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トキ と おれ
しおりを挟む──ガチャ、ガチャ…
裏口のドアノブの音で覚醒する。
まずい、もう朝だ。裏口のドアを使うのは俺以外だと彼しかいない。
「ん?開いてたのか……?」
俺が開けっ放しにしていたドア。知らずに合鍵で閉めたジルドさんが「無用心だ」と怒りながらまた鍵を使う。咄嗟に鏡を確認しても俺は俺のままだった。まずい。
急いで目元以外を隠し、寝床を飛び出て荷物を抱える。店から出ようとしたが、そこで見つかった。
「おい……!だれだ!」
ここは泥棒に入られたことがある。ジルドさんもそれは知っていたので空き巣だと思って大声を上げた。
「おまえは、薬師か……?」
俺は薬師服を着ている。だが後ろ姿でも”トキじゃない別の薬師”だとわかるほど体型が違った。
「なぜこんな時間にここに居る!おい!」
肩に手をかけられ、ぐいと引っ張られると太い指が身体に食い込んだ。
「ジルドさん……」
ジルドさん、ジルドさんジルドさんッ
「なぜ俺の名を知っている」
たすけて
「トキは王族からの依頼が長引いて、帰りはいつになるかわからない。俺がアーネシアへ向かうと知ると“ジルドという配達屋”にそう伝言を頼まれた。あと店に保管している薬草が悪くなる前に処分してくれと鍵を渡されたが、これはお前に渡せばいいんだな」
ジルドさんに鍵を持たせる。
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「王族の治療中は外部と連絡が取れない。俺は薬草の調達をしただけだから解放されたがトキはしばらく城から出れんだろう」
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咄嗟に嘘がスラスラ出る。この姿をした俺がトキの中身だったと、やっぱりあなただけには知られたくなかったからだろう。
面倒なヤツでごめんな。
ジルドさん。大好きだよ。
俺はアーネシアを出た。
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