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 暗殺事件はただの殺人事件になり、宗教問題は解決に向かって動き出している。大元を潰すことはできないが、表上の関係は断たれたようだ。被害者はその存在だけが伝説になっている。実績なんて完全に無視だがな。
 俺はまぁ、期待せずにその日を待っていた。
 久し振りっすね!
 なんて言葉を想像していたが、あいつはもっと自然に現れた。
 今日も暑いっすね。
 額の汗を腕で拭いながらそう言うあいつの顔が突然目の前に現れた。
 うおッ・・・・ なんて声が漏れてしまったことは忘れてほしい。
 なんだよ! 顔は元通りなのか!
 俺の失礼な言葉にあいつは笑う。
 当然でしょ? あの顔のままってわけにはいかないからね。いくらなんでも出歩けないよ。
 俺はなにを期待していたんだろうな? 犯人の面を拝みたかったのか? 単純にあいつに会いたかっただけなのか? 正直俺はよく分からなくなっている。ただ一つ分かっていることは、あいつに会えて嬉しいってことだ。
 それにあの顔は好みじゃないんですよ。出来ればもっとイケメンにしてくれと言ったんですけど、元が元だから難しいそうです。詳しくは聞いてないですけど、イケメンからイケメンへの整形って意味がないってことですかね?
 面白いことを言う奴だなと、俺は自然と頬が緩んでいく。
 家族も無事なのか? あの家にはもう戻れないんだろ?
 いやぁ流石は聞き屋っすよね。僕に家族がいること知ってるとは思わなかったですから。最初はですけど。僕は念の為死んだことになっているんですよ。家族も同じように死んじまったんです。まぁ、これも念の為ですね。この街に顔を出すのもきっと、今日が最後ですよ。名前も変えられちまったし、当分は許可なく関東圏には入れないって言われているんですよ。まぁあっちでの家も用意してもらったし、仕事もあるんで問題はないです。子供も妻も最初は戸惑っていましたけれど、変わったのは苗字だけですからね。幸い妻にも僕ら以外の家族はいませんから。
 そうか・・・・ 俺はあいつの話をただただ聞いていた。
 まぁ、全てを知っているんでしょうけどね。
 そうか・・・・ あいつの笑顔に俺は笑顔で応える。
 正直最初は訳分からなかったし、分かってからは迷惑としか感じなかったですよ。けれどまぁ、僕の思想は確かに危険でしたし、それなりの技術を身につけていましたからね、利用するにはもってこいだった。僕だけでなく妻にも身内がいないなんて、それこそ運命なのかも知れません。
 そうか・・・・ そう言いながらも俺は、暗殺犯になる運命なんてあるものかって思ったよ。
 全てがあなたの描いた通りになった。そう考えているようですが、それはちょっと違うんだよなぁ・・・・
 あいつの目が途端に鋭くなった。持っていた鞄に手を入れ、なにかを取り出そうとする。
 これでもう、お終いですよ。
 俺は瞬時に妄想する。あいつとの出会いや山中での射撃練習、そしてテレビ画面の中の凶行。こういう結末も聞き屋にとっては悪くない。覚悟を決めた俺は、目を閉じる。そしてその顔をあいつに向け、眉間に指を挿し、最後の言葉を放つ。
 お前にやられるんだったら、俺は受け入れる。
 そいつは助かります。
 硬い何かで指を弾かれ、トンッ、と眉間に冷たい感触が当たる。
 死ぬのが怖いと思ったことはない。いつかは死ぬんだ。大抵の場合、その日は選べない。家族と会えなくなるのは辛いが、失う訳じゃないからな。俺なんていなくても、みんなは生きていける。けれどまぁ、みんながいなければ俺は生きていけない。
 そんな表情をされても困りますよ。
 あいつがそう言うと同時に眉間への圧力が消えた。そして頬に当たる冷たい感触。
 俺はハッと目を開ける。
 なんちゅう顔してるんですか。とっくに気がついていたでしょ? まったくわざとらし過ぎっすよ。
 あいつはこんな顔しないで下さいよと言いながら大きく目を見開いた。俺はそうじゃないぞ、こうだぞと負けずに目を見開く。
 なんだろうな? 目が大きい方がカッコいいだなんて誰が言ったんだ?
 恨んでなんてないですよ。むしろ感謝してますから。
 あいつは俺の頬に当てたペットボトルの蓋を開けて口にする。俺の分はないのかって思って眺めていたけれど、その鞄が開くことはなかった。
 けれど一つ不満はありますね。代わりのあいつはやっぱり死ぬんですかね? 死刑になるって見方もあるし、生い立ちに同情する声も出ている。それもやっぱりシナリオ通りなんですか?
 俺は正直な思いを口にする。さぁ、どうだろうな?
 僕としては、複雑なんですよ。鏡で何度か見ましたが、あの顔は危険です。何故なんですかね? 奥底の狂気が滲んでいるんすよ。僕はそれを隠すのに苦労したんですから。
 なるほどな。そのための無表情ってわけか。
 けれど数週間もあの顔でいれば愛着も湧きますからね。実際に身代わりの顔も見ました。そっくりなんですよ。あれじゃあ世間は気がつかない。
 俺に助けろとでも言いたいのか?
 ・・・・そこまでは言いませんよ。身代わりにされたってことは、それなりの理由があるってことでしょうから。ただ、気になるだけです。
 あいつはそう言いながら今度は尻ポケットに手を入れてなにかを探り出す。
 これ、感謝の気持ちと依頼料です。少ないけれど、今出せる精一杯なんで。
 差し出された封筒を手に取った。そこそこ厚みがある。サラリーマンの月給近くはあるように感じられた。
 俺はその場で中を確認しようとの素振りを見せた。するとあいつは立ち上がり、そういうのは普通後でしませんか? そう言った。
 そして、これで本当に帰ります。もう会うことが出来ないのが寂しいっすね。
 あいつはそう言いなが俺に手を差し出した。俺は握手でもするつもりでいたけれど、あいつは俺の手を握って引っ張った。俺は勢いよく立ち上がり、その勢いのままあいつに抱きつく形になってしまった。言っておくが俺はまったく意図していなかったんだ。まぁ、あいつにとっては意図的だったんだがな。
 俺とあいつはこの場で抱き合った。
 勝手なことしてすまなかったな。
 俺は耳元でそう囁いた。
 謝ることはないですよ。これが最善だった筈です。あのままだと本当に僕は狂っていたかも知れない。
 俺はあいつの背中を優しく叩き、それからそっと身体を離した。
 なにかあったらいつでも連絡をくれ。そう言いながらポケットに名刺を差し込んだ。
 俺が名刺を作ったのはだいぶ前になる。そこそこ有名な知り合いが作ってくれたんだよ。見た目も素材も立派だけどな、何故だか十枚しか作っていない。しかもその内の一枚は自分で貰っていくと引き抜いた。残りは九枚。あいつにあげたから後八枚だ。
 あいつは名残惜しそうに何度も振り返りながら去っていった。
 俺はあいつの姿が見えなくなるまでずっとその背中を見つめていた。
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