異世界道中 お侍付き

井戸 正善

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3.侍は、こわい

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「鋭介どの! これをどう見る!」

「単純明快! 囲んでいるのは賊! 襲われているのは貴人! たぶんお嬢様! できれば貴族令嬢! 猫耳なら至高!」

「後ろ半分は意味がわからぬ! が、心得た!」

 甲志郎は鋭介の言葉に一切の疑問を挟むことなく、最短距離で最大限の効果を得られると信じた道を突き進む。
 具体的に言えば、白亜の馬車を取り囲む数名の盗賊然とした装備の男たちの一人を背後から一刀にて斬り倒したのだ。

「な、なんだ?」

「拙者の名は坂田甲志郎栄佐! 義によって助太刀いたす!」

 名乗る間にも、もう一人の盗賊を斬り倒している。
 流れるような二太刀を前にして、動揺したのは盗賊たちばかりではない。馬車を守っている鎧姿の騎士たちもまた、突然の乱入者に驚いていた。
 十人を超える盗賊に対して騎士たちの数は五名。そのうち一人は既に盗賊の攻撃を受けて血の海に倒れ伏している。残った四名のうち、三名が細身のサーベルのみを装備した女性騎士であることも、不利であることに拍車をかけている。

「何者か!」

「先ほど名乗ったではないか! それとも、彼奴きゃつらが賊であるというのは拙者の勘違いか?」

 騎士たちの長なのだろう。唯一の男性騎士と甲志郎とのやり取りを聞きながら、ようやく追いついた鋭介は思わず笑みを浮かべていた。
 言葉が通じているのだ。
 異世界の人々が日本語を使っているのか、あるいは自動的に翻訳されているパターンなのかは不明だが、リアルファンタジー的な苦労をする可能性が一つ消えたのは僥倖だった。

「それにしても、甲志郎さんはすごいな」

 あっという間に二人を斬り倒した甲志郎は、盗賊たちの包囲を潜り抜けて馬車の側へとたどり着いていたのだ。
 誰何する騎士とのやりとりも、向かい合わせではなく隣り合ってのことだ。
 驚愕しながらも、騎士たちは甲志郎が敵ではないと判断したのだろう。騎士たちの剣が甲志郎に向くことは無かった。

「奴ばらが狙っておるのは、馬車の積み荷か?」

「不敬な……!」

「おう、その反応でわかったぞ。さすがは鋭介どの、というわけだ!」

「なんのことだ?」

 甲志郎は馬車の中にいるのがやんごとなき貴人であり、鋭介が見抜いた通りなのだと理解した。とすれば、女性騎士が護衛として多くついているのも馬車の中におわす人物が令嬢であるならば納得がいく。

「いや、まだ高貴な奥方という線もあるか。いずれにせよ、守るべきはこちらだ。間違ってはおらぬ」

「何者かはわからんし何を言っているのかわからんが……助勢に感謝する!」

 味方が、それも強力な人物が助けてくれるのであれば、この際その正体については後回しにしてしまおうと決めたらしい騎士は、視線を改めて賊の方へと向けた。
 そして、女性騎士たちには前に出ず守勢に徹し、馬車を守ることを優先するよう命じると、自らは前に出る。
 同時に、甲志郎もぐいぐいと圧力をかけるように前へ。

「一人増えたくらいでうろたえるな! 女は無視して男の方を人数で押し囲んで殺せ!」

 盗賊どもの頭だろう男が叫ぶが、彼らの包囲網は完成する前に崩れていた。
 左から右へ水平に振りぬかれた甲志郎の刀が一度に二人の首を斬り飛ばしたかと思うと、そのすぐ隣では騎士が分厚い刃の大剣でもって腰の半分まで食い込むほどの強烈な斬撃を叩き込み、こちらもまとめて二人を弾き飛ばしたのだ。

「おお! 見事!」

「誉め言葉はありがたいが、まだ残っている!」

「承知!」

 甲志郎はどこか嬉しそうで、騎士はやや乱れた髪を素早く整えながら油断なく構えた。
 勢いは完全に二人の側にあり、盗賊たちは完全に腰が引けていた。
 命令を続ける頭目の言葉は虚しく響くのみで、もはや逃げるか否かを迷っている状態の盗賊たちは、ただただ二人に斬り捨てられるのみだ。

 その状況を、鋭介はやや離れた場所で伏せた状態で見ている。

「こっわ。侍こっわ」

 人が死ぬのを見るのは初めてだが、距離があるのと西洋の騎士のような鎧姿の人たちと、薄汚れた盗賊たちという組み合わせに加え、はかま姿の甲志郎がいることも相まって、現実感が無い。
 そのおかげで、普通なら直視に耐えない光景もどこか冷静に見ることができた。

「強いのはなんとなくわかっていたけれど、ここまでとは思わなかった。あの騎士も強いけど……」

 甲志郎は大丈夫だと考えた鋭介の視線は、懸命に馬車を守って盗賊たちの攻撃をどうにかいなしている女性騎士たちへと移っていた。
 盗賊の人数はどんどん減っているが、それでも彼女たちの負担は大きいようだ。仲間の一人がやられたことのショックもあるかも知れない。
 鋭介は、気づけば歯噛みしていた。

「こういうとき、本の主人公なら助けに行くんだろうけれど。こっちは武器も無いしなぁ。本当に、どうして俺はここにいるんだ……」

 なぜ自分がこの世界に来ることになったのか。
 もしかすると、甲志郎が呼ばれたついでに何かの間違いで来てしまったイレギュラーではないのか。
 そう考えると、自分にチート能力も何もない状態でここにいることが納得できる。

「何かの力に目覚めるパターンとか? ……あっ!」

 みぞおちがグッと締め付けられる感じがした。
 馬車を守る女性騎士たちの向こう側、甲志郎たちからは死角になったところで弓を構えている人物が見えたのだ。
 矢じりは明らかに女性騎士か馬車を狙っている。

「気づいてない……!?」

 目の前の盗賊たちを相手するのに必死で、騎士たちは遠方から狙われていることに気が付いていない。
 このままでは、と焦燥感に立ち上がった鋭介は、一瞬だけ倒れている女性騎士を見た。
 次の瞬間には、走り出している。

「理屈も理由もわからないけれど、俺は、あんなのは嫌だ!」

 正義感などとは違う、と鋭介は自分の気持ちを否定していた。
 彼の中にあるのは、正義がなされるべきという積極的なそれではなく、もっと幼稚なものだと言っていいかもしれない、「理不尽な死」への拒否感だった。

「俺はバッドエンドとかダークなストーリーは嫌いなんだよ!」

 だからと言って死地に向かうのは短絡思考の際たるものだろう。
 それでも、鋭介の足は止まらない。
 恐怖を置き忘れてきたかのように、盗賊の頭目のすぐそばを通り過ぎ、驚いた甲志郎と一瞬だけ視線を交わしてさらに走る。
 数十メートル向こう。弓を引き絞る男の姿だけを見ている。

「えっ?」

 予想もしていない乱入者に驚いた女性騎士の声に、鋭介は「意外とかわいい声だ」なんてのんきな感想を抱きながらも、彼自身不思議なくらい冷静に矢の向きを見ていた。
 すでに矢は放たれていた。
 想像していたよりも矢は遅い。少しだけ山なりの軌道を描いて飛来する矢を目で追う。狙いは明らかに先ほど声を上げた女性騎士だった。

 叩き落す。そんな技術は無い。
 鎧を着た騎士を押しのける。女性とはいえ人一人を移動させる時間は無い。
 声をかける。そんな暇は無い。

「ええい、もう!」

 選択肢はなかった。
 真正面から受け止める……ほどの勇気はなかったので、鋭介は女性騎士に向かい合って、自分より少しだけ身長が低い彼女に覆いかぶさるように盾になる。

「ちょっ……」

 戸惑う彼女に何か伝える暇はやはりなかった。
 どん、と殴られたような衝撃と、一瞬だけ遅れて炙られたような熱さに似た痛みが背中に奔った。
 初めての痛みに、鋭介はとても立っていられず、膝から頽れた。

「鋭介どの!」

 反応は騎士たちよりも甲志郎の方が早かった。
 一人を斬り、一人を蹴り飛ばし、もう一人を突き飛ばした甲志郎は、鋭介のもとへ駆けつけると同時に、飛来した二本目の矢を刀で叩き落した。

「ご無事か!」

「めちゃくちゃ痛い……」

「急所は外れておるようだ! さすが幸運であられる! 奴めの始末は任せられい!」

 話しながらさらに飛んできた矢を叩き落とすと、弓手がいる場所へ猛然と駆け込み、その勢いのまま叩きつけるような一刀を浴びせた。

「ぎゃあっ!」

 持っていた弓ごと袈裟懸けに両断され、断末魔をあげた弓手が地面に内臓を広げたときには、男性騎士によって盗賊も片付いていた。
 賊は二人が生きているが、他は死んだか瀕死の重傷を負っている。
 対して、騎士側は女性騎士一人が犠牲となった。

「ど、どうしたら……」

 遅ればせながら、自分が助けられたことを知った女性騎士はヘルメットを外して鋭介の傍らに膝を突いておろおろとしていた。
 とにかく矢を抜かないと、と矢筈を握った瞬間、甲志郎の怒声が響いた。

「そのまま引き抜いてはいかん!」

「そう、なの?」

「矢にがついておる。そのまま引き抜けば矢が身体の中に残るか、傷口をいたずらに広げて治りが遅くなってしまう。酒はあるか?」

 差し出された蒸留酒を一口含み、懐から刀子と呼ばれる小さなナイフを取り出した甲志郎は、その刃にまんべんなく吹きかけた。
 そして、鋭介に気をしっかり保つよう声をかけると、矢が突き刺さった傷の周りへ刃を差し入れた。

「腕ならば反対側に貫通させればよいのだが、胴体ではそうもいかぬ。こうして矢の周りをきれいに広げて矢を抜いてから、縫い直すのが良いのだ」

「良いって言っても、これは、いてぇええええ……」

「泣き言を言うでない、鋭介どの。先ほどの勇猛な姿、感服いたしましたぞ。さ、縫い終わった。しばらくは安静にしておくべきであろうな」

 持ち歩いているという針で手際よく傷を縫い上げた甲志郎に、騎士たちは感心しきりだった。
 麻酔無しで外科手術を受ける羽目になり、悶絶している鋭介を気遣うように見ている女性が一人だけいたのだが、鋭介自身はそれどころではない。

「では、この馬車の中に」

 声は、馬車の中からだった。
 するすると馬車の小窓が開いたかと思うと、年の頃は十代の半ばに見える美しい銀髪の少女が静かに声をかけた。
 視線は鋭介へは憐憫のそれ。続いて甲志郎には畏怖と感謝がないまぜになったものを向ける。

「わたくしは、モニカ・フローニシア。ニシア公国の者です」

「おおーっ、鋭介どの。お主の勘働きはやはり大したものだな。本当に美人のご令嬢が乗ってござったぞ」

 挨拶を返す前に、目を丸くしていた甲志郎の言葉は、鋭介には届かなかった。
 痛みに耐えかねて気絶してしまったのだ。
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