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【1】窮屈な日常

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 朝目を覚まして、枕元のベルを鳴らすと、1人のメイドが部屋に入ってくる。おはようございますという簡素な挨拶だけを交わして、黙々と服を着替えさせてくれているメイドをよそに、ぼーっと窓の外から見える風景を眺める。

 つまらない。この不自由ない生活に文句はもちろんないんだけど、ただなぁ……。

 これからの予定を考えると憂鬱になってくる。朝食を食べて、父上の雇った家庭教師の授業を1日中受ける毎日。この日常に窮屈さを感じていた。

「終わりました」

 そう言って服を着させてくれたメイドは俺から離れる。部屋に入ってきてから、一度も目を合わせることは無い。

「うん、ありがとう。下がっていいよ」

「それでは、失礼します」

 そうとだけ言うとメイドはそそくさと部屋を出ていってポツンと部屋には俺だけが残される。

 ……これもなぁ、もうちょっと何て言うか、砕けた感じで接してほしいというかなんというか。

 以前、もう少しフレンドリーに話しかけたこともあったんだけど、その時はただ事務的に返答されるだけで、とても仲良く話すなんてできそうになかった。まぁ、仕方ないかと思いながらも、壁を感じることにやりにくさを感じた。

「……そろそろ、向かうか」
 
 準備を終えて食堂に向かう途中、この記憶がなければ、もっと今の生活に満足できていたのかもなと、ふと頭によぎった。

 王城での暮らしを窮屈に風に感じる原因の一つに、物心ついたときから存在する記憶が関係してくる。前世の記憶なのか、いったい誰の記憶なのか何一つ分からない。ただ、決して鮮明ではないけれど、曖昧過ぎでもない記憶が俺の頭の中には存在していた。

 その記憶では見知らぬ街の中で誰かと仲良く話していたり、知らない誰かと協力して魔物を倒していたり、酒場のようなところで誰かと喧嘩していたりと今の生活からは考えられない光景が俺の記憶の中にはあった。

 この記憶が自分以外の誰かなのだと認識した3歳の時から、13年たった今でも色あせることなく頭にこびりついている。

「……家を出るのもいいかもな」

 ふと頭に浮かんだ考えだけど、意外と悪くないかもしれない。王族という身ではあるが、一応三男で王位継承権での優先順位は低い。だから、父上に頼めば意外とすんなり許可してくれるかもしれない。

 それに、昔から外の世界に憧れを持っていた。この他人の記憶はもちろんのこと、色々な人から聞いた話や物語に書かれていたこと、授業で扱う書物の内容から、王城の外の世界を冒険してみたいと小さき時からずっと思っていた。

 そうと決まれば、やることは一つ。父上から度に出る許可を得ることだ。

「うーん。問題は、どうやって父上を説得するかだけど……」

 父上を納得させるために必要な材料を考えているうちに食堂にたどり着いた。食堂の扉の両脇には執事とメイドが立っており、扉を開けてくれたが何も言わずに食堂に入る。ここでお礼何て言ったら父上達に注意されるのが目に見えている。

「おはよう、ラベオン」

「おはようございます。父上」

 父、ランテス・エンシュリア。能力が高い者には寛大で優しい反面、能力が低い者には厳しく冷たい人だ。家柄ではなく実力を重視するため、良い王なのか悪い王なのかと言ったら、恐らく良い王なのだろう。

「よし、全員揃ったな」

 俺が座ると同時に、父上の言葉と共に朝食の時間が始まった。

 家族と言っても特に会話を交わすことはほとんどない。まぁ、それもこの2人のせいなのだけれども……。

「ランテス。家庭教師が言っていたんですけども、ビンスの剣術は目を見張るものがあるそうですよ」

 義母、リビアナ・エンシュリア。父上の正妻ということもあり、今は無き側室の子供である俺のことを目の敵にしている。俺が何かをすれば嫌味を言ってくる嫌な人だ。

「そうなんですよ父上!! 王国一の剣術使いになるのもそう遠くないとのことです!!」

 長男、ビンス・エンシュリア。この国の第一王位継承者ということもあり傲慢な性格。母親同様、俺のことを目の敵にしており、何かと突っかかってくる面倒くさい奴。

「おぉ、そうなのか。それはすごいではないか」

「王子として恥ずかしくない実力を身に付けます!!」

「それは頼もしい限りだな」

 このまま何事もなく朝食が終わってくれと思っていた矢先、

「そういえば……、マークスよ。ラベオンの家庭教師達からの評価はどうなのだ? 最近聞けていなかったであろう」

 父上が執事のマークスにそう尋ねた。

 止めてくれよ……。マークス、大げさなことは言わないでくれよ!! また面倒くさいことになるから!!

 マークスの方をチラッと見ると目が合った。すると、マークスは頷いたため、まさかこっちの意図が伝わったのではと期待したのだが、マークスの口から出てきたのは期待外れのものだった。

「ラベオン様の評価は非常に良いものでした。何を教えてもスポンジのように吸収して自分の物にしてしまう。今まで教えてきた中でも1、2を争うほど呑み込みが早くて、実践するまでの時間が短い。授業を受ける態度も良く、王族ということを抜きにしても尊敬に値する人物であるなどと仰っておりました」

 大げさに言わないで欲しいという思いと裏腹に、マークスの口からはこれ以上ない称賛の言葉が出てくる。嬉しい反面、面倒くさいことになりそうだなと憂鬱な気持ちにもなった。

「おぉ!! 素晴らしいではないか!! 流石ラベオンであるな。みなもそう思うであろう?」

「え、えぇ、そうですわね……」

「……弟として誇らしいです」

 チラッとリビアナとビンスの方を見ると顔は笑ってはいるものの、2人とも左側の口角がぴくぴくとひくついていた。

 ……また後で何か言われそうだな。

「アラン、ラビアナ、リンアもそう思うであろう?」

 俺の感情をよそに父上は嬉しそうにしている。よそから見ると子供が好きな良い父親なんだけども、俺からすると中々厄介な人であった。

「は、はい。そう思います」

 次男、アラン・エンシュリア。リビアナとビンスとは違って俺にも普通に接してくるが、2人とは争いたくないため、2人が居るところではあまり会話を交わさない。ただ、普通に接してくれて空気を読めることもあり、俺としては嬉しい存在であった。

「……そうですね」

 長女、ラビアナ・エンシュリア。他人に興味が無いのか人と話している姿を見たことがない。ただ、俺が話しかければ一応は答えてくれるため悪い人ではないと思う。

「……はい」

 次女、リンア・エンシュリア。唯一の年下の家族で俺のことを慕ってくれている可愛い妹だ。ただ、リビアナとビンスのことが怖いようで、2人の前では大人しくしているが、いつもは元気な女の子。家族で誰か1人だけを助けられるとしたら、リンアを助けるかもしれないほど大切に思っている存在だ。

 その後も俺の話は続いた。期待されているのは嬉しいのだが、やっぱり空気は読んで欲しいなと思いながら、食事を食べ終わった。

「これからも頑張るのだぞ、ラベオン」

「はい。少しでも王国の力になれるよう精進します」

「うむ!!」

 食堂を出て、リビアナとビンスに何か言われる前にさっさと部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、廊下の曲がり角の先から誰かが話している声が聞こえてきた。

 ん? 何だろう……。まぁ、どうせ仕事の話か何かだろう。

 気にせずに曲がり角を曲がろうとしたところで、予想外の言葉が聞こえてきた。

「ラベオン様だけどさぁ……」

 俺のことを話しているのか?

 声の主に気が付かれないようにそっと耳を澄ませた。
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