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4.侍の疑問
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「……どこ、ここ」
目を覚ました鋭介は、うつ伏せでベッドに寝かされていた。
左の頬を潰して右向きになった鋭介の視界には、石造りの壁が見える。
一瞬、牢獄に放り込まれたのかと思ったが、目線を動かすとクラシックながら上品な家具が見えた。
火はついていないが暖炉らしきものもあり、決して貧しいイメージは受けない。
「痛てて……」
身体を起こそうとして、矢が刺さったことを思い出した。
だが、甲志郎の処置が良かったのか、それとも刺さった場所が良かったのか、身体を動かせないほどの痛みではない。
どうにかこうにかベッドに座った鋭介は、大きなため息をついた。
「どうしてあんなことをしたのやら」
自分で自分に呆れる。
甲志郎のように戦えるならわかる。異世界で何かの能力に目覚めたならわかる。だが、彼は18歳の高校生であり、今は高校の服を着ている異邦人に過ぎない。
だが、甲志郎が「感服した」と言ってくれたのは嬉しかった。
その後も何か褒められたような気もするが、憶えていない。
「鋭介どの、目覚められたか。傷の具合は如何かな」
「甲志郎さん」
不意に扉が開いて身構えたが、入ってきたのは甲志郎だった。
まだ出会ってから大して経っていないはずなのに、なぜだかホッとする。
「痛いけれど、もう気絶するほどじゃないかな。それより、甲志郎さんはすごかったね。俺は、無茶やってこの様だよ。我ながら情けないよ」
思い出せば、酷い無茶をしたと鋭介は今更怖くなってきた。
矢が当たった位置が少しでもずれていたなら、今頃は名も知らぬ異世界で半日と持たずに死んでいただろう。
誰かを助けることに成功したことは喜ばしいことだし、行動そのものに後悔はしていない。
「何を言うやら。拙者も気付かなんだ弓手を見つけ、見事女性を救われたのだ。誇るべき戦功であろう」
鋭介が自分の行動をそこまで深く考え込まずに済んでいるのは、甲志郎の存在も大きかった。彼の言葉は鋭介の行動を肯定し、しかも評価してくれる。
もちろん、彼の手腕と比較して落ち込む部分もあるが、そもそも現代の高校生と、職業軍人である侍とでは戦闘に関して能力に差があるのは当然なのだから考えても仕方が無い。
「で、ここはどこなの?」
「拙者たちに与えられた客室だ。あの妙な鎧を着た武者たちは、ニシア公国とかいう国の連中らしい。鋭介どのが言った通り、馬車の中には公女を名乗る御令嬢がおわした」
ニシア公女モニカは、騎士を守るために身を挺した鋭介を自らの馬車に招き入れ、自分のためのソファに寝かせたという。
襲撃時に逃がした騎士の馬たちも無事に呼び戻すことができ、甲志郎も一頭を借りて馬にて馬車と並走してここ、公国の首都の中心にある城へとやって来たのだ。
「馬が余っているなんて……ああ、そういうことか」
「まこと、残念であった」
彼らが駆け付けた時に、すでに盗賊からの攻撃を受けていた女性騎士は結局助からなかった。
甲志郎は彼女の馬を借り、その遺骸は馬車によって鋭介と共に運ばれ、後日の葬儀まで城内の一室で安置されている。
目を閉じて両手を合わせた甲志郎に倣い、鋭介も手を合わせた。
この世界の礼式とは違うかも知れないが、それでも冥福を祈ることは無駄ではないと思いたかった。
「して、これからどうする」
「どうもこうも。いきなりこんな怪我をしてしまったし、できれば治るまでは休ませてもらいたいなぁ」
「で、あろうな。ここはひとつ、この珍妙な形の城に厄介になるとしよう」
甲志郎は珍妙な形と評したが、実際は西洋的な尖塔を持つ白亜の城であり、強固な外壁と堀と見張り所の位置が緻密に計算された見事な建物であった。
その城の中にいる鋭介にも全容はわからず、甲志郎の評価がどの程度正しいかなどわからないので、城そのものに対する評価は口にしなかった。
少なくとも、部屋は快適なものだと思える。
枕元にバッグを見つけ、中身が無事なことを確認した鋭介は、入っていたチョコレートを二欠片だけ折りとって、甲志郎と分け合った。
「おほ、これは甘い! 鋭介どのの時代には、こんなうまいものがあるのか」
「ここでまた手に入るかはわからないから、少しずつにしておこう。それより、甲志郎さんの時代のことを教えてくれない?」
「良いとも。では、その後で日ノ本の将来について教えていただこうか」
用意されていた水でのどを潤しながら、二人はそれぞれの時代について語り合った。
甲志郎がいた時代は江戸時代初期であったらしい。彼自身も戦場を経験しており、ようやく平和な時代が訪れたと思った矢先、上層部の失態で藩そのものが無くなってしまったのだと言う。
「流浪の身になり、数か月。路銀も尽きてふらふらと彷徨っていたところ、眩暈がして倒れたのだ」
そして気付けば、あの草原にいた。
鋭介は甲志郎が戦いに慣れている理由を知った。彼がイメージしていた侍は、どちらかといえば文官然とした公務員であったのだが、甲志郎はもっと荒々しい時代の侍なのだ。
戦士としての侍。そして平和な時代に置いていかれそうになっていた侍。
どこか戦いに高揚していたように見えたのも、そのせいだろうか。
鋭介には、そこまで察するほどの経験はない。
「失礼する。怪我の具合はいかがだろうか」
話の最中、一人の人物が部屋を訪ねて来た。
すらりとしたシャープなラインに控えめな装飾が施された服を着た男性に、鋭介は見覚えがあった。馬車を守っていた男性の騎士だ。
怜悧な印象を受ける切れ長の目つきの美男子だが、表情は曇っている。
「お陰様で、痛みは和らぎました。甲志郎さんに聞きましたが、薬も分けていただいたそうで、ありがとうございます。部屋まで用意していただいて……」
「先に助けられたのは私たちの方だ。礼を言う必要は無いが……喜んでもらえたなら、君の治療を命じたモニカ様も喜ばれる」
騎士は、改めてルロイ・ブルームハルトと名乗った。
「モニカ様はこの国、ニシア公国の公女であらせられる。国内の穀倉地帯を視察なされた帰りに、いやしい盗賊どもに襲撃されてな……」
護衛が少なかったのは、国内であり首都に程近い場所であるためでもあったが、公女モニカ自身が、一般の人々に無用な緊張感を与えたくないとの希望によるものだった。
結果として自らの命を危険に晒し、一人の側近を喪ってしまった。
「亡くなられた人の、名前を教えていただけませんか」
「……なぜだ?」
「冥福を……この世界、いや、国ではどのように弔われるのかはわかりませんが、俺の国では亡くなられた人の魂は別の世界へ向かうと言われています。その別世界での幸福を祈りたいので」
鋭介の言葉に甲志郎も頷いたのを見て、ブルームハルトは少しだけ逡巡したが、結局は口を開いた。
「彼女の名はテレーゼ・レッケル。レッケル子爵家の次女であり、優秀な……そう、優秀な騎士だった。モニカ様の専属となってまだ数日であった」
残念だ、と続けるブルームハルトは歯噛みしていた。
テレーゼと何か特別な関係にあったのかも知れないが、そこまで踏み込んだ質問はさすがに憚られた。
鋭介は頷き、再び手を合わせ、甲志郎も同じようにテレーゼの冥福を祈る。
「見たことのない祈りの作法だが……テレーゼも嬉しいだろう。公女殿下を守護し奉る役目である以上、こうなることも覚悟の上であったのは違いない。相手が政敵などではなく賊であったのは、無念だったやも知れないが」
「その点だが、ぶるうむはると殿」
「難しい名前でもないと思うが……貴殿になら、ルロイと呼ばれても良い。コーシロー」
「むぅ……」
発音に慣れないのか、甲志郎は発音に困ったようだが、むしろルロイの方が呼びにくそうだった。
「それで?」
「あの賊どもだが、果たして本当に盗賊であったのだろうか。拙者にはどうも引っかかるところがある」
甲志郎の言葉に眉をひそめたブルームハルトだったが、言葉を挟むことなく続きを促した。
そして、看過できぬ疑惑を耳にする。
「あのような盗賊どもは大概が自分の命が一番大事なもので、拙者が助勢に入った時点で逃げ散ってしまっても不思議ではない。少なくとも、半数に減った時点でそうなるはずなのだ」
だが、連中は全滅するまで馬車の貴人を狙うことに固執した。
自分たちの命よりも、目的を達することを優先したのだ。これは盗賊たちの論理にそぐわない。
どちらかと言えば、特殊な任務を帯びた軍人の考え方だ。
「もう一つ気になるのは、連中の持っていたあの剣だな。どうにも揃い過ぎていると思わぬか? もしかすると、物盗りなどではなく最初からモニカ殿を狙ってのことやも知れん」
「すぐに調査する……! 申し訳ないが、この件は他の者には話さぬように願いたい」
「承知した」
甲志郎は当然だと頷き、鋭介も同意した。
話の内容に今一つついていけない鋭介だったが、考えていた以上に深刻な状況に巻き込まれ始めているのはわかる。
このまま留まると、危険に晒されるのではないかと不安になってくる。
「ともかく、本来の要件を伝えさせてもらおう。今晩、大公殿下がお二人と食事を共にされたいとお考えだ。夕刻に迎えを来させるので、それまで休んでいていただきたい。……鋭介どの」
「な、なんでしょう」
突然水を向けられて居住まいを糺した鋭介を見て、ブルームハルトは笑みを浮かべた。
公国の恩人である君が、そんなに緊張する必要は無い、と彼は言う。
「君が身を挺して助けてくれた騎士の名は、ハンナ・ベルリングという。いずれ挨拶をさせるので、今は私が代理で礼を言わせていただく。ありがとう」
「俺はただ、弓が見えたから、つい夢中で……」
「普通なら、それで身体は動かない。君の魂には戦士の勇気が宿っているのだろう」
ブルームハルトの評価に、鋭介本人よりも甲志郎の方が嬉しそうに頷いていた。
鋭介自身は嬉しさを感じながらも、不安の方がより強く心を支配しており、ハンナという女性騎士について考える余裕は無かった。
「なんだか、戦記物の中に一人だけ凡人が放り込まれたような気がする」
鋭介の独り言は、甲志郎の笑い声にかき消されて誰にも聞かれずに済んだ。
目を覚ました鋭介は、うつ伏せでベッドに寝かされていた。
左の頬を潰して右向きになった鋭介の視界には、石造りの壁が見える。
一瞬、牢獄に放り込まれたのかと思ったが、目線を動かすとクラシックながら上品な家具が見えた。
火はついていないが暖炉らしきものもあり、決して貧しいイメージは受けない。
「痛てて……」
身体を起こそうとして、矢が刺さったことを思い出した。
だが、甲志郎の処置が良かったのか、それとも刺さった場所が良かったのか、身体を動かせないほどの痛みではない。
どうにかこうにかベッドに座った鋭介は、大きなため息をついた。
「どうしてあんなことをしたのやら」
自分で自分に呆れる。
甲志郎のように戦えるならわかる。異世界で何かの能力に目覚めたならわかる。だが、彼は18歳の高校生であり、今は高校の服を着ている異邦人に過ぎない。
だが、甲志郎が「感服した」と言ってくれたのは嬉しかった。
その後も何か褒められたような気もするが、憶えていない。
「鋭介どの、目覚められたか。傷の具合は如何かな」
「甲志郎さん」
不意に扉が開いて身構えたが、入ってきたのは甲志郎だった。
まだ出会ってから大して経っていないはずなのに、なぜだかホッとする。
「痛いけれど、もう気絶するほどじゃないかな。それより、甲志郎さんはすごかったね。俺は、無茶やってこの様だよ。我ながら情けないよ」
思い出せば、酷い無茶をしたと鋭介は今更怖くなってきた。
矢が当たった位置が少しでもずれていたなら、今頃は名も知らぬ異世界で半日と持たずに死んでいただろう。
誰かを助けることに成功したことは喜ばしいことだし、行動そのものに後悔はしていない。
「何を言うやら。拙者も気付かなんだ弓手を見つけ、見事女性を救われたのだ。誇るべき戦功であろう」
鋭介が自分の行動をそこまで深く考え込まずに済んでいるのは、甲志郎の存在も大きかった。彼の言葉は鋭介の行動を肯定し、しかも評価してくれる。
もちろん、彼の手腕と比較して落ち込む部分もあるが、そもそも現代の高校生と、職業軍人である侍とでは戦闘に関して能力に差があるのは当然なのだから考えても仕方が無い。
「で、ここはどこなの?」
「拙者たちに与えられた客室だ。あの妙な鎧を着た武者たちは、ニシア公国とかいう国の連中らしい。鋭介どのが言った通り、馬車の中には公女を名乗る御令嬢がおわした」
ニシア公女モニカは、騎士を守るために身を挺した鋭介を自らの馬車に招き入れ、自分のためのソファに寝かせたという。
襲撃時に逃がした騎士の馬たちも無事に呼び戻すことができ、甲志郎も一頭を借りて馬にて馬車と並走してここ、公国の首都の中心にある城へとやって来たのだ。
「馬が余っているなんて……ああ、そういうことか」
「まこと、残念であった」
彼らが駆け付けた時に、すでに盗賊からの攻撃を受けていた女性騎士は結局助からなかった。
甲志郎は彼女の馬を借り、その遺骸は馬車によって鋭介と共に運ばれ、後日の葬儀まで城内の一室で安置されている。
目を閉じて両手を合わせた甲志郎に倣い、鋭介も手を合わせた。
この世界の礼式とは違うかも知れないが、それでも冥福を祈ることは無駄ではないと思いたかった。
「して、これからどうする」
「どうもこうも。いきなりこんな怪我をしてしまったし、できれば治るまでは休ませてもらいたいなぁ」
「で、あろうな。ここはひとつ、この珍妙な形の城に厄介になるとしよう」
甲志郎は珍妙な形と評したが、実際は西洋的な尖塔を持つ白亜の城であり、強固な外壁と堀と見張り所の位置が緻密に計算された見事な建物であった。
その城の中にいる鋭介にも全容はわからず、甲志郎の評価がどの程度正しいかなどわからないので、城そのものに対する評価は口にしなかった。
少なくとも、部屋は快適なものだと思える。
枕元にバッグを見つけ、中身が無事なことを確認した鋭介は、入っていたチョコレートを二欠片だけ折りとって、甲志郎と分け合った。
「おほ、これは甘い! 鋭介どのの時代には、こんなうまいものがあるのか」
「ここでまた手に入るかはわからないから、少しずつにしておこう。それより、甲志郎さんの時代のことを教えてくれない?」
「良いとも。では、その後で日ノ本の将来について教えていただこうか」
用意されていた水でのどを潤しながら、二人はそれぞれの時代について語り合った。
甲志郎がいた時代は江戸時代初期であったらしい。彼自身も戦場を経験しており、ようやく平和な時代が訪れたと思った矢先、上層部の失態で藩そのものが無くなってしまったのだと言う。
「流浪の身になり、数か月。路銀も尽きてふらふらと彷徨っていたところ、眩暈がして倒れたのだ」
そして気付けば、あの草原にいた。
鋭介は甲志郎が戦いに慣れている理由を知った。彼がイメージしていた侍は、どちらかといえば文官然とした公務員であったのだが、甲志郎はもっと荒々しい時代の侍なのだ。
戦士としての侍。そして平和な時代に置いていかれそうになっていた侍。
どこか戦いに高揚していたように見えたのも、そのせいだろうか。
鋭介には、そこまで察するほどの経験はない。
「失礼する。怪我の具合はいかがだろうか」
話の最中、一人の人物が部屋を訪ねて来た。
すらりとしたシャープなラインに控えめな装飾が施された服を着た男性に、鋭介は見覚えがあった。馬車を守っていた男性の騎士だ。
怜悧な印象を受ける切れ長の目つきの美男子だが、表情は曇っている。
「お陰様で、痛みは和らぎました。甲志郎さんに聞きましたが、薬も分けていただいたそうで、ありがとうございます。部屋まで用意していただいて……」
「先に助けられたのは私たちの方だ。礼を言う必要は無いが……喜んでもらえたなら、君の治療を命じたモニカ様も喜ばれる」
騎士は、改めてルロイ・ブルームハルトと名乗った。
「モニカ様はこの国、ニシア公国の公女であらせられる。国内の穀倉地帯を視察なされた帰りに、いやしい盗賊どもに襲撃されてな……」
護衛が少なかったのは、国内であり首都に程近い場所であるためでもあったが、公女モニカ自身が、一般の人々に無用な緊張感を与えたくないとの希望によるものだった。
結果として自らの命を危険に晒し、一人の側近を喪ってしまった。
「亡くなられた人の、名前を教えていただけませんか」
「……なぜだ?」
「冥福を……この世界、いや、国ではどのように弔われるのかはわかりませんが、俺の国では亡くなられた人の魂は別の世界へ向かうと言われています。その別世界での幸福を祈りたいので」
鋭介の言葉に甲志郎も頷いたのを見て、ブルームハルトは少しだけ逡巡したが、結局は口を開いた。
「彼女の名はテレーゼ・レッケル。レッケル子爵家の次女であり、優秀な……そう、優秀な騎士だった。モニカ様の専属となってまだ数日であった」
残念だ、と続けるブルームハルトは歯噛みしていた。
テレーゼと何か特別な関係にあったのかも知れないが、そこまで踏み込んだ質問はさすがに憚られた。
鋭介は頷き、再び手を合わせ、甲志郎も同じようにテレーゼの冥福を祈る。
「見たことのない祈りの作法だが……テレーゼも嬉しいだろう。公女殿下を守護し奉る役目である以上、こうなることも覚悟の上であったのは違いない。相手が政敵などではなく賊であったのは、無念だったやも知れないが」
「その点だが、ぶるうむはると殿」
「難しい名前でもないと思うが……貴殿になら、ルロイと呼ばれても良い。コーシロー」
「むぅ……」
発音に慣れないのか、甲志郎は発音に困ったようだが、むしろルロイの方が呼びにくそうだった。
「それで?」
「あの賊どもだが、果たして本当に盗賊であったのだろうか。拙者にはどうも引っかかるところがある」
甲志郎の言葉に眉をひそめたブルームハルトだったが、言葉を挟むことなく続きを促した。
そして、看過できぬ疑惑を耳にする。
「あのような盗賊どもは大概が自分の命が一番大事なもので、拙者が助勢に入った時点で逃げ散ってしまっても不思議ではない。少なくとも、半数に減った時点でそうなるはずなのだ」
だが、連中は全滅するまで馬車の貴人を狙うことに固執した。
自分たちの命よりも、目的を達することを優先したのだ。これは盗賊たちの論理にそぐわない。
どちらかと言えば、特殊な任務を帯びた軍人の考え方だ。
「もう一つ気になるのは、連中の持っていたあの剣だな。どうにも揃い過ぎていると思わぬか? もしかすると、物盗りなどではなく最初からモニカ殿を狙ってのことやも知れん」
「すぐに調査する……! 申し訳ないが、この件は他の者には話さぬように願いたい」
「承知した」
甲志郎は当然だと頷き、鋭介も同意した。
話の内容に今一つついていけない鋭介だったが、考えていた以上に深刻な状況に巻き込まれ始めているのはわかる。
このまま留まると、危険に晒されるのではないかと不安になってくる。
「ともかく、本来の要件を伝えさせてもらおう。今晩、大公殿下がお二人と食事を共にされたいとお考えだ。夕刻に迎えを来させるので、それまで休んでいていただきたい。……鋭介どの」
「な、なんでしょう」
突然水を向けられて居住まいを糺した鋭介を見て、ブルームハルトは笑みを浮かべた。
公国の恩人である君が、そんなに緊張する必要は無い、と彼は言う。
「君が身を挺して助けてくれた騎士の名は、ハンナ・ベルリングという。いずれ挨拶をさせるので、今は私が代理で礼を言わせていただく。ありがとう」
「俺はただ、弓が見えたから、つい夢中で……」
「普通なら、それで身体は動かない。君の魂には戦士の勇気が宿っているのだろう」
ブルームハルトの評価に、鋭介本人よりも甲志郎の方が嬉しそうに頷いていた。
鋭介自身は嬉しさを感じながらも、不安の方がより強く心を支配しており、ハンナという女性騎士について考える余裕は無かった。
「なんだか、戦記物の中に一人だけ凡人が放り込まれたような気がする」
鋭介の独り言は、甲志郎の笑い声にかき消されて誰にも聞かれずに済んだ。
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