が上回っていれば、一日中でも使い続けることができる。
常時使用可能なスキルとしては騎士職の<操馬>などがあるが、アークの<握る>も規模が小さいので使い続けることは可能であろう。
問題となってくるのは根気の方かもしれない。
仕事とは得てしてそういうものかもしれないが、それを解決するのにもう一方の手で読書とは。
感心すると同時に、そのアンバランスな優雅さを想像すると笑ってしまう。
(……当時の、小さな頃は微笑ましかったのでしょうが)
借金苦が形作ったかのような現在の仏頂面で想像するからよろしくないだけで。
「ふふ」
「――どうかしましたか、カテナ?」
「いえ。彼との出会いは、お嬢様にとって良きものだったのかもしれないと、なんとなく」
「良いものかはさておきますが……天の配剤とは言えるかもしれません。あれほど近くにいたとは」
<闇姫>が求めていたのはただの<龍騎士>ではなく、攻撃力の高い天与を持つ<龍騎士>という世界のどこにもいないかもしれない存在――それが活動拠点としていた辺境都市ライジェルにいたのである。
これまで見つけられなかったのは、<闇姫>が拠点を辺境都市ライジェルに置きつつも各地を点々としていたことと、アークが<龍騎士>であることを周囲に隠してソロで活動していたのが主な理由だが、偶然と呼ぶには出来すぎている。
「まさか……彼は<龍騎士>、なのですか?」
「それも、真価を発揮している、です」
アークが受けている身体能力補正はおそらく、すでに<闇姫>を上回っている。
武器を常に左手一本で扱ってきたこともあり、戦闘に習熟しているとは言えないが――。
「いずれ、彼の名が轟くかもしれませんよ」
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