上 下
3 / 4

カルル村のメア③

しおりを挟む
 
 
 「そうか」
 
 翌朝、とんでもないことになっていると知った父の一言。

 もともと口数の多いひとじゃない。

 僕の泣き腫らした顔を見て、そっと頭を抱いて大きな胸に埋める。妹が生まれるまで末っ子で甘え癖のあった僕は、大好きな父の胸で声をあげて泣いた。

 兄たちは黙って仕事へ出て、母は慌てて妹を背負ったまま族長のところへ話をしに出掛けている。

 久々の二人きり。
 
 僕は小さい頃、男のくせに「おとうさんとけっこんする」と言っていたそうだ。

 美人とは言えないが愛嬌のある母。その母に似た僕を父は可愛がってくれて、近所の同い年の子たちに「パパだいちゅきメア」とからかわれるまで毎日くっついて『好き好き~!』と離れなかった。思い出すと寝床で暴れまわるくらい恥ずかしい。
 
 でも今日だけは許される気がして、仕事を兄に任せた父が一緒にいてくれるのに甘え、みんなが帰ってきても泣き腫らした顔で大きな父の背中に引っ付いて回った。
 
 夜になると兄二人からもぽんぽんと頭を撫でられた。珍しいこともあるもんだ。
 
 小さい頃は二番目の兄によく遊ばれて泥まみれの仔タヌキだと笑われた。一番上の兄は父によく似た顔と父方の祖母に似たという愛想の無さで、泥まみれで泣く弟を見ても無視して風呂に行くような人だった。

 年子の上ふたりと七つ離れた僕じゃあ体格がまるで違って反撃もできず、びーびー泣きながら父の帰りを待つ日々。母はそんな光景を横目に洗濯と大量の食事を作るのに忙しく、兄たちに僕を任せきりになる。

 母は構ってくれず、兄たちは怖くて「パパだいちゅきメア」と呼ばれてもしょうがないほど父に依存していた。



 「あ~忙しい忙しい!あら…」
 
 遅くに族長の家からご機嫌で帰ってきた母は、こんな状態の僕を見て溜め息を吐き「またぶりかえしたのね」と呟く。
 
 僕と母はよく父を取り合った。まだ若かった両親だ、そりゃ夜はやりたいことも多かろう。なのに一人寝出来ずくっつき虫の息子がいればイラつきもする。

 母は父に一目惚れして夜這いした押し掛け女房だと近所のおばさんが噂していた。

 自分の母親ながら、なぜ男前の父はこの人を選んだのか疑問だったが、責任を取らざるを得ない状況だったらしい。父方の親族に僕と母は何故か嫌われているなと感じることがあったので、その噂を聞いたときには「なるほど」と納得した。

 でも父は母親似の僕を可愛がってくれる。責任感だけじゃなく、ちゃんと二人は好き合っていると思うのは子供心だろうか。

 ただその噂を聞いた純粋に父が大好きだった幼い僕は「ならひとりじめするチャンスがあるかも!」と息巻いてしまった。そして『好き好き』とべったりだったのだ。
 
 しかしある日、父の大きなパンツのほころびを繕う母が「ぽいしちゃおうかしら」と言った。

 地面に文字の練習をしながら聞いていた僕は、最初は「使い古しのパンツを捨てようかどうしようか」と言ってるんだと思った。
 
 だが母が毎日それを言うので、ふとその言葉が聞こえたときに振り返ってみた。
 
 目が合う。
 
 見たことのない無表情の母にゾッとする。何事もなかったかのように小さな息子から目を反らし洗濯物をたたみだした母に怯えた。僕も無心で自分の名前の練習に戻る。何も聞こえず、何も見なかったことにするんだ。
 
 その晩から一人で寝ることを覚えた。


 

 
 「あーあ、また…」

 その幼少期の記憶が母の言葉でよみがえる。

 ───またはじまった。

 僕にだけ聞こえる音量でぶつぶつ呟く。
 こうやって僕が父に近付くと母はオンナになる。ねっとりと感じる苛立ち、妬み、嫉み。
 
 ぶるりと震えたのが父に伝わったのか、母と僕の確執に気付いているのか、背中に引っ付いていた僕を腹側に移動させ、母から隠してくれた。
 
 母さんは好きなんだ。僕がこうならなかったら本当にいい母親なんだ。
 
 イヤな人にさせてごめんなさい。
 
 心のなかで二人に謝りながら、今日だけだからと父の胸の中で目を閉じた。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

藤枝蕗は逃げている

木村木下
BL
七歳の誕生日を目前に控えたある日、蕗は異世界へ迷い込んでしまった。十五まで生き延びたものの、育ててくれた貴族の家が襲撃され、一人息子である赤ん坊を抱えて逃げることに。なんとか子供を守りつつ王都で暮らしていた。が、守った主人、ローランは年を経るごとに美しくなり、十六で成人を迎えるころには春の女神もかくやという美しさに育ってしまった。しかも、王家から「末姫さまの忘れ形見」と迎えまで来る。 美形王子ローラン×育て親異世界人蕗 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています

彼はオレを推しているらしい

まと
BL
クラスのイケメン男子が、なぜか平凡男子のオレに視線を向けてくる。 どうせ絶対に嫌われているのだと思っていたんだけど...? きっかけは突然の雨。 ほのぼのした世界観が書きたくて。 4話で完結です(執筆済み) 需要がありそうでしたら続編も書いていこうかなと思っておいます(*^^*) もし良ければコメントお待ちしております。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

処理中です...